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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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2005年8月31日
インタビュー

○○党公認の××でございます。朝早くからお騒がせしておりますが、、、、××でございます。××でございます。
××でございます。と名前ばかりを連呼しながら宣伝カーが走り回っている。自民党と民主党と共産党の候補者の名前をそれぞれ10回くらい聞かされて事務所に顔を出す。
昨日の「来年からのイベント企画話」は、大石さん以外にも信頼する数人の友人に送っておいた。さっそく、企画しましょう!いつでも声かけて下さい!とのメールが帰ってきていて関心の高さがうかがえた。
サンケイ ビジネスアイ紙の土曜日に掲載されている「けいざい交響楽」という記事のインタビューを受ける。
この記事は「起承転結」スタイルで構成されていて、今回のテーマは音楽配信ビジネス。「起」は当然ながら8月4日以前8月4日以降という言葉がすでに存在するアップル社のミュージックストアのスタートで、いよいよ日本でもはじまりましたが、、とインタビューは始まった。
配信関係のインタビューに答えるに一人では心もとないので「データリーフ」社の若き代表者の高橋君がインタビューを受け現状を語り主に答え、こちらは少し俯瞰で音楽業界全体の未来を予報するという役柄だった。
ミュージックストアは、コンピューターさえあれば、家にレコードショップがあるようなものだから、小笠原諸島に住み暮らす我が友人たちにとって最高の贈り物になるだろう。彼等は海を愛し自然を享受し人を愛し家族を愛し音楽を愛しているが、小笠原諸島にはレコード屋はない。人口千数百人の町ではレコード屋という商売はなりたたないのである。日本のマーケットは音楽に限らず、人口の集中する東京を中心とする首都圏であり関西圏であり中部圏であり、人口過疎地はマーケットではなく、どんなに音楽を愛する人々がいようとも、情報も送られず相手にもされていなかったのだ。ミュージックストアには情報が満載され、どこでも誰でも手軽に音楽を買うことができるのだから、画期的である。革命的でもある。朝な夕なにサーフィンを楽しむ我が友人たちは、はたしてどんな音楽を手に入れるのだろう。きっとオリコンチャートの1位のヒット曲ではなく、アコースティックサウンドのスイートなバラ−ドではないだろうかと想像する。ジ二—ビーチで太平洋に沈む夕日を眺めながら恋人たちは、アコースティックギターの奏でる切なく悲しいメロディーに愛と友情を確かめあうのではないだろうか。
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by kasuya_senji | 2005-08-31 23:18 | Comments(0)
2005年8月30日
夕方からラルクのライブ

午後から事務所でソフトハンザ(5—D、ロードアンドスカイ、YSコーポレーション、IRc2の4社で運営している著作権管理会社)の代表の松山さんと糟谷ブログをどうスタートさせるかというミーティング。
松山さんは、ブログは文章が重く深くなることは避けたほうがいい。自分の文章はどうもその傾向が強いが、糟谷文は、まるで一筆書きのような文章だからブログにはむいていますと褒められ、早くスタートしなさいとけしかけられた。布袋ホームページと今井美樹ホームページと元シュガーベイブの村松さんたちのホームページ『ネットスプラウト』にリンクを貼り、大手プロバイダーのブログに登録しアップすることにした。
その後、大手代理店の副部長が事務所に訪ねてきて、音楽イベントをやりませんかと提案された。日本の夏のイベントも充実し定着してきているが、それそろ、さらにあたらしいコンセプトを持った音楽イベントを企画したいと考えていたところだったので、話がはずんで代々木体育館で行われているラルク・アン・シエルのライブに遅れてしまった。
遅れた言い訳ではないが、ラルクの所属するプロダクションの大石社長に、遅れますとメールで伝えて、会場にかけつけると、会場で運良く大石さんに会うことができた。
ライブは、6時半からスタート。はじめはかなりアーティーな雰囲気でライブは始まった。照明も舞台の演出も好みだった。途中から、どんどんロックンロール色が強くなり、大石さんが言っていた通りの面白いライブだった。
気分が良かったので、帰るつもりを変更して、飲みに出かけてしまった。
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by kasuya_senji | 2005-08-30 23:57 | Comments(0)
2005年8月29日
偲ぶ会

