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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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2007年5月31日

Three month は三ヶ月と書くが、どうして
「カ」が「ケ」になるのかわからなかった。ヶと書けば
「さんけげつ」と読んでしまうじゃないか子どもなら。
だから、子どもの時、ナンデ? ホワイ? と疑問を持
ったが、いつのまにか、そー書くものなのだという慣習
に慣らされてしまって、昨今は、そんなことは、どーで
もよくなっていたが、井伏鱒二さんの「猫」という随筆
を読んでいて、ナルホドと思いあたった。

井伏さんのところにチャボが迷い込んできたことから始
まるこの随筆で、こう書かれていたのである。

「チャボが迷い込んできて、三箇月になるころ・・・」

この箇という表記を見て、本来三箇月と書くべきところ
を、箇という文字が持っている竹冠のかたわれの「ヶ」
を書くことで「箇」の字を略したのではないかと思いあ
たった。子どもの頃からの疑問が解けたのだ。解けたと
いうより発見した気分になった。
よくよく考えてみれば、「安」という字を一筆書きにす
るとひらがなの「あ」となるのだろうし、「安」という
字が持つ意味を離れて、「あ」と云う音(おん)だけを
簡略すれば「ア」という字になるのだろう。箇も思い切
って音だけで簡略すればヶであってもいい。なんでこん
な簡単なことを今まで気がつかなかったんだろう。それ
とも知らないのは俺だけで、世の皆様には周知のことだ
ったのだろうか。
表音を中国から来た文字で表意するという手法は飛鳥時
代から和製漢文として盛んにおこなわれた。知識がない
ので詳しいことは当てずっぽうですが、万葉集も後期の
歌は万葉仮名といわれるくらいで、平仮名がつかわれは
じめ、古今和歌集時代からは、歌は日本文化であること
を示す和歌となった。
このあたりのことはまったく専門外であるから、この程
度にしておくが、それよりも、いったい、カタ仮名はい
つごろつくられたものだろうか。誰がつくったものなん
だろうか。学校で習ったが忘れているだけのことだろう
か。安倍政権政府与党では「教育改革」が叫ばれていて、
大学制度や義務教育の現場での制度の見直しがあれやこ
れやと取りざたされ、決まれば発表になり実施されるが、

「みなさーん。来年からはもともと<安>と書いた字は
 書き順など憶えなくともよくなりましたよ。一筆書き
 の要領で<あ>と書いてくださーい。意味を離れてた
 だ音だけで表す場合は<ア>でけっこうでーす。かな
 り簡単になりましたよー」

などと、昔は誰かが発表したわけではない。藤原摂政時
代も室町幕府も織田にしろ豊臣にしろ政権には教養を司
る文官はいたのだろうが、今で云う文部省や教育指導機
関があったわけではない。統一日本語の確立ということ
で、国語教育制度が国によって行われるようになるのは、
やっと明治になってからである。

漢字のルーツである中国を訪ねる旅から戻ったら、漢字
という中国文字が、平仮名・カタ仮名へと発展する、い
わば日本化がどう行われてきたかということを勉強して
みるのも手だな。漢字からハングルに発展した韓国語も
表意から表音への転換だから、文字伝来から転換に至る
までにかかる時間的長さも、日本におけるカタ仮名成立
となんらかの関係があるものなのかないものなのか、と、
決意もあらたに、明日、北京へ出発進行!再見!
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by kasuya_senji | 2007-05-31 14:39 | Comments(0)
社会・反社会
2007年5月30日

