exciteブログ ExciteホームExcite Musicトップサイトマップ
プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
リンク
以前の記事
2013年 08月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
最新のコメント
http://vimax..
by obat pembesar penis at 23:53
http://vimax..
by obat pembesar penis at 12:50
Hi I am so e..
by moncler co at 08:41
Can you tell..
by vegan uggs uk at 22:20
Right here i..
by cheap ugg at 05:46
Hello I am s..
by ray ban av at 22:50
Howdy I am s..
by parajumper at 05:08
ピアノ買取センター ~ピ..
by ピアノ買取 at 05:12
販売商品 精力剤分野:..
by 神奇山精丸 at 15:39
媚薬:http://ww..
by 媚薬 販売 at 12:41
最新のトラックバック
ギタリズムは止まらない。..
from POP-ID通信。
the who 武道館
from こういちの日記
the who 武道館
from あややの日記
the who 武道館
from 気になるニュースについてブログ
豚足のための豚足が作る豚..
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
大皿焼けました*
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
拝啓*糟谷様
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
豚足の器のご紹介です*
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
東海道五十三次にハッとし..
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
豚足の器*2作目☆
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2006年 03月 ( 18 )   > この月の画像一覧
嗚呼千鳥ヶ淵
2006年3月31日

桜が満開であります。
家の近所の公園でも会社の近くの公園でも今が盛りと咲いていま
す。毎年花見を企画するのだけれど、その日に限って雨がふった
り花冷えの風が吹いて風邪でもひいたら洒落にならないと中止に
したりと、なかなか桜見物もままならぬのである。

かみさんと結婚したてのころ。遠出して小金井街道の玉川上水堤
の夜桜見物に出かけたことがあった。 行ってみたところ桜は満開
だったがここの堤には照明がなく、ただ暗い空に桜がぼんやりと
白っぽく見えるだけで綺麗ではなかった。小金井街道を車が通る
度に桜は一瞬ライトに浮かび上がり車が通りすぎるとまた桜は消
えた。
夜桜はライトアップが欠かせないと翌年は千鳥ヶ淵の夜桜見物に
出かけたが、それはそれは素晴らしいものだった。
学生時代に観た鈴木清順監督の映画「喧嘩エレジー」で主人公を
演じた若き高橋英樹が恋人と満開の桜の下を歩くというシーンが
あって、千鳥ヶ淵で撮影された。現代の若者ではない昭和初期の
若者の二人のデートシーンでは、手を繋ぐことはもちろんなく二
人並んで歩くことさえ世間をはばかっているようにただ無言で桜
の下を歩くだけだったが、そのシーンが印象的だったのはスクリ
ーンいっぱいに映し出された桜がスクリーンの上から下へ流れる
ように映し出されたことだった。
上を向き桜を眺めながら歩いて行くとすれば、桜は下から上に流
れ過ぎ去って見えるものだが、鈴木清順は歩いている主人公の目
線ではなく、カメラを後ろに引きながら桜を撮影し、主人公が通
り過ぎていった後を映し出した。それはまるで若い主人公がこれ
から通り過ぎるであろう人生を象徴しているような青春のワンシ
ーンだった。
かみさんにそのことを話し、俺らも桜を上から下に流れていくよ
うに見ようと嫌がるかみさんを説得し、後ろ向きに桜を見上げゆ
っくりと歩いた。後ろ向きだから早くは歩けない。途中で人にぶ
つかりそうにもなる。酔客に「ちゃんと前見て歩けよ。このー」
などと怒られもしたので、俺が後ろ向きで前を歩き、後ろ向きの
かみさんを転ばないよう両手で肩をささえ、鈴木清順カメラ目線
「喧嘩エレジー」ごっこで夜桜見物をしたが、あまりに時間がか
かってしまい、戻ってみると英国大使館裏に路上駐車していた車
がレッカー移動されていた。馬鹿な事に付き合わせた上(俺にと
ってはちょっと大事な事だったが)帰る車が無くなってしまい、
当時は荻窪に住んでいたが、荻窪の家に帰る電車のなかで、かみ
さん口も聞いてくれなかった。怒っている顔も可愛いと持ち上げ
たがスカされっぱなしだった。

桜が好きだった西行法師は花の満開のころ亡くなった。
その辞世の句は。

「ねがわくば はなのしたにてはるしなん 
              そのきさらぎのもちづきのころ」

さて今年はどんな花見になるか。タイミングに恵まれるか。
友人の時代小説仲間のござるのH氏でも誘って花見酒と洒落るか。
着物でも着て。
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-31 19:17 | Comments(2)
寒く熱かった石垣島
2006年3月30日
                       
ぐずぐずと霊体離脱の事を書き上げてみたけれど書きたい事
の半分も書けなかった。友人どもから、ナンじゃアレと言わ
れる始末でしたが、まあ、それはそれとして、27日から2
9日までの3日間は、休暇をとって石垣島へ出かけた。