6月6日に亡くなったシンコーミュージックの草野昌一さんを偲ぶ会をと小川町にある『面』に集まった面々は、今年SONYレコードを定年退職した五藤宏さん、作詞家の岡田富美子さんと岡崎堂とゲストに亡き草野さんの後を継いだ御子息:現シンコーミュージック社長の草野夏矢さんをむかえ4人で食事をした。
業界の大先輩から「食事でもどうですか」と誘いを受け、はじめて草野さんと食事をしたのが『面』。夜ではなくたしか昼飯会だったように思う。なにを話したかは忘れてしまったが、ノートを取り出し、こちらの話にうなずかれながらメモを取っていらした姿が強烈に記憶にのこっている。この食事会をきっかけに、その後は年に数回食事に誘っていただくという定期的なおつきあいが始まったが、会社内での専制君主ぶりとは違いニコニコと終止笑顔で、やはり、気になった会話がでると「ちょっとすいません。もう一度聞かせてください」とノートを取り出しメモっていらした。
中学生のころ聴いた『可愛いべービー』とか『砂に書いたラブレター』という永遠のアメリカンポップスの日本語訳を「漣健児(さざなみけんじ)」というペンネームで書いたのが草野さんだった。戦後日本の音楽の創成期から活躍されていた草野さんと話す機会があったのだから、本来は、こちらがノートにメモを取るべきところだったのである。もうお話をすることはできないのだから、今さら悔やんだところで遅すぎます、などと草野さんの思いで話に杯がすすんだ。五藤さん岡田さんそれぞれに草野さんの思い出があり、そのどれもしみじみとしたものだった。
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by kasuya_senji | 2005-08-29 20:56 | Comments(0)
2005年8月26日
エチオピア料理

朝のBSニュースで、アメリカ・ワシントンDCにエチオピア料理屋が続々と開店していると報じていた。
ワシントンにはもともとエチオピア系アメリカ人が多く住んでいて、その住民向けのレストランはあったが、最近になり、白人系アメリカ人にもその料理の美味さが知られてきての開店ラッシュらしい。白人のある客は「まず豆がうまい。そしてこの独特なパンでくるんで食べるとなおうまい。素材がヘルシーだし、それに、ボリュームもたっぷりあってしかも安いとこが気に入っている。そうだな、週に2回は来ているよ」とインタビューに答えていた。
ワシントン特別区区長は、サンフランシスコにあるチャイナタウンのように「門:ゲート」を作り、この地区をリトル・エチオピアと名付け、観光の目玉としたいとコメントしていた。この名付けには反対意見があるようで、意見の大半がエチオピア系アメリカ人ではない黒人住民からの申し立て。ここにはガーナからもセネガルからも移民がる、ということらしいが、区長は、それを知りつつも、かってこの地域は人々が足を踏み入れることもなく麻薬売買の巣窟だったが、エチオピア料理屋が繁盛して人が集まり出してオープンな場所になってから、麻薬犯罪の件数が激減した。特別区全体でリトル・エチオピアを盛り上げるつもりだともコメントしていた。
エチオピア料理にそんな功徳があったとは知らなかったが、今夜はエチオピア料理に初挑戦してみようと、中目黒アートコーヒー隣にある『クイーン・シーバ:シバの女王』へ出かけてみた。
アフリカビールを注文して、料理は店の人にすすめられたコース料理にした。山中聡さんに連れて行ってもらった青山にあるトルコ料理を食べたときのような感動はなかったが、評判はよろしいと聞いたとおりの味だったし、エチオピア人の主人の笑顔がいい顔をしてたな。たいがいは「今夜は和食で」となることが多い。和食一辺倒の人には敬遠されるかもしれないが、かわったものうまいものであればなんでも!という人には喜ばれるだろう。人を食事に誘うレストランのレパートリーが一つ広がった気がした。
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by kasuya_senji | 2005-08-26 12:51 | Comments(0)
2005年8月25日
台風11号

