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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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レンコンとカップ麺
2006年8月30日

柳原良平さんの尊顔をひさしぶりに拝見した。8月28
日の読売新聞の「くらし」というページに「柳原良平さ
んのお品書き」という記事があり写真が掲載されていた。
新聞は自宅では東京新聞を購読しているから、「柳原さ
んのお品書き」という連載ものなのか「お品書き」シリ
ーズに柳原さん登場なのかはわからない。略歴に、画家。
1931年生まれ。京都芸大卒。寿屋入社。開高健さん
らと広告を手がける。9月1日から10日まで「せんた
あ画廊」で個展を開催。とあるから当年とって御年75
才バリバリの現役で写真もお若い。柳原さんの絵で有名
なのが1958年にテレビコマーシャルに登場した「ア
ンクルトリス」。2頭身の初老のサラリーマンがしょん
ぼりとバーに入り、ウイスキーの杯を重ねるたびに顔を
赤らめ、しあわせそうな表情になってバーを出る。そん
な姿がサラリーマンの共感を呼んだ。その後サントリー
はレッド。角瓶。オールド。リザーブ。と順に高品質ウ
イスキーを発売し、アンクルトリスはテレビに登場しな
くなったが、その後つま楊枝入れとなってバーのカウン
ターに置かれるようになった。岡崎の古くからあるトリ
スバー・プランタンには今もアンクルトリスのつま楊枝

入れがカウンターにおかれている。柳原さんは横浜・山
手町に住み港や船やバーをこよなく愛してきたから、さ
ぞハイカラな食べ物のだろうと記者は予想したらしいが、
意に反して「お品書き」はレンコンの煮染めだった。
レンコンといえば俳人・久保田万太郎の「レンコンは穴
が美味い」という名言があるが、レンコンはともかく船
の食事についておもしろい話を聞いたので書いておこう。
料理家の辻静夫さんが「船の食事は美味いわけがない。
太西洋航路。サザンプトンを出航した豪華客船はニュー
ヨークへ着くまでの1週間、何百人の客が必ず日に3度
食いに来る。レストラン稼業としては楽なもので本当に
手の込んだ美味いものなんて出すはずがないんです」と
言われたという。いつかは豪華客船でゆっくりと船旅を
してみたいと夢見ているが、24時間航路だったら乗っ
たことがある。朝10時に竹芝桟橋を出た船は翌日の朝
10時に小笠原諸島・父島の二見港に着く。この船のレ
ストランが辻さん原則を絵に描いたようなレストランだ
った。サービスという概念もまったくなく、自販機など
陸より20円がた高い。幼かった我が家の子供達は持ち
込んだカップラーメンの方が美味いと言う始末だった。
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by kasuya_senji | 2006-08-31 11:35 | Comments(2)
マツリノアトノマツリ
2006年8月29日

8月も末になると夕暮れ時に吹く風がいくぶん涼しく感
じられる。疲れ切った身体を休めるようベンチに腰かけ
輪になって踊る人々を眺めていると、やれやれやっと終
わったんだという安堵感と一緒に寂寥感がやってきた。
吉田拓郎唄うところの「祭りのあとの寂しさ」というや
つですか。また景色が寂しい。ちいさな公園の真ん中に
やぐらが建てられ、やぐらから四方にコードが延び提灯
がぶら下がり、公園の中でそこだけがぼーと浮かび上が
り人々が踊っている。また音楽が寂しい。踊る盆踊りは
炭坑節で子供の頃以来何十年ぶりに聴いたなあこの唄は。
チャンカチャンカチャッチャンと派手なお囃子に合わせ
て少人数が踊る様もまた寂しい。
これで今年の盆踊りの踊り納めです。皆さん一緒に輪に
なってと呼びかけるアナウンスに誰もあらたに参加しな
いのがこれまたまた寂しい。
これで終わりですがアンコールにお答えしてもう一曲踊
りましょう。最後の曲は東京音頭です。と誰もアンコー
ルしていないのに答えちゃってるのがいかにも寂しい。
あれやこれや寂しさの連続攻撃で、これで今年の夏も終
わったんだ・・と妙にしみじみとしちゃったよ。