26日の夜の天気予報で、石垣島の南海上に低気圧が居座り
前線が停滞していると報じていた。
初めて石垣に行った時は、石垣地方に大雨注意報が出されて
いたが、島に到着するとカラッと晴れ渡っていた。
「内地の天気予報はアテにならないですよ。なんといっても
 ここは台湾の隣ですから」と地元の人に言われたものだ。
この時は、ホテルのプールサイドのベッドに寝っ転がり読書、
オリオンビール、プールでバシャバシャ、読書、オリオンビ
ール、プールでバシャバシャをくりかえすうちに眠気がきて、
1時間ほど眠てしまい、気がつくと身体中真っ赤な日焼けで、
夜はベッドで寝返りを打つのも痛く、石垣の太陽の恐ろしさ
を身をもって知った次第であった。
2回目も、南西諸島は台風の影響でお天気最悪の予想だった
が、カラッと晴れ渡っていた。
3回目も4回目もお天気に恵まれ、俺はハレ男なんだなと思
いこむくらい石垣では天気には恵まれたから、今回も停滞前
線なんのその。行けば、一足早く夏の太陽が俺を待っている!
サマーバケーションだぜい。イエイ!と出かけましたところ、
中国東北部に居座った高気圧から石垣島の南に居座る低気圧
に向け気圧の等圧線が島を南北にj縦断し、島は吹き込んでく
る北風の通り道になっていた。
厚く覆われた雲もその風の動きによって移動し薄日が射した
りするのだけれど、まあ、風の冷たいこと。
夜半になっても風はおさまらず、730交差点そばの郷土料
理や「ゆうな」へ出かけるときなどは、マフラーを首に巻い
て行きましたよ。こんなに寒い石垣は初めてだった。顔見知
りのホテルのスタッフとの会話も、寒いねえ、寒いですねえ
とまるで冬の挨拶。
ところが、友人の「ゆうな」のオーナーのT氏は暑がりで、
こんなに寒いと云うのに、迎えに来た車にはクーラーがガン
ガンに入れられ車内をキンキンに冷やしていたのには呆れた
ね。
だからと言って石垣島の休暇が楽しくなかったかというと相
変わらず島はいい感じで、友人達と旧交をあたためつつ、朝
から晩までのんびりと命の洗濯をしてきた次第です。

この旅の特筆すべきは、八重山商工野球部。
このチームは、ご存じのように現八重山商工野球部の伊志嶺
監督の下で小学生の時に日本一になっている。中学生の時は、
日本代表として世界大会に出場し3位になっている。
伊志嶺監督は、「今度八重山商工の監督になる。本島の有名
高や本土の有名校に行かず全員石垣に残ってくれ!かならず
君たちを甲子園に連れて行くから。日本最南端の離島から甲
子園出場の夢を勝ち取ろうじゃないか!」と呼びかけた。選
手は全員監督の呼びかけに応え、八重山商工に入学し、一丸
となり昨年の九州大会で準優勝し、春の選抜大会出場の夢は
叶った。離島に住む人々の夢が叶ったのである。
1回戦は、北陸の雄、高岡商業を破り歴史的勝利を勝ち取っ
た。そして、2回戦が、優勝候補筆頭の横浜高校を相手に3
月29日に行われたのである。
3月29日。当日の八重山毎日新聞の1面トップ記事は、
「八商工・きょう強豪横浜と激突」であり、
 社説は、高岡商業戦を、
「日本最南端の離島の人々にとっては、これまで夢でさえも
 描けなかった甲子園での歴史的初出場初勝利の瞬間だった」
と報じていた。
八重山毎日新聞の全12面の内、8面が八重山商工記事で埋
まり、この日ばかりは、小泉もホワイトハウスもプロ野球も
メジャーリーグ記事も片隅においやられていた。
その日に石垣島に居合わせるというなんと幸運に恵まれたこ
とか。試合が始まる11時ころ少し前には町から人が消えた。
強豪横浜相手に1点差まで詰め寄ったが、勝負は時の運。残
念ながらベスト8進出はならなかったが、すばらしいチーム
でありすばらしい戦いぶりであった。
後で聞いたニュースだが、この日、石垣島市議会は試合が始
まる午前11時から3時間の特別休憩をとり市議会を中断し、
与野党の壁を越え議員全員で応援したと云うことでもあった。
八重山商工で盛り上がった熱い一日だった。
夏の甲子園に八重山商工が出場してくるならば、その時も石
垣島に行き、島の友人と一緒になって応援するつもりである。
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-30 18:05 | Comments(1)
1987年。夏
2006年3月27日

ホテルに入りシャワーを浴びるが芯から冷えた身体はいつまでも
温まらなかった。外はすでにしらじらと明るくなってきていた。
カーテンを閉めベッドの横になる。目をつぶるといきなり引き込
まれるような眠りがやってきた。
部屋の外で誰かが喋っている声がして目が覚めた。
誰が喋っているんだろう?
もう起きる時間になったのかな?とドアについている覗き穴から
部屋の外を見ると廊下で人が喋っていた。喋りながら廊下を行っ
たり来たりしているが、そのうち話し声が遠ざかり人も見えなく
なった。
さて。ベッドに戻ろうとして自分の身体が宙に浮いているのに気
がついた。ふわふわと浮いている。寝たままの姿で横になって浮
いて漂っている。ドアを手でポンっと軽く押すと身体はゆっこり
とドアから遠ざかった。遠ざかる途中で空調の吹き出し口から出
る冷気に押され、またふわふわと漂っている。
下を見ると、ベッドに寝ている自分が見えた。
天井をポンと押し身体をベッドの方に近づけようとするが、いつ
までも宙を漂っている。どーなっちゃうんだろうか。このまま自
分と身体が離ればなれになってしまうのか。どうしたらベッドに
戻れるのだろうか・・・・

