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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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2006年1月31日
仙台の思い出
                           
書き込みコメントと読者数が少ないのが特徴の岡崎堂ブログに
めずらしく数件の書き込みがあった。仙台の青葉城の事を書い
たのが受けたんだろうと勝手に解釈して、仙台のことを続けて
みよう。海鞘(ほや)話です。

仙台に初めて行ったのは、今から約30年前のこと。
東北新幹線は開通してなく上野駅から在来線の特急に乗って行
った。上野〜仙台間が4時間かかった時代だった。
普通指定の固い座席に座っての4時間は決して短い時間ではな
かったが、それでも初めて仙台を訪れる気分で心は浮き浮きし
ていた。大学を追い出され、ひょうんなことから音楽仕事をや
ることになった僕の初めての出張で、大学生のころは生活に追
われ食うことに精一杯だったから、旅行なんて仲間と伊豆七島
の新島に行ったこととその仲間の伊東の別荘に遊びにいったく
らいでほとんど行ったことがなかった。出張に行くことになっ
てあわてて買った旅行バッグにあれやこれや詰め込んじゃって
バッグはパンパンに膨れていた。
出張に出かける前に田舎のお袋に電話をすると、

「慣れない土地だから水と食べ物には注意しなさい。特にお前
 は小さい頃から痩せていて胃腸が丈夫ではないから気をつけ
 なさい」

と言われ胃腸薬、正露丸などの薬に念の為と絆創膏や傷薬も買
いそろえて持って行った。
仙台行きは、新曲のキャンペーンでクラウンレコードの制作課
長の武野さんに同行してもらった。武野さんともまだ知り合っ
たばかりのころで、道中、子供の頃のこと学生時代のこと、ど
うしてこの仕事をやることになったのかなど聞かれるままに話
し込んだが、武野さんふくれあがったバッグも気になったよう
で、薬などがたくさん入ってますと答えると、
「用心がいいんだね。この仕事は用心のいい人は成功しますよ」
と優しかったな。
この時の宣伝課長は綿貫さんという人で、本来キャンペーンは
宣伝部の仕事だが、どんな理由かは覚えていないが日程調整が
つかず制作の武野さんが綿貫さんの代わりに同行してくれた。
綿貫さんも優しい人で、人はこの二人を「武野綿貫」と一緒く
たににして呼ぶ仲のよいコンビだった。仕事をやり始めた頃は
よく失敗もしたが、相談に行くといつも二人で登場してくれ、
「仕事に失敗はつきものですよ。気にしないでこの失敗を忘れ
 ずに頑張ればいいんです。いつか必ずあなたしか出来ない仕
 事をやる日がきますから」
と、笑顔でいつも励ましてくれた。
仕事に入って一番最初に本当に良い人に出会えたものだと今で
もその幸運を忘れない。
仙台出張の武野さんの小さな鞄には、シャツと下着と手帳と万
年筆とウイスキーの小瓶が入っているだけだった。好きなウイ
スキーを皮のケースでくるんだ自前の小瓶に詰めて持ち歩くな
んて、大人を感じたなあ。

ここまで書いて、スタジオで舞台美術の打ち合わせの時間がき
てしまった。この続きは、また明日。
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by kasuya_senji | 2006-01-31 19:18 | Comments(3)
2006年1月30日
青葉城

仙台から戻ってきました。
昨夜は、サンプラザホールで今井美樹コンサートが開催され、終
了後に、ある大きめのカフェバーを貸し切って全員参加の打ち上
げ食事懇談会が催されました。

トレーナーの永井さんに、食事会での挨拶をおねがいすると、
僕は挨拶は苦手でして、、、と及び腰だったが、カフェバーに全
員そろったところで、永井さんよろしく!と声をかけると、今日
のライブのすばらしさは美樹さんを始め全員の力の結集のたまも
のであり、残されたあと3会場での成功をめざしましょう!
と簡易であったが心温まる開会宣言が飛び出した。
永井さんやるもんだねえ。大人だねえと感心。

乾杯の発声も終わり、ミュージシャンスタッフが入れ替わり立ち
替わり美樹ちゃんの周りに集まり、ワイワイガヤガヤと楽しそう
な盛り上がりの中、バーの片隅にあるプールでツアーマネージャ
ーのスパイク、オンザラインの高橋君、永井さんと私の4人はナ
インボールの勝ち抜き戦に興じる。
青山学院の裏手にあったレストランの地下にプールバーがあって、
随分前まではそこで毎晩のようにビリヤードで遊んだ。
ある年は布袋に一回も勝てなくて何十連敗をしてしまい、少し足
が遠のいたところに、レストランが改築されプールバーはなくな
ってしまった。それからほとんどQを握ったことがなかったので、
1番上手いスパイクに立ち向かったら勝ち目はないな。と、惨敗
覚悟の上のゲームだったが運不運が微妙に左右し、ナント!岡崎
堂の4連勝で幕を閉じた。気分を良くして、すこしワインがすす
んでしまったようだ。

