銀座の路地裏のおとな
数日前のこと。
有楽町マリオンでティム・バートンの『コープスブライド』を観
てその帰り、銀座の裏通りを歩いた。時間は午後の遅い時間で空
には秋の陽がまだ暮れ残っていた。夕飯には早い時間だったが、
昼飯を食いそびれていたので空腹だった。
おでんや『お多幸』は、改修工事中だったがもう工事は終了した
だろう。あの『お多幸』の黒く煮締まった関東炊きのはんぺんや
大根のおでんで軽く一杯やるのにいい季節になった。とりあえず
は生ビールだが、のけっからぬる燗もよさそうかも、と思うと腹
が鳴るようだったが、『お多幸』のあるソニービルの裏手にまわ
ると、まだ工事は終了してなかった。
特におでんで腹を満たすと決めてたわけじゃないけど、やってな
いとわかると気分の梯子をはずされたようで、蕎麦屋や寿司屋に
入る気がしない。あてもなく通りをひとつふたつと越えるが、お
でんやはないな、、、
銀座通りのライオンビヤホールへでも行くか、と諦めかけたとこ
ろの路地裏におでんやを発見!その名も『やす幸』。
中に入ってみると、小奇麗な白木のカウンターが好ましく、創業
昭和八年という老舗にもかかわらず、一見さんも「いらっしゃい
まし」という気さくな店だった。創業当時の先代のおかみさんの
写真が壁にかけられている。着物に割烹着姿でおでんのネタ鍋に
箸を入れている写真だが、きりっと小粋でなかなかの美人である。
いい店を発見したものだ。さっそく冷や酒をお願いする。
酒のアテにほやの塩から。ほやは臭いが気になって、たいがいの
人は敬遠する食べものだが、良いものは貝なのに熟れた柿の味の
がするものだ。この塩辛もフルーティーだった。合格。
さわらの西京焼きは、好みからするともう少し火を入れた方がい
いのだが、これは塩鮭の塩の辛さの強弱と同じで、あくまでも個
人の好み。美味いので、これまた合格。
手をかけた料理の味がいい。ころをみはからって、さっそくおで
んを。はんぺん、大根からスタート。次にこんにゃく。ちくわぶ。
ジャガイモ。すじ。飯蛸。どれもこれも味がしっかりしていて、
そのくせさっぱりとしている。『お多幸』の関東炊き風の黒い出
汁ではなく、透明な澄んだ出汁。
「関西風ですか」と聞くと、
「いいえこれも関東風です。うちは、出汁に醤油はつかわず塩を
使います。この塩におでんネタから出た出汁が複雑にからまり、
うち独特の味となっています」とのこと。
これはちょいとおすすめですよ常やん。
銀座の路地裏にちょいと気のきいたおでんやを発見するなんて、
大人になったものだと、ちょっぴりいい気分。冷や酒もすすんで
ほろ酔い気分で店を出た時は、秋の陽はとうに落ち空には冴えた
半月がかかっていた。