身体はいつまでも宙を浮いていたが気がつくとベッドの上で目が
覚めた。妙な夢を見たもんだなあと思った。
出発時間になりロビーに集合すると、なにか問題があったようで
スタッフが固まってわいのわいのやっていた。
どーしたんだと聞くと、航空券に手違いがあって朝から大変でし
たが今片付きました。問題有りません。朝から廊下で大声で確認
し合ってましたので寝られなかったんじゃなかったですか?
と言った。廊下で声がしたのは夢じゃなかったんだ。実際にあっ
たことだった。宙に浮いていたのも実際にあったことなのか。
氷室や布袋にその事を話したが、きっと疲れてたんでしょう。
疲れてたからそんな夢を見たのじゃないですかと言われた。
夢か現かわからぬまま、その事は自分の胸にしまい込み、そして
いつしか忘れた。

数年の後。霊的現象に詳しい人にその時の事を話す機会があった。
まちがいなく幽体離脱で、肉体の極度の疲れと精神の極限状態が
一緒になると、極まれに起こる現象だと聞いた。
ビートチャイルドに参加要請された時は、イベント全体の共同プ
ロデューサーとしても参加要請も受けたのだが、映像収録の件で
共同プロデューサーは降りていた。土砂降りの最悪天候の中のイ
ベント(だからこそ伝説ではある)でただBOOWYの出演だけ
で会場を後にすることに、個人的にFやHに大きな借りが出来た
様な気がしていた。
連中から仲間扱いはされないだろうなしばらくは・・・
暮れに解散するBOOWYの各メンバーのソロ活動はもとより、
自分自身の行き先もまったく決まっていなかった・・・
果たして音楽業界に残るのだろうか・・・
果たして音楽業界に残りたいとおもっているのか・・・・
残らないとすれば・・・生まれたばかりの子供を抱えてどんな仕
事をやることになるのだろうか・・・
人生の半ばで、いきなりこれから先の事がなにもかも見えてこな
い瞬間が訪れていたのだ。
そして、大雨と暴風に一晩中さらされ身も心も疲れ果てていた。

「あなた。ふわふわと浮いている時とても気持ちが良かったんじ
 ゃないですか」
「はい。そのとおりでした」
「よかったですねえ。そのまま戻れない人もいるんですよ」
「戻れなかったらどうなったんですか」
「まあ。いいじゃありませんか。戻ったんですから」
「・・・・・・・・」

自分の音楽年史的にもあまりにもいろいろなことが起こった19
87年だった。その狭間に幽体離脱を経験したのだ。

あれから20年。まったく違う人の人生があったかもしれないと
最近思うようになった。ひょっとしてあのままふわふわと漂い続
けたのかもしれない。若かったかみさんや生まれたばかりの子供
と別れて・・・

そうだ。Fから声を掛けられたのはちょうど桜が咲き始めたこん
な頃だったなあ・・・・
                          (完)
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-27 23:58 | Comments(0)
1987年。初夏

2006年3月24日

BOOWYは1987のこの年の夏のイベントには幾つか参加す
ることになっていたが、どのイベントにも撮影許可は出していな
かった。
他の出演アーティストからは「ビートチャイルド」の映像化の許
可を得ていたから、イベント後に全国で展開される「ビートチャ
イルド・フィルム・コンサート」はBOOWY抜きで行われる事
になった。「なんとかならんか」とFに再三要請されたが、残念
ながらお断りをするしかなかった。

最近、Fと渋谷の小料理屋で顔を合わせたとき、
「そういえば撮影するしないであの時は揉めたよなあ」
「話し合いの最後は喧嘩口論にもなったな」
「懐かしいな。今から考えれば解散は決まっていたんだよなあ。
 すでにあの時は。一言言ってくれればよかったのに」
「いやスマン。発表以前で言うことは出来なかったからな。まあ
 昔の話だ」
「青かったな俺らも。仕事で怒鳴りあったもんだったなあ」
「若かったな互いに」
と、遠くを見るように酒を酌み交わした。

ベルリンでのレコーディングを終え、アルバムが発売され、もの
すごい勢いで売れていた。9月から12月24日の渋谷公会堂ま
での全国ツアーも発表された。チケットは9月の沖縄の那覇市民
会館をのぞき発売と同時に完売し、1枚も手元に残っていなかっ
た。ビートチャイルドのチケットもあっという間に8万枚が完売
していた。

1987年8月21日。熊本入りし会場でリハーサルを終え市内
のホテルに戻ると布袋からバーで一杯やりませんかと声がかかっ
た。そのバーで、これからどういう夢を持って生きていくんだろ
うと云う話になった。
自分は、昔から夢に抱いていた日本脱出。どこでもいい。世界に
飛び出して行きたいという夢を語った。子供の頃から抱き続けて
きた青臭い夢を語った。
布袋は、将来はイギリスに渡りロンドンで音楽活動をしたいとい
う夢を語った。世界に通用するミュージシャンになりたいという
夢を語った。その夜のバーの会話は忘れがたいものになった。