朝、新聞を取りに降りたついでに、気候もよろしい、風
もない、公園は新緑で気持ちがいいだろーな、公園のベ
ンチで新聞を読んだろかいと散歩に出た。
通りがかりの道にあるコンビニでお茶を買ってぷらぷら
歩くと、片隅で時々お年寄りがゲートボールをやってい
る公園にでたが、公衆トイレの壁に「アナーキー」とか
「暴走族の名前」らしき落書きが書かれていた。
藤沢周平さんは、散歩に出た途中のコンクリート壁に書
かれた落書きを見て、
「完全な社会というものはなく、社会は反社会的な心情
 を掻きたてる要素を抱えながら存在していることを、
 こういう落書きが示している」
と「冬の散歩」という随筆で書いていたが、まったくそ
のとおりである。
で、駅近いそこの公園のベンチに座って、通勤通学のた
め足早に駅に向かう人々を横目でみながら、のんびりと
新聞を読んでいるという姿は、通勤という社会的行為を
実践している人から見れば、反社会的な心情を抱いてい
る人にも見えるかも知れんなあ、ここに座り込むのもい
かがかと考えたわたくしは、その一つ先にある駅から離
れた公園まで足をのばした。
ところが、その公園の入り口に誰が捨てたか知らないが、
あきらかに生ゴミが入れられている袋がころがっていて、
カラスが突っついていた。今時、公園にゴミ箱などない
が、それにしても入り口に捨てるなんてルールもないマ
ナーもないロクでもないタコがいるもんだ。これも反社
会的な心情的行動とでも云いたいのだろうか。あきれて
物が云えん! と軽く憤慨しながら歩いていたので、カ
ラスに1メーターくらいまで近づいているのに気がつか
なかった。カラスは、近づくこちらをチラっと見ると突
っつくのをやめ、ふわりと飛ぶと3メーターほど先にあ
る鉄の手すりにつかまり、カアーカアーと二声鳴くと、
あらぬ方を向き咽をゴロゴロ鳴らしはじめた。
あの猫が鳴らすゴロゴロ声である。不思議なことをする
んだなあと見ていると、いきなり、キッと睨むようにカ
ラスがこちらを見た。見たまま見据えている。いやー驚
いた。飲みかけのお茶のペットボトルが手からこぼれ落
ちたが、拾う間もなくあわててその場を立ち去った。
カラスに反社会的心情を掻き立てる要素を持った奴と見
られてしまったのかも知れない・・・・という朝だった。
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by kasuya_senji | 2007-05-31 14:34 | Comments(0)
北京の初夏
2007年5月28日

パスポートが期限切れになっていた。3月末日で。
10年前。11歳になった娘と10歳の息子を連れてハ
ワイに行くときに一家全員パスポートを新しくした。成
長期にある子どもは5年間の有効期限もの。成長が止ま
っている大人は、年齢が重なったからと云ってそうそう
顔が変わるわけでなしと10年間の有効期限を持つパス
ポートを取得できたのだが、あれからすでに10年たっ
たのである。
業界団体の役員の仕事と海外へ仕事で出かけることはぶ
つかっていることではないが、毎月必ず2回ある役員会
への出席と案件によっては委員会への出席。また音楽関
連団体の理事会・委員会への出席が義務づけられている
から、時間に対する自由度が拘束され、海外への渡航回
数が少なくなってきていた。パスポートの必需性が薄れ
たのである。で、期限が切れたにも関わらず更新してい
なかった。

しばらく前までは年に8回はロンドンに行く用事があっ
た。決算、会計士との会議、契約に関する弁護士会議、
制作会議等々で、2泊3日などという、時差に翻弄され
まくりながら仕事をこなすという恐ろしい日程でも出か
けたものだった。
イギリスで一人でいると仕事では困らなかったが夜の食
事には困った。だいたい、イギリス人は夜は仕事での食
事会などはしないものなのだ。ビジネスミーティングは
たいがいランチミーティングで、しばしばブレックファ
ーストミーティングもした。ブレックファーストミーテ
ィングは当然朝も早よから仕事話をやるわけだが、こち
らは幸いなことに時差ボケしてる。早い時には午前3時
頃から目が覚めている。時差にはまって目が覚めるとい
うのは経験した方も多くいると思うが、たった3時間前
にベッドに入ってうとうとしたかと思う間もなく目が覚
めてしまい、しかも寝不足は明らかであるにもかかわら
ず、目が覚めるとまったく眠くないのであるから、暗い
うちからシャワーを浴び、早く夜が明けないかな、腹が
減ったぞ、早くホテルのレストランが開かないかな・・
と朝が来るのを心待ちにしているのだから朝飯ミーティ
ングはむしろウエルカムであった。朝飯会議を済ますと
事務所で打ち合わせを済ませ、午後は軽くイタリアンで
ランチミーティング。ワインなどもすすめられるままに
おいしくいただく。昼真っから飲むワインは、また、た
いへんよろしい。そして事務所に戻り夕方まで会議をし、
会議が終われば、それで今日の日はサヨウナラとなって、
ホテルに帰るが、それから一人になってしまう。
英国は、先ほども云ったが仕事人同士で(日本式営業接
待というやつです)ディナーをするという習慣がない。
夜はプライベートな食事である。であるからたいがいは
夫婦や恋人同士ででかける。男同士でもでかけるが、そ
んな場合はゲイであることが多い。まして、ひとりでデ
ィナーをとっているなど見たことがない。カップルでも
なくゲイでもなく、回りや店の者から見ればただの変人
としか見えないだろう。一人で夕飯を食うのは家かファ
ースト・フード店に限られていて、すくなくともレスト
ランではない。であるから、せっかくロンドンにいなが
ら、数ある美味いレストランにいけなくて大変困ってし
まうのだ。イギリス・ロンドンは飯が美味くないと云っ
ているのは、美味い店を捜しだせる嗅覚が働かない人か、
一部の物知り顔のエセロンドン通や知ったかぶりの観光
客が云うことであって、ロンドンには美味い店がうんと
たくさんある。どんなにたくさんあっても、一人では行
けないからリンダは困っちゃうのである。
フレンチにも行けず、イタリアンにも行けず、ターキッ
シュにも行けず、ジョージ・マイケルの叔父さん一家が
やっているギリシャ料理屋にも一人では行けず、結局、
毎度お馴染み、しかも会社員同士の接待食事会も行われ、
スシカウンターで一人でネタをつまみちびちびと日本酒
を飲んでいてもなんとか恰好がつく日本飯屋にでかける
ことになる。
好きな日本飯が食えるのだから、なにも困るということ
はないのだが、季節になればオイスターバー&レストラ
ンで美味い牡蠣を食いたいじゃないですか。日本の牡蠣
もおいしいが、あなた、一度北海の牡蠣食うてごらんな
さい。ノルマンディーの牡蠣食うてごらなさい。日本産
より小粒だがプチプチとしていて病みつきになりますよ。
海水自体の塩味で。レモンを絞ってさわやかに。トマト
ケチャップにホースラディッシュで辛みをつけた牡蠣の
美味いこと。冷えたシャンパンで食らう牡蠣の美味いこ
と。1ダーズン(12個)では足りませんってなくらい
美味いものであるが、ひとりでは行けません。独り身の
わたくしは、スシカウンターで「サーモン切ってくださ
い。日本酒熱燗おかわりください」と、話し相手もない
夕食を黙々ととるだけであります。ガールフレンドをつ
くる技量も度胸もないわたくしは、ひとり黙々と夕食を
食べるのであります。