焼き鳥を焼いたので油まみれの煙に身体中がべとついて
いる。家に帰ってシャワーを浴びたがなんどこすっても
しみついた匂いが消えないような感じで洗剤で身体を洗
い流したいくらいだった。
翌日の朝目が覚めると足と腰と腕が痛くて・・・
さっそく近所のマッサージ屋に出かけた。どーしました
と聞くから、テントを張りすぎてねというと、まだまだ
お若いですねえテントなんか張っちゃって。朝ですかァ
と言うから朝中テント張ってましたよと答えると、いや
お若い!私なんか朝テント張ることなど無くなってしま
いましたよと話が違う方へ曲がり出した。腰も痛くてね。
にはテント張っただけじゃなく腰も使ったんですかァ?
いやますますお若い!羨ましい!それじゃこの辺でしょ
う痛いのはとギューギューと力を込めて揉んでくれたが、
自分だけイイコトしちゃってコノー。という気分が混じ
っているような揉みぶりだったな。祭りで焼き鳥焼くと
しばらくは焼き鳥なんか見たくもなくなりますよと言わ
れたが、自分で焼いた焼き鳥が美味かったから夕方かみ
さんを連れて焼鳥屋にでかけた。うんこれは俺の方が美
味いかなって思いながら・・・それは言わずに食った。
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by kasuya_senji | 2006-08-30 15:19 | Comments(2)
夏祭り
2006年8月28日

町内会の役員さんになってしまって(何度も言うがくじ
引きで)26日に近所の公園で催された「夏祭り・盆踊
り大会」にかり出された。役員とは云え副幹部であるか
ら、会場の設営・運営などは皆の衆に任せて本部席に居
座り・・・と思っていたがそうはいかなかった。
朝9時に公園に集合するとすでにトラックが来ていて次
から次へと荷物が降ろされている。荷物はテント18張
り分の鉄パイプと厚手のビニールシートで、降ろし終り
トラックが公園をでると一気にテントが張られる。
4人一組になってテントが張られる。テントなど張った
ことがなく始めはもたもたしていたが3張りも組み立て
ると要領がわかってきて総勢20人くらいでアッという
間にテント張りが終了し所定の場所にテントが設置され
たと思う間もなくまたトラックがやってきて、今度は焼
きそばや焼き鳥を作る機材と材料の降ろしが始まった。
焼きそば用の鉄板は二人がかりでも持って歩く事ができ
ないほど重かった。プロパンガスのボンベも重かったぜ。
焼きそば用に刻まれたキャベツとタマネギの入った袋も
足下がふらふらしたくらい重かった。この日の為に用意
された学生バイト君の若い衆も数人いたけれど町内会の

役員さんはたいがいはお年寄りで俺なんかは若い方だか
ら見て遊んでるわけにはいかない。テント張り。テント
運び。鉄板降ろし。材料運び。と指示に従い重い物を持
って公園内をあっちへもたもたこっちへふらふらと動き
回った。3時間ほどで準備が終了すると「焼き鳥が手が
足らないから焼き鳥テントでお手伝いしてください」と
云われ焼き鳥テントにいくと機材に火が入れられ焼き鳥
の試し焼きが始まっていて「まだ生焼けだな。もうすこ
し焼いて」とわいわいやっている。先輩の役員さんから
すこし焼いてみてよと云われジュージューと香ばしい煙
を上げ焼き終わると「こりゃいける」と持ち上げられ食
ってみるとほんとに美味かった。生ビールテントからビ
ールが届き祭りが始まる前からもうどんちゃんと盛り上
っている。射的。綿アメ。ヨーヨー掬い。かき氷。ポッ
プコーン。焼きとうもろこし。フランクフルト。焼き鳥。
焼きそば。ビンゴ大会。全て町内会の人々や子供会のお
かあさん方で運営されるが、もう皆てきぱきの働きぶり
で、さすが下町。町内会というよりテキ屋の集団のよう
だった。
最後は疲れ切ってベンチに腰かけ、町内の踊りのお師匠
さん方勢揃いの盆踊りをぼんやりと観ていた。
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by kasuya_senji | 2006-08-29 16:41 | Comments(1)
夫婦でファミレス
2006年8月25日