翌8月22日。ビートチャイルド当日。熊本県一帯に「大雨洪水
雷雨注意報」が出されていた。
夕方5時30分に幕を開けたと同時に激しい雨と風が襲いかかり、
ライブが行われた12時間中9時間が集中豪雨という凄まじさだ
った。夏の熊本とは云え阿蘇山麓は標高が高くズブ濡れになった
観客の体温を一気に奪った。この辺りの雷は上から落ちない。低
く垂れ下がった雲の合間を横に稲妻が走り抜ける。その恐怖感も
加わり会場内にいたお客さんが次々に倒れた。傾斜地を利用した
会場客席はくるぶしまで埋まる泥田と化し、ステージ上では機材、
楽器のトラブルが次から次へと発生していた。悪天候の仲でライ
ブは続けられ新たなる伝説を生み出すかのようだった。
ステージ裏に用意された楽屋では倒れて運ばれてきた人が手当を
受けていて廊下まではみ出し足の踏み場もなかった。まるで野戦
病院の様になっていた。

大音量と大声援がかき消されそうな土砂降りの雷雨の中。会場を
あとにバスは福岡へ向かった。雨で身体が芯から冷えていた。
寝てしまおう。寝よう。休もう。と思ってもいつまでも眠気はこ
なかったが、いつしかうとうとしたようで気がつくとバスは福岡
のホテルに到着していた。明け方の5時ころだった。 (続く)
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-24 17:34 | Comments(2)
1987年。春

2006年3月23日

3月12日のブログに、幽体離脱をしたことが・・・と書いた。
幽体離脱がどういうものであるかは正直言ってよく説明ができな
いのだが、霊体験に詳しい人の話を聞くと、確かに自分の経験は
幽体離脱のようである。
ブログを読んだ何人かの友人から本当にそんな事があったのか?
詳しく聞かせろよと言われたから、そのうちブログに書くから楽
しみにしててくれよと答えておいたが、しばらくすると、仕事や
毎日の出来事に追われ、そんなことは忘れてしまいそうなので書
き残すことにした。
背景を書かないと何故それが起こったのかを自分で理解すること
はできないので、長くなるのを承知で書くことにした。
ただし、ただ自分の身に起こったことと云うだけのことだから、
そういった心的霊的現象の専門家の話ではないことも承知してお
いてください。

(1)
1987年の春のこと。
マザーエンタープライズの代表のFから、話があるから原宿のR
カフェに来てくれないかと連絡があり、その店に行くとFとハー
トランドの代表のHが待っていた。
彼等が持ち出した話は、この夏(1987年)に熊本の阿蘇で5
大ロックアーティストが出演する一大イベントをやるというもの
で、正式発表はしていないが、その大イベントは「ビートチャイ
ルド」という仮称。出演者は、
ハウンドドッグ(マザー所属)担当・F
尾崎豊(マザー所属)担当・F
佐野元春(ハートランド所属)担当・H
渡辺美里(ハートランド所属)担当・H
BOOWY(ユイ所属)担当・糟谷
の5アーティストを予定。
予定総入場者数は8万人という壮大な計画だった。
(所属事務所は1987年当時)

BOOWYは、野外のロックイベントにはそんなに数多く出演は
していないが、出るイベント出るイベントで圧倒的な存在感を示
し、野外イベントでのBOOWYの印象は強烈であった。
ハウンドドッグも尾崎豊も佐野元春も渡辺美里も圧倒的な観客動
員力とアルバムセールスを誇っている。もし実現出来たなら、あ
の伝説の「拓郎・かぐや姫イン嬬恋」の5万人のイベントを越え
て日本音楽史上最大のイベントになるのではないかと直感した僕
は、その場でFとHにBOOWYの出演を約束した。
そして、FとHから要請された「プロデューサーとしてイベント
に彼等と共同で企画参加する事」も引き受けることにした。

熊本県、熊本市等の現地の行政機関、警察、消防署との話し合い
はどんどん進み、九州をはじめ東京のメディアの協力も約束され、
当日の開演時間、終演時間、出演者の順番も検討され、膨大な作
業量ではあったが準備は順調に進んでいた5月のある日。
このイベントの映像収録をどうするかという案件が浮上してきた。
FとHはこの企画の発案者であり、当然イベントの映像収録につ
いては両名によって当初から企画されていたものだったが、ここ
にきてイベント全体の具体的な形が見えてきたので、やっと映像
企画を手をつけることができるようになったので、と切り出して
きたのだった。
そんな企画があるとは話を聞いて初めて知った次第だったが、イ
ベントを映像収録すること自体に問題はなかった。ただし、その
収録された映像の将来の展開については大きな問題があった。
考えた末、FにBOOWYは映像収録に参加できないと連絡した。

(続く)
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-23 15:19 | Comments(0)
迷える子羊岡崎堂
2006年3月19日

3月18日に、パルテノン多摩で布袋ライブが行われた。
その日は、午後に事務所に出て、2時間ほど、いろいろなCDを
聴いていた。ニューアイデアに頭を巡らすには人に邪魔されず一
人でじっくりと聴くことが肝心なのだが、音楽は、どうも一人で
聴いていても盛り上がりに欠けることは確かなようだ。
これはいい!とか。
このアイデアはいかがなものだろか。とか。
このアルバムはホントによくできてるなあ。とか。
アレンジ最高!誰がやってるんだろう。とか。
独り言では盛り上がらず、地味な午後を過ごしつつつい滞りがち
なブログの書き込みをしたりする内に、会場に出かける時間がき
たようだ。