朝、目覚めるとちゃんと二日酔い気味だった。頭をすっきりさせ
ようと早めにチェックアウトして、旧仙台藩伊達家の青葉城跡に
ある神社まで散歩がてら出かけた。散歩とは言ったが、とてもあ
の急峻な坂は上れないので山の上の神社の玄関先まではタクシー
で行って、境内をあちこち見て回り散歩した。
岡崎城の中には「竜城神社」といって、徳川家の守り神が奉られ
ている神社があるので、青葉城のその神社も仙台伊達家の神社だ
ろうと訪れたのだが、ちょっと違っていた。戦争で命を落とした
仙台出身の人々の英霊を奉る神社で、どこか靖国神社的な神社だ
った。
本殿脇の資料館では「男たちのヤマト展」が開催されていて、戦
艦大和に乗艦した仙台の関係者紹介があり、英霊の碑では近くに
設置されたスピーカーから「軍艦マーチ」が流れていた。
戦争が高揚され、この曲で若い兵士が次から次へと戦地へ送り出
されていった筈なのに、英霊の鎮魂の碑の前でこの曲をかけてい
いものだろうかと思ったが、それはそれとして、二日酔い気味の
思考停止状態の私には、街宣車的でもありパチンコ屋にいるよう
な感じでもあった。
本殿の鳥居をくぐると、左手にガラス箱の中に40センチほどの
大きさの獅子舞人形が置かれていて、センサーでもあるのだろう
人がその前を通るとテケテケテケテケと太鼓が鳴り、ガラスの中
の獅子が舞い踊りだすと云う仕掛けになっているお神籤ボックス
があった。
世俗の商売繁盛の願をかける戎っさんならいざ知らず、英霊の御
霊を鎮護する神社の本殿の前で、からくり人形のお神籤売りの獅
子舞かい。なにやってけっかるんやこの神社は。と、私は獅子舞
人形を全く相手にしなかったが、観光バスからぞろぞろ降りてき
た観光おばさん達には妙にウケてたな。次から次へお神籤が買わ
れ、朝っぱらから吉だ凶だと大騒ぎしていた。
社務所の隣のお守りグッズ売り場も、私がひとりで境内を歩いて
いる時は誰もいなかったが、観光バスが着いておばさん方が連れ
立って歩いてくるのを見ると、巫女さんがいそいそと奥から出て
きて売店に並んだ。神社も人を見ます。
神社脇の売店で、伊達家青葉城について書かれた本があるのでは
ないかと捜したが、そんなものはどこにもなかった。ズンダ餅と
萩の月と牛タンと笹蒲鉾が売られていただけだった。
ひとつだけ興味を引かれた本が置いてあった。支倉常長の慶長遣
欧使節団。伊達政宗がイスパニアに派遣した使節団について書か
れた本で、物語として読んでもおもしろくはなかろうが東京へ帰
る車中で間が持つかもしれないと英霊の御霊と軍艦マーチと仙台
土産とお神籤人形が混在する神社への参拝記念に購入。

仙台駅から行き当たりばったりに飛び乗った新幹線はガラガラで、
乗った車両の客は私一人だった。なんでこんなに空いてるんだろ
うと思ったが、乗ってみたら各駅停車新幹線で、東京駅までたっ
ぷり2時間半以上もかかってしまった仙台の旅だった。
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by kasuya_senji | 2006-01-30 16:26 | Comments(4)
2006年1月27日
迷惑と歓迎

毎日数十のメールが入るが、最近その中に「女性と出会えますよ。
いかがですか」といった趣旨のメールが混じり込んできている。
「内緒の写真です」「淋しくてしかたないの」「午後のときめき」
「××の部屋」などといった件名で届いてくるが、「逆サポ」と
いって、俺に金をくれるというメールが多くなってきた。
単に女性の紹介では見向きもされなくなってきたので、付き合っ
てくれれば月30万あげますよ。と人を釣ろうとしている。
先週は宮崎に行って雪で帰れず、週明けの月曜日に事務所で金曜
日、土曜日、日曜日分のメールをチェックしたが、ナント!総数
58通のメールのうち38件が。その手のメールだった。
いいかげんにしろってんだ!
とブログに書いて憂さを晴らしている。