ぐずぐずとロンドンでの食事のことを書いているがパス
ポートのことである。ここ数年、海外には疎遠だったわ
たくしに、先日、急遽北京行きの話が降ってわいたので
ある。大あわてでパスポートを申請した。受け取り日は
5月31日。なんとか6月1日の出発に間に合うことに
なった。北京用にと新調したヨージ・ヤマモトの新作コ
ットンスーツも出発前日に出来上がることになった。
準備は万端である。北京ではT君とS君が、手ぐすね引
いて待っていますと云ってくれている。音楽仕事の打ち
合わせから夏のチベット高原列車旅行の打ち合わせから
と忙しい北京の初夏となるが、たのしみ満載である。ち
なみに飯は地元の人しか知らないガイドブックには載っ
ていない名店を用意してくれているらしい。すくなくと
も飯には困らないぞと行ってきまーす。
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by kasuya_senji | 2007-05-29 12:31 | Comments(0)
賞味期限切れの大学生
2007年5月23日

痲疹が大流行している。新聞では「猛威」という言葉を
使っていた。で、患者は誰かというと、ちいさな幼児・
子どもではなく大学生である。上智大学が痲疹で学校閉
鎖になったと聞いたときは、
エー! 痲疹ァ? 大学生にィ? あんなものは子ども
がかかるものじゃないのォ? ワクチンが開発されて、
痲疹なんてものはかからなくなったものじゃないのォ? 
と、驚いたものだった。

僕らが子どもの頃は必ずら痲疹にかかって、咳が出て、
39度の熱が出て、熱がひいたと思うと身体中に発疹が
出て、伝染病だからと隔離され、1週間くらい家で寝て
いた。一度かかると抗体ができるので、妹が痲疹にかか
っても兄ちゃんである僕は平気だった。両親も子ども時
代に痲疹にかかっているから平気だった。
大学時代は学園紛争が吹き荒れていて、新左翼の連中は
旧左翼の日共系とヘゲモニーを争い、また新左翼同士で
内ゲバをくり返しリンチ、殺人事件まで引き起こし、大
学を占拠し立てこもっただけではなく、安保反対! と、
デモ隊を組織し、街頭にくりだし、機動隊と正面衝突し
たいへんな社会問題になったが、冷静な大人からは、
「痲疹にかかったようなもので、一時は熱にうなされる
 けど、すぐ冷めるよ」
などと言われたものだった。
一時,骨董にのめり込んだときも、あんなに固執し棚に
並べ飾って飽きもせずながめた桃山時代の欠けた茶わん
も、熱が冷めてみれば、私はだーれここはどこってなも
んで、ただの欠けた茶わんにすぎず、我ながら痲疹にか
かったようだったなあと思ったものだった。つまり、一
時浮かれるが熱が冷めれば何ともないというものの例題
が痲疹であって、痲疹自体が社会問題化するという大袈
裟なものではなかった。さらに現代はワクチンの開発に
よって、その病気にかかることもまれであって、ますま
す痲疹などという病気は日本で住み暮らす者から遠ざか
っているものだと思っていたから、上智大学が痲疹で学
校閉鎖と聞いたときは驚いたのである。