都内からは中央高速に乗って鎌倉街道を来れば1時間半ほどで到
着しますよ。昼は済ませましたか。食事がまだでしたら開演前に
楽屋で食事をとられたらいかがですか。今夜は終演後は特に食事
会は予定されていなく、全員都内に戻ります。今から事務所を出
れば食事をする時間は十分あります。会場入り口の係員に誘導す
るよう指示もだしてありますが、念のため電話をいただければ迎
えにでます。お持ちの地図どおりに来ていただければわかります。
とスタッフのTに言われた。
ところが、中央高速の国立・府中を出て最初に東京方面に戻るべ
きところを反対方面に走る間違いをおかしたのがケチのつきはじ
めで、迷いに迷った。

コンビニに車を止め道を聞く。
コンビニのネエチャンが道をよく知らなくて、要領を得ず、どー
もありがとうとお礼を言い、とにかくこの方向かと走り出すがど
んどん幹線道路から離れていくようだ。
ホンダの自動車部品屋で道を聞く。
言われたとおり走ると言われたとおりの目標が見えてきたが、そ
の目標を過ぎすぐ一本目の道を左折してくださいと言われた一本
目の道が見あたらない。近くまで来ている実感はあるものの生憎
の曇りの日で、太陽の位置を元にした東西南北の感覚がなく、東
へ向かいたいのだが、次の交差点を右?左?の確信がなく、多摩
センター駅を通り越し、ひとつ2つ先の駅あたりまで来てしまっ
ているようだな。
ガソリンも残り少なくなってきたのでガソリンスタンドに寄り、
ついでに道を聞きたいことろだが、捜しだすとえてして捜しもの
は見つからないもので、やっと見つけたガソリンスタンドは近頃
流行の無人のセルフサービスのスタンドだった。
セルフスタンドじゃ聞きようがないか・・・
後で考えれば、そこで給油している地元のドライバーに聞けば済
んだことかと思うが、その時は店員がいるスタンドを捜していた。
春分の日を間近にひかえ日は長くなってはきているが、どうやら
その陽も暮れかかってきている。空全体を覆う厚めの雲はどんよ
りとした灰色からところどころ黒みがかってきて、細かくポツン
ポツンと雨が落ちだした。

Tから電話が入った。
随分時間がかかってますねえ。今どこですか?
それがわからないのだ・・・・
イトーヨーカドー見えますか?
どこにも見えないぞ・・・・・

やっとガソリンスタンドを捜し当てガソリンを入れ、店員に道を
聞いて会場に向かったが、それから、2回コンビニで確かめパル
テノン多摩に着いたときは、やっと開演に間に合ったという時間
だった。
会場に着くとTが笑いながら出迎えてくれたが、聞くと同じ地図
で特に迷わず到着したといっている。
まあ、Tは多摩センターからほど近い駅の辺りに住んでいるので、
額面通りには受け取れないけどね。
そういえば、子供達が小さかった頃、この近くにあるサンリオピ
ューロランドに連れてきた時も迷いに迷ったことをおもいだした。
あの時は迷いながらも鎌倉街道の大渋滞に巻き込まれ、おとーさ
んおしっこ!と訴えられピューロランドそっちのけでトイレを捜
す事に一生懸命で、道を右に左にと迷走したが、今回は鎌倉街道
にすら入れなかった。
いくらなじみがない場所だからといって試行錯誤の連続か?・・
進歩がないとは俺のことかい?・・・
と自問自答していると、かって会社にいた元スタッフのAとMの
2人会場を訪ねて来てくれていた。今は別々に仕事をしている連
中だが、彼等にとっても「ホテイ・オールタイムベストツアー」
は自分の事のようでもあるようで、彼等の訪問は嬉しかったな。
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-19 23:39 | Comments(3)
疑惑のボブ

2006年3月17日

昨夜。
会社のSと打ち合わせを終え食事にでかけた。
雨も降っていた。風も強かった。悪天候のこんな夜は事務所のあ
る都心あたりでうろうろしているとタクシーもつかまえにくく帰
りの足が自在ではなかろう。とSと自宅近くの居酒屋へ。

居酒屋で、空豆・きゅうりの浅漬けをつまみにビールを呑んでい
ると、店の天井の片隅からぶら下がったテレビにイチローが映っ
ていた。ファウルを追いかけフェンス際の観客に捕球をじゃまさ
れたようで、イチローが珍しくいらだって観客に抗議をしている
シーンが何度も放映されていた。
その後は下を向いてがっかりしてる試合後のイチローの様子が映
り、次のシーンは勝った韓国チームの選手の喜びの大爆発だった。

「日本。また負けたんだ・・・」

王監督もしょんぼりとインタビューに答えていた。
イチローも、野球生涯の屈辱の日だ。と答えていた。

アジア予選でトップ通過するかと思われたジャパンは最終戦で韓
国に負け、予選は2位だった。
米国でおこなわれた2次リーグはメキシコには勝ったものの、審
判の誤審もありアメリカに負け、今日また韓国に負け、ジャパン
は1勝2敗となった。残すゲームの勝敗いかんでは準決勝に進め
る可能性が残っているというはいうものの、世界最強チームのア
メリカがメキシコに負けるはずもなく、ジャパンの準決勝進出の
道はとざされたようだ。

今日の午後は、渋谷のタワーレコードでディレクターのSとHと
音の資料を物色した。あれもおもしろそうこれも参考になるかと
CDの棚を眺め棚から取り出し10枚ほど購入していると、Sが
ジャパン準決勝進出が決まりました!と教えてくれた。
アメリカがメキシコに2対1で敗れ、失点率でジャパンがアメリ
カを上回り、進出が決まったと教えてくれた。
昨夜は、まあこんなもんだろうなジャパンは。世界は甘くはない
なとがっかりしたばかりだったので、こんなこともあるのかと喜
ぶより驚いた。