過日の夕方。家人と連れだって近所に新装開店した中華
料理屋に予約を入れ夕飯を食った。東京の郊外に店舗展
開しているいわゆるファミリーチャイナレストランで、
孫連れのおじいちゃんおばあちゃん。子供連れのおとう
さんおかあさんで賑わっている。
数年前、横田基地近くのホテルに数日間泊まり込んで仕
事をしたことがあるが、このホテルには食堂・レストラ
ンがなかった。そのかわりというか、かってはホテルの
敷地内であったであろうと思われる場所に、このファミ
リーレストランが建てられていて、ホテルのまわりには
飯が食えるような店は、道をはさんで向かいにある焼き
肉屋とそこくらいしかなかったから、昼はファミレス夜
は焼き肉。とメニューの手をかえ品をかえ食い分けたこ
とがあって、このファミレスの味は知っていた。味のこ
とだけいうと、悪くはなかった。量は少々すくなめだが
値段はいかにも安かった。餃子が190円。中国山椒を
山ほど入れた辛い!辛い!辛い!とメニューに辛いが3
つついた劇辛・麻婆豆腐などは意外にイケた。値段は6
80円。日本ではなかなかお目にかかれない西瓜ジュー
スもメニューにあった。

まあ、要するにそれにしては悪くはなかったなという印
象までであってそのレストランが近所に開店したからと
いって出かけるつもりはなかった。では、なぜ出かけた
かというと予約を入れてしまったからだ。最近は子供達
と一緒に夕飯を食う機会がさっぱりなくなってしまって
いる。ムスメはムスメでセガレはセガレで忙しいらしく、
なかなか一家そろわない。そんな折り、ムスメとセガレ
が「あの店ウマイのかなあ」と兄弟で話しているのを小
耳にはさみ、ちょうどいい機会だ今度連れて行ってやる
よひさしぶりに皆で飯を食おうと約束し、店に電話する
と予約もOKとのことなので、禁煙席を1テーブル名前
は○○。と予約をしたのだ。ところが当日の夕方になっ
てもムスメもセガレも出かけたっきり帰ってくる気配が
ない。忘れてるんじゃないかと心配してるところに、
「ゴメン。用事ができちゃった」とドタキャンメールが
2つ入りやがった。どーするゥ?予約入れちゃったから
なァ。としかたなく2人でファミレスチャイナに出かけ
たが、近所の寿司やの前を通りかかると玄関に暖簾をか
けに出てきたオヤジとばったり。
「お待ちかねのふぐの白子。入りましたよ!」
「・・・・・」
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by kasuya_senji | 2006-08-28 15:59 | Comments(1)
男のドラマ

2006年8月24日

引き分け再試合を制して早稲田実業高校が駒沢大学苫小
牧高校を下し、第88回全国高校野球選手権大会の覇者
となった。球史にのこる決勝戦と称えられた。
今週の日本中の話題をさらったこの戦いはほとんどの人
がご存じだろうから、ここでは詳しくは書かない。報道
されたニュースから人の言葉を拾ってみることにしたい。

(試合前・父・斉藤寿孝)
本当に普通の子なんです。息子、祐樹としてはもう投げ
るのを止めてほしい。ただ、野球選手、斉藤ここまでき
たら頑張って投げ抜いてほしい。
(試合前・母。斉藤しづ子メール)
昨日は本当によく頑張ったね。今日は楽しんでいいんだ
よ。
(試合前・斉藤選手メール)
大丈夫だから安心して。お母さんこそ体調は大丈夫なの。
(試合前・ある早実OBの上司からのメール)
仕事は休んでいいから、もう一日そっちに残って早実優
勝の為に応援してこい。
(早実応援団生徒)
まさかのまさか。宿を手配したかったが時間的に無理だ
った。
(1回の裏・先制タイムリーの早実・舟橋選手)
昨日は斉藤に申し訳ないことをした。借りを返したかっ
た。
(2回の裏・追加点を打った川西選手)
昨日は田中投手が凄すぎて気おくれがした。今日は自分
の力で通用するとバットを振り抜いた。
(6回の裏・タイムリーを打った白川選手)
田中がサインに首を振ったので直球が来ると思った。
(7回の裏・追加点・後藤主将)
甲子園に入ってから技術ではなく勝つという気持ちが一
人一人強くなった。ここで4番の仕事をしなければなら
ない。
(9回の表・2ランを打たれ1点差とされた白川捕手)
スライダーが高めに浮いてきたので、外のまっすぐを要
求した。
(9回の表・2ランを打たれた斉藤選手)
正直言ってつらかった。でも3アウトをとるだけだ。も
う一度ねばり強くいこう。
(勝利インタビューで斉藤選手)
仲間を信じて部員全員を信じてやってきました。心の底
からのうれし涙です。疲れたんで実家に帰って休みたい。
4連投しても投げきれる丈夫な身体に産んでくれてあり
がとう。

24イニングの決勝を戦い終えた両監督の言葉。
(早実・和田監督)
88回待ちました。本当に嬉しい。9回の裏はベンチの
一番前に出て斉藤や選手をしっかり見ていた。駒大は本
当に強い。あんなチームをつくれるとおもわないが努力
していきたい。
(駒大・香田監督)
負けた。何も言うことはない。選手は最後まであきらめ
ずプレーをしてくれた。ねばり強さがあったこそここま
でこられた。選手をたたえたい。最高のチームでした。

(甲子園の去り際。3連覇の難しさについて香田監督)
3連覇は至難の業でも、記録は破られるためにある。私
は挑戦した者の立場で、連覇チームの出現を確信します。

(敗れた駒大苫小牧・田中選手)
体調不良のことですか?終わったことはいいじゃないで
すか。言い訳はしたくない。決勝は相手が一枚上だった。
投手の僕の責任。3年間、良かったことも悪かったこと
もありましたが、この学校にきてよかった。学年に関係
なく試合に出られる実力主義でした。つらかった半年間
も終わってみれば短かった。やることはやった。すっき
りした。

東京新聞の29面に、試合が終わりお客さんが全て帰っ
た無人のグランドに両校選手が集合し記念撮影がおこな
われ一番前に斉藤選手と田中選手が隣同士に座って並び、
互いに顔を見合っている写真が載っていた。二人とも笑
っていた。いい写真だった。球史に残る戦いが終わった
が、また新たな親友同士の男の人生が始まるのだろう。
2006年の夏はいい思い出の夏だった。
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by kasuya_senji | 2006-08-28 15:51 | Comments(0)
夏のぬる燗
2006年8月23日

京都の祇園のNという店を紹介してもらい訪ねた。
四条通が東山につきあたって八坂神社の前を下ってきま
すと右手に古い中華料理屋があります。うちの店はその
奥の路地を入ったところでわかりにくいと思いますので
タクシーを下りて電話をいただければ迎えにあがります。
と女将は言うが、どうやらそこは15年ほど前に京都移
住計画をたてたときに目星をつけていた大正時代に建て
られた小振りな旅館のあるあたりだった。
女将はタクシーでは玄関まえに横づけできませんよって
にと言っていたが横づけできないことも知っていた。大
通りから西へ入った路地の奥は途中に石段があって車は
通行できない道だった。目星をつけた当時不動産屋から
こう言われた。
「むかしはこの一帯は花街でして、一晩の逢瀬を楽しむ
 ための旅館街でした。今でもその名残がありますので
 一般の方はなかなかお住まいになりません。おまけに
 道の途中に石段があって車が入れませんので不便です。
 引っ越しもそら一大事ですわ。よって気にいられまし
 たら勉強させてもらいますゥ」
長い歴史を持つ京都はひとびとの知恵でいろんなしきた
りがある。中途半端にそのしきたりを知ってるつもりで
いると大ケガをすることになるかもしれん。いっそしき
たりにうるさい花柳界一帯に住めばかえってそのしきた
りが身につくかもしれないと花街のど真ん中のその家を
おおいに気に入ったが、不動産屋から提示された金額は
とても手がだせるものではなかった。花街に住むという
事も家族から一蹴され京都移住計画はあっさりと反古に
なった。しばらくこの家のことは忘れていたが、またこ
こを訪ねることになろうとは・・・・
Nという店はそのなつかしの旅館の向かいにあった。
訪ないを入れ玄関を入ると2畳ほどの上がり座敷。それ
に続いて3畳ほどの大きさの待合い。その奥の中庭に面
している部屋がバーになっていた。
和室のカウンター席は掘りごたつ式になっていてカウン
ターの奥は大きくあいたガラス窓から中庭が見える。ヤ
マモミジの緑が目に鮮やかだった。バーというより妾宅
へ遊びにきて酒を飲んでいるような店だった。酒を飲み
始めたのはいくつのころだったろう。無茶を重ねて幾星
霜。いつのまにか俺もこんな酒の飲み方ができるように
なったんだなあとしみじみとぬる燗をやった。京おんな
のやわらかい言葉に身体がつつみこまれるようにゆっく
りと酔いが訪れた。辞して女将に見送られながら二人な
らんで路地を行く。中盆の月が東山の空にぼんやりと浮
かんでいるのが軒先からみえた。
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by kasuya_senji | 2006-08-23 15:51 | Comments(1)
再開


2006年8月22日

再び京都から・・・
と。こう書いてテーマ探しの旅にでたものの一向にテー
マらしきものにブチあたらない。こういう時は無理にな
にかひねり出そうとしても無理は結局は長続きしないも
のだから、わき上がってくるまで自然体で自然体でと悠
長にかまえていたら、いつの間にかなにも書かないこと
が日常と化してしまっている。このままだと1ヶ月も2
ヶ月もお休み状態が続きそうなので、無理は承知で30
程のテーマを決めて、それにしたがって書くというなん
だかシマラナイことになって2年目に突入宣言。
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by kasuya_senji | 2006-08-22 23:50 | Comments(0)
再び京都から・・・

2006年8月11日

ブログ初めが昨年の8月13日。
今日は8月11日だから、あと2日で丸一年を迎える。
ブログを始める数週間前に、エキサイトの某氏から「人気もでち
ゃいますよ」とケツをくすぐられ「三日坊主で終わっても構わな
いのかい」と気安く始めたのだが、実は1年は続くだろうと自分
では思っていた。

毎日の身の回りに起こる出来事の中には全く初めての出来事もあ
るが、繰り返し繰り返し同じような事が起こるという場合が多い。
たとえば、トンビに油揚げをさらわれたというような事は、何回
も起こっている。
若かったあのころ。知り合ったばかりの女性とバーで待ち合わせ
ると余計なことに友達を連れてきた。よくあるパターンだ。友達
はイラナイんだがなあと思っていると折よく友人がバーに顔をだ
した。同席し2対2で飲み会がはじまった。友人に「君の向かい
に座っている彼女にヤサシクしてもらえないだろうか。もう一人
の彼女は僕の友人でね」と言っておいたにもかかわらず、トイレ
からもどるとお目当ての彼女は友人と出かけてしまっていた・・
この友人には1度ならず2度も3度も同じ目に遭っている。
また、この友人は、連れている私のあたらしい彼女を見て「君は
横顔はすばらしいけど横から見るとブサイクだねえ」とやって、
彼女を怒らせて帰らせてしまった。とか。

2度あることは3度ある。と申しますように、たいがいのことは
何度も何度もくり返しおこるもので、生涯でたった一度しかおこ
らなかったという出来事というの、はほとんどの人にとって極ま
れである。
であるから、車に乗って出かけようとしたら渋滞にはまってとん
でもない一日になったという事からは、若かった頃に彼女を乗せ
て軽井沢に行った話もあるし、子供をつれて日光へ出かけた中禅
寺湖の夏休みの話もあれば、街宣車にはばまれてうなぎを食い損
なった話もあるわけで、1年四季折々すごす中には題材は山ほど
ある。まあ。こんな考えだったから、今日あったことから感じる
ことや思い出すことなどつらつらと書いていけば、1年は続くだ
ろうなと思っていたのである。

たまにヒマにまかせ他人様のブログを訪れることがあるが、見る
かぎりは自分のスタイルとはまったくちがっていて、あれはいっ
たいどういう目的でおやりになっているのだろうかと考えてしま
う。自分の書くものはブログの一般的なスタイルには当てはまっ
ていないのだろう。
自分は先ほど申したように、光陰矢のごとしといわれるようにあ
っという間に過ぎ去る時間の中で繰り返しおこる出来事になにか
の真実があるのではないだろうかと考えて、自分にとってそれっ
てどーいうことなの?というそれを1年間書き続けていたにすぎ
ない。
で。1年間続けてそこになんらかの真実があったのかというと、
そこは羅漢様にもなっていない不覚者。いっこうに分からないま
ま1年がすぎた。だからといって、この手法で2年やれば3年や
れば分かるかというとそうでもないだろう。

