2013年4月23日
Bからの手紙
かって自由の女神に隣接した小さな島に、アメリカの
入国管理局税関があった。エリス島である。アメリカ
に入国した移民のほとんどはここから上陸した。数々
の映画にも登場したが、とりわけ「ゴット・ファーザ
ーPARTⅡ」の少年ヴィト・コルレオーネがシチリアか
ら入国する場面が印象に残る。1976年に初めてエリス
島を訪ねたとき、現在は博物館になっている建物の正
面から入ると、最初に陳列してあるのは、200年以
上昔にヨーロッパから移民してきた人達の遺留品の数
々だ。古ぼけた写真、割れた眼鏡、ぼろぞうきんのよ
うな衣類、荷車、カバンなどが所せましと並んでいる。
それを目の当たりにした私は、その場に凍りついて烈
しく感情が揺さぶられた。
少年のころから、アメリカの映画、小説、音楽にどっ
ぷりと浸かって大人になった私は、自分の人格を形作
った原型を見た思いで、胸が締めつけられつぶれそう
になった。写真でしか知らなかった母親に、26の歳
に初めて遭った、とでもいうような。
昨日、日劇において「リンカーン」を見た。映画が7
0ミリの大画面に映し出されると「エリス島」の体験
がまざまざと蘇り、その映像の迫力はタイムマシンに
乗って150年(?)の昔の現場に居るような臨場感
だ。さらには、黒人の奴隷や北軍の黒人兵を見ている
と、アメリカの歴史に輝くアフリカ系アメリカ人の顔
が次々と浮かぶ。中でもJAZZミュージシャンたち
だ。彼らが遺したあの哀しみの旋律が画面に被さって
涙がとめどもない。また、ジョージ・ワシントンがイ
ギリスを訪問したときの、自分の肖像画がトイレに飾
ってあったという挿話は、無学(独学だが教養がない
という意味ではない)で田舎者を自認していたリンカ
ーンが、とりわけ好んだ話ではないか。(この場面は
最高に好き)
「アラビアのロレンス」の合戦シーンを撮影中に、落
馬したスタントマンとエキストラの数名が、疾走する
馬とラクダに踏みつけられて落命したとき、監督のデ
ビット・リーンは彼らの安否を確認することなく、そ
のまま撮影を続行した。このことに頭にきた、主演の
ピーター・オトゥルは、この映画で受賞したオスカー
像を自宅のトイレに飾った、という話がダブル。
アメリカ映画教会が2003年に投票で選んだ「映画
百年のヒーロー」1位は「アラバマ物語」のフィンチ
弁護士。(演じたのはグレゴリー・ペック)
その「アラバマ物語」の最高のシーンがそのままの構
図で「リンカーン」では再現されていて、オマージュ
としてうれしい。「リンカーン」のダニエル・ディ・
ルイスとトミー・リー・ジョーンズも次回の選出では
期待が持てるかも知れない。
見せ場はいくつもあって、最後まで飽きることなく集
中できたが、ふと思ったのはアメリカ人がこの映画を
映画館で見ているときの心情だ。自国に対する誇らし
さで愛国心がいやがうえにも刷り込まれるだろうと想
像すると少し羨ましい気もする。アメリカという国は
さまざまな問題を抱えているけれども、「一日の虎に
して、千日の羊に非ず」の例えもある。
息子が父親に抗って志願兵になるという宣言をしたと
きの台詞がアメリカ人の矜持の気質と映画全体のテー
マであろうか。
この映画は娯楽大作であるにもかかわらず、日本での
ヒットは望めないかもしれぬ。海外メディアから世界
一幼いとされる日本の一般客に、この面白さが受ける
かどうかは疑問だ。それにしても「アルゴ」は、よく
もこんな強敵を打ち負かしたものだ。頼もしい。その
件についての考察はまたの機会に。何?もう充分だ?
まァそう言わずに。