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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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土用のうなぎ
2006年7月31日

また、この話を書いてるのか。どーでもいいのにィ。
と言われてしまいそうですが、洋酒天国の話です。もともとどー
でもいい話しか書いておりませんので、ご容赦ねがいます。

先週末はドライブに出かけず、ヨーテンで過ごしました。
この広報誌は山口瞳氏が編集長だとかってに思いこんでいたが、
読むにつれ、開高健氏がどうやらそうであるらしいなと思いあた
る。ただ私が読んでいる文庫本には、監修・開高健となっている
だけなので、まだ本当のところは分かってない。どなたか知って
いる人がいたら教えていただきたいものです。
「目で読んだ名場面」と題して映画を酒で論じてる文章にメチャ
クチャおもろい話が載っていて、

と。ここまで書いていると
「オマチドーサマでした」と近所の鰻屋から出前が届いた。
うなぎが好きで、毎年土用のうなぎ土用のうなぎと騒いでうなぎ
を食べるが、必ずしもこの時期に美味いうなぎが食える環境にあ
るわけではありましぇん。
ある時はロンドンにいて、ロンドンじゃァ有りつけない。ある時
は沖縄にいて、沖縄では老舗のうなぎ屋はないだろうな。またあ
る時は浜松にいて、浜名湖はうなぎの一大生産地で浜松には有名
なうなぎ屋はたくさんあって店はよりどりみどりだが、折り悪く
コンサートなどやっていて楽屋で弁当を食っていた。
昨年の土用の日は名古屋にいた。モンスタードライブ・ゼップツ
アーで2日間滞在していたから、今ぞとばかりにうなぎを目指し
たが、目指した店はタクシーを下りると目の前で暖簾が降ろされ
た。
「あいにく2時まででございます」
ありゃりゃりゃりゃー。時計を見ると2時をすこし回っている。
最終公演のスーパーアリーナの打ち合わせに時間がかかり過ぎた
ようだ。タクシーの運転手さんが気の毒がって、町からすこし離
れますがそこは昼休みはありませんから行ってみますか?と次な
る店に案内してくれたが、そこは長蛇の列で3時間待ちだった。
結局、うなぎは諦めて街中にもどり「山本屋の味噌煮込みうどん」
を食ったが、タクシー代を含めると味噌煮込みうどんは、5千円
とうなぎより高いものになった。
先週末は先週末で、或る記念日を大忘れしてオワビの夕食会をか
みさんとしたが、野田岩まで足をのばし「土用のうなぎ」をと提
案すると、もやしそばが食いたいというので、知り合いの中国人
がやっているD料理店でもやしそばで記念日を祝ったのでうなぎ
を食い損ねている。
そこで今日は2日遅れの土用のうなぎをいただこうと麻布Mから
出前でとどけてもらったのである。

うなぎを食いながらこんな話を思い出した。
歌人の斎藤茂吉はうなぎが大好きで、普段は引き受けたことがな
い大嫌いな講演会も、昼飯にうなぎをだしますといわれると、
「ほんとっすな。ほんとでがすな。うなぎ食えるっすな」
と上機嫌で出かけたとものの本に書いてあった。
先輩のK氏は若い頃マネージャーをやっていたがK氏もうなぎが
大好きで悲しい逸話が残っている。
まだ若きマネージャーだったK氏のふところはいつも寒いものだ
ったが、或る夏の日。大阪に行くために新幹線に乗り込んだK氏
はボーナスが出た直後であったので、迷わずうなぎ弁当を車内販
売で注文した。そのころの普通指定車は弁当などをひろげる小テ
ーブルは肘掛けの中から引っぱり出すという小さな物であった。
K氏はウナギ弁当をその小テーブルに広げ山椒をふりかけ、いよ
いよあこがれのうな弁に取りかかろうとしたその時、新幹線がガ
タン!と揺れ、ちょうど折悪しく通路を通りかかっていた老人が、
そのガタン!によろけによろけ小テーブルに倒れるようにのしか
かってきた。K氏は老人を助けようと手を伸ばし老人は倒れるこ
となく無事であった。「どーもありがとうございました・・」と
次の客車に立ち去る老人をK氏は見送ったが、K氏のうなぎは車
内に散乱していたのであった。あれ以来俺はうなぎを食っている
ときは人を助けないことにしているんだというK氏の決意はなに
やら人として悲しいものであった。

うなぎを食って、洋酒天国から離れに離れてしまったが、
「不良の掟」という映画で、いい身体した女がウイスキーをラッ
パのみして酔っぱらってビンを落として割ってしまうというシー
ンが東北弁の農民口調で語られていて、話はともかくその語りの
手法に笑った笑った。大笑いであった。この文は開高だな。
ちょうど洋酒天国と並行して藤沢周平の「義民が駆ける」という
本も読んでいて、この物語は庄内(山形)の農民が江戸に訴えに
でるという話で、農民の会話が山形弁で書かれてるでがんす。ほ
んなこんで、とうほぐ弁にはナレてすまっていたがら、素直に笑
ってすまったっす。