なぜブログに書いて憂さ晴らしかというと、
「サエキけんぞう」さんが、こういった迷惑メールを研究したよ
うで、結果としてはナニカシラの真実がある。と朝日新聞のイン
タビューに答えていたが、「このメールが迷惑であればここにメ
ールをしていただければ2度と送りません」と書いてあるからと
言っても絶対に返してはいけませんと念を押していたので、送っ
てもらわなくとも結構だ!とクレームがつけられないからであり
ます。男だけに送られてくるものかと思っていたが、会社の女性
スタッフに聞くと、毎日何通も送られてきて本当に頭にきていま
す!と憤慨していた。
ちなみにInfo@で始まるアドレスがそれで、どうボイコットすれ
ばいいか研究しましょうよ皆さん。

メールといえば、友人のBがやっとメールを始めた。
祝開通!とメールを送ると、ほどなく返事が返ってきたので、使
い始めたばかりなのにもう使いこなしているなと感心したが、そ
うでもなく、慣れないことで悪戦苦闘中だとのこと。
Bが言うことには簡単なメールを返すだけなのに時間がかかって
時間がかかって、「その映画は期待にはそぐわなかった。まあ、
10点満点の2点だね。ちなみに、この役者は好きだったのでそ
れで2点」と打ち返すだけで、気がつくと30分も経っていて、
やんなっちゃうよ。と言っていた。
それと、口で語ることは得意だが(Bは元バーテンダーで話は絶
品)物を書くことは全然やってないから、いや文才がある人はう
らやましいといっていたが、この年になって(幾つかは、まあよ
ろしいでしょう)携帯電話のメールという新しいオモチャを手に
してヨロコんでいる感も確かにあると感じたな。

そろそろBにバーカウンターの向こうに立ってもらおうと仲間と
計画中なので、Bもメールに精通した春過ぎあたりからは、
「飲みに来い!」メールが送られまくる事になるのではと期待し
ている。こういうメールは大歓迎!であります。
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by kasuya_senji | 2006-01-27 18:47 | Comments(2)
2006年1月26日
裏口からコンニチハ

一夫多妻の占い師? また、妙なおっさんが現れたもんやなあ。

夢にでてきた「呪文」を唱えると、相手を口説くことができると
いっていたが、これなんか、まるで子供の発想だね。
俺も子供の時は、なにか自分に想像もできない力が内在していて
呪文をとなえたり坊さんのように手で印を結んでエイ!とかけ声
をかけると自分の願っていることができたらイイナ。なんて想像
したものだった。ドラエモンの「どこでもドアー」なんかまさに
その発想だと思う。漫画的とはいえ夢のひとつだね。
子供のことだから、シンドバッドの冒険を読んでバグダッドへど
こでもドアーでひとっ飛び!あたりの夢がせいぜいで、大人の占
い師のおっさんの夢が「11人の奥さんと仲良く一緒に」ならば、
それが夢かい?と不思議であります。

辛辣なことをいえば、かみさんと意見の仲違いがあって、一体何
年一緒に暮らしてるんだ俺たちは。何回言ったらわかるんだ。と
思うことはしばしばで、そんな時は「どこでもドアー」で南フラ
ンスプロバンス地方の陽当たりのよいニースやカンヌ辺りで俺一
人だけの気ままな一人暮らしエイ!。が、ほんのちいさな勝手な
夢で、11人と一緒。なんて思いもしないよ。
この占い師ひょっとしたら、厳しい春秋をくぐり抜ける試練なく
年だけ食っちゃった子供大人ではあるまいか。というのが第一印
象でありました。
平和ボケの平成日本の陰の部分にいきなり陽が当たって世の中に
裏口からコンニチハと出現した感じでありました。
女性諸君!子供の心を持った大人は素敵。などとあまり簡単に言
わない方がよろしいですよ。解釈の勝手により、シュバイツアー
博士にもなるし占い師のおっさんにもなりますから。

今朝のニュースでは、ロシアが大寒波で最高気温が零下41度で
ガス管水道管が凍りつき市民生活に大打撃をあたえていると報じ
ていて、とても春来たるとはいえないが、それでも正月を迎えた
今、季節は新春で、春になるとこういった方々あらわれるなあ。
突如、家の裏口から訪ねてくるという印象であらわれるなあ。