その後、青山の音制連の事務所に用事があり顔を出すと、ジャパ
ン準決勝進出で盛り上がっていたが、話題の中心は誤審だった。
ジャパン・アメリカ戦のあの誤審で有名になった審判ボブがメキ
シコ・アメリカ戦で、また、トンデモナイ誤審をしたという。
メキシコの選手のバットから放たれたライトポール直撃の打球を
「ホームラン」ではなく「フェンス直撃の2塁打」と判定したと
いうではないか。
会議に参加したTさんは、浜田省吾さんやスピッツが所属するロ
ード&スカイの社長で大の野球ファン。
Tさんと岡崎堂は共に松井・ヤンキースファンで、シーズン中は
ヤンキースの勝った負けた。松井が打ったやられたと一喜一憂を
メールで情報交換する仲である。
同じく会議に参加した事務局のH次長は、高校時代は野球部に所
属していた。我が青春は野球にありの人。
岡崎堂も高校時代は素人チームながらかってはエースで4番打者。
委員会審議が終了し、ワールドベースボールというか誤審談義に
花が咲いた。
もう一人会議に参加した人はU常務理事。ただしこちらは野球に
は縁遠く、咲いた話の聞き役。

「右翼手の頭上を越えポールに直撃した打球がどうしてエンタイ
 トル2ベースになるんだ。おっかしいんじゃないか。ボブは」
「おかしいでしょう。フェンス直撃と判定するんですよ。ボブは」
「野球発祥の地のアメリカの審判の質はいかがなものですかねえ。
 ジャパン戦もそうだったけど今日のメキシコ戦でもアメリカチ
 ームは恥ずかしかったんじゃないですかね」
「しかし。これでボブも有名になっちゃいましたね」
と例の審判を全員でボブ呼ばわりをしている
「各国でルールが違うんですか」
と、バスケットボール派で野球音痴のU常務理事が口をはさんだ。
「ちがうわけないだろう。同じルールでなきゃゲームにならない
 じゃないか」
「バスケットボールでは、細かいところのルールが改訂されます
 が、各国での適応時期にズレも生じて、国際試合でも問題とな
 ることがあるんですけどねえ。自分が高校時代にはキャリング
 はボールを受けたときに右足が」
と、U常務話をバスケに持っていこうとしたが、
「そんな古い話は今はいいよ」
と遮られてしまった。
「試合球の大きさとか投手の2段モーション禁止とかのルールの
 修正と各国でのズレは野球でもあるけど、ポール直撃弾は世界
 中ホームランだよ」
「いっそ。ボブを日本に呼んで、たけしさんに雇ってもらって、
 たけし軍団と欽ちゃん野球チームとのエキジビションゲームで
 たけし軍団贔屓の審判でもやらしたらバラエティー番組でうけ
 るんじゃないか?大事なところで必ず誤審して、たけし軍団を
 勝利に導くって筋書きで。いかがかねえこの案は」
「プロレスのヒールも役どころですかねェ。いやひょっとしてウ
 ケるかもしれません。ガハハハハハ・・・」
とH次長にばかウケした。
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-17 23:30 | Comments(1)
家族食事会
2006年3月14日

福岡空港で「いかシュウマイ」と「明太子」をお土産に買って東
京にもどると、珍しく、娘も息子も家にいて一家4人がそろって
いたので、夕飯は息子の大学合格祝いを兼ねての食事会をした。

何が食いたい?
シャブシャブ!

家の近所には、鹿児島で食った絶品系シャブシャブ屋はなく、
「食い放題○○円」という大衆シャブシャブ屋しかないが、日曜
日の夕方ともなれば、そういった「食い放題系」シャブシャブ屋
は大繁盛で、予約なしに訪れたところ、どの店も客でいっぱいだ
った。すいません。1時間待ちです。と断られた。
いったんシャブシャブと決めたので、いまさら近所にある美味い
ラーメン屋というわけにもいかず、それにラーメンでは合格祝い
の家族そろっての食事会にも似つかわしくなかろうと、あちらへ
こちらへと家族を乗せ車をころがしていると、或る料亭の前を通
りかかったので、路肩に車を止め、かみさんにメニューを確かめ
に行ってもらうと、シャブシャブがあると戻ってきた。
でも高いのよ。一人5000円もするの。どーする?
大学の合格祝いなんて一生に一回のことだからフンパツしてもい
いんじゃないかと料亭でシャブシャブ大会となった。

おとーさんがいるからこんな高い店で食べられるのよ。私たちだ
けだったら料亭で食事なんて絶対無理なのよ。わかってるのぉ。
と、かみさん珍しく俺を持ち上げるが、子供達はいっこうに話を
聞いていない。姉・弟で話し込んでいる。

