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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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2005年11月30日
早いもので、今日から11月と時事ネタを書いたのが昨日のこと
のようにおもわれるが、今日で11月が終わる。

光陰矢の如しか。いやまったく早すぎます!

少年老いやすく学成りがたしか。いやまったくそのとおりです。

格言が身に沁みるなあ。寒くなると特に。

時間は過去と未来では早さが違うのをご存じですか。
といいつつも、時間が2度と戻らないということは『熱力学第2
の法則』で数学的に証明されていますが、時間が過去と未来では
早さが違うというのは、数学的に証明されたものではなく、あく
までも私の説であります。

では、数学的には証明できませんが主観を展開します。

(1)前提ー1
早いもので今日から11月と時事ネタを書いたのが昨日のことの
ようにおもわれるが、今日で11月が終わる。
ここでは、30日がまるで昨日のことのようだと感じている。

(2)前提ー2
車を車検に出したが、工場の手違いで今日の納車ではなく1週間
後になりますと連絡があった。
え〜1週間後ですか!とこの7日間を長いと感じている。

(3)早くも結論
(1)の事例と(2)の事例を足し引きすると23日間の時間の
差があるにもかかわらず、(1)30日は短く(2)7日は長い。
時間は 過去は早く未来は遅く感じるようだ。
つまり;時間は過去と未来では早さが違う。


ここからは、大人の一般論です。
年齢がいかない子供たちにとっても、これの感覚は同じようなも
のでありますが、子供たちの過ぎ去った過去は、せいぜい10年
程でしょう。ところが、私や君たちのような大人は過ぎ去った過
去を子供の数倍の数十年分持っています。大人は、この長さを一
気に振り返ることになります。

過去の時間は、
15才の子は15年があっという間。
40才の人は40年があっという間。
80才に至っては80年があっという間。
過去が何十年であろうと、あっという間。

その人が持つ過去の絶対時間を距離に置き換え、
あっという間という共通の時間で割ってみましょう。
15年割るあっという間と80年割るあっという間では、後者の
方がスピードが早いことがわかります。
いやはや、年を重ねれば重ねるほど、過去の時間を遡るスピード
は増すばかりであります。

それゆえに、光陰矢の如し、、、という心境になるのではないか。
しかも、この光陰という矢は、去年よりも今年。今年よりも来年
と増々スピードアップしているぞと。
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by kasuya_senji | 2005-11-30 15:54 | Comments(3)
2005年11月28日
アロハオエ〜

M君から、ハワイ島に引っ越しましたとメールが入った。

昨年の4月。M君とはロスアンゼルスで会った。たまたまロスに
いく用事があって、時間が合えば飯でもくおうかと連絡を入れた
ところ、飯はともかくも会いたいので今からホテルに伺いますと
訪ねて来てくれた。

宿泊したホテルは、ビバリーヒルズホテル。
イーグルスの名曲『ホテルカリフォルニア』の舞台になったホテ
ルでアルバムジャケットには、このホテルの写真が使われている。
夕陽に向かう時刻がロマンティックなサンセットブルーバードを
西に向かうと、店が立ち並び人で溢れているこの道もフェアーフ
ァックス、ウイルシャーを過ぎると道は急に下り坂になり、店も
人通りもなくなり、大きな木が立ち並ぶ門構えの大きな邸宅が点
在するビバリーヒルズに入る。
サンセットブルーバードとビバリーが交差するところに、このホ
テルはあり、その交差点から見たホテルの景観が、『ホテルカリ
フォルニア』のジャケット写真で、ホテルは巨大なパームツリー
に囲まれている。

ホテルには有名なバー「ポロクラブ」があり、往年の映画スター
クラーク・ゲーブルとイングリッド・バーグマンがお忍びで愛を
語りマーティーニを酌み交わしたのは、カウンターのこの席です。
とバーのマネージャーが教えてくれたものだ。
このホテルは4年ぶりの宿泊だったが、以前宿泊したことを覚え
ていてくれ(以前も毎晩友人たちとこのバーで飲んでいた)