ところが、かみさんに訊いてみると、我が家の子ども達
も幼児期にワクチンを接種し予防していたから疹にはか
からないで済んだのであるが、かかっていないから抗体
が身体の中にないのかもしれないそうだ。まあ、これも
個体差があって、昔接種したワクチンがあたかも抗体が
存在しているかのように罹患しない子もいるし、とっく
にワクチンの賞味期限がきれている子もいるらしい。
ワクチンが開発され痲疹を予防した子ども達は今や大学
生となり、ひとたび誰かが罹患すれば、集団を形成する
学校では、広い体育館の片隅で誰かがくしゃみをすれば、
その反対側にいる人にうつるといわれる痲疹のウイルス
のその猛威にひとたまりもなく、次々と罹患し学校閉鎖
が相次いでいるということだろう。倅の通っている日大
芸術学部も閉鎖で、朝起きるとやることもなく所在なさ
げにテレビを見ながら時間をつぶしている倅と顔を合わ
す。
「まだ閉鎖かい」
「うーん。始まらないねえ」
と親子の会話を交わしている。
倅は部活で合気道をやっているが、合気道部の学生も痲
疹で寝込んでいるらしい。予防医学がどんなに発達して
も、人の身体は生き物であるから、微生物やウイルスな
どを体内に取り込んで頑強な身体となっていくものなん
だなあとあらためて感じた。
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by kasuya_senji | 2007-05-24 19:48 | Comments(1)
愛したものはみんな消えてく

2007年5月22日

「同級会いつやった?」
「そうだねえ。4年前だっけか・・いや、5年前だった
 かな。たしか、糟谷は宮崎に行っていて参加できなか
 ったんだよな。あれは何年前だっけ?」
「5年前だ。で、ところで同級会って何年ごとにやるこ
 とになってるんだっけ?」

普段、東京に暮らし東京で仕事をしていると岡崎の田舎
のことはあまり気にならないのだが、親父が入院したの
をきっかけに、これまでの親不孝を取り返すかのように
毎週末岡崎の実家を訪れていて、つど中学の同級の旧友
に会ったりもしているから、ついそんな会話になる。