大型で強い台風11号が時速20キロのゆっくりとしたスピードで東海関東地方に向かって北上している。最大風速50キロの暴風雨強風圏内は180キロの大きさで、ある場所が強風圏内に入ってから、台風が通り過ぎるまで9時間かかる計算となる。その間、風が吹き続け雨が降り続くのだから、満潮時間がかさなる海岸部では高潮の被害、また都市農村部では川の氾濫による浸水の被害、山間部では土砂崩れから土石流へと発展する2次災害も予想される夜だった。
布袋のスーパーアリーナのリハーサルスタジオに顔を出し、制作スタッフと打ち合わせをし、早めに帰宅すると、民主党の小沢さんがテレビに出演していた。
政権交代は今度の総選挙で民主党が過半数の議席を獲得する事で実現させると岡田代表は言っているが、最大与党の自民党が割れ、その割れた一派(郵政民営化反対派)と民主党が組み与党を構成するという政界再編によって成立するのであります。岡田代表と私は別の考え方でありますよと暗にほのめかしていた。この人ホント好きだね権力闘争が。
小泉劇場よろしく、内輪モメ的ネタをふりまくことで民主党に目を向けさせつつ、次は自分であるとアピールする作戦だと思うが、すくなくとも、東海関東地方に住むひとびとにとっては、この日ばかりは総選挙は二の次でニュースの主役は台風だったから、なんとも、間が悪かったな。
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by kasuya_senji | 2005-08-25 18:12 | Comments(0)
2005年8月23日
パスポートとクラブ歌手

娘が学校の特別授業でオーストラリアに行く。
幼かった頃に申請したパスポートはすでに賞味期限がきれているので、午前中の空いている時間を使ってかみさん娘同伴で有楽町の交通会館へパスポートの申請にでかける運転手役をする。
もうすぐ20才になるのだから一人でいけばいいのだが、我が娘は、数日前、居間のソファーの角に足をぶつけて右足の人さし指(足で人を指すか?)の骨を痛めてしまった。骨折したわけではないのでギブスこそはめてはいないが、親指と人さし指が包帯でぐるぐる巻きにされていてサンダルをちょいとひっかけビッコをひきながら歩く姿が痛々しく、娘可愛い親としては運転手役も出番である。申請者が多いと意外と時間がかかると聞いていた
ので朝飯ははしょって早めに家をでた。行く途中のコンビにでおにぎりを買い、運転しながら食ってかみさんに
行儀が悪い!と叱られた。

午後からは、音楽出版社協会と音楽事業者協会と音楽制作者連盟の代表者があつまっての昼食会と音楽ビジネスの今後の展望についての意見交換会に参加。赤坂のホテルが会合場所で、このホテルは永田町自民党本部のすぐとなりだから、政治家の政策集団の名がついた会合もいくつかおこなわれていた。郵政民営化小泉劇場の総選挙にむけての対応策が、このホテルの中でもひそかに練られているのだろう。郵政民営化を一気に国民レベルの話題に持ち込んだ小泉さんの手法は感心したが、堀江さんまで登場するとは思いもよらなかった。保守の自民党が改革を叫び、野党が改革反対を叫ぶこの構造は、かつてなかった。時代はかわっていくんだな。しかし亀マークは分が悪いなあ。

事務所にもどりKさんと来年のコンサートについて打ち合わせをすませ、夕方からアスクの筒井さんと西麻布のお気に入りの焼き鳥屋「とりとも」で食事会。サビ焼きやボンジリを頬張りながら筒井さんからインターネットラジオについて講義を受ける。
その後、原宿の「りんごや」にはしご。筒井さんすすめられるままにカラオケでシブイ喉を披露。他の客から「よ!クラブ歌手!」と声がかかった。
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by kasuya_senji | 2005-08-23 20:05 | Comments(0)
2005年8月22日
柳橋

東芝—EMIの堂山社長と暑気払いで柳橋の天ぷらやにでかけた。
新潮社刊『池波正太郎が残したかった「風景」』という本の冒頭に、柳橋のたもとを着物姿くわえ煙草で歩いている池波さんの写真が掲載されていて、それはその天ぷらやの店先だった。その本の中で池波さんは、生まれ故郷の浅草そして上野かいわいにはよくでかけるが最近は柳橋に立ち寄ることがある。柳橋の花街も今は見る影もないが、それでも隅田川にぶつかる神田川に架けられた柳橋の風景はむかしとかわらないと書いている。ここからは天ぷらやのくだりを本から抜粋してみよう。
「川辺りの天ぷら屋へ上がって、仕度ができるまで、神田川に面した小座敷で酒をのみながら待っていると、なにやら船宿の二階にでもいるような気持ちになってくるのだ」
その天ぷらやに堂山氏を招待した。
行ってみると建物があたらしくなっていた。あの風情ある建物が建てかえられていた。二階の小座敷にあんないされるとおかみが顔をだした。
「いつあたらしくしました」
「去年の12月です」
「知らなかったなあ」
「ご案内さしあげてますよ」
「はがきがきたのはおぼえていますが、いや時節の挨拶はがきかとおもってました」
でも、さすが食通でとおった池波先生のおメガネにかなった天ぷらやで、あたらしくはしたがビルなどには建てかえず木造建築で、以前の店の雰囲気はたっぷりと残している。
仕度ができましたと案内されると、いつものように大将がカウンターのなかに座っていた。この頑固一徹な親爺は、無愛想な風貌で客に自分からべらべらと話しかけることはいっさいしないが、客が話しかけたことは大きな声で丁寧に答えてくれる。この親爺はキリンの「一番絞り」のコマーシャルに天ぷらやの親爺役で登場したことがあるのでおぼえている人もいるかもしれない。
店の建てかえは、この昭和初期の家をを直す大工が年をくってしまって、もう手を入れる職人が誰もいなくなったんで思いきって建てかえましたとのこと。
池波好みの天ぷらのいろいろを紹介しておく。
えび。ふきのとう。たらのめ。めごち。きす。あわび。
そして最後にかき揚げ天丼と赤出し。香の物。
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by kasuya_senji | 2005-08-22 22:07 | Comments(0)
2005年8月19日
なくし物

眼鏡をなくした。
事務所で新聞を読んでいて「電話です」と声をかけられた。WOWWOWの山田プロデューサーからだった。用件がおわり、さて、読みかけの新聞にもどろうとして眼鏡がない。あれ?どこに置いたかな?オフィースのあちこちをさがすがさがせばさがすほどない。仕事用のデスクの上にもない。来客用のテーブルの上にもない。こまったぞ。
若かりし或る日のこと。あるコンサート会場の暗い舞台袖をあるいていて目にゴミがはいった。手でこすり目を傷つけてしまった。それまでは両目とも1,5の視力があったのにしばらくして右目の視力が落ちはじめた。左目が1、5で右目が1、0でも日常生活にはなんの支障もなかったから眼鏡とは縁のない生活だったが、40才をすぎるころから、小さな文字を読むのがつらくなった。
トンネルの中など光が十分でないところだとなおつらい。
ちなみに人間のからだで一番早く老化がはじまるのが目で、19才あたりから老化がはじまるのだそうだ。40才をすぎるころからちいさい文字を読むのがつらくなったとしても、むしろあたりまえだ。
眼科で視力をしらべたら、視力も落ちているが乱視だといわれおどろいた。乱視は眼鏡などで正確に矯正すれば度はすすまないものだというから、それからは、文字を読むときは原則的には眼鏡をかける。
その眼鏡をなくすのだ。
旅先のホテルで。新幹線で。飛行機で。自宅で。タクシーで。酔っぱらって飲み屋で。どこかに置き忘れる。
いったんなくしたものは出てきたためしがない。
なくすものは眼鏡だけではない。鍵もなくすのだ。財布もなくす。どうも所有したものを長く自分の手もとに留め置くという人生ではなさそうである。
最近、名前がよく登場する佐藤剛さんは近眼で子供のころから眼鏡人生だそうだが「眼鏡ですか?しょっちゅうなくしますよ。一年に5個はなくします」と平気な顔をしていたから、あまり悩まず、とっととあたらしい眼鏡をつくろうと家の近所の眼科(ここは眼鏡販売もしている)に行ったら、受付の看護婦さん顔を見るなり「またなくしたんですかあ。今年2回目ですよ」と言った。
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by kasuya_senji | 2005-08-19 20:55 | Comments(0)
2005年8月17日
お台場

夕方からフジテレビで菊池プロデューサーと、打ち合わせ。
菊池さんから、ついでですがと、若い女性のディレクターを紹介されました。
女性に年齢を聞くのは失礼だと承知しているが、あまりに若いのでつい聞いてしまった。24才だそうだ。その若さですでに音楽番組のディレクターとしてばりばりで活躍しているとのこと。テレビ局はつぎからつぎへと若手をそだてていてさすがだなあと思った。それにくらべると音楽業界はすこし高齢化がめだつなあ。ある程度年齢がいっても若い気持ちで仕事ができるのが音楽業界とも言えるのではあるが、、、
菊池さんが「こいつは音楽がわかるやつだから」と紹介したので聞いてみると、バンドをやっていましたという。
バンドは売れなかったのでフジテレビに入りましたと言っていた。
それにしてもフジテレビの番組フロアーのデスクやデスクまわりには資料やらがところせましと積まれ雑然としている。IRc2の制作フロアーのデスクまわりも、物がごちゃごちゃと置かれているが、菊池さんに言わせると「うちにくらべればIRc2はきれいなもんですよ」らしい。
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by kasuya_senji | 2005-08-17 17:29 | Comments(0)
2005年8月16日
盆送り

5−Dの佐藤剛さん、森脇さん夫妻とホテルで集合。森脇さんの招待で貴船の川床料理屋「栃喜久」の会席料理で昼食。鮎の石焼きが絶品。市内と貴船では3度ほど温度差があるうえに、床下には川の水が流れ自然のクーラーのようで真夏とはいえとても涼しい。
貴船山と鞍馬山に挟まれた谷間の川辺の景色がきれいで、話もはずみ、昼間だというのに、ビールから始まり、白ワインを2本空け、最後は冷酒もいただいてしまった。
午後はホテルでひとやすみ。リラクゼーションルームで足ツボマッサージを30分。背中と肩マッサージを1時間。あまり気持ち良くて半分はねていた。
冷たいシャワーをあび、目をさまし、6時半に祇園の歌舞練場へ。今夜は歌舞練場での一青窈さんのライブをたのしむ。
ライブの途中で森脇さんにうながされ会場をあとにし、下鴨神社付近にもどり、五山の送り火をみる。祖母さんが浄土宗大本山・知恩院に眠っていて毎年祖母さんの魂の供養にと盆の時期は京都を訪れている。
午後8時に市内の明かりが消え、東山の『大文字』に火が点灯される。盆に帰ってきた先祖の魂は、その後、南無妙法蓮華経をあらわす『妙・法』の火に送られ『舟形』にのり『鳥居』をくぐり、西の『大文字』の火におくられ浄土に帰っていく。妙法、舟形、鳥居の意味は分かるが『大』がよく分からない。
友人の松山氏から、ある作家の説によると室町将軍・足利義満が五山の送り火をはじめた当時は『大』は『天』だったらしい。天へかえる魂が火に送られまた天に帰るということらしいと聞いた。じゃあ、なんで天が大に変わったかというと、天は天子さま=天皇をあらすことにもなるので、その後、朝廷にはばかって大文字にしたのだという。これなら辻褄もあうかもしれないと妙に納得。
ライブの打ち上げが木屋町のリバーサイド・オリエンタルで行われた。半分ほどしか観てないので参加しにくかったが、サンクリの鈴置社長から「このままバッくれて祇園の姐さん方としんねこ禁止です」と電話が入り会場へ向かう。会場で紹介された一青窈さんに「陽水の『ジェラシー』良かったですよ」と声をかけると嬉しそうな
笑顔が可愛かった。
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by kasuya_senji | 2005-08-16 13:25 | Comments(0)

 
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