江戸末期。不凍港を求めて、開拓が進んでなく防御能力がまった
く手薄だった日本にとっては裏口にあたるエゾの地に、こっそり
とあらわれた帝政ロシア軍が国後択捉で侵略や拉致を繰り返した
ことは、江戸表に堂々と現れた米国のペリーとはひどく違った不
気味な印象を時の政府にのこした。そして不安感と恐怖感が相ま
って、明治期の日本新政府のロシア脅威論となり、日露戦争へと
進む要因となった事は否定できない。当初の印象が不気味である
か否かによって、どこか決定的な結果に繋がるのではないかとも
思える。

ニッポン放送の友人が語ったライブドアーによる買収時の印象も、
経営権を確保するために設けられたTOBという手法ではなく、
たとえ法内であっても時間外取引という手法でいきなり現れたラ
イブドア一には、日本の経済改革の旗手というより、ただただ不
気味さを感じたというものであったことが重ねて思いおこされる。
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by kasuya_senji | 2006-01-26 23:49 | Comments(1)
2006年1月25日
シーズン到来

昨夜は、銀座松坂屋の裏にある和食屋で会食。
1階は店の真ん中にドン!とあるカウンター席が主役。
2階は、座敷部屋が主役で、6人ほど入れる部屋が数部屋と部屋
を仕切っているふすまを開ければ30人ほどの宴会も可能な大き
めの部屋がある。品の良い女将さんがいる品の良い和食屋だった。
我々は早めに食事会を始めたので客もまばらだったが、食事中に
手洗いへと中座すると、いつの間にかすべての部屋が客で埋まっ
ていた。新しい店なのにずいぶん人気があるようだ。
女将に聞いてみると、こういった小分けながら大勢さんも集まれ
る和食屋が銀座にはほとんど無いので、手軽な値段もあって若い
方も含め皆さんに可愛がってもらっていますとのこと。
我々がよく出かける地方都市には、こういった造りの店はいくつ
でも有る。地方でなくとも、六本木にも有るし青山にも有るし麻
布にも有り渋谷にはゴマンと有る。
当たり前に銀座という繁華街にも有ると思い込んでいたが、やは
り銀座という土地柄は、他の場所のように不特定多数の客を相手
にするのではなく特定少数の得意様のお客で成り立ってきたんだ
なあとあらためて感じたが、銀座という町も変わりつつある。
時代の変化による人々の需要をするどく読み取った経営者の嗅覚
で、こういった店もでてきたんだろう。新しいなにかを発見した
ような気になった。

さて、銀座の店話はともかくも、今日のブログはツアー話。
深川不動で成功祈願を既にすませた今朝は、スタジオの一室のテ
ーブルの上に、舞台デザイン図、舞台設計図面、マーチャンダイ
ズデザイン図などの資料が所狭しと並べられ、ツアースタッフが
全員集合して最終確認会議が行われた。
もちろん最終的に方向が確定されたとは云え、スタジオで仕上げ
られていく音と同時進行で、演出も照明も舞台デザインも施行も
微調整は連日行われることになる。ゲネプロ最終日まで続く。

事務所の会議室で打ち合わせが行われる時は、いつの間にか座る
席が決まっていて、長テーブルの突端の席は議長席としてプロデ
ューサの私。右手はデザイナーの梅ちゃん。その隣には舞台美術
設計施工の和田さん。そしてPAチームと続く。左手は照明の佐
々木さん。次に控えしは舞台監督の江坂。その次は舞台制作スタ
ッフという順番。この並びに会社でいうところの部長とか課長と
かの上下関係はないのだけれど、布袋組としてのキャリアの長さ
が一応の目安となっているようだ。
今朝の打ち合わせは事務所の会議室ではなくスタジオだが、誰が
指示するわけでもなく、江坂はここ。佐々木さんはここですね。
和田さんが入れないからPAさん一つづつずれてくださいなと声
をかけあい、いつもの順番で並んで座ってる。
可笑しくもあり治まりもよし。
約2時間。アイデアをもみにもんでほぼ決まりかけた頃、
バンドメンバーがスタジオに入りした。
続いて、布袋もスタジオ入りした。
舞台、照明、デザイナーと布袋との最終確認がおこなわれ、いよ
いよリハーサルの為に全員スタジオに入った。

恒例の全員大紹介がはじまる。
キャスト、スタッフは布袋組と云われるお馴染みの最強軍団だが、
若干名の新規参加メンバーもいる。
布袋から、バンドメンバーの紹介があり、続いて制作の天間から
スタッフが紹介された。紹介され名前が大声で読み上げられる度
に全員から大拍手で迎えられ、機運は否が応でもが盛り上がり、
いよいよツァーのシーズンに突入したのだ。