「ひさしぶりです。ミスターカスヤ。お元気でしたか?ロンドン
 ばかりではなく気候のよいカリフォルニアにいらしてください」

と声をかけてくれるものだから、つい、このホテルを選んでしま
う。部屋も前に泊まった部屋が気に入っていると言うと同じ部屋
を用意してくれていた。

M君とは、このバー「ポロクラブ」で再会した。結婚しましたと
奥さんを連れてきていた。M君は40才になるが、なかなか若い
奥さんであった。M君は、若い頃浮き名を流した時期があるから、
こんな若い奥さんをもらってだいじょうぶかいなと彼女の為に老
婆心を起こしかけたが、とてもしっかりしている女性で、M君も
どうやら腰を落ち着かせたようだなあ。地に足を着け二人で人生
を歩いていきます、これも彼女との出会いのおかげです、と語る
目が真摯であったので兄貴分としては安心した。
仕事も順調だそうで、ロスでもいよいよ名前が通り出しましたが、
生まれてくる子供のためにもっと環境の良いところで暮らしたい。
ハワイのホノルルへ移住しますというから、マッサージボディー
ケアーの仕事はホノルルの方が仕事にはなるだろうが、どうせハ
ワイにいくのなら子供のことを考えてハワイ島に住んだらどうだ
ろうとすすめた。
だいたいホノルルなんて街であって観光地であって極端なことを
云えば熱海とかわらないと僕は思っている。
ホノルルの空港でハワイ島行きの便を待っていると、ホノルルの
日系ツアーエージェントの人から「島送りですか」と言われるく
らいハワイ島は自然のまっただ中にある。どこでもそうだがハワ
イでも田舎がよろしい。

M君からの便りを紹介することで、彼等親子のスローライフが目
に浮かぶようである。さくっと一部を引用したい。

アロハ!
糟谷さんの大好きなハワイ島に引越しました。
満天の星空と雄大な自然、そしてマグマと暮らしています。
風(娘)も大きくなり、今10ヶ月ですが歯は8本もはえてるし、
すでによちよち歩いています。
海では浮き輪の中で寝たりしてます。
マウナケアの夕陽と星空、
真っ赤なマグマは飽きることなく感動します。
海の美しさと豊かさには毎日感謝です。
波乗りも最高です。
また遊びに来てください。

普通の便りが、なによりも素晴らしい観光案内になっているが如
きではありませんか。
今日は、プレスリーの『ブルーハワイ』を聴きながら書きました。
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by kasuya_senji | 2005-11-28 23:13 | Comments(1)
2005年11月26日
天満宮とフェスティバルホール

神戸でとろけるようなステーキを楽しんだ後、大阪に移動した。
ホテルの部屋に、ツアーマネージャーのスパイクと今井部の責任
者の斉藤を呼び、初日の幕開けを慰労し、軽く部屋飲みした。

美樹さんは、すでに部屋で永井トレーナーによる身体のケアーに
入っていたが、今夜のライブが録音されたCDを彼女の部屋まで
届ける手配とか、今日のライブ写真のチェックをしている今井ス
タッフの関川との連絡やら、明日のホテル出発の時間の再確認等
などで、スパイクの携帯も斉藤の携帯も、部屋飲みが始まっても
しばらく鳴り続けていた。部屋がホテルの高層階で電波の状況が
よくない。なぜだか廊下ではすこしはまともなようで、電話かか
かる度に両名が席を立つ。なんとも腰が暖まらない飲み会になっ
たが、それでもマネージメントスタッフ同士で酒を酌み交わせる
ことを喜びとした。別れ際に斉藤から、明日は会場に入る前に、
トランスポートチームの交通安全祈願とツアー成功祈願をしてき
てもらえませんか、場所はおまかせします、と頼まれた。

朝の目覚めはさわやかだった。腹もすいていた。コーヒー。スモ
ークサーモン入りスクランブルエッグ。おかゆで腹を満たし、ホ
テルを出た。
いつも京都大阪では、伏見稲荷で祈願をお願いをしてるが、今回
は大阪天満宮に出かけることにした。たまたま、7月の布袋モン
スタードライブパーティーの大阪ライブの日が、大阪天満宮のお
祭りの日と重なっていたという縁起で、そうすることにした。
断っておきますが、べつに信心深い人間ではありません。ただ我
々の(あえて商売という言い方をしますが)商売は、大勢の人が
集合して行われるものですから、人々の「気」がひとつに集中す
ることがとても大事なのです。人・気商売とは、昔の人は上手い
こと言ったもんです。ですから、普段はそうでもありませんが、
特にツアーの始まりとかなどは、人々との出会いの縁を起こすと
いう意味で、縁起ものは無視しないようにしているのです。