「何年という決まりはないよ。あの当時の同級生同士が
 仲が良くて、先生もご健勝で、住むところが他府県に
 散らばってなくて岡崎界隈にいて連絡が取りやすいと
 ころは、よく開いているようだね。同級会なんて・・
 いまさら洒落にもならないよ。それに会いたい奴もい
 ないよ。なんてところはまったくやってないんじゃな
 いかな。仮に岡崎界隈にいたとしても、社会に出れば
 中学の仲間とはまたつき合いの地図がかわってくるも
 んだから、そんな牧歌的な邂逅はいつまでもつづくも
 んじゃないよ。うちのクラスはよくやっている方だと
 思うよ」
「なるほどね。で、お前の話を聞いていると、我々は仲
 が良かったし、先生もご健勝で、いまだにつき合いが
 あるというわけだ。その牧歌的な我らが3年7組は次
 はいつ集まるんだ。いや、集まりたいというわけじゃ
 ないがね、ついでに訊いてるにすぎないのだがね」
「次回はS女史と・・・S女史はよく知っているよな、
 糟谷の近所に住んでいたから。S女史は成績も良かっ
 たし、美人だったからみんなに人気があったなあ。
 糟谷も気があったんじゃないか? あの娘はねえ、ご
 主人の関係で、いまは○○町に住んでいて、息子さん
 と娘さんがいてね・・・」
「そんな話はいいよ。S女史ともう一人いるんだな。そ
 いつは誰だい?」
「馬渕なんだよ」
「馬渕だってェ? 馬渕は一昨年亡くなったじゃないか」
「そうなんだよ。だからS女史も誰と連絡とって同級会
 をやっていいのか困っているみたいだなァ。馬渕が一
 昨年亡くなっていたと去年聞いたときは驚いたねェ。
 彼が結婚したのは、彼が高校の先生になって、別の町
 の高校で仕事をしてたときで、その当時につき合って
 いた人だから、奥さんはよく知らないんだ。知らない
 とはいっても、呉服のセールスで家を訪ねたとき話し
 たことがあるから、まったく顔を合わせたことがない
 というわけじゃないけどね。まあ、その程度のことだ
 から、馬渕が亡くなったときは、わざわざ中学の同級
 生に通夜や葬儀に顔を出してもらうのも迷惑がかかる
 んじゃないかと知らせるのを遠慮されたようでなァ」
「そうだなあ。奥さんにしてみれば、中学の同級生と名
 乗る男がいきなり訪ねてきて、用件を聞けば、着物の
 ご用はありませんかじゃ、妙な男が来たことまでは憶
 えていても葬儀の連絡までは思いつかなかっただろう
 な。それよりも親戚縁者や学校関係者に連絡をとるこ
 とで頭がいっぱいだったんだろうね。あんなに若く亡
 くなるなんて、残念でならんね。もちろんその思いは
 奥さんにとっては俺たちどころではないだろうなあ。
 ところでY君よう。馬渕の話はかえすがえすも残念だ
 が、幹事の話なんだけどね。S女史と馬渕がなんで幹
 事をやることになっていたんだ。いったい誰が幹事を
 指名することになってるんだ?」
「その時の同級会の幹事が次を指名するんだ」
「じゃあ、そいつは事情をわかっているんだからそいつ
 にあたらしい幹事を指名させ直させばいいじゃないか。
 誰だったんだそいつは」
「山本だよ」
「・・・・・・・山本も去年亡くなっちゃったな」
「クラスで一番二番の秀才が続けてなくなっちゃったん
 だよ。残された奴は鈍才ばかりだ」
「お前はそうだったかも知らんが、俺は鈍才ってことは
 なかったぞ。まあ、あいつら秀才組には逆立ちしても
 かなわなかったけどな」
「そういうのを鈍才っていうんだよ」
「けだし名言だなあ。鈍才も名言は吐けるってことだな。
 でも名言吐いても幹事がいなくちゃ同級会は開催でき
 んぜ。馬渕と山本の死去が忘却の彼方に忘れ去られる
 前に全員集めて同級会やれ! 困ってるんだろS女史
 は。Y君。君がやりなさい。馬渕と山本の写真も借り
 てこい。あいつ等も写真参加させろ」

と、プランタンでYと話し込んでいるところに大野君が
やってきた。大野君は元ガロのボーカルで中学の同級生
である。大野君は今、元かぐや姫の伊勢正三さんと太田
裕美さんと3人でグループを組んでいて、日本全国を忙
しく飛び回っている。かぐや姫の名曲と「木綿のハンカ
チーフ」とガロの名曲が聴けるのだから80年代フォー
ク・ポップスファンのお客さんにはたまらないらしく、
どの会場にもお客さんが大勢つめかけていて、この企画、
去年は20会場だったのが、今年は30会場以上で開催
される予定で、来年はさらに40会場50会場と増えつ
つあるらしい。今回は、愛知県一宮市でコンサートが行
われ、ついでに岡崎に帰ってきたのである。
3人が集まっているプランタンは50年前に開店したト
リス・バーで、寿屋(現サントリー)宣伝部時代に大活
躍した山口瞳、開高健が「洋酒天国」を発刊し全国に展
開したトリス・バーの数少ない生き残りのバーであるが、
50年の区切り、今年の5月をもって閉店するのである。
オーナー・マスターのハルちゃん、ハルちゃんと言って
も男性であるが、ハルちゃん(78歳)が元気なうちに、
暗い穴蔵のような酒場人生に別れを告げ、これからは外
国だとか温泉だとかを長年一緒に苦労を共にした奥さん
をつれて巡りたいというので、それならば岡崎の名物バ
ーがなくなるのは残念だけど、いやそれよりも本当に長
い間ありがとうとオーナー・マスターに感謝をこめて、
連日連夜このオールド・バーに人が押しかけているので
ある。
「愛したものはみんな消えてく」と布袋は歌ったけれど、
酒の飲み方から酒の種類から酒場での会話からなにもか
も教えてくれた愛すべき酒場との別れを看取るように3
人は集まっているのである。ついでに同級会の話をして
いるのである。 
 
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by kasuya_senji | 2007-05-22 14:48 | Comments(1)
くりびつてんぎょう
2007年5月18日