我々ツアースタッフ、キャストは、常にベストを目指すことが要
求されるが、今回のツアーはもう一つだけ目指したいものが要求
された。

『ベスト オブ ベスト』

これを遂行するのが今回のツアーの我々の義務である。

顔合わせを終えスタジオを後にする時、予定されているオープニ
ング曲の布袋のギターが鳴り響いた。
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by kasuya_senji | 2006-01-25 23:57 | Comments(2)
2006年1月24日
不動明王

朝10時に自宅を出て門前仲町に。
富岡八幡宮の西隣にある成田山深川不動へ。

この寺は、新議真言宗成田山新勝寺の別院で、真言宗であるから
大日如来が金剛界曼陀羅でも胎蔵界曼陀羅でも信仰の教義の中心
として鎮座ましますが、深川不動というくらいだから、特に不動
明王を信仰として奉っている。

志ん生のまくらに縁結びの神様の話があります。
10月に縁結びの神様である出雲大社に全国の神様があつまって
人間どもの縁を結びますが、神様達がわきあいあい話し込む様子
が語られ、その中に深川不動がでてきます。

「弁天さん。あいかわらずおきれいですねえ。いやどうもご無沙
 汰でした。わたしは一年に一回ここであなたに会えるのを楽し
 みにしてるんですよ。ほんと別嬪さんですなあ。おや、深川さ
 ん。どうですか?儲かってますか。あんなに人が大勢おしかけ
 てさぞかしお賽銭でお儲けになってるんじゃないですか。ダメ?
 どうしてですか。あ〜、不動尊(損)うまいこと言いますなあ」

の、深川不動です

来月から布袋ツアーがはじまります。舞台演出も照明も音響も話
は詰まり、そろそろ本格的にリハーサルに入りますので、一足先
に成功祈願をと出かけました。
深川不動の祈祷はまことに大げさで、護摩供養の火が焚かれ鐘太
鼓が打ち鳴らされいかにも御利益がありそうなのです。
さて、祈祷の始まりを告げるホラ貝が吹かれ、続いて総勢8人の
坊さんが祭壇前に登場します。
お導師さんが、祈願をかけた人々の名を読み上げ護摩が焚かれま
す。火が燃え出すとすかさず大太鼓がどーんと打ち鳴らされ、8
人の坊さんの読経がはじまる。大声で読経します。
火はますますさかんに燃え上がり、その高さは1メートルを超え
るほど燃え上がります。それにあわせ読経の声はますます大きく
なり、8つ読まれるお経の中の「般若心経」では、大中の3つの
太鼓がドコドコドコドコ16ビートで連打され鐘は鳴りやまず火
は天井に届けとばかりに燃え上がり、心臓の弱いばあさんなどは
倒れるのじゃないかと思われるばかりの盛り上がりです。
最後に、不動明王ご真言が、

のーまく さんまんだー
ばーさらだん せんだん
まーかろしゃーだー
そわたや うんたらたー
かんまん

と古代サンスクリット語で唱えられ、祈祷は終了します。
この間、約30分。
以前、アメリカから来日したミュージシャンとエンジニアーを連
れて、この祈祷に参加したときは、仏教には興味を持っていたけ
ど、この儀式はナンダ!ブードーの秘密儀式のようじゃないかと
憤怒の形で鎮座する不動明王を見つめ呟いた。

とくに真言密教は、古代インドの土俗宗教がヒンズー経と集合し
たものが、仏陀の化身という大日如来に昇華して体系化された経
緯があるから、あまた仏には毒蛇とか蛇を食らう孔雀とか死体を
食らう動物とが神格化されていて、仏陀の仏教とはあまりにもか
け離れている。はたして仏教といえるものかといえば、はなはだ
仏教的ではないと思うのだが、その分、加持祈祷力はすざまじく、
熱心な仏教徒ではないものにとって(私ですが)ツアー成功祈願
には、この深川不動はうってつけなのである。門前町もいかにも
下町っぽい風情があっていい。
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by kasuya_senji | 2006-01-24 16:41 | Comments(1)
2006年1月24日
5年間日記帳

かみさんが5年間日記帳というやつで日記をつけている。  
日記をつけはじめて10年ほど経っているので2冊ほど溜まって
いる。その日記帳は5年間を一気に振り返るには都合がよく、そ
れよれば、私は娘の誕生日の今日1月23日は必ず風邪をひいて
寝込んでいたらしい。