さて、大阪天満宮は南森町の近くにあります。南森町はFM80
2があるところで、大阪人ではない私にもお馴染みのところ。
入り口の門には、菅原道真公千百年大祭を記念して、出雲玉造天
満宮奉賛会から贈られた七五三縄が飾られていました。七五三縄
としては太くて立派なものでした。もちろん出雲大社の七五三縄
は、これの数十倍もする巨大なものであるそうですが。
ツアー成功祈願と交通安全祈願をして、お札をいただき、お神籤
をひき天満宮を後にし、フスティバルホールに向かったのですが、
途中、天神アーケードの中村コロッケ屋に立ち寄り、ビフカツと
メンチカツとコロッケを買い食いし、会場入りした。

神籤は、第四十四番 吉 であった。

『風にしたがう雲のごとし』とある。
この意は「天の恵みにより、今までの辛苦も悦びとなる。物の流
れも変化し、よき方に向かう」と書いてある。ツアー前には、確
かに辛苦はあった。
「これはこれはかたじけないお告げであろうことか」江戸時代じ
ゃないから、そうはつぶやかなかったがナイスな「吉」であった。

恋愛:辛い時期を乗り越えれば結ばれる。とあるが、妻子持ちの
   俺としては、恋愛して結ばれてはいけないぞと。
縁談:急ぐことなく良縁をまちなさい。とあるが、俺には関係な
   いなこれは。娘か息子にまわしてやろう。
探し物:やがて見つかる。とあって、ひょっとしたら今年無くし
    た眼鏡が一挙に3個とも出てきちゃったりして、、、
願い事:苦労の甲斐ありて報われる。これは、そのまま今井美樹
    ツアーにあてはめていただこう。

神戸、大阪公演を終わって、ホームページには続々とメッセージ
が書き込まれだした。そのほとんどがロマンティックな夜を楽し
みました、というもので、中には、グッズが可愛らしくてという
書き込みもあった。皆さん、ありがとうございます。ロマンティ
ックな夜を届けに全国に行ってきます。

大阪の成功を感謝して一句。

「霜月に 女神降り立つ 浪速かな」 岡崎堂(ご笑止下さい)
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by kasuya_senji | 2005-11-27 17:10 | Comments(2)
2005年11月25日
神戸国際会館

今日、初日の幕が開いた。
今井美樹のコンサートを初めて観たのが、神戸国際会館だった。
あのときは、コンサートが終わり出演者のみなさんに挨拶をすま
せると、その足で、知人に教えてもらったトアロードを横道に一
本入った「お好み焼き・千代」という店で食事をした。
お好み焼きという看板はかけているが、食事は割烹料理だった。
お千代さんという名の女将さんが、ふるいお好み焼き屋を買い取
って開いた店だそうで、店内はお好み焼きやの内装をそのまま残
し料理屋としていた。
なんでも隠れた名店だそうで、何を食べたかは、なにしろ昔のこ
となので忘れてしまったが、何を食べても美味かった記憶がある。
その店で、そのときのコンサートを、

「俺だったらあの演出はしないな」
「照明はあの方向じゃないな」

などと批評をしつつも歌のうまさにただただ酔いしれていればよ
かったのであるが、いつしか自分がその演出役を引受けるように
なるなどとは思いもしなかった。
多分、布袋が美樹さんに楽曲の提供をし、それで、よろしかった
らコンサートにいらして下さいと布袋関係者の一人としてお誘い
を受け、日程が調整できた神戸のコンサートにおじゃましたので
はないかと記憶している。コンサート終了後の食事会に参加する
という直接のつながりではなかったので、出演者とは別の場所で、
美味いものをつまみつつ酒を飲み気楽に批評やら歌のうまさを感
受していればよかったのだった。

ツアーの日程が変更になったとは云え、神戸国際会館で初日の幕
を開けることになったことに多少の縁起を感じていた。俺にとっ
ては或る意味で「おもいでの会場」である。初日ではあるが今夜
のライブがキマるのであれば、このツアーは連戦連勝できるので
はないかと縁起をかついだといってもいい。音楽の女神ミューズ
がステージに降り立ってくれることを願かけた。幕開き直後のお
客さんへのご挨拶で、今井美樹も「どうぞミューズが降り立ちま
すように」と語った。
ライブを観た或る方から「演出舞台照明の全てがとても男衆が考
えたとは思えないほどロマンティックでした」との評をいただい
たが、演出も舞台美術も照明もただただ歌姫今井美樹のためにあ
るもので、会場中に歌声が鳴り響いたその夜の今井美樹は、たし
かにミューズの化身であったとおもった。

