2008年11月17日
映画を立て続けに2本観た。
1本は、ミッション・インポッシブルで有名な中国人監
督ジョン・ウー作品「レッド・クリフ」。於、六本木ヒ
ルズシネコン。
レッド・クリフは、赤い壁状の地形という意味の英語で、
歴史上に名高い三国志の赤壁の戦いを映画化したもので
ある。Gさん(爺さんではない)もBさん(爺さんであ
る)も、絶賛した映画だった。Gさんの絶賛かならずし
もBさんの絶賛にはならず、逆もまたありうるのである
から、両者が絶賛したというのは、よほどこの映画に対
し、ウマがあったというか面白みのポイントが合ったと
いうことなんだろう。わたしは時にGさんに同調せず、
Bさんにも同調せず、かってに我が道を行く者であるが、
両者とも、
「また観たい。なんどでも観たい」
と言ってるのを聞き、こころは動いた。
もともと三国志は倅のだいすきなテーマで、倅は高校時
代から本で読み、漫画で読みといろいろな角度から三国
志をやっていて、ゲームでもあれば自身が諸葛孔明にな
ったり、はたまた相手側の曹操になって闘う姿勢を崩さ
ないほどだから、親子の断絶を解消する会話の継続には
「赤壁の戦い」は絶好のテーマでもあったので、ここは
いっちょう親父も観てみるべ、倅より一足先に観てみる
べ、と映画館に駆けつけたのである。
余談だが、この六本木ヒルズのシネコンは見やすい映画
館ですな。昔ながらの客席の作り方という概念で造られ
た映画館は見にくいところがおおいのであるから、この
六本木ヒルズのシネコンは優秀である。これは映画を観
るときにとても大事なことですから、付け加えておきま
す。
映画はGもBも言うよりももっとおもしろかった。この
映画は、キル・ビルがそうであったように、パート1・
パート2に分かれていて、今回はパート1である。でパ
ート2の公開はいつかというと09年4月であるそうで、
「なんだよー。6ヶ月も待つのォ? 来月からやってく
れないかなー。頼むよ−」
と2を待ちきれないほどおもしろかったのです。
時間と云うものは、短くも長くも感じられるのである。
待ち合わせに遅れた方は、たった15分の遅れであるが、
待たされる側は15分も待たされるもので、待たされる
側がいつも長く感じているのです。この映画は6ヶ月も
待たされるんです。もしこれが、つき合いだした彼女の
「次回お会いするのは6ヶ月後よ」
という科白としたら、とっくに別の女に走るってもので
す。
まあ、それはともかくも、この映画がどれだけのおもし
ろみがあるのかは、GともBとも論を異にするものだろ
うし、評は評論家にまかせるとしてここでは書きません
ので、是非ご自分でご覧になってください。
ただし、これだけは言っておきましょう。いくらだっけ
かなあ料金は。たしか1800円だったと思うけど、わ
たしには5000円でも高くなかったぞ! と絶賛して
おきましょう。
科白は中国語で字幕は日本語でした。アメリカで公開さ
れる時は、英語の字幕がでるんだろうな。フランスで公
開されるときはフランス語で字幕がでるのだろう。とこ
ろがドイツでは字幕がでない。ドイツではどうなるかと
いうと、ドイツは映画業界の組合がとてもつよく、字幕
なんかで外国映画をやられてしまっては職業的損失の機
会=俳優の仕事が少なくなると考えられていて、すべて
の外国語映画はドイツの役者を使っての吹き替えられる
のである。いつかベルリンでスタンリー・キューブリッ
クの2001年宇宙の旅を観たことがあるが、宇宙飛行
士もコンピューターのHALLもドイツ語を喋っていて、
妙に違和感があった。
違和感がなかったのが唯一映画音楽のニーチェの哲学的
テーマの音楽版であるリヒャルト・シュトラウス作曲の
「ツラウストラはかく語りき」だけであったというヘン
な思い出がある。
だが、この映画は中国人監督が作った中国が舞台の中国
人の知力と勇気を尽くした戦いの物語である。あれをド