もう一つは、マリリン・モンロー主演の「バス・ストップ」。
ロディオ大会を見物にきたマリリンがハンカチを落としてしまう。
それを拾い上げるシーンでマリリンの、その最も優美な部分がモ
ッコリと盛り上がる。その後ろ姿を、廻りの狼どもがしばしロデ
ィオを忘れて目の保養をする。
彼女に恋をした男が、呑んべえの彼女に酒を飲ませまいとグラス
に紅茶を入れておく、彼女それを知って怒りの紅茶ガブ呑みのシ
ーンも可愛らしいと書いているのも、これも開高だな。
地下鉄の通風口の上で風に煽られるスカートを手で押さえている
マリリンの姿はあまりにも有名だが、マリリンのジーンズ姿も負
けず劣らずセクシーであります。「帰らざる河」の筏に乗り河を
下るシーンで、水をかぶったマリリンの足腰にピッタリとくっつ
いたジーンズ姿は忘れられまっしぇん。これは酒の話が出てこな
いので開高ではなく岡崎堂です。
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by kasuya_senji | 2006-07-31 18:39 | Comments(0)
ヨーテン
2006年7月29日

待ちに待った「洋酒天国」が手に入った。


「洋酒天国1」 酒と女と青春の巻。開高健・監修
              (昭和62年8月発行・新潮文庫)
「洋酒天国2」 傑作エッセイ・コントの巻。開高健・監修
             (昭和62年11月発行・新潮文庫)
「洋酒天国3」 ウイスキーここにありの巻。開高健・監修
              (昭和63年8月発行・新潮文庫)

の文庫本3冊で全巻の中からの名文・名エッセイの抜粋本である。
洋酒天国という本がオリジナル以外で出版されているかはネット
で調べた。調べたらあったので注文し今日届いた。
新潮文庫以外に、
「アンソロジー・洋酒天国3・ウイスキーここにありの巻:開高健・
監修」というサントリー博物館文庫から発売された単行本もあった
のでこれも手に入れたが、同じタイトルであることと発行が昭和6
0年になっていることで、アンソロジーシリーズの全3巻が先に発
売され、2年後に新潮文庫から発売されたことがわかる。

洋酒天国1・女と酒と・・を見ると巻頭にカラー写真が載っていて、
いきなりヌード写真である。題して「ヨーテンスコープの裸女達」
とあるから、開高健等編集の人々は洋酒天国をヨーテンと呼んでい
たらしい。
解説によると、
<昭和33年4月から「洋酒天国」に毎号折り込みのピンナップ・
 ヌード(ヨーテンスコープ)が登場し、読者は胸をドキドキさせ
 ながら裸女を鑑賞した。今日見れば、じつにおとなしいヌードで
 あるが、当時としては驚天動地だった。そして今や「洋酒天国」
 をルーツとして「平凡パンチ」「プレイボーイ」等々の男性雑誌
 にピンナップ・ヌードが花ざかりである>
この解説も昭和62年発行当時のことで今から約20年前で、ヘア
ーヌードなど夢の又夢の時代の解説でもある。夢の又夢などと書く
とお前の夢はヘアーヌードだったんか?と言われてしまいそうだか
らピンナップの歴史はさておき、山口瞳も開高健も寿屋(当時のサ
ントリーの社名)のPR紙とは云いながらやることはちゃんとやっ
ていたのだ。これじゃ全国のトリスバーから送ってくれ!との要望
が殺到したのも無理もない。
何事もエロから普及していくという神代の昔からの男の絶対命題を
外さない着眼点が、目のつけどころがシャープと言わざるを得ない。

ウイスキーの語源についてはこう書かれている。
ケルト語の命の水をあらわすウイスケ・ビータがウスケボーと縮ま
り、さらにその頭のウスケがウイスキーになったとケンブリッジ大
学のスキート教授は教えている。と。この話は今でもモルトウイス
キーを楽しむ人々にはおなじみの話だが、きっと洋酒天国が紹介の
初めであっただろう。

コントの巻にもパーティージョーク風のお色気コントがいくつか書
かれているが、このコントは載っていなかったのでここで紹介して
おこう。

或る亭主が帰宅すると見知らぬ男と女房がベッドインしていた。
或る亭主がアメリカ人であれば、その場で銃で撃ち殺す。
或る亭主がフランス人であれば、自分も裸になりベッドに混じる。
或る亭主が日本人であれば、正式に紹介されるまで名刺を持って待
っている。