初日の成功のご褒美に我々は、神戸ですばらしく美味いステーキ
を楽しむことができた。シャンパンも喉にしみたのは、ミューズ
だけでなく、バッカスも降り立ってくれたようだな。
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by kasuya_senji | 2005-11-26 14:36 | Comments(1)
2005年11月24日
忘れ得ぬ人。井上隆司

1999年11月22日。朝8時過ぎ。
サンデーフォークプロモーションの井上隆司社長が肝不全で亡く
なった。早いもので、あれから6年の月日が流れた。

その年の5月。音楽業界の大先輩であるタツ永島氏が亡くなり、
青山葬儀場で行われた永島さんの葬儀に参列をした帰り、駐車場
で井上さんと顔を会わせた。

「ごくろうさまです」と井上さんは言った。
「いや、そちらこそごくろうさまです。今日名古屋からお越しで
 すか」と聞くと、先週から東京にいますと答えた。

井上さんは、キングストン・トリオの大ファンで、自称キングス
トン・トリオマニア。今回キングストン・トリオが来日している
が、たぶんこれが最後の来日になるのではとトリオを追っかけ、
最終の公演が東京で行われているので、それで東京に張りつきで
すとのことだった。

「今日はスイートベイジルでライブがあります。2回公演ですが、
 夕方から約束があって1回目は観られませんが、2回目は間に
 合えば顔を出すつもりです。それが日本での最終公演です」

キングストン・トリオは僕にとっても懐かしい。

「俺も観にいってみようかなあ。ちょうど同い年のアメリカ人の
 友人が東京に来ていて、こちらも彼と夕方から打ち合わせだか
 ら、2回目には間に合いそうだ。そいつにも懐かしいだろう。
 誘って観にいきますよ」
「では、会場でお会いしましょう」

と駐車場で井上さんと別れたが、それが、井上さんの姿を見た最
後になった。

井上さんは、そのしばらく前から肝臓を患っていて、そのことは、
サンデーフォークのごく一部の人間しか知らなかった。キングス
トン・トリオの後は、2005年に名古屋で行われる万国博覧会
誘致のために夏からパリにしばらく出かけます、とその時言って
いたように記憶しているが、それは表向きの話であって、実は彼
は手術を受けるために入院を予定していたらしい。
サンデーフォークのスタッフも「社長はヨーロッパに行っている」
と誰もが思っていた。

最近、名古屋に行っても井上さんとも会わないなあ、、
いつまでパリにいるのかいな、、、
ずいぶん長くいってるんだなあ、、
今年もそろそろ12月になるぞ、、
とおもっているところに、電話が入った。その電話は驚くべき内
容だった。

「社長が亡くなりました」
「社長って井上さんだろう?あいつはパリに行ってるよ」
「たった今、病院で息を引き取りました。葬儀のことは追って連
 絡をさしあげます。社長と親交の深かった方にと、まずはお知
 らせを差し上げました」

電話の向こうの人は泣きじゃくっていたが、あまりの突然な知ら
せが真実だとまったく信じることができなかった。
仕事をすべてキャンセルしてとるものもとりあえず、名古屋の井
上さんの家に駆けつけ、和室に眠るように横たわる井上さんの遺
体と面体した。それでも信じられなかった。
その夜、井上家を辞し、ホテルに戻ったが眠れそうになかった。
一緒に行った加藤よさおさんをも眠れないという。
白面じゃいられないよ今夜は、と加藤さんを誘って飲みに出た。
井上さんに連れていってもらったクラブをはしごして回った。
どの店も彼が亡くなったことをまだ知らなかった。
「井上さんはしばらく来ないよ。彼のボトル持ってきてよ」とボ
トルを飲み干した。次から次へと何軒も周り、主のいなくなった
ボトルを残らず空にした。それでも酔えなかった。

翌日、「井上君のボトルを全部飲み干してきたぞ」と副社長の桑
原氏(現社長)に言うと、「ありがとうございます。社長の代わ
りに飲んでいただき、いい供養をしていただきました」とお礼を
言われた。