しかしヤンキースは調子が出ないなあ。

開幕から4月の末まで、王健民、ムッシーナの先発投手の
2枚看板を故障で欠き、その上、松井も再起を誓ったシー
ズン突入早々の足の肉離れで故障者リストに入り戦列を離
れていながら、ジーター、Aロッドが絶好調で、アメリカ
ンリーグ東部地区の首位を走っていた。まあ、定位置であ
る。トーリ監督の采配そのとーりである。これで昨年のア
メリカンリーグ最多勝の王健民、二桁勝利のムッシーナ、
松井が復帰すれば、連勝街道まっしぐら間違いなし。松坂
が入団したとはいえ、もたもたと東部地区下位を低迷する
レッドソックスをぶっちぎって今年もリーグ優勝かな。ボ
ストンには気の毒ですが相手になりませーん。と、復帰し
た松井をスタメンに揃えベストメンバーで臨んだ4月末の
適地フェンウエイパークでのヤンキース・レッドソックス
今季初対決初戦は、それまでの両チームをそのまま反映し
たように順当にヤンキースがゲームを支配し4点リードし
たまま9回の裏に守護神マリアーノ・リベラが登場した。

マリアーノかいな。4点差じゃセーブもつかんでェ。こん
な時に使わんでもええやろ。これでおわりや・・・・
と思ったのはレッドソックスファンであろう。

これでいただきだな!他にもピッチャーはいるが、ここで
マリアーノに今年のレッドソックスの夢を叩き潰してもら
おうじゃないか。
と思ったのはヤンキースファンだったろう。                  
       
ところが、マリアーノが打たれに打たれた。4点差をひっ
くり返し一挙に5点を入れ、逆転サヨナラ勝ちをおさめた
のはレッドソックスだった。地元での伝統の一戦の初戦は
レッドソックスにとって狂喜乱舞の夜となった。それで勢
いづいたレッドソックスにヤンキースは3連敗。
2年前のプレーオフ。3連勝で王手をかけながら4連敗し
ワールドシリーズへの道を閉ざされたあの悪夢が再現され
たのだ。その後、報道でもご存じなように、松坂の大活躍
もあり勢いづいたレッドソックスはアリーグ東部地区トッ
プを快走中で、ヤンキースは2週間であっという間に最下
位に転落した。問題は攻撃陣に故障者はいなくベストメン
バーといえばベストメンバーであることだが、その面子が、

1番:デーモンいまいち。
2番:ジーター好調。
3番:アブレイユそこそこ。
4番:Aロッド4月の見る影もなし絶不調。
5番:ジオンビーいまいち。
6番:松井好調。
7番:ポサーダまあまあ。
8番:カノー勝負強さ無し。
9番:ミンケイビッチ打ったり打たなかったり。

と、1番から9番まで、いまいちと好調とそこそこと絶不
調と勝負強さなしが並んでいて打線がつながらないことだ。
トーレ監督も、どのとーりにすればいいんですかァと頭を
抱え込んでいるにちがいない。
そこで期待するのは、伝説の剛球投手ロケットことロジャ
ー・クレメンスのヤンキース復帰だが、さてどうなること
やら。引退宣言。現役復帰。引退宣言をここ数年くり返し
ながらも毎年10勝以上の成績を挙げている現役最高投手
であるが、いかんせん44歳である。個人的には、松井よ
りもイチローよりも松坂よりも好きな選手で、またあの勇
姿が見られるのかと思うとわくわくするが、クレメンスが
入っただけでは、どーにもならんだろう。またぞろ、あの
短気で有名な名物オーナー・スタンブレーナーのことだか
らトレード話が深く進行しているのではないかな。
若いカブレーラの成長で外野は問題なし、そこで一気にデ
ーモン放出、マリナーズの若き快速球投手フェルナンデス
の獲得というびっくりぎょうてんのトレードもあり得るか
もしれない今日この頃のヤンキースである。                  
      
                                      
                                      
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by kasuya_senji | 2007-05-18 16:41 | Comments(0)
夕暮れ時のムルソー
2007年5月17日