言われて思い返してみれば、年明けの1月の半ば過ぎのころは、
舞台監督のパンチョと照明の佐々木さん達と新年会を兼ね温泉に
出かけることが数年前まで恒例になっていた。
たいがいは近場の箱根が相場でいくつかの旅館に出かけたが、湯
本の駅を越え消防署の先を左に曲がり早川を渡った右側の川沿い
の旅館に行くことが多かった。
この旅館は1階にある「早雲豆腐」を食わせる「早雲亭」が有名
で、店はいつも箱根名物豆腐を食いにくる客でいっぱいだったが、
宿はそれほど混んでもなく日取りをあわせるのが楽だったし、ほ
どよく昔風の建物で廊下も階段もピカピカに磨きこまれ、部屋か
ら川のせせらぎが聞こえるいかにも温泉旅館という風情で好きだ
った。

4時頃、旅館で現地集合するといきなり温泉につかる。
温泉にビールや冷や酒を持ち込んで新年会がはじまる。
温泉酒を飲み終えると、丹前どてらに着替え旅館の向かいにある
蕎麦や「初花」で蕎麦をつまみにまた飲み直す。
そうして、できあがったころには部屋に夕食が用意されていて、
旅館に戻ると本格的な新年会がやっとはじまる。
さんざん食い尽くし飲み倒したあと、また温泉につかる。
前回のツアーはこうだったが次のステージのテーマはああでもな
いこうでもないと湯の中で語り尽くし、酔いと湯当たりで意識も
うろうとなったところで部屋に戻り「おやすみなさい」と寝るの
だが、朝起きてみると寝間着ははだけ身体は布団からははみだし、
気がつくと風邪をひいていた。

ある年などは、舞台監督のパンチョが仕事で富山にいるというか
ら、富山まで出かけたことがあった。この旅館はどうという特徴
もない旅館だったが、露天風呂が富山湾に面していて、日が沈む
夕景がきれいだったな。湯が熱すぎて首までつかることができな
いので、体半分は湯の外に出しながらの酒宴になったが、冬の日
本海から吹く風は冷たくて腰はポカポカ頭はキン冷えと湯にいる
時はよかったが、この時も朝目覚めてみると大風邪をひいていた。

毎年そんな連続で、かみさんの日記によれば、1月23日の娘の
誕生日には家で寝込んでいたのだ。
温泉新年会はパンチョが亡くなってからは開かれていないので今
年の娘の二十歳の誕生日の今日は風邪などひいていないが、どう
やら友達との誕生日食事会でーすと娘は出かけてしまっているら
しく、相変わらず誕生日には参加できない親父であるが、それは
それとして、亡きパンチョと温泉旅館めぐりをした新春の日々が
懐かしく憶い出される。
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by kasuya_senji | 2006-01-23 20:53 | Comments(0)
2006年1月22日
団子3兄弟

1月21日の昨日は、東京に大雪が降り、宮崎から戻れなかった。
宮崎のホテルでシャワーを浴び、朝食を食べそろそろチェックア
ウトをするかと身支度を整えている時にかみさんからメールが入
った。送られてきた写真には、家のベランダの椅子やテーブルに
メロンパンくらいの厚さの雪が積もっていた。

宮崎空港に問い合わせると、7時台の朝一便は東京に飛び立った
が、その次の9時台の便は1時間ほど出発が遅れているとのこと。
そして機上予定の12時10分発の東京行き608便は現在は何
もかも未定であるとのこと。
飛ばないかもな、、、、と思いつつ宮崎空港へ向かった。
空港についてみると、もうすこし詳しいことが分かった。
遅れている9時台の便は、遅れているのではなくいったん宮崎空
港を羽田に向け飛び立ったが、羽田の注機スポットが確保できな
いということで途中で引き返してきて現在宮崎空港内で待機中の
状態だった。
そして、搭乗予定の608便は使用機がそもそもまだ羽田から飛
び立つことができず、今後の予定は全く不明で搭乗手続きすら中
止状態であることが分かった。
さて、いかがしたものだろうかと思案したが、半日も空港ロビー
のベンチで飛ぶか飛ばないか分からないものを待ち続けるのも馬
鹿らしい。翌日の608便の予約をし今日のホテルを確保し、さ
っさと宮崎市内へもどった。

ホテルにチェックインすると、どこでどう聞いたものか、Kさん
とMさんから食事でもいかがですかと誘いの電話が入った。

「宮崎に来てもいつも忙しくてゆっくり会える時間も取れやしな
 いじゃないですか。今夜はゆっくりできるんでしょう?いや、
 めでたいことですな、雪さまさまですな。新年会やりましょう」