今週末はドライブもしくは天気が悪ければ「ヨーテン」を家でゆっ
くり楽しむことにする。
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by kasuya_senji | 2006-07-30 12:37 | Comments(0)
代々木の昼飯
2006年7月28日

昨日の午後、代々木公園へでかけた。
昼飯を食っていなかったので腹が空いていた。公園内にある屋台
で冷たい水とタコヤキを注文すると、タコヤキは土曜日曜の週末
しかやっておりませんですという。では、焼きそばにしようかと
思ったが鉄板の上の焼きそばがイカニモ不味そうな色をしていた
ので、フランクフルトソーセージを買って近くのベンチに腰かけ
かぶりつき昼飯とする。

ベルリンにはインビス(噛むという意味らしい)というソーセー
ジを売る屋台が町角のいたるところにでていた。日本でもおなじ
みのフランクフルトもあり、皮はパリパリだが中身はふにゃふに
ゃと柔らかい肉汁の多めの白いソーセージもあり、肉に血を混ぜ
た黒みがかったものもありどれもこれも美味いが、特にカレー味
をつけたカリーブルストという名のソーセージがお気に入りで、
レコーディングの合間や休日に街に出るときはこのソーセージを
買い食いすることは折り込みずみだった。
街の真ん中、といっても旧西ベルリン時代のことだから今は街の
真ん中は別のところになってしまっているのだろうが、当時の街
の真ん中にKDB(カーデーベー)というベルリンの有名なデパ
ートがあって、そのデパートを超えた角のインビスが僕のソーセ
ージの定食屋だった。そこでカリーブルストを買い食いし、KD
Bの8階の食料品売り場へ行き、エスカレーターを上がった正面
に待ち構えるビールバーで冷たいビールを飲み、隣の魚介売り場
のカウンターに座り目の前におかれている牡蠣をあれやこれやと
注文し白ワインとともに食べる。というのがベルリンの昼飯の定
番だった。

おなじソーセージの昼飯とはいえベルリンと代々木公園ではえら
い違いやな・・・とかぶりついているところにござるのH氏が登
場した。O氏もK氏もY氏も続いて登場し、誰もがいい大人が公
園でソーセージで昼飯ですかァ。子供じゃないんですからァとい
った顔でソーセージをかぶりついている私を見ていた。

ここにウエスの小島やサンデーフォークの桑原が登場したとした
ら「ベルリン風の昼飯ですねえ」と云ったはずだろう。
連中には、ベルリンで昼飯の定番コースを紹介しおおいにウケた
のである。小島や桑原などは昼飯後、午後いっぱい街のあちこち
を歩き、そろそろ夕食の時間だなという頃になると、小腹が空き
ましたな夕食前にインビスでソーセージをといった具合であった。
ベルリンでライブを観て、レーベル会社のA&Rとの会合やミュ
ージシャン達とのパーティーやらと楽しい日々を過ごした我々は、
ベルリンを後にしロンドンへ向かった。
あの時は、ホーランドパークにあるハルシオン・ホテルに宿泊し
たが、小島も桑原もホテルのダイニングルームのイングランド風
ブレックファーストがいたく気に入ってしまったようだった。
理由は明確である。そのホテルの朝食でサービスされるイギリス
風ソーセージが絶品なのであった。ホテルのスタッフに聞いたと
ころ、いったん60度くらいのお湯でゆっくり茹でてからフライ
パンで皮をしっかり焼き上げてだしますが皮は破れないようにし
ます。皮が破れると中の肉汁がでてしまいますから。
ということだった。ベルリンのインビスも皮は破れていなかった。

そこにいくとさすがは代々木公園の屋台。串に一刺した状態でた
べるソーセージは子供が小さい口でかぶりつくには食いにくかろ
うと初めっから包丁で幾筋も皮に切れ目を入れているパサパサの
ソーセージだった。
代々木公園のベンチに腰かけソーセージを食いながら、しかしあ
れほどソーセージを食いまくった旅もなかったなと思い出した。
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by kasuya_senji | 2006-07-28 13:38 | Comments(0)
K・T
2006年7月26日

金大中事件は「時の韓国政府が指導して行われた」という記事
が朝日新聞の1面にトップニュースとして報じられた。

数年前のこと。阪本順治監督の名代として椎井プロデューサー
が「KTという作品を創るので布袋さんに音楽を担当していた
だけないか」とオフィースを訪れてこられた。

「KT」とは韓国の前大統領・金大中(キム・デジュン)の事。
韓国の大統領候補時代の若き金大中は韓国内で政治的弾圧を受
け、逃亡先の日本で同志を集め政治的活動をしていたが、ある
日パレスホテルから何者かに誘拐され失踪。その後、韓国で発
見される。という事件が金大中事件。
日本政府は、日本国内で発生した事件であり日本の司直の手に
ゆだねられるべきでありと主張。認めなければ国家主権に違反
すると強く韓国政府に抗議したが、韓国政府は関与を否定。
日韓両政府は政治的決着を図り、事件はそれぞれの国の喉元に
刺さったまま真相は闇に葬られた。当時の日韓の権力者は韓国
は朴大統領。日本は田中角栄内閣総理大臣。

椎井さんは「阪本監督はその真実を描きたいのです」と言う。
阪本作品に音楽家として布袋が参加するのはクリエーティブな
活動であり、そのことは阪本さんと布袋との間で話し合い検討
されるべきものでもあるから両者の会談はすぐセットすること
にしたが、それよりも、何故、今、金大中事件なのか?は椎井
さんとずいぶんやりあった。
映画作りという創造活動に商業主義的な観点からものを云うこ
とは、映画プロデューサーでもなく配給会社の人間でもない自
分の役割ではないとわかっているが、どう考えてもヒットする
とは思えなかった。
その当時、韓国では、金大中が大統領ではあるが大統領一族の
汚職事件が発覚し政権末期のレームダック状態を露呈し、民意
は完全に失われていた。大統領として金大中に期待した分だけ
失望感も大きかったのが、この時期の金大中だった。
まず、流行るまい韓国では・・・日本でもテーマがあまりにも
重すぎて流行りにくいだろう。たいがいの日本人は真実などは
どーでもよくお気楽にできあがってしまっているからなあ・・

朝鮮戦争後。韓半島は北朝鮮と大韓民国とに分断された。戦争
は終了したのではなく停戦である。当然、民主主義国家として
成立した大韓民国は軍事政権であった。反共産主義の防波堤と
してアメリカ政府・日本政府はその軍事政権を支持する。
しかもその政権の中枢をなす人々は、日本が韓国を植民地化し
ていた時代に既得権を持っていた、或る意味では親日本政権よ
りの人々であった。その軍事政権は反共産主義の旗の下、真の
民主化に向かおうとする韓国民を思想的に弾圧し、その若き政
治的指導者であった金大中も弾圧を受けた同士をたより逃亡先
の日本に潜伏していた。当然、時の日本政府もその行動はすべ
て把握していた。日本政府もアメリカ政府も、軍事政権撲滅を
はかる金大中を共産主義者であると位置づける韓国軍事政権の
考えを否定していなかった。日本政府もただのお人好しで金大
中の日本滞在を認めていたのではない。公安の特務部隊の監視
が徹底的に行われていた。こんな状況の中で事件は起こった。
そして事件は、日米韓のディールで政治的に決着された。

真実を描くとなれば近代史を描くことになるのだろうか。
この事件は現実のアクションだが、主題は政治の暗部である。
すくなくとも映画の主題は人間でなければならない。
2時間ほどという時間的な制約の中で、さて阪本監督はどんな
物語を作って真実を描くのか?また描かれた真実がどのような
エンターテイメント性を持ちうるのか?流行るのか?
などなど、なにやら普段の自分とは似ても似つかない小難しい
議論を椎井プロデューサーと長時間にわたって闘わせたことを、
今朝の新聞を見て思い出した。

韓国政府によって真実の一端は発表された。
時の韓国政府が関わりあった事件だと発表された。
だが、日米韓の政治の舞台裏でなにが話し合われのかという真
実は、この発表をもっても明かされなかった。
永遠の闇に閉じこめられたまま・・
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by kasuya_senji | 2006-07-26 18:24 | Comments(1)
思い出の夏
2006年7月25日

すのこのことなど書いている場合ではなかった。
大事なことを忘れていた。
どれほど大事なことを忘れていたかは、そうだな・・・・

自転車が傾いて水のペットボトルや人参やオレンジやらが荷物籠
からこぼれ落ちそうになったのであわてて取り押さえたが、自分
の子供を取り押さえるのを忘れて子供がゴロン。
子供忘れるな!

肉を咥えているにもかかわらず、橋の上から見た池に一匹の犬が
肉を咥えてるのが映ったので、あれもいただこうとワン!と吠え
て肉を池にポチャリと落としてしまった。(イソップ物語)
自分の顔忘れるな!

若かりしあの夏の日。ハワイの丘の上にある小さな教会で君を一
生幸せにすると神に誓った記念の日であるにもかかわらず、仕事
とすのこベッドのことしか頭になかった。昨日はなんの日だった
か覚えているのでしょうか?とメールをもらってしまった。

さて。
忘れもの3択。私が忘れた大事なものは・・・・
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by kasuya_senji | 2006-07-25 19:46 | Comments(1)
湿気なき快眠
2006年7月24日

すのこを敷いてその上に寝ている。
すのこと云ってもコンクリートなどの上に置かれているような木
組みされたすのこではなく、桐の白木が帯状の紐で繋がれている
要するに蛇腹状態になっているもので、幅は半間、長さは折りた
たみ調節可能で約1間の畳1枚分の大きさのもの。

人工的に調節された冷暖房機からはき出される空気がきらいな私
の部屋(和室)には空調機が設置されていない。冬場は暖はアン
カや湯たんぽでとり、畳に敷いた布団をある種炬燵代わりとし時
に窓をあけ新鮮な空気をいれかえたりしながら過ごしている。
夏は部屋の外のベランダに打ち水をし、窓をあけ外気を部屋に入
れることで涼をとる。あまり暑くて寝苦しい夜などは、部屋のド
アーの外の廊下に扇風機をおき、階下の居間の空調機からはきだ
された冷気を拝借し部屋におくりこみ暑さをしのいでいるが湿気
対策には苦慮している。
風呂場も洗面所もそうであるが最近の住宅はサッシで完全密閉さ
れているから結露がすごく、窓のしたには水が溜まってしまって
いるのをよくみかける。
クーラーの冷気がダメな私も平気なかみさんも夏冬の湿気対策が
目下の共通の悩み。目下というのは、以前住んでいた住宅は湿気
対策をことさらやらなかった結果、数年したら風呂場や洗面所の
目に届かない裏場あたりに細かい黴が発生していた。清掃業者に
依頼して徹底的に掃除をしてもらったが、黴は死んでも黴の跡は
黒ずんだようにのこり、結局は浴室の壁を張り替えたりして結構
物入りだったことがあるから、今回の新住宅は予防に金をおしま
ずに使おう。結果そのほうが安上がりであると目下せっせと湿気
対策を講じているのだ。

部屋の掃除も終わり洗濯も済ませ(我が家は家事分担制で家全体
と居間・洗面所・台所の片付けはかみさんが担当。各部屋は各自
が担当。洗濯一般はかみさんが担当だが私の分は私が担当)昼飯
も食い終わった日曜の午後を寝っころがって本を読んでいると、
かみさんが、和室で布団を敷き寝るにはマットレスなどではなく
すのこのベッドがたいへんよろしいと言いながら部屋に入ってき
た。かみさんが手にしているすのこベッドの紹介を見る。
それによると、寝ているときにかいた汗はシーツを通して敷布団
に吸収され、その水分は下のマットレスに吸収され、そしてその
水分は畳に吸収されていく。シーツは洗えば良く敷布団も天気が
良い日などに日光に当てればよいが、畳はそうもいかないからい
つのまにか畳自体が湿気じみてきて、家ダニや黴やなんらかのよ
ろしくない菌の温床になるそうである。我が部屋は和室と云って
も元々はフローリング板張りの洋室仕立てであった部屋に、沖縄
からとりよせた琉球畳を敷いて和室にしているもので、昔の日本
建築のように畳の下の縁の下には四季折々の風が通行していて、
畳の湿気もいつのまにか風が取り去っていくという機能はもって
いない。畳が湿気れば湿気っぱなしである。
そこで布団と畳のあいだにこのすのこべっどを敷いて風が通る空
間をつくってやれば、日本建築の知恵である縁の下とおなじ効果
があり、畳は湿気りません。特に桐はタンスなどに使われるよう
に湿気を良く吸い取りますからますます湿気りません。ゆえに畳
に家ダニも発生しません。黴も生えません。といいことづくめだ
ったから、さっそく購入してマットレスは押し入れに放り込み片
付け、昨夜からすのこの上に寝ている。

感想はといえば、もともとマットレスの上には分厚い敷布団を使
わず薄手の敷布団を使っていたから、すのこの上はさらさらと乾
燥しているような爽快感はあったが板の堅さが気になったかな。
寝返りがフカフカとはいかなかったので今夜からはもう少し厚目
の敷布団に変えるつもりであるのと、昨夜は仲間からどーでもい
いようなメールが夜中に入ってきて、なにか緊急な出来事かいな
と寝ぼけまなこで置きだした私は、そのどーでもいいメールを確
認した後、寝床に戻るときにすのこの角に足をぶつけてしまい痛
かった。
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by kasuya_senji | 2006-07-24 16:54 | Comments(1)
雨中見舞い
2007年7月23日
拝啓。1−POINT・H氏へ。

いつまでもぐずぐずと雨が降り続きます。
蒸し暑さと寝苦しさ。つい冷たいものの取りすぎに要注意です。
くれぐれもご自愛を。

ところで、貴兄からすすめられた試運転は、ap・bank・f
esが行われたつま恋への往復をそれにあて済ませました。走行
距離は約500キロです。
3速からゆっくりと4000回転まで上げて、またゆっくりと3
000回転までもどし、シフトアップして4速に。4速からゆっ
くりと4000回転まで上げて、また3000回転までもどし、
シフトアップして5速に。5速から6速へも同じ手法で行い、こ
れを浜松行きの東名高速で繰り返し繰り返し行いました。
6速で4000回転まで上げることはトライできませんでした。
理由は、制限速度と車間距離の問題でした。
ご存じのように6速では、5速時点で時速100キロ近くになる
と2000回転くらいでその速度を保ちます。そこから4000
回転まで上げる途中の3000回転辺りで時速は140まで一気
に上がってしまったのです。これは、とんでもない制限速度オー
バーで、パトカーがいないからと云って、覆面パトカーが見あた
らないからと云って、オービス(自動速度取締機)が設置されて
いないからと云って許されるものではありませんので、それに懲
りて6速での4000回転は試していません。今度サーキット走
行の機会がありましたら、そこでトライしたいと思いますので御
連絡いただければ幸いです。
車間距離の問題も同様で、一気に速度が上がることによりあっと
いう間に先を走る車に追いついてしまいました。先を走る車は、
「アオラレタ!」と勘違いしたようで、しばらくの間「アオラレ
返し」をお見舞いしてくれました。ゆっくり走ればゆっくりと。
また登坂車線などで前方に大型トラックなどが走行しているので
と追い越し車線に変更すれば車間距離もとらずにピッタリと。
と、云った具合に後ろに貼り付かれ危険極まりないものでしたが、
元はと云えば当方に彼等の勘違いのネタがあるものですから大人
しくしてる外なく「もうしませんからゴカンベンヲ」と一人車内
で呟いたものでございます。
それにしても、東名高速道路を走る車のマナーの悪さはいつもの
ことながら情けないものがあります。速度は守らないアホ。方向
指示器をださず車線変更するバカ。車間距離をとって運転してい
ると空いているとばかり割り込んでくるタコ。咥えタバコで携帯
電話しながら小さな子供を乗っけてる若いおっかさんもいました。
貴兄も東名などを走行するときは[君子危うきに近寄らず」を銘と
してドライブされたし。

つま恋の帰路では試運転はせず通常走行で東京にもどりましたが、
天竜川が大増水しているのを見ました。
大井川はいつものように広い川幅のなかをいくつもの川筋が浅く
流れているだけでした。酒匂川も多摩川もふだんと変わりない様
子でしたが、天竜川は川幅いっぱいに水が流れ、河原の木々を呑
み込むばかり。黄色く濁ったその濁流を見て、これは上流でかな
りの異変が起きているだろうなとその時思ったのですが、果たし
て翌日には観測史上ないほどの局地的な雨により、天竜川の水源
池である諏訪湖が溢れ、湖畔の町や村は冠水し山は崩れ土石流が
家や人の命を奪ったという大災害が発生したと知りました。
つま恋で聞いた話ですが、名古屋大学の教授によれば、地球温暖
化による大気への影響でピラミッド型であった積乱雲が以前とち
がって棒状に高く積もり上がるようになり、その所為で局地的な
大雨の発生が続いているということでした。
環境問題を真摯に捉えよう!と小林さんや桜井さんがアピールし
たap・bank・fesに参加したまさにその帰りに、そのよ
うな場面に出くわしたことも印象に残るものでした。

長くなりましたが、貴兄の愛車のエンジン問題はいかがなりまし
たでしょうか。試運転中に起こったチューンナップされた新エン
ジンの突然のブッ壊れというトラブルにめげて、車へのあくなき
興味が一旦停止状態ではないことを祈ります。
もうすぐ梅雨も明けようか。この夏は、青空の下で箱根や日光へ
の快適なドライブに貴兄とご一緒できればと幸いであります。

敬具。

糟谷岡崎堂より。
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by kasuya_senji | 2006-07-24 16:07 | Comments(0)
ワダちゃんとスギちゃん

2006年7月20日

麻布の或る飲み屋では私は「なっちゃん」と呼ばれている。
なぜ「なっちゃん」であるかはまあどーでもいいが、嘘偽って飲
むのが好きというわけではないので一言だけ書いておく。
名を名のって身分を名のって飲むというのが銀座のクラブの式で
あるらしいが、自分にはなんだかメンドクサイ・・・気がする。
店と自分の関係は、ただのどこかの機嫌のいいお客さんであれば
それでよしと思っているので、沖縄帰りの私を見た店のママさん
が日焼けしてますねえというから、
「名は岡崎堂でござる。仕事はナニナニでござって、ご存じであ
 ろうが彼のダレダレさんと一緒に頑張っておるのでござる。沖
 縄にはこういう所用で行ってまいった」
などとは言わず、
「ココナッツとでも呼んでくらはいな」
と答えたところ、いつのまにかココが取れてなっちゃんと呼ばれ
ている次第でござる。

その店にたまに同行するSは「和田」さんでKは「スギ」さん。
文化庁賞をもらった「あの絵描きの和田」さんと「イタリーの
絵描きのスギ」さんは、実は我々であると連中は名のっている。
その和田さんスギさん盗作騒動が一段落した感のある昨日の夕刊
に、ビートルズの「イエスタデイはカバー曲?」とのニュースが
報じられていた。
この新説を唱えたのは、イタリーのリッリ・グレコという作曲家
で、この曲は1895年に作曲されたナポリ民謡のカバー曲でジ
ョンもポールも世界の音楽に広い知識を持っていて、特にナポリ
民謡はお気に入りだったと主張。そしてテレビ番組でこの元曲が
演奏されたが、確かにイエスタデイに酷似していたそうな。
しかも、ビートルズの伝記では、ポールがイエスタデイの作曲直
後、無意識のうちに盗作したのではと「1ヶ月ほど音楽関係者に
この曲を以前聴いたことがないかと尋ね回った」と述懐したと記
されているらしい。
仮に、この新説がなんらかの真実を含んでいるとすれば、ポール
も麻布の店では「ワダちゃんでデース」と名乗ってもらおうか。
あり得ない光栄だが、もし私がポールをその店に連れて行ったと
したら、また日本人みたいな名前のヘンなガイジンさんねぐらい
のオキラクな対応が関の山で、ポールも気が休まると思うよ。
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by kasuya_senji | 2006-07-21 16:58 | Comments(0)
洋酒まめ天国

2006年7月18日

随分前のこと。随分と云うよりも、ずーと前のこと。
サントリーという酒造メーカーが、広報誌という位置づけで
「洋酒まめ天国」という雑誌を刊行していた。まめというの
はまめ本のことで、この本は縦10センチ横8センチほどの
小さい本だった。
沖縄に行っていた時に台風に見舞われ外に出ることができず
一日中ホテルですごしたが、その時に読んだ本が開高健の
「黄昏の一杯」という対談集で、サントリー宣伝部員だった
開高が社長の佐治敬三にこの本「洋酒天国」の企画を申し入
れ発刊された当時の話が面白かった。
山口瞳を編集長にし(当時の宣伝部長)若き開高健などが執
筆をし、また各界から知識人をかき集め執筆者として特集号
を刊行したりとエネルギーに満ちあふれた創造(出版)が続
けられたが、サントリー社内ではまことに評判が悪かった。
開高健がトイレなどで用をたしていると、後から入ってきて
隣に並び用をたす取締役連中からは、
「あの雑誌には酒の宣伝が一言も書かれていない。女と香水
 の話ばかりでいったい会社はなにに金を使っているのか」
などと言われたようで、さすがの開高もちびってもうて用の
たしにはなりませんでしたなあ・・という状態だったらしい。
しかし、数ヶ月して全国のトリスバーから、この本を送って
もらえないかという要望が殺到して、一大トリスバーブーム
が起こり始めると、
「あの企画はたいしたもんや。わしは始めっからああいう本
 が必要だと思っとった」
とトイレの中での会話は変わり、そこでやっと溜まっていた
用がたせたっちゅうわけでしたと言う開高の話が面白かった。


あの「洋酒天国」はどこで手に入れたらよろしかろう。誰か
持っていないのか。でないとすれば神田辺りの古本屋で捜す
外ないのだろうか。とバーを経営する友人のBに話したとこ
ろ、Bが全巻持っているという。読まして貰えないかと頼む
とふたつ返事でいいよ、今度店に持ってきておくからいつで
もとりに来いと言ってくれたので、昨夜、仕事を終えた後で
それを見せてもらいに行った。
映画という号の特集で、ゲーリー・クーパーの主演した「真
昼の決闘」のワンシーンが載っていた。バーカウンターの向
こうにゲーリー・クーパーが立ちバーテンダーと話している。
バーカウンターにはグラスにはいったバーボンが置かれてい
る。このシーンは有名な場面で、ゲーリー・クーパーが、
「酒は飲むのか?」
と聞くと、
「いいえ。酒はやりません」
とバーテンダーが答える場面。
確かな記憶ではないが、いよいよ真昼の決闘にでかけるゲー
リー・クーパーがバーでウイスキーをひっかっける。その緊
張感の中に酒をたしなまないバーテンダーが登場し、緊張感
が一瞬やわらぐといった効果を演出したものだと思うが、映
画の中の酒をこう紹介する執筆者の映画に対する眼力とその
執筆者を起用した山口瞳と開高健に敬服せざるを得ない。
これが酒の宣伝でないとすれば何をもって酒を宣伝するとい
うのだろうか。
また黒沢明作品「七人の侍」の三船の写真も使われている。
ただし、この映画と三船と黒沢と酒に関する記事は読めてい
ない。なぜ読めていないかというと、この豆本があまりにも
古く完全に乾燥してしまっている状態で、通常本を読むよう
に左右のページを180度に開くと、パキッという音がして
綴じが割れてしまいページがパラパラと落ちてしまうのであ
る。
せっかく全巻揃っているという「古書的価値」を考えると、
読むためとはいえ次から次へとバラバラにして原型をぶっ壊
すわけにはいかない。つまり読むことができないという分け
だ。Bと二人で頭をかかえてしまった。