イツ語でやるなんて、ヒットラー映画じゃないんだぜ。
言語が持つ独特の文化の香りの消滅になるのではないか
と危惧しつつ、ベルリンに住む友人になりかわってお悔
やみ申し上げたい。
語らないと言っておきながらもうひとつだけ。
曹操が長江沿いの赤壁にある劉備の本陣に対峙するごと
く陣を張り、こう語る。
「向かい側にある赤壁が戦いの舞台だ」と。
このとき、中国語の科白で、向こう側をトイメンと言っ
ていたのは聞き逃しませんでした。麻雀を遊ぶ人にはト
イメンはいつも使われる用語です。大学時代、一時麻雀
で生活費を稼いでいた憂鬱な日々がありましたから、こ
の言葉は知ってました。
あとひとつは、誰かが誰かに問いかけるシーンです。問
いかけられた誰かは問題ないと答えますが、そのときメ
イウエンティーと言ってました。メイウエンティーは漢
字で書くと、無問題と書きます。これも中国で教わった
言葉で知っていました。
くどいようですが、もうひとことだけ。
トニー・レオンが田中健にも似て、中井貴一にも似てま
したが、わたしには「笑う犬」で内村が演じた大嵐光太
郎そっくりに見えました。
2本目は、マーティン・スコセッシ監督作品の「シャイ
ン・ア・ライト」です。これは試写会でした。
2006年秋。10月30日と11月1日にニューヨー
クのビーコンシアターで行われたローリング・ストーン
ズの特別ライブを映画化した作品です。というよりも映
画にするために特別に催されたライブを収録したものと
言えるでしょう。
この映画は、主題曲は必要としていません。ローリング・
ストーンズの曲ですから。この映画とこのライブにどう
いう関係があったかは知りませんが、ビーコンシアター
のライブの始まりを告げるアナウンスは、ビル・クリン
トンでした。
これは予告編でもやっているから書いても構わないでし
ょうが、コンサート当日まで演奏曲もセットリストも監
督のマーティン・スコセッシに伝えられません。
「いったいどの曲をやるんだ。せめてどの曲からはじま
るか教えてくれ」
と叫ぶマーティンにミック・ジャガーはこう答えます。
「始まる直前におしえるよ」と。
のっけからロックコンサート感まるだしです。
2000人ほどの狭い会場でのライブが18台のカメラ
でとらえられていきますが、マーティンは演奏するだろ
う曲毎にカメラ割りをし、演奏が始まる度にカメラマン
に
「この曲はこれだ!」
と怒鳴るように指示します。いかにもドキュメンタリー
タッチで、それがまたロックンロールな感じです。
とにかく映画撮影にストーンズから規制が掛かりまくっ
て、ドキュメンタリーの基本である
<いかにわたしはこの苦境を乗り越えたか>
というテーマはマーティンの為にあるかのような感じす
らあるのです。ところが、さすがマーティン・スコセッ
シ。あれだけ圧迫を受けていたマーティンは最後のシー
ンで、ローリング・ストーンズを使わずに今夜のライブ
の爽快感を演出します。まあ、観てください。ミュージ
シャンもマーティン・スコセッシもなんてかっこいいこ
とか。
ひとつだけ、ベルトと靴は色を合わせる、というのが服
装の基本です。これを知らない男は古今東西おどろく程
多くいますが、今夜のミックは、ブラックジーンズにブ
ラックシューズ&ブラウンベルトでした。その基本を破
ってなおかつあれだけかっこいい大人の男はそうそう見
られるものじゃありませんよ。
音楽業界人として、このコンサート(映画)はなんの参
考にもなりませんでした。まねできることはひとつもあ
りません。あれはローリング・ストーンズだからできる
ことの全てです。
でもこのことは、その人にしかできないことを徹底的に
やるという主題を含んでいるのです。そう言う意味で、
とても参考になった映画でした。
コンサートをやってお客さんを喜ばし、映像を撮って感
動を永遠化する。僕は、ストーンズ&ストーンズチーム
と同じ仕事をしている事をとても誇りに思えた映画だっ
た。