今でも彼の死亡記事が掲載された1999年11月23日の中日
新聞を額に入れて大事に保管している。
あれから6年の歳月が経った。
21世紀も愛知万博も観ずに旅立った井上君。ときどき、彼が生
きていたら今の音楽業界を見てどんなアドバイスをしてくれるだ
ろうかとおもう。
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by kasuya_senji | 2005-11-24 18:35 | Comments(2)
2005年11月23日
勤労感謝の日

テクリハ会場は、山の上にあった。
大きな敷地のなかに、ゴルフ場と温泉とテニスコートなどを設備し
た中に、コンサートや舞台のための会場もあり、そこを借りて舞台
セットを仕込み照明の明かりづくりが行われた。

お客さんが入っているわけではない。ステージ裏にある楽屋には暖
房がはいっていたが、ステージがある客席会場部全体には暖房は入
れられていない。夕方になって、陽が落ちると会場内はしんしんと
冷えに襲われた。足底から強烈な冷えがくる。
会場中央に設置された照明ブースには、電気ストーブや石油ストー
ブが用意されているが、全く役に立っていないかのように寒い。
ホカロンも効かない。ホットコーヒーや温かいポタージュスープを
何杯もすすりながら一時を凌ぐ。水分と寒さで用が近くなり、何度
もトイレで皮パンツと格闘した。

夜9時をまわって本日の作業は終わった。ステージはセットと照明
ですばらしく素敵に仕上がった。施設内にあるアパートと呼ばれる
6階建ての宿泊施設の401号室が、仕事が終わってからの飲み場
所になっていて、そこには、照明会社の「林オフィース」の好意で
「鳥鍋」と「すき焼き」が用意されていた。酒もビール、焼酎、ワ
イン、ウイスキーと用意されている。全員があつまり、わいわいと
鍋をつつき、酒を酌み交わし、なにやら合宿所でもある。さっきま
での寒さを忘れ、大いに語り明かし、たいへん楽しい夜になった。

翌日は、さわやかに晴れ渡っていたが、昨日に比べてまた一段と寒
い日になった。デザイナーの林さんは、寒さなど一向に気にならな
いかのように仕事に没頭している。寒くてしかたないのは同じなの
に、「昨日より冷えますね」などとやわらかくいうばかりで、俺の
ようにちじこまって震え上がっているような素振りはいっさい見せ
ない。たいしたもんやなー、、、
一流の男の仕事に対する執念を見た思いだった。
当方は、何かしらの作業があるわけではなく、ただただ、林さんの
仕上がりを見つつ待つばかりなので、中座を断り、一旦会場を離れ、
となりの温泉施設のロビーまで避難した。
嬉野温泉とある。祝日なのでゴルフ場にもお客さんがたくさんいた
が、温泉にも大勢のお客さんがいた。
温泉の12月のイベントに出演する歌手のポスターが貼り出され告
知されていた。それを見ると年末にかけての日曜日毎のイベントは、
こんな日程順だった。

「あさがおの花」 鳳城明美ショー
「恋すずめ」   三樹裕介ショー
「三重の人よ」  真坂孝夫ショー
「おいてけぼり港」三井ゆりショー
「おんな残侠・椿のお龍」貴代秀ショー
「わたしの貴方」 川原かず恵ショー

という皆さんが出演するらしい。
温泉客が食事やカラオケなどで利用する畳敷きの宴会場でイベント
は催されるようだ。

ロビー右横の奥まったところにゲームセンターがつくられていた。
エアーホッケーがあったから、江坂を呼んで、プレイしたら体が暖
まるだろうな。電話してみようかなと携帯を取り出すと、UFOキ
ャッチャーのガラス箱の中にかわいいおネエちゃんの写真入りのパ
ッケージが並んでいるのが目についた。
あれ?CDが商品なのかな。あんな薄いものをどうやって引っ張り
上げるんだろうと近づいてよく見ると、ナント!AV(エロ)ビデ
オだった。かなりキワドイやつも中にはいらっしゃいまして、きれ
いな姉さんが○やら×やら露出して、こちらを向いてニッコリ笑っ
ているではないか。白昼堂々と。500円で6回できますとも書い
てある。いや、さすがにこれには驚いた
早速、江坂を電話で呼んだ。江坂の「自分の好みはあの姉さんです
ね」という品定めを聞きながら、笑った笑った。寒さは忘れた。

ほぼ出来上がったという林さんの話を確認して、林さんをはじめ照
明、舞台のスタッフの勤労に感謝し会場を後に東京へ戻った。
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by kasuya_senji | 2005-11-24 16:25 | Comments(2)
2005年11月22日
忘れ得ぬ人々