発行出版社を確かめるとサン・アドとなっている。サントリ
ー株式会社が独自に印刷してサントリーの宣伝部(アドバー
タイジング)が発行していたことがわかる。
これだけの内容だから、この形式(豆本)で出版された後は、
どこかの出版社がライセンスして新書本なり文庫本になって
いるのではなかろうかと推測した。そうであればそれで読む
ことができるが、もしそうでなかったら・・・・
いっそ版権を買い取ってあらたに出版するしかないのか・・
金もかかるんだろうなァ・・・
許可は下りないだろうなァ・・・
窓から遠望できる雨に煙るガーデンヒルズの夜景をぼんやり
と眺めながら酒も飲まず沈黙の夜・・・
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by kasuya_senji | 2006-07-20 17:09 | Comments(2)
小休止

2006年7月17日

しばらくブログエントリーのお休みが続いてしまった。
チャチャ入れ1点張りのござるのH氏や数は少なけれどお前の言
うことはナンジャラホイと岡崎堂を訪ねてくれる方々の楽しみ
(?)を損ねたことに平身低頭でござる。

理由は簡単で書く時間がなかったことです。もうすこし正直なと
ころは時間ばかりでもありませんでした。意気も消沈していまし
た。7月13日には古くからの友人が亡くなったのです。しかも
後輩です。
音楽業界に入ったころからの知り合いで、風やイルカのディレク
ターだったクラウンレコードの中根さんです。
通夜には、伊勢正三さんやイルカさんや山田パンダさんや宇佐元
恭一さんや石川鷹彦さんや尾崎亜美さんなど中根さんと一緒に仕
事をした人たちが参列しました。僕の音楽仕事のスタート時に出
会ったなつかしき人々が集合してくれました。
派手やかな楽しいことが好きだった故人を偲び通夜は当時の思い
出話に花を咲かせ明るく振る舞いましたが、誰も彼もその若すぎ
る死に心を痛めていました。しんみりするとつい涙がこぼれそう
になるので皆さん明るく送りましょうよ。とイルカさんが音頭を
とり、酒を酌み交わし当時の馬鹿話に笑いもそえて中根君を送り
ました。
通夜の帰りに、同じく後輩のSとKとGと4人で連れ立って麻布
のバーへ出かけるとそこにはカラオケがあったので、中根の作っ
た歌(ディレクターとして)を歌おうじゃないかと昔の曲を唄っ
たのですが、門前の小僧習わぬ経を読むとも申しますようにもう
何十年も口にしなかった昔の名曲の数々もやっぱり憶えているも
ので、献杯をささげつつ歌合戦の一夜になりました。
風の名曲「海岸通り」も中根さんの作品で、この歌はKさんが唄
いましたが、
「港に沈む夕日がとてもきれいですね」という詩を、
「港に沈む船がとてもきれいですね」と間違って、
「船沈めてどーするんだァー」
「すいませーん。始めっから唄い直しまーす」
いい大人共がまるで子供のようにはしゃぎながら唄いましたが、
悲しかったなー。
翌、14日は仕事が重なり、本葬・野辺の送りには参列かないま
せんでした。しかし、年下の死は辛いものですね。

その週末からの海の日の連休は「つま恋」で開催された「ap・
bank fes」に参加しました。小林武史さんとミスチルの
桜井さんが提唱する「ap・bank」のイベントです。このイ
ベントの模様は、ホームページに掲載されていますので興味があ
る方はそちらをご覧ください。
もともと小林武史さんとは随分前にロンドンで知り合い、親交は
今に続きますが、小林さんと桜井さんの環境対策運動には僕も共
感していて、小林さんから今井美樹さんの参加要請を受けた僕は、
さっそく小林さんと美樹さんの対面の場をつくったところ、美樹
さんも共感して、昨年は日程の都合で参加できなかったのですが、
今年やっとフェスティバルに参加することができました。
小雨がぱらつくというあいにくの天気模様でしたが、お客さんも
すばらしく本当にいいイベントに参加できました。
ただ個人的には、楽屋ではクーラーが効き過ぎて寒さに震上がり、
外に出れば小雨模様で蒸すったらないくらいに蒸し上がり、体調
管理がむつかしく、その点ではよろしくなかったなあ。

そんなこんなでここしばらくブログはお休み状態でしたが、週も
変わったことですから、また、あることないこと書き続ける毎日
が始まったのでござります。
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by kasuya_senji | 2006-07-20 12:28 | Comments(0)

 
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