と東京へ帰れなかったことを二人ともとても喜んでくれた。

夕方Mさんの紹介の寿司屋に集合し食事会。初めていった店だっ
たが、うまい寿司屋だった。宮城県気仙沼あたりで上がる蟹でミ
ソがいけます。いかがですかとすすめられた蟹がうまかった。
握りも酢飯がほどよくさっぱりしていてネタの味が生きていてう
まかった。酢と甘みのくどい酢飯は口の中でべタつく感じがして
好きではないから、これ又合格。
焼酎は、店で奨められた霧島のお湯割りだったが、Mさんは鹿児
島出身の人らしく、霧島じゃないト別のものをくれんネ。といっ
てなにか別の焼酎を飲んでいた。

Kさんは2才年上でMさんは2才年下だから、この仲の良い3人
は、兄弟でいえば長男がKさんで私が次男。Mさんは末っ子の三
男という関係になる。宮崎弁で末っ子はシャチンボという。舎弟
からの訛りらしい。
この団子3兄弟は寿司屋のあと、繁華街へくりだした。
Kさんに連れていってもらった或る店では、兄弟だというと、

「3人とも全然似てないですよ。ほんとに兄弟なんですか?」
と、店のネエちゃん達に疑わしい目で見られたが、
「あー種ちがいで腹ちがいだがホントだ。この3人が顔あわせる
 のは死んだ親父の葬式以来で40年ぶりだ」
「ほんと子供の頃以来ですね兄さんたち。僕は今日は嬉しい!」

とシャチンボが煽りを入れると、心優しいネエさんなどは、いろ
いろなことがあったんですねえ。そんなことがありながら仲がい
いんですねえとしんみり同情さえしてくれた。
それぞれのルックスから職業は、長男は町会議員、次男はポルノ
映画の監督、三男坊はインテリアデザイナーと言ったら、ここで
また疑いの目で見られたが、最後は本気にされたようで、

「ああいう映画に出る女性の気が知れないんですがどうやって出
 演を交渉するのですか」
「弟さんがそういう仕事をしていても町会議員は大丈夫なんです
 か」

などと聞かれてしまって、この団子3兄弟、ほんとに困った者ど
もだったな。

二人と別れてホテルに戻るとニュースで当日実施されたセンター
試験のことが報道されていた。そうだった!今日は倅が東京で試
験を受けていたんだ。雪は大丈夫だったかなと今さら気をもんで
もどうにもなるものでもないし、初めていった寿司屋で合格続き
だったから倅も合格できるだろうと呑気にかまえ、Mさんから寝
る前にこれ飲んでおきなさいよ兄ちゃん、といって手渡されたク
エン酸を飲んで寝た。
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by kasuya_senji | 2006-01-23 19:58 | Comments(2)
2006年1月19日
ショックでシャンソン
                            
モーツアルトだ銀座だローマ人の物語だ古今亭志ん生だと呑気な
事を書き込んでいるうちに、世の中はとんでもないことになって
いる。

東京地検特捜部がライブドアーに強制捜査に入って数日もしない
昨日。『東証が売買全面停止』と前代未聞のことがおこった。
新聞各紙の1面には、

『東証全面取り引き停止』
『ライブドア・ショック拡大』
『ライブドア関係者聴取』
『日経平均連日の大幅下落』
『扮飾の手口判明』

と大見出しが並んでいる。

イギリスのグリニッジ天文台を世界時間の基軸としているから、
解禁されたボジョレーヌーボーが一番早く飲めるのが日本だと同
じように、毎日の株式市場が世界で一番早く開かれるのが日本で、
アジア、ロンドン、ニューヨークと続く。昨日は、日本での取り
引き全面停止という非常事態をうけ、ロンドンでもニューヨーク
でも株価を下げ、まさに、ライブドア・ショックが世界を巻き込
んだ一日となった。

私は大学は経営学部出身で、とそう言うと、さぞ経済経営に詳し
いだろうと思われるがおあいにくさま。日銭稼ぎの合間に学校へ
顔をだすという学生で、8年も大学に在籍したのは、単位不足で
卒業などとてもおぼつかなく、8年以上は在籍できないという校
則により自動的に大学生であることが終了したにすぎない。

だから、今回のライブドアケースを新聞で読んでも、なにか良か
らぬ手法であったようだとはわかるが、それがどうなっていたの
かわからない。
特に、株の分割で時価総額を上げていくなどは、
株を2分割すれば株の値段は半分になるんでしょう?
ナンデ分割すると上がるの?と全くわからない。