ただただ書く事だけが主題であった1年は今日で終わりとしたい。
さて。2年目からはどうなるのか自分でもわかっていない。この
ブログの始めあたりに京都に行った云々がありましたように毎年
お盆の頃は京都にいる。浄土宗本山の知恩院に先祖代々が納骨さ
れているから自分の血の記憶を形成しているご先祖様の魂が大文
字の送り火によって浄土へ帰るのを見送りに行くのである。
京都でゆっくして2年目の主題をととのえてくることにしよう。
さて、テーマはなににしたらよかんべなーと思案中。
さて、京都でどんな美味いもの食おうかなーと思案中。
さて、京都三条白川あたりの柳に吹く風にあおられ路地の奥を徘
徊するこの私にあたらしい恋は訪れるものだろうかとも期待中。
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by kasuya_senji | 2006-08-12 16:39 | Comments(2)
交通渋滞


2006年8月9日

先日、午前中私用があって午後1時ころ会社にでた。
朝飯を食いそびれていたから、会社にでるまえに麻布十番のM川に
よってうなぎを食おうと全日空ホテルの先を左に飯倉片町のほうへ
むかうと大渋滞していた。
工事でもなさそうだし事故でもなさそうだ。坂下の谷町から混んで
いて、のろのろと坂を上がっていくと、遠くの方からなにか大声で
叫んでいるのが聞こえてきた。ドンチャンドンチャンと威勢のいい
曲もかかっている。ははーァ。街宣車のようだな・・・

昭和20年8月6日。アメリカ空軍のB29エノラゲイから投下さ
れた新型爆弾は、地上すれすれの空中で爆発し一瞬のうちに広島を
地獄と化した。世界で初めて原子爆弾が落とされたのである。
その3日後の8月9日には、長崎が被爆する。
戦争当事者ではない一般市民が標的にされたのである。
そして日本は連合国軍の要求する無条件降伏を受け入れ、6日後の
8月15日、昭和天皇は自ら玉音放送で敗北と終戦を告げる。
その直前のことであった。
「日ソ不可侵条約」を破り、ソビエト軍が当時の日本領土としてい
た満州(中国東北地区)に雪崩を打って攻め込んできたのは。
日本の敗北を確認したソビエトの条約破棄は、戦勝国側の戦後処理
の権益を守るということであったろうが、その結果はあまりにもひ
どかった。これにより、日本兵士と市民がシベリアに抑留され数十
万人という日本人がそこで帰らぬ人となった。
歴史を振り返るとソビエトはオロシァと云われた江戸時代の昔から、
いつも鍵の掛かっていない裏口からそっと忍び込んでくるような不
気味さがあったと司馬さんも書いていたなあ。

世界で一番きれいな女性はロシア人だよ。と言われる。
ビクトリオ・デ・シーカの「ひまわり」に登場するマストロヤンニ
のロシアの恋人は、妻役を演じた女盛りのあのソフィア・ローレン
をはるかに凌ぐ美しさで、生きる希望も恋もうしなったソフィア・
ローレンがロシアの見渡す限りのひまわりの大平原をどこまでも歩
き続けるラストシーンに、ジェラシーというもう一つの感情が加わ
り女の悲しさを浮き彫りにしていたなあ。

ロシアの人々はほんとに良い人ばかりだが国家となると問題多いね。
とも言われる。
この話は以前書いたかもしれないが、大統領の電話代の話。
アメリカの大統領が毎日地獄に電話した。
ソビエトの大統領も毎日地獄に電話した。
翌月、地獄から電話代の請求書が届いた。
ホワイトハウスに届いた電話代はクレムリンに届いた電話代の数倍
も高かった。早速アメリカは地獄に抗議した。帰ってきた返事はこ
うであった。
「ソビエトの方がずっと地獄に近いものですから」
これは、ソビエト崩壊前のロンドンで聞いた東欧諸国の人々のジョ
ーク。

飯倉片町のロシア大使館前には数台の街宣車が、かっての日ソ不可
侵条約破棄について大声で非難の罵声を浴びせていた。機動隊の車
もあちらこちらに数十台も配備され警備にあたっている。信号が何
度もかわるが車はいっこうに前に進む気配はない。
こりゃ通過するには時間がかかり過ぎるなと片町から麻布十番のう
なぎのM川に向かうのはあきらめ、会社に来たのだった。
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by kasuya_senji | 2006-08-10 18:05 | Comments(1)
夏休みの宿題
2006年8月8日