「ホント!その店どこ?」
「高田の馬場って言ったじゃない。人の話聞いてんの」
「ゴメンゴメン。高田馬場ね。で、いくらだっけ?」
「食べ放題1580円。安いでしょう」
「安い!俺友達と早速食いに行くよ。電話番号教えて」
「携帯にメールしてやるよ」
「サンキュー。姉ちゃん。駅のちかくね。俺の友達のKちゃん一
 回もシャブシャブ食ったことないっていうから、Kちゃんも大
 学受かったから、みんなでシャブシャブ食い放題に行こうと行
 ってるんだけど、俺もKちゃんもバイトやってないから金なく
 て。このへんの店高くていけないし・・・」
「あと新宿にもあるよ。安い店」
「新宿は行かないからいいよ」
「大学生になって新宿も行けないの?お前」
「まだ大学生じゃないよ」
「そうか。言うの忘れてたけど、その店学割でその値段だからね」
「じゃあ。学校に行ってからか。俺の学部は江古田じゃなくて所
 沢だから高田馬場は遠いか・・・」
とシャブシャブ食い放題の店の情報交換しながらも、まあ、親の
ひいき目だろうか端からみてても兄弟仲がよろしい。

どういう分けかライブドアーの話になって株の話を聞かせると、
息子の同級生で株をやっている子がいたと言うではないか。
毎日株の売買をするデイトレーダーで、そいつは結構儲けてたよ。
俺たちの仲間では一番金持ってた。というから驚いて!!!!!
かみさんと顔を見合わせた。
「なに見つめ合ってるの」
と娘にからかわれるほど長く見つめ合っていた。
大学生の株研究会みたいなところでは、何人もが株の売買をして
いて、就職はせずにトレーダーとして生きていくという学生がい
るとは聞いていたが、高校生でやってるなんて・・・・

娘の明日からの北海道旅行の旭川旭山動物園の話やら流氷ツアーの
話やら肉のお代わりやら最後のうどんのスープの味付けの好き嫌い
やら昔でかけた箱根の温泉旅行の思い出話やら、そうそう亮太の初
喋りの伊豆の温泉話もとびだし、久しぶりに話題が尽きない和気あ
いあいの食事会になった。
娘が学校を卒業して倅が学校を卒業して家族からひとりひとりが社
会人として自立していく日を楽しみにしているが、こうして一緒に
食事をする機会はこれからはそうないだろうなと思うと、なんだか
かけがえのない飯会になった気がした。
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-14 23:47 | Comments(1)
ソープランドの先の食事場
2006年3月12日

土曜日の福岡が暖かい日で最高気温が20度もあった。
サンパレスの楽屋の窓を開け外の空気を楽屋に入れ、春の陽気を
たのしんでいたが、陽が落ち夜になって急に冷え込んできたよう
だった。
ライブを終盤まで観て、一旦楽屋に戻り、東京と連絡をとってい
るとブルッと寒気がした。悪寒もするようだ。
風邪ひいたかぁ?・・・・・
春の陽気に浮かれすぎたかな。
でも、スタッフはTシャツで楽屋廊下を行き来してる。
「寒くないのか?」
「寒いですか?いいえ。今日は暑いですよ」
と言ってるからナンダカ俺一人寒がってるようだなあ・・・・
俺の周りだけ寒さがとりついているような不思議な感じだったが、
とにかく寒いので、一足先にホテルに戻った。
ホテルで休んでいると、さっきまでの悪寒は嘘のように治まった。
治まるとやはり暖かすぎる日で、軽く入れられた空調の冷気が心
地よいくらいだった。なんだったんだろー。あの寒さは・・・・

ベッドに横になりテレビを観ているとNHK特集「富山湾」をや
っていた。富山湾は海の中に北アルプスがあるといわれる。
北アルプス立山連峰は、海抜3000メートルの高さから一気に
富山市に下り降り、富山湾沖からまた一気にマイナス1000メ
ートルの深海底まで下り落ちている。
湾には膨大な水量の北アルプスの地下水が流れ込み、淡水と海水
が入り交じったその湾内の環境は世界にもまれな豊かな海をつく
る。植物性プランクトン。動物性プランクトン。小魚。中魚。大
魚。に甲殻類。深海魚類。深海甲殻類。海藻。春。夏。秋。冬。
と四季を通じて海の恵みに満ちているのが富山湾であると特集し
ていた。
富山に行きたくなった。金沢の小杉氏に案内を乞うて、湾内の湊
々を訪ねる旅をしたいなあ。小杉は夢番地の社長の善木とは旅す
るが俺を連れて行った事がないのはなんでだろう。ま。小杉も善
木も忙しいふりをしてるが実はヒマをもてあましてんだろう。
善木は契約した新人バンドが上手くいきだしていると聞くから、
これからはそんなヒマでもないか・・・
では、拙者を連れて行っていただこうか・・

NHK特番「富山湾」を半分ほど見たところに照明の佐々木さん
から電話が入った。佐々木さんとライブ終了後に食事をする約束
をしていた。ホテルから外にでると昼の暖かさがまだそのまま残
っていた。半袖で歩いている元気な若い博多衆もいた。
佐々木さんに聞いても、夕方一気に温度が下がってはいないと言
う。気温が下がったのでなければ、あの悪寒はなんだったんだろ
う。俺の周りだけ急に冷えこんだナニカ霊的な現象だったのでは
なかろうかとも思ってみた。
そういえば、ずーと昔のこと。霊的現象にまったく無関係な拙者
が、博多の那珂川沿いのちいさなホテルで幽体離脱という不思議
な霊体験に巻き込まれたことがあったぞ。
あの時は、気がついたら身体が空を浮いていて部屋の中をフワフ
ワ漂っていた。上からベッドで寝ている自分が見えた。
もう20年も前のことだったなあ・・・
ここはスピリチュアルプレースとちゃうか・・・
そんな事を思い出しながらソープ街を通り抜け、客引きの兄さん
姉さんの「いかがですか。遊んでいきませんか」の声に送られる
かのように約束の食事場に急いだ中州の春の夜でござった。
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-12 23:47 | Comments(3)
擬態・職員旅行
2006年3月11日