ムルソーが飲みたい。名古屋のチャイナレストラン・チ
ーノヒロで飲んで、たいへん気に入ってムルソーファン
になったのです。近所の酒屋に置いてあるのを見つけ買
ってたのだが、引っ越しで冷蔵庫の電源はぬかれ運び出
されるのを待つばかりで、冷やすこともできないまま新
事務所にムルソーは移動したが、まずは書類・資料の整
理が優先で冷蔵庫などにかまっている閑などなく、こん
な立て込んだときにも来客はあり、そんな場合は近くの
コンビニにスタッフがペットボトルのお茶を買いに走り
お出ししていたくらいだから、よって常温のままにおか
れたムルソーは飲む状態になかった。ワインだから常温
でもいいんだけど、やっぱり白ワインは気持ちよく冷え
ていないとね。今日やっと段ボールの山が片づき冷蔵庫
も作動したようで夕暮れあたりからは、飲み時かな。
さて、ツマミはなににしよう。
テーブルの上に有限会社まめやの「せんまめ」という豆
とおかきのおいしいつまみがある。第3回福島県特産品
食品部門で「ふくしま特選大賞」に輝いたこの豆&おか
きは或るデパートの地下食品売り場の「福島県コーナー」
で見つけた。喜多方ラーメンを買いに行ったついでに特
選大賞という肩書きにつられ買った物だが、特選の名に
恥じずうまいもので、このせんまめを知っているバーに
もちこんだが、どのバーテンダーもこれはイケルと言っ
ていた。ロンドンのホテルのバーには必ずと言っていい
ほど「ジャパニーズ・クラッカー」といって酒のつまみ
におかきが置いてあってしかも金はとらない。バー・カ
ウンターの上に大きめの丼のようなものにおかきは入っ
ていて、客は勝手にそこから小皿におかきを移し自由に
つまむ。イギリス人にはこのジャパニーズ・クラッカー
という乾き物がバーの定番になっているにもかかわらず、
どういうわけか日本のホテルのバーに置かれているのを
みたことがない。おかきありますか?というと、たいが
いは置いてなくて、おつまみはチーズ、スモーク・サー
モン、サンドイッチ類でなにやら洋風である。たとえ置
いてあっても品川巻きくらいなもので、おかきは日本の
バーでは不当な扱いを受けている。冷たいビールにほん
とに良く合というのに。だいたい、バーというものは食
事前に利用するものであるから、酒のつまみは食べ物じ
ゃいけない。スモークサーモンやサンドイッチなどは、
レストランで食事をしない人のための軽食メニューだか
ら置いてあっても不思議ではないけれど、そんなものし
かないのはいかがだろうか。
かといって、ムルソーにおかきではないだろうな。でき
たての熱々のフレンチフライなどあれば最高だが、事務
所ではそんなものはない。とろとろにとけたチーズも冷
たいムルソーには極うまだろうな。いちばんおいしい食
べ方&飲み方は、少々行儀がわるいがこれである。
まず、とろとろのチーズを口に入れ、ワインを口に入れ、
すこし下向きになって口の中でくちゅくちゅとワインで
チーズを溶かし、チーズがワインと混ざり合ったところ
で飲み込む。
ワインってなんてうまいんだ。
チーズってなんてうまいんだ。
が同時に来るのである。おためしあれ。
あー。ますますムルソーが飲みたくなってきた。つまみ
などもうどうでもいい。廊下のむこうの制作部のデスク
あたりでは、まだスタッフが行き交い仕事をしている。
ここで酒盛りをするわけにはいかない。こんな時のため
に2階の専用の応接間があるのである。これを書き終わ
ったら、冷蔵庫からムルソーをとりだし、グラスを片手
に2階に上がり、ボブ・ディランのモダンタイムズなど
聴きながら、酒の精とともにバッカスに会いに行くとす
るか・・・
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by kasuya_senji | 2007-05-17 18:19 | Comments(1)
水戸街道の車屋
2007年5月16日

土曜日曜を利用してナイスな事務所に引っ越ししたが、
まったく快適とはいいがたい日々が続いていた。要は旧
事務所で整理整頓され片付けられ山と積みあげられた段
ボール箱が、新事務所に運び込まれ、ところせましと山
積みになっただけのことで、足の踏み場もないのである。
さて、いかがしたものだろうかと思案に暮れたが、暮れ
ていても埒があかない。便利屋さんを頼むことにした。
朝10時にあらわれた便利屋のNさんは、あれをこうし
て、これをああして、あれはこちらに、これはあちらに
と指示するままにテキパキと動き、あっという間に片づ
けて、ついでに掃除もしてくれた。必要だと思って持っ
てきたもののやっぱりこんなものはいらなかった物も荷
物の中にはあるわけで、そういった物は「では廃棄処分
しておきます」と車に積み込んでくれ、帰って行った。
いやー。便利屋さんの名に偽り無し。持つべき者は顔見
知りの便利屋さんであります。
午後になって舞台監督の江坂が引越祝いですとグレンフ
ェディックの12年物をもって顔を出してくれたので、
これはちょうどよかった江坂、絵を飾るのを手伝ってく
れと手伝わせ、午後6時ころにはすっかり新オフィース
ができあがり、そこでやっとPCを接続し、これを書い
ているというわけです。
ここ数日間更新をしていないにもかかわらず多くの人が
岡崎堂をおとずれてくれていました。あたらしいオフィ
ースになればおもしろい話も書けるのではないかと書い
たので期待された方もいらっしゃったのではと思います
が、どうも、それはおあいにくさま。事務所が新しくな
ったくらいで書けるものなら苦労はないわけで、これか
らボチボチやらせてもらいますが、引っ越しの最中に印
象に残ったことがあったのでその話を。