駕籠訴という言葉をご存じか?
ご存じか?などと上から下を見るようなエラソウナ目線でものを
言ってるわけではござらん。駕籠訴は江戸時代の訴訟の一つだか
ら、侍言葉でお訊ねしてるにすぎぬことと理解されたし。
でも考えてみれば、この侍言葉というのがソモソモ身分制度の最
上級階のひとびとの言葉であるから、つい何事も上から下へもの
を言うという角度がついていることは否定できない。冗談でも使
い方がむつかしいなァ。
そういえば、志ん生の落語(題目は失念)にこういう会話がある。
船に乗り合わせたエラソウな侍と旅人の会話である。

「そこの町人。あれはなんだ?」
「あれっと申しますと・・」
「拙者の指先を見ろ!」
「爪が生えてやすね」
「バカモン!爪ではないィ。爪の先を見ろ!」
「アカが溜まってやすョ」

という、威張っている侍が下出にでた町人にコケにされてる場面
があって笑える。

言い直しましょう。
駕籠訴という言葉をご存じでいらっしゃいますか?
藤沢周平の「義民が駆ける」に出羽の国の百姓が江戸に出て、江
戸城に登城する大名の駕籠の前に「おねがいでござりますゥ」と
土下座しながら訴えを行うという駕籠訴の場面がでてくる。
国元では駕籠訴などやれば、無礼者!とお手討ち御免で斬り殺さ
れるのではないか。その場で殺されなくも捕らわれて、その後、
死罪になるのではないか。という百姓の心配と、百姓に駕籠訴な
どやられれば、領地不行き届きを元に公儀から庄内藩に不利な圧
力がかかるのではないか。という藩政府側の心配が交差している
なかで駕籠訴が実行される。そこに、駕籠訴などまったく恐れて
いない公事宿というのが登場する。
江戸時代は公事(裁判事)の盛んな時代で、司法は町奉行の管轄
のもとにおこなわれたが、今でいうところの弁護士はいない。訴
えをする人々は江戸にでて裁判の手続きもなにもかも民みずから
がおこなわなければならない。いつしか、そういった公事をかか
える人が泊まる宿の者が弁護士事務所のような性格を持ちはじめ、
公事宿といわれ小伝馬町、馬喰町あたりに数十件と軒を並べてい
たらしい。
長編「義民が駆ける」は、実際にあったことをもとにした歴史小
説で、残された史実のすきまに藤沢さんが話の身をつけ小説とし
て完成させたという性格上、突然正義の味方があらわれ「この印
籠が目に入らぬか」などと一喝しめでたしめでたしとおわるもの
ではない。ただただ史実が黒々と書かれているというものである。
ただし、小説の後半にいたって胸のすくような展開が2つでてく
る。一つが駕籠訴を引き受ける公事宿ともう一つが南町奉行。
この二つをきっかけに小説は大円団をむかえるが、話の成り行き
は、是非この小説を読んでいただきたいのでここでは省略する。

この本を読んで江戸時代の裁判に興味をもったので、しばらく前
に「恵美須屋喜兵衛手控え」で直木賞をとった 佐藤雅美さんの
本をいくつか買いそろえた。恵美須屋も公事宿で、この本を最初
に読んだ時は、訴訟事は人と人との争いごとだから今も昔もかわ
らず、まるで現代小説を読んでいるようだ・・という印象があり、
江戸時代好きの私は、すこし敬遠してしまった経緯があったが、
あらためて読んでみると、公事事や公事宿や江戸町奉行所や勘定
奉行所のことがくわしく書いてあり、勉強する気になって読んで
みるとナカナカおもしろい。夏休みの宿題的でたいへんよろしい。
佐藤さんの経歴をみると、早稲田大学法学部を卒業されているの
で、卒論は「江戸時代の公事」であったのかなと想像する。
もちろんこの佐藤雅美さんという作家は、多くのひとびとが親し
んでいる流行作家だから、今更、岡崎堂がどうのこうの云う筋合
いではまったくないのですが・・・
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by kasuya_senji | 2006-08-09 16:07 | Comments(0)

 
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