今井美樹コンサートの最後のテクニカルリハーサルの行われてい
る三重県の劇場へ向かうため品川駅へ。

30分前に品川駅についた。
新幹線ホーム階上の、スターバックスでカプチーノを買い時間待。
スターバックスの隣の待ち合いにいくとなんだか態度のわるそう
な若造の隣の席しか空いていなかったので、しかたなくそこに座
った。
あらためて今回のテクリハの資料に目を通しておこうとカプチー
ノを足もとにおき、鞄を開け資料をとりだしたひょうしに足でコ
ップをたおしてしまった。コップにはふたがしてあって、ドバー
ッとカプチーノがこぼれたわけじゃないが、それでも、飲み口用
の穴からクリーム色のカプチーノが葉書大くらいこぼれた。
やっちまったなー。とおもったが、開けた鞄をそのままにして紙
ナプキンを取りに行くわけにはいかない、資料を鞄にもどしてい
ると、隣の若造が、なかなか床にこぼれた液体を処理しないこち
らを一瞥すると無表情で席を立っていった。
今から拭きますよ。そのままにしてはおきませんよ。とその若造
に言い訳とも弁明ともつかないことを心の中でつぶやきつつ鞄を
閉じ終わりると、戻ってきた若造君が「これどうぞ」と紙ナプキ
ンを差し出してくれた。
「いやいやこれはかたじけない」
江戸時代じゃないから、そうは言わなかったがお礼を述べ、それ
をきっかけに若者と二言三言言葉を交わした。
それによると、若者は東京の実家に用があって帰ってきたが、こ
れから京都にもどるところで、建築工学を勉強中の京都大学の学
生。若者らしく(?)だらしない格好をしていてまばらな無精髭
がのびていたが、よく見ると目鼻立ちが聡明そうな顔をしていた。
態度の悪そうな若造という印象はまちがっていた。親切な若者だ
った。人は見かけによらないものです。

新幹線に乗り込むと、新横浜で質品いやしからぬ紳士が乗ってき
た。紳士は、私の席の前で立ち止まり「これを」と云った。
車内は空いていた。まさか隣の席に人が座るとはおもわなかった
ので、紳士の席には私の鞄が乗せてあった。「これを」は鞄をど
けなさいということだった。
「申し訳ありません」と鞄をかたづけ紳士が隣に座ると、紳士の
携帯電話が鳴った。どうやら電波状況が悪いらしく紳士は大声で
話しだした。そこに切符拝見のお嬢さんが登場。あまりの大声に
見兼ねたお嬢さん「周りのお客さんに迷惑がかかりますから、携
帯電話はデッキでおねがいします」といった。この場合、迷惑が
かかっている周りの客とは、隣に座っている私のことであろう。
紳士は、私の顔をじろっと一瞥すると、聞こえないんだからしょ
うがないだろう?という顔をし、ふんっと言って席を立ったが、
デッキには行かず勝手に空いた席に移り、あいかわらず大声でし
ゃべり続けた。
髪をきれいになでつけ、上物のスーツを身につけ質品いやしから
ぬ紳士だとおもったのは間違いだった。礼儀作法知らずのただの
ヤな感じの大人だった。人は見かけによらないものです。

テクリハ会場は寒いですから防寒対策を、と連絡をもらっていた
から、皮のパンツで出かけた。この皮パンは皮がぶ厚く防寒には
もってこいであるので選んだのだが、前のボタンが大きめでボタ
ン孔にすんなりとはまらない。いったんはまると外す時にまた大
事(おおごと)であるので、トイレに行く度にボタンと格闘する
はめになるというしろもの。
新幹線の車内のトイレで小用をたしていた。ボタンをこじあけ、
おもいきり皮のパンツをおろし、ちょうど男子の幼稚園児がひざ
までパンツをおろして用をたすようなあの格好で用をたしていた。
その時、扉が開けられた。振り返ると男の子が驚いたような顔で
立っていた。用をたしにきた子供の顔と俺の臀がまとも。男児も
まさかトイレでパンツをずりおろして用をたす大人の後ろ姿を見
ることになろうとはおもっていないから、あっけにとられたよう
な顔をしている。
「閉めなさい」「うん」
用をたし終わって、ボタン孔と格闘し、トイレを出た。
待っている男児は叱られるのではないかと脅えた顔をしていたか
ら優しく俺は言ってやった。
「今、見たこと、誰にも言っちゃダメだぞ」「うん」
これで、あの子供は、なにか秘密をみてしまったかのように今日
の出来事を一生忘れないのではないか。
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by kasuya_senji | 2005-11-24 14:15 | Comments(1)
2005年11月21日
帰国