朝。8時30分に家を出て羽田にむかう。9時に羽田についた。
土曜日の朝の首都高速は空いていてたいへんよろしいのであるが、
羽田についてチケットを確認すると10時発だと思っていた出発
時間は、翌日の福岡からの帰りのチケットで、今日の福岡行きは
11時30分発の便だった。今日と明日をとり違えてしまった。
早くも春ボケか。はたまた。春に関係なくボケ症候群進行か。
しかし。出発時間まで2時間以上ある。
さてどうやって時間をつぶそうか・・・
まわりを見ると、啓蟄の候をむかえ虫だけではなく人もむずむず
と動き出しているようで、週末の出発ロビーは人でごったがえし
ている。大学は春休みに入っているのだろう。学生のような連中
の姿がおおい。とにかく座る場所を確保しようと2階のテラスに
上がると、出発ロビーを見下ろせる一角にあるテーブルを見つけ
た。
そこに陣取る。新聞を読む。

さてさて。
ライブドアーのスイスの金融機関の秘密口座に220億円の簿外
現金発覚。東京地検はスイス政府に調査協力要請。
しかし。
いくらの金隠し持ってたんだホリエモンは。そういえば昨年の総
選挙に立候補し瀬戸内海の小島に遊説に出かけたホリエモン。
島民から交通手段の船便がすくなすぎる。病人が出た時など緊急
時にたいへん困るからなんとかしてもらえんかの。
との要請に、ジェット機買っちゃえばいいんじゃないですか。あ
んなもの3億円で買えますよ。と言ってたが、3億円をまるで小
使いくらいにしか考えてないんじゃないかコイツは。って思った。
選挙民である島民との金銭感覚のギャップがもの凄くて、あの光
景まるで漫画だったなあ、、、

どれどれ。
黄門様渡部恒三民主党国会対策委員長「永田議員辞任発言」か。
しかし。
また古い人引っぱりだしたもんやなあ民主党は。まだ議員やって
らしたんだというのが素直な感想。でもこの人は、会津弁がチャ
ーミングだなあ。故渡辺ミッチーの栃木弁もナイスだった。こう
いう愛嬌のある政治家がいなくなってしまったな政界に。小沢一
郎もバリバリの東北弁で喋ればもうすこしチャームかも。
無理か、、、、イッチャンは。

なになに。
米大リーグオープン戦。ゴジラ松井。疲れから無安打。
しかし。
松井選手には今年はがんばってもらわないといかんな。
毎年この時期は花粉症に悩まされてるようだから、調子はイマイ
チなのかな。それとも慣れない4番打たされて力入っちゃてるの
かな。それとも高い年俸にプレッシャー感じてるのかな。
俺の夢を松井のバットの乗せワールドシリーズ優勝!頼むよ松井!
もうジアンビーが不調でも松井が絶好調ならヤンキースは勝てる!
と、俺だけでなく監督のトーリも知ってるよ。そのトーリ。
今年こそニューヨークに応援に行かなくちゃな。

新聞記事にいちいち、しかし。と反応しながら読み終えるがまだ、
1時間しかたっていない。タバコも吸いたくなったし用も足した
くなってきたが、鞄など荷物をもって移動すると、確保した席を
取られてしまいそうだ。近くには、席がなくて荷物を足下に置き
2階のテラスのフェンスにもたれながら空き席を伺っている若い
カップルがいる。あのカップルに席をとられてしまいそうだな。
かといって荷物を置きっぱなしにして席を立つのは危険である。
イタリアのミラノで、東芝EMIのHディレクターは、バーのカ
ウンターに腰掛け左隣のスツールにかばんを乗せ右を向いてバー
テンダーにビールを注文し金を払おうと左を向くと、もうかばん
が盗まれていた。ものの30秒の間のことでした。財布もパスポ
ートもカバンと一緒に消え失せました。と聞いたことがあるぞ。
ここはイタリアではないが、最近の日本も油断は出来ない。
さて、どうしたもんか。
隣のテーブルに学校の先生の職員旅行らしき一団がいる。自分の
荷物をそっと彼らの足下近くに置き、テーブルも椅子も隣のテー
ブル方向に少し動かし、アタカモそのグループの中の一人がちょ
いと席を離れるといった風で席を立ち喫煙室に入り煙草を一服。
そこからは荷物の置いてあるテーブルが見えるが、なにやら、団
体さんの集うテーブルの端の一席が空いているようにみえる。数
人がそこを通り過ぎたが、誰も空いている席とは思っていないよ
うだ。職員旅行の一員のふりの擬態は成功している。
くだんのカップルもこちらが席を立った時は、アッ、席が空いた
かなと言う顔でみていたが、どうやら座ろうとはしていない。
用を足し、確保されたままの席にもどった。
一人で旅行するとたまにはこうやって擬態もしなけりゃいけない
から苦労するなあ。と出かける福岡の旅。今夜は博多・中州たい!
[PR]
by kasuya_senji | 2006-03-11 23:31 | Comments(1)

 
Copyright ©1997-2007 Excite Japan Co.,Ltd. All Rights Reserved.
免責事項
- ヘルプ - エキサイトをスタートページに | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム