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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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2005年9月30日
老酒もう一本

昨日の夕方から、博報堂キャスティング局長の後藤さんと会食し
ました。
最近の広告事業、音楽ビジネスの現状と今後の展開などについて
の意見交換が会食の趣旨であったが、上海蟹の老酒付けをつまみ
にしながらビールから老酒へと酒が変わるころには仕事話は終了。
互いに好きな「本」の話へと移行しました。

後藤さんとは同い年で、同時代の青春を過ごしたこともあり趣味
が驚くほど共通している。映画。音楽。旅。車。本。
後藤さん、上海蟹の足をしゃぶりつつ質問をされた。

「事務所の壁に収納されているたくさんの本には、ありとあらゆ
 る関係の本が並んでますが、特にこれと云った傾向はあるんで
 しょうか。あっ。老酒もう一本ね」

蟹足をしゃぶりつくして、フィンガーボールで手を洗い、答える。

「傾向はありません。ジャンルにも特にこれと云った脈絡もあり
 ません。行き当たりばったりです。古事記の解説本を読んでい
 たら、因幡の白兎と同じ話がインドネシアの神話にもあると書
 かれていたので、インドネシアの神話を読むといった行き当た
 り方ですね。かといって、その次はギリシャ神話を読むわけじ
 ゃなく、その本に感心したら、その人の著書を読んでみるとい
 う迷走ぶりです。本棚をみてもどんな脈絡かはわかりませんが、
 僕にはこの本を読んだからこの本があるといった自分なりの脈
 絡はあるんですよあれはあれで。後藤さんは傾向はあるんです
 か。あっ。老酒もう一本ね」
 
「僕は、昭和史に興味があって、最近では、その方向に特化して
 います。実におもしろいものです。あの本もこの本もそしてこ
 の本も、大変すばらしい著書です。是非おすすめしたい。あっ。
 老酒もう一本ね」
「その辺りは手がついてないなあ。たまたま行き当たってないで
 すねえ。でも今夜の後藤さんの話にぶち当たったから、紹介し
 ていただきましょう。早速手をつけてみます。あっ。老酒もう
 一本ね」

などと老酒飲み飲み話し込んでいるところに、店から生姜茶がサ
ービスされた。後藤さん一口飲むなり「美味い。実に美味いもん
ですねえ。これは喉に良さそうだ。これでまた歌が上手くなるか
もしれません」と云った。
後藤さんの歌はプロフェッショナル級だから、これ以上上手くな
てどうするんですか?とまぜっ返し、杏仁豆腐を食べて会食会は
終了した。蟹も話にも老酒にも満足して家に帰ると、秋になって
空が澄んできているようで、東京には珍しく星空だった。
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by kasuya_senji | 2005-09-30 18:36 | Comments(2)
2005年9月29日
秋の天ぷらや

一日の仕事を終え事務所を出ると、短くなった陽も暮れ落ち外は暗くなっていた。秋風もたちすずしくなってきたので、秋の味覚を楽しもうと、ひさしぶりに六本木の天ぷらや「与太郎」を訪れる。
六本木の交差点を越え、俳優座の手前を左折し、坂を上り、小学校を過ぎ、坂が下りにさしかかる手前にこの店はある。与太郎と染め抜いたのれんが風にゆれていた。

この店の開店と我が社の設立がほぼ同じ時期で、もう十何年来のつきあいになる。

「こんばんは」
「おひさしぶりです。お元気でっか」

大阪にある料亭「与太郎」からののれん分けの店で、大将は大阪弁をしゃべる。
最初に、鯛と牛肉のにぎり寿司が出て、それから天ぷらのコースが始まり、最後は鯛飯となり、仕上げのデザートは、レンコンの澱粉で作った自家製の柔らかい羊羹でコースは終わる。飲み物は白ワインの事がおおい。今夜はシャブリを注文。

「おまっとうさまでした」
と最初の天ぷらが揚るが、すぐには食えない。
「どないしました。あったかいうちが命です」
「わかってますが食えないんです。猫舌なんで」
「長男でっか」
「あれ?なんでわかるんですか」
「長男長女は猫舌が多いんです。天ぷらやのオヤジがゆうてるんじゃありませんよ。医者のセンセがそうおっしゃいました。ちいさいころ、ふーふー息を吹きかけて冷ましてから大事に大事に食べさせるでしょう。猫舌になるんはきっとあれでんな」
「だからうちの娘も猫舌なんだ」

と云いながらふーふー冷ましながら天ぷらの揚げたてを食っていると、甥っ子から「子供が産まれました」と電話が入った。

「田舎にいる妹に孫が生まれ、妹は40代ですが、ばあさんになりました」
「そらよろしでんな。実は私どもも1才になる孫がいますんですが、私も女房も、もうトロトロですわ。孫よろしですな」
「そんなに甘いようじゃ、大将のとこの孫は確実に猫舌だね」
「確実でんな〜。はははははははは」

と大将が相好を崩して大笑いしているところに、大阪時代からのお馴染みさんらしきお客さんがあらわれた。
「阪神あと一つで優勝やで」
「ほんまだっか。前祝いでっか今夜は」

猫舌から孫から阪神優勝まで一足飛びに話題が移り、にっこにっこの笑顔の大将に「また来ます」と声をかけ店を出た。
「どーもおおきに。どーもおおきに」と入り口まで見送りに出た大将の頭の上でのれんは風に揺れていたが、ゆらゆらと笑っているように見えた。
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by kasuya_senji | 2005-09-29 18:57 | Comments(3)
2005年9月28日
機関銃

昨夜、恵比寿のリキッドルームで行なわれた「町田康グループ」
のライブに招待され観にいってきました。
時間前に到着。入り口の招待者受付で名を告げると、町田さんの
スタッフが「どうぞこちらへ」と楽屋に案内してくれました。
町田さんはヘアーメイクをしていたので「町田康グループ」のギ
タリスト内藤幸也君と歓談。若かりし頃のツアーの打ち上げ後に
やらかした互いのバカ話の思い出と最近の子供の高校受験話など
をし、10年ぶりの旧交を温める。
10分ほど押して(押して=遅れて)ライブが始まった。
面白いですよと布袋がいった通りのライブだった。

今年の布袋ライブハウスツアーに町田さんはゲストとして出演し
ていただきましたが、そのときも、凄いボーカリストだなあ、、
と感心したが、昨夜のステージの町田さんは、その百倍凄かった。

まず、歌詞が凄い。
そして、メロディーが物悲しい。
さらに、シャウトがせつない。
と三冠王であった。おそるべし町田康。すっかりファンになって
しまいました。来月の六本木のスイートベイジルのライブはぜひ
行きたいと考えています。

帰る時に、マネージャーの東村さんからCDをいただきました。
今、それを聞きながら書いてますが、昨夜のライブを再現するように
言葉が機関銃のようにぶち放たれている。「名前の歌」などは、
始めっから仕舞いまで名前だけが連呼されている。
こんな歌詞あるんかい!と思いながらもファンとしては嬉しい一曲。
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by kasuya_senji | 2005-09-28 18:33 | Comments(1)
2005年9月27日
命名

結婚式のことを書いた翌日に葬式の話もナンだな、、、と思いつつも、今まで、特に何も感じなかった「戒名」について思うところがあったので、書き残しておきたい。

先般、仙台の友人であり、コンサートイベンターGIPの社長である佐藤寿彦さんのお父さん(勝さん)が亡くなった。遠路でもあり、当日は都内で予定が組まれていたこともあり、葬儀に参加することは叶わず、献花だけさせてもらった。そのお礼状が、佐藤さんから届いた。

法名「浄岳好音勝善居士」を頂き、諸事万端滞りなく相営みました。とある。

そして、葬儀の報告の後に、亡父について簡潔な文章で語られていた。
(以下文章を抜粋)

父は以前、日本電信電話公社に勤務しており、
昭和20年代に仕事の傍ら、米軍の進駐軍でバンドの活動をしておりました。
パートはギターでした。
生前は良くギターを弾き鳴らし、唄を歌っていたことを思い出します。 
「音楽」を愛し、「山菜」を愛した父らしい法名をいただきました。
今頃、天国でギターを弾きながら酒を飲んでいる事でしょう。

あらためて法名を見ると、(浄土真宗は戒名ではなく法名という)山と音楽が好きだった勝さん(善居士)と、亡き父上の生涯をあらわす名前になっている。どこのお坊さんが名付けたかは知らないが、法名の付け方に感心してしまった。
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by kasuya_senji | 2005-09-27 18:07 | Comments(2)
2005年9月26日
結婚式

午後4時から六本木のハードロックカフェで法原君と佐々さんの結婚披露パーティーに出席。
新郎の法原君は、照明のデザイナーでありオペレーター。新婦の佐々さんは布袋コンサートのPAスタッフ。で、夫婦そろって仕事ではお世話になっている間柄。
主賓の挨拶は、新婦の所属するMSIジャパンの藤井社長。乾杯の音頭は新郎の所属する林オフィースの林社長。それぞれの社長が祝辞を述べた。
藤井さんは関西人独特の柔らかみのあるあたたかい祝辞だった。
林さんは高知県人独特の、ではあるまいが、ただ一言。

「おめでとう!乾杯!」と、これまた見事だった。

今年の2月。レコーディングで布袋と連れ立ってロンドンに出かけたが、その同じ飛行機に法原、佐々の二人と乗り合わせた。

「どこに行くんだい?」
「ロンドンです」

てっきり、PAと照明がコンビを組んでロンドンに仕事の打ち合わせで行くものと思っていた。PAの佐々は英語がしゃべれるから、佐々を通訳に仕事の打ち合わせだと思っていた。
帰国して数週間がすぎたころ、二人から「結婚します」とメールが入り、婚前旅行を目撃したことを知るのである。

昨年末の充一君(ギタリスト)の結婚から始まり、今年になって、結婚ラッシュが続いている。我が社の隅本君、村野君、下山さん。
そして、今日の法原君/佐々さん。来月には、布袋ツアー担当のオン・ザ・ラインの大楽君。そして11月には、スマイリー原島と続く。
「ハレ」の舞台に立ち会うことは、気持ちが良い。
それぞれの皆さんのあたらしい人生に幸多かれと祈る。
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by kasuya_senji | 2005-09-26 23:45 | Comments(1)
2005年9月24日
誕生日プレゼント

夕方近くなって台風の影響で雨風が強くなってきた。
今夜は誕生日を祝う食事会をとイタリアレストランを予約した、と家族は言ってくれてるのだが、空模様を見ると遠出をする雰囲気ではない。イタリアンに断りをいれ、近場のラーメン屋でかるく済ませることにした。

ラーメン屋での会話。
俺「今日の昼、ゆうか(娘)が携帯電話を買い替えるといって出か
  けたろう。しばらくたってあいつから『未成年だから保護者の
  承認がいると販売店からいわれたの。おとうさんすぐ来てくれ
  ない』と電話が入ったので、着替えもせずこのままの格好で販
  売店まで出かけたんだよ。破れたジーパンにポロシャツに頭に
  は黒い毛糸の帽子かぶってな」
妻「え〜。その格好で行っちゃたの」
俺「俺もそう思ったよ。行ったら、ゆうかの友達がいてなあ、俺の
  格好を見て『なんやこのおっさん』って顔して俺を見てたよ。
  50過ぎて、こんな格好してるオトナはまず居ないもんな」
妻「も〜。気をつけてね。人前に出るときはちゃんとした格好しな
  さい!」
倅「俺も、子供の頃はとーさんは変な格好してるなと思ったけど、
  おしゃれだよとーさん。俺の学校の友達でとーさん見かけた奴
  がいるけど、そいつも言ってたよ、おしゃれだって。そうとう
  おしゃれかもしれない」
妻「・・・・・・・・」
俺「りょうた(倅)。お前、高校3年生にもなると、なんか、分か
  ってきたねえ。煮卵追加するか?」

妻は塩ラーメン。倅は味噌ラーメン。俺は醤油ラーメンをずるずるっとすすりながら、たわいもない家族の会話に誕生日プレゼントをもらった気がした。
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by kasuya_senji | 2005-09-25 13:46 | Comments(1)
2005年9月22日
子供の頃、誕生日祝いをしてもらったことがない。
妹は、3月2日が誕生日で、桃の節句と抱き合わせてなにかしら買ってもらっていた。
その下の妹は、7月7日が誕生日で、七夕と抱き合わせてなにかしら買ってもらっていた。
長男である僕は、誕生日になにも買ってもらえなかった。

9月の23日の彼岸の中日の秋分の日は、岡崎天満宮のお祭りの日で、いまではその祭りも氏子の参加意識がうすくなって淋しい様子であるのだそうだが、僕が子供の頃はちがっていた。岡崎を代表する秋祭りで、氏子の一つである中町は1丁目から10丁目まであり、それぞれの町内をそれぞれの町内の神輿が練り歩く。
日が暮れた夕方からは、「めでためーでーたーあのー若松さまーよ」と唄う町内のおとなたちを先頭に、花火が積み込まれた長持をかついだ若い衆が続き、それがまたそれぞれの町内を練り歩く。
その後、全町内の長持ち衆はかがり火が焚かれた天神様のまわりに集合する。それぞれの町内の長持ち衆同士の喧嘩騒ぎが起きるのは、ここだ。
騒然とした空気の中、「なかまちいっちょうめー」という合図を潮に、町名を呼ばれた長持ち衆は長持ちを担いで階段を一気に駈けのぼり神社に花火を奉納する。次から次へと町名が呼ばれ、次から次へと駈けのぼる。
その勇みを競うのであるが、我がナカマチ10丁目は、他の町とちがい中大門の別称があった。つまり、その昔、中町10丁目の入り口には大門があり、我が町はかっては遊郭だったのだ。
今も続く岡崎大花火大会の花火工場もこの町にあった。
色町の伝統もあり、中大門の長持ち衆は子供ながらも惚れ惚れするような勇みぶりだった。
その後、さして広くもない境内で、長持ちから取り出された自慢の花火大会が行われる。若い衆が真っ赤な火の粉をかぶりながらの手筒花火が中大門の花火だった。
前日の22日から、各家庭では寿司がふるまわれ酒がふるまわれ、23日の当日は大イベントで、町内の誰もが祭りに熱狂した。
そうして、秋は訪れ、深くなっていった。

ところで私の誕生日は9月の22日で、どうして俺だけ誕生日の祝いがないのだと親父に言ったら、
「お祭りで町内中で祝ってやってるじゃないか!」
と全く相手にもされず、そういう訳で子供の頃誕生日を祝ってもらったことがないのである。
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by kasuya_senji | 2005-09-22 23:42 | Comments(0)
糟谷岡崎堂のブログをスタートしました。
岡崎堂が日々、見たり聞いたりした事を文章に綴りたいと思います。
あの日あの時の出来事を、記憶の隅に追いやらないようにここに残す事にした、糟谷岡崎堂の日々の日記です。
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by kasuya_senji | 2005-09-22 17:46 | Comments(1)
2005年9月21日 
プレバースデイの普通の一日

午前7時。起床。
午前8時。ヤンキース戦テレビ観戦。
午前8時半。コーヒーとトーストで朝飯。
午前9時。シャワーを浴び、自宅を出発。
午前10時半。音楽制作者連盟の理事会に出席。
午後2時。森脇理事から知的財産権ファンドについて講義を受ける。
午後3時。事務所にてブログ書き込み。
午後5時。会計事務所にて打ち合わせ。
午後7時。FM802の岩尾氏来社。岩尾氏とスタジオへ向かう。
午後8時半。渋谷東3丁目の寿司や『竜雅』で岩尾氏と食事。
午後11時。帰宅。
午後11時半。風呂。
午前0時過ぎて。誕生日おめでとうのメールが入る。
午前1時前。就寝。
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by kasuya_senji | 2005-09-21 23:36 | Comments(1)
2005年9月20日 
さんまとカルビと布袋のCD

作詞家の岡田富美子さんと食事をしました。
四谷荒木町の路地奥の小料理屋で、いかにも大人好みの店だった。
カウンターに大皿がならび、その上にひじきの煮物、烏賊と大根の煮付け、カボチャの煮物、イワシの南蛮漬けなどの総菜が盛られている。京都でいう「おばんざい屋」さんで、カウンターの向こうではモダンな美人女将が客をとりしきっている。

とりあえずビールを注文する。岡田さんはビールが飲めない人だから、のっけから焼酎を遣られている。
魚は、さんまを焼いてもらう。
カウンターの隣に座っていた鈴木さんと呼ばれていたお客さんが、
「僕ははらわたの苦いところが苦手なので、僕の分ははらわたを取
 り除いてくれないか」といった。
あれが美味しいのにねえ、、と女将は言い、僕もあれが美味いからさんまじゃないですかと言い、それがきっかけで鈴木さんと岡田さんと3人で一緒に飲んで会話して食べた。

話すうち、鈴木さんは鈴木恵一さんという人で、オリンピック協会の役員をされていることが分かった。明治大学のスケート部の監督をされていることも分かった。
鈴木恵一選手は、札幌冬期オリンピックの日本代表選手で、オリンピックではメダルにとどかなかったが、世界選手権では5連覇を成し遂げた人。しかも明治大学の大先輩である。
「さんまのはらわた食うやつは人じゃないですよ」
「あれ?あなたさっきと大違いね」
と岡田さんは冷やかしたが、大学の先輩後輩の関係は、先輩が黒といえば白いものも黒であるから、後輩のこちらとしては、その流儀に素直にしたがった。
後輩としてなにか役に立つことはありますかと聞くと、
「10月から長野のMウエーブで始まる明治大学の強化合宿にカルビ肉を6キロほど差し入れてもらえるとありがたいです。なにしろスケート選手は食いまくります。足も太いが、女の選手のケツなんか山のように盛り上がってますよ。予算は限られていますから、是非カルビ肉を。それと早いリズムの音を聞きながら選手はモチベーションを上げていきますから、是非布袋さんのCDを。選手おおよろこびするでしょう」

横綱貴乃花関が、足の大怪我のあと布袋の音楽を聴き、心を奮え立たせながらリハビリをしたことは親方から聞いていた。
ということで、肉と音楽を差し入れ、明治大学の後輩選手の活躍を応援することとした。
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by kasuya_senji | 2005-09-20 23:56 | Comments(0)

 
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