日本女性の日と勝手に命名させていただきました11月20日に
娘が無事帰国しました。

「どうだったんだ?」
「うん。おもしろかった」
「ホームステイ先は、どんな家庭だった?」
「中国とか外国の留学生もホームステイしていて、いろんな人が
 いた」
「大家族か?」
「うちのおとーさんおかーさんよりも若いパパとママで、子供は
 小さかったよ」
「家は広かったのか?」
「そうでもない。小さい部屋に仲間3人で寝た」
「勉強になったのか?」
「うん。かなり忙しかった」
「英語は大丈夫だったのか?」
「がんばったよ」
「食事はどうだった?」
「あんまりおいしくなかった」

子供の頃から外国に慣れさせようと、娘や倅が小さかった頃は、
冬休みや夏休みを利用して、香港やハワイやロンドンにしょっち
ゅう連れ出していたが、小学校の高学年になる頃から、海外に行
きたがらなくなった。
理由はよくわからないが、お友達好きである娘は、ハワイなどの
ホテルのプールサイドで同じ年頃の子たちと遊んでいても言葉が
通じないからいつまでたってもお友達になれず、つまらない思い
をしていたようで、それで行きたがらなくなったのじゃないかし
らとかみさんは言っていた。
学校の研修旅行とは云え、海外へは行きたくて行きたくて行った
分けじゃなかったようだから、「つまんなかった」とか「早く帰
りたくてしかたなかった」と言うかとおもったら、そうでもなか
ったので安心した。「また行ってみたいか?」と聞くと「うん」
と答えていたから海外も気に入ったようだな。これからは、どん
どん海外へ出て視野や見聞を拡げてもらいたいものだ。

疲れた〜。おかーさん。お腹すいた〜。まだ〜。
とリビングのソファーにだらしなく横になりながら、かみさんが
作る喜多方ラーメンができ上がるのを待っている顔が、親父とし
ては可愛らしかったので、おいお前、ホームステイ先でもそんな
格好してたんじゃないだろな、という小言は呑み込んだ。
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by kasuya_senji | 2005-11-21 17:38 | Comments(1)
2005年11月20日
日本女子の日

そのニュースを聞いて、
「こりゃダメだな。終わってしまうのではないか」と思った。

先週、テレビ朝日で高橋尚子選手の特別番組が放送された。
小出監督の下を離れ、監督の指導の下という形をとらず練習相手
とチームをつくり、練習方法から食事からトレーニングから何か
ら何まで自分ですべてを判断するというスタイルでスタートした
高橋選手の東京国際女子マラソンでの再起を目前に控えた特番だ
った。

指導者の多くは「女子選手は自分がどうやって強くなったのかを
振り返れないことが多い」という。男子選手に比べれば指導者へ
の依存度が高いためである。小出監督の下を離れたのは、その壁
を突き破らなければ、再起はあり得ないと高橋選手は判断したの
だろう。このことは特番では語られていなかったが、人に語れる
ものはすべて語っていたと思う。アメリカでの高地トレーニング
を終えて、全ての準備は完全であるとも語っていた。期待感はい
やがおうにも増した。

しかし、特番の翌日。衝撃的なニュースが流れた。
高橋尚子が「肉離れ」を起こしたと告白。それでも東京女子国際
マラソンには出場するというのだ。この無理が大事に至ると選手
生命が終わってしまうのではないかとおもったのはその時だった。

ところが、35キロ地点まで、バルシュナイテ、アレムとトップ
グループで並走していた高橋尚子は、猛然とスパートをかけ1位
に躍り出た。あっという間の出来事でだれもついて来れなかった。
その地点は、2年前のレースで独走していた高橋がアレムに抜か
れオリンピック出場の夢が破れた「あの坂」の直前の地点だった。
2年前に抜かれた場所「思いでと戦った」とレース後、高橋尚子
は語った。独立、故障、悪夢の全てを克服した笑顔がキラキラと
輝いていた。すさまじいものを観たような気がした。Qちゃんと
呼ばれ国民的な人気を誇る高橋尚子の復活は、日本中の集目の中
で成し遂げられたのである。
1位でテープを切り、走り終え、コースをふりかえり、ゆっくり
とおじぎをした高橋尚子の姿に涙したのは俺だけではないだろう。