応接用のテーブルの天板をガラスにしようと考え、ガラ
ス屋に電話すると、出来上がりまでに10日ほどかかる
という。江坂に電話をかけ、ガラス屋を知らないかと訊
くとガラス屋に知り合いはいませんが、近所にアクリル
屋があって、そこはよく知ってます。アクリルはガラス
より強度もあるし、その上、店に行って縦横はこのサイ
ズと指定し注文すれば、その場で切り出してくれ、その
日の内に持って帰れますよと言うから、そいつは世話が
ないなそっちにしようと江坂に紹介された葛飾区四つ木
にあるアクリル屋まででかけ天板を2枚注文した。でき
あがるまで小1時間かかるらしい。時間つぶしにそこい
らでコーヒーでも飲もうと表通りの水戸街道に出てみる
が、大型トラックが通りすぎるばかりで人通りはなく、
したがって喫茶店の気配がまったくない。あるのはトヨ
タの販売店やコジマ電気で、街道筋にありがちなロイホ
もデニーズもない。とぼとぼと信号をひとつ越しふたつ
越したがやっぱりない。アクリル屋に戻ろうかと思った
が、いったん出てきた以上意地でもコーヒー飲むぞとさ
らに歩を進めると、信号をみっつ越したところで自動車
修理工場の前に出た。
工場の軒先でオヤジとメカが古いダイムラーのソブリン
のボンネットを開け首をつっこんであーでもないこーで
もないとエンジンをいじっていた。そのダイムラーはシ
ートがボロボロでいかにもポンコツだった。下町の流行
らない工場に持ち込まれるのはこんなもんだろうなと通
り過ぎようとしたが、そのふたりの姿が宮崎の今井喬雄
さんと松山さんに見えてきた。喬雄さん(今井美樹の父)
は4年ほど前に亡くなったが、生前は松山さんを師匠と
いうか相方にしてクラッシクカーに手を入れ自分で直す
ことを趣味にしていた。あのふたりもこうやってボンネ
ットを空け、首を突っ込みエンジンを直していたんだろ
うか。男の趣味として楽しくてしょうがなかったんだろ
うなと喬雄さん松山さんに声をかけるかのように、その
工場のオヤジとメカについ声をかけた。
直るかってェ? そりゃ直るよ。昔の車の原理は簡単な
んでね。エンジンがかからないと素人は壊れたと大騒ぎ
するが、原因は3つだね。プラグか電気かガスのパイプ。
大事じゃないんだ。原理さえ知っていれば故障なんて人
間の頭で考えうる範囲で起こるものだから、修理できる
んだよ。特に英国車は古い車でも今パーツは今でも手に
入るんでね。ポルシェとイタリア車はやらないが英国車
はやるんだ俺はとオヤジは言う。ほら、とオヤジが指さ
した奥にTVRー3の真っ赤なスポーツカーがあった。
あれは40年前の一番早い車だけど今でも現役だね。も
ちろん俺が手入れしている。あれで今でもロードレース
に出ているけど、まあ楽しいね。え? 乗りにくくはな
いかって? まったく乗りにくい車だよ。ブレーキとア
クセルの位置が逆だしね。昔はそういう車が多かったん
だよ。それを乗りこなすのが面白いんだよ。それが楽し
いんだよ。
ところであんた車の件できたの? なに? コーヒー飲
めるところないかって? この辺じゃないね。コーヒー
だったら奥の事務所で飲ませてあげるよ。ちょうど俺も
一服しようと思ってたところだ。おーい!かあちゃん。
コーヒー入れてくんな!お客さんの分もな。奥からかー
ちゃんと呼ばれた女性がコーヒーを持ってきた。意外と
若い女性だった。モテるんだこのオヤジ・・・