そこで、株を若い頃からやっているHさんに幾つかを尋ね、経済
経営に明るいMさんにメールで質問し解説をいただき、やっと、
その一端を理解することができた。

1株1000円で100株を5分割すると1株200円で500
株になる。ただし、旧例によれば新株の印刷手間等で、新株発行
までに2か月かかった。
その間の2か月は、1株200円だが、出回る株は100株しか
ないので、優良株と目されれば、安い!と買いが殺到して、10
00円の値が付くこともある。
結果、分割前より(株数5倍の値段5倍で)25倍の時価総額と
なることがある。らしい。
そして、その時価総額で、株式交換という形でM&Aで買収する。
そして、その買収により、また株価が上がったところで、速攻で
分割を行い、株数と株価を上げ、時価総額をさらに上げ、また株
式交換で企業を買収する。
また、公表を義務づけられない匿名組合をうまく使い金の流れを
複雑にすることで、外から実体を見えにくくしつつこの繰り返し
を行い、結果ライブドアは500億が7000億の時価総額にな
った。
この連続攻撃の階段の登り方では途中で赤字は出せないので、と
ころどころで粉飾決算をしていた。そこに、地検特捜部がメスを
いれた。

というのが今回の事件の基本形であるとわかった。
実業で利益を上げたのではなく、株価の操作の連続の中で巨大企
業に成長したように見せたにすぎないという極めて不安定なビジ
ネス形態をもっている会社が違法行為をしていたのなら、

「『踊る想定男』ホリエモン、ムイチモンになる」

という辛らつな週刊誌の見出しも見出しで済まなくなるかもなあ。
構造疑惑に株式ショックと日本中に不安定感が充満している。
竹中大臣は昨年の総選挙で、小泉/竹中/ホリエモンの3人で日
本の改革を押し進めるなんて発言しちゃってるから、小泉政権も
今年は浮かれてられないね、と同情した振りしつつシャンソンを
聴 きながら気を紛らわしている。
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by kasuya_senji | 2006-01-19 15:18 | Comments(1)
2006年1月18日
斉藤君見参

銀座のとある店の入り口の階段の上がり口で長渕剛がインタビュー
を受けていた。長渕剛と書いたが、いくら以前は一緒に仕事をした
間柄とは云え、呼び捨てにするのは失礼だろう。
長渕剛さんがインタビューを受けていた。

どうやら、その店で行われるパーティーに彼も出席するらしい。
彼はインタビューをすませると、パーティーが始まるまで地下にあ
るバーで時間をつぶそうと階段を降りてきた。
そこでばったり顔を合わせた。久しぶり元気?と互いに挨拶を交わ
し、一緒にと誘われ二人で連れ立って地下のバーへおりて行った。

そのバーは小振りなバーで、客で混んでいた。
長渕さんから「うちのスタッフです」と紹介された人から名刺をい
ただいたが、あいにく名刺を持ち合わせていなかった。1月の初週
はレコード協会の新年会があり、その次の週は音事協の新年会があ
り、今週は音制連の新年会がありと新年会続きで、その都度多くの
人と名刺交換をしたから、手持ちがなくなってしまっていた。
紹介された人は、お話は伺ってます。お顔も存じておりますので名
刺はなくても結構ですと丁寧だったが、やっぱり名刺がないことが
気になっていたら、隣のテーブルに音制連の事務局長代行の斉藤君
がいた。
「斉藤君。今日のパーティーの為に僕の名刺は持ってきてくれたん
 だろうね」と声をかけると、斉藤君ちょうどサンドイッチを口に
入れたところで、物を食べながら返事をするので、何を言ってるか
よくわからない。モゴモゴ言ってちゃなんのことかわからないよ、
と言ってると、パーティーの開演を告げるベルが鳴った。
なんで地下のバーでパーティーの開演のベルが鳴るんだ?
それにしても名刺を持ってないなあ、、、
と思っているといよいよ開演ですとでも云うように、何度も何度も
ベルが鳴って、目が覚めた。
目が覚めると電話が鳴っていた。

「おはようございます。宅急便です。代引で品物が届いております。
 これから伺ってよろしいでしょうか。代金は、、、、」
と朝っぱらから電話のむこうで元気な声が響いた。

長渕さんは幾度か夢に登場いただいているが斉藤君はサンドイッチ
食いながらも初見参だったので、別にどうってことない夢だけど、
忘れないよう書き記しておくことにした。
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by kasuya_senji | 2006-01-18 12:26 | Comments(5)

 
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