20日の日曜日は、日本女子選手の大活躍の日となった。
高橋尚子に続き、宮里藍が最終日7アンダーという大爆発で逆転
優勝し賞金女王争いのトップに立つと、海の向こうからはフィギ
アスケートGPシリーズ第4戦フランス杯で、なんと若干15才
の浅田真央がシニア大会で初優勝を遂げたというニュースも飛び
込んできた。
優勝のコメントは、パリについて聞かれた時、「オシャレだけど
寒い。えーと、焼き肉が食べたい」。オリンピックには年齢制限
で出場出来ないがと云う質問には、にっこり笑って「うん。残念」
とひょうひょうとしていたというじゃないか。
恐るべし日本女子!
これからの日本をしょって立つのはまちがいなく日本女子だなあ。
来年から、11月20日は「日本女子の日」の祝日としたらどう
だろう。1年中「日本女子の日」でもかまわんぞ!

朝青龍の8連勝やワールドカップスピードスケートの若き弾丸・
加藤条治の500m世界新記録もあったけど、どうも、男は分が
悪かったかな、この日ばかりは。

スタジオでマラソンを一緒に観ていた舞台監督の江坂に、
「江坂。お前は独りもんだ。高橋尚子を嫁にもらったどうだ」
と言ったら、
「いや〜。あんなに強いんなら俺が嫁に行きたいくらいっすよ」
と言ってたくらいだから、やっぱり日本の将来は女子だなあ。
(笑止下さい)
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by kasuya_senji | 2005-11-21 15:49 | Comments(1)
2005年11月18日
ラストスパート

いよいよ来週末からの今井美樹コンサートに向けリハーサルはラス
トスパートに入っています。

9月の末に、美樹ちゃんが腰を痛め(椎間板へルニアと診断)
即、手術をし、コンサートツアーが順延になりました。腰の痛みを
訴えている時の彼女の様子から、コンサートはすべてキャンセルに
なるかもしれない、、、
とまで思い込んだのですが、名医を紹介いただき、2週間の静養の
後、永井トレーナーの付きっきりのリハビリに入りトレーニングを
重ね、今は11月25日の神戸国際会館の幕開けに向け完全復帰直
前というところです。

順延になった会場も、全て振り替えの日程が確定しています。日程
が変更になったことでのチケットのキャンセルもほとんどなく、多
くの人々が彼女のライブを楽しみにしてくださっていることにあら
ためて身の引き締まる思いです。彼女もステージで歌える事の幸せ
に感謝の思いを込めて歌うことでしょう。
今回のライブは、今年から来年にかけて今井美樹歌手デビュー20
年を迎えますので、長い間に渡って応援をいただいている皆さんに
と、この20年を代表する曲とこの機会に彼女が歌ってみたい曲を
用意しました。

バンド編成は、
ドラム(鶴谷智生)
ベース(高水健司)
キーボード(齋藤有太)
ギター(今剛)

という今井美樹のステージには欠かせないお馴染みの最強メンバー
のカルテットで、時にはジャジーに、時にはピアノソロをバックに、
時にはトリオの編成でと、昨年の布袋が参加したロックバンドテイ
ストとはまた違った味の、静かな大人っぽい雰囲気の中で名曲の数
々をたっぷり堪能していただきます。

舞台照明音響関係スタッフに永井トレーナー、鈴木ボーカルトレー
ナー、ツアーマネージャーのスパイク、衣装関係者など全員スタジ
オに集合し最後の打ち合わせに余念がありません。スタジオはさな
がら今井美樹事務所と化しています。

余談ですが、今朝の朝日新聞東京本社14版の11ページに、アイ
アールシートゥコーポレーションと我が社の名前が出ています。
『メディアウオーズ』著作権の一括処理:という記事です。
実演家著作権隣接センターの椎名運営委員のインタビューが掲載さ
れていますが。その記事の中に著作権を管理する組織図が図解され
ていて、我が社の名前が出てきます。我が社の名前はともかくも著
作権管理を理解いただく上で、是非お読みになって下さい。
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by kasuya_senji | 2005-11-18 14:39 | Comments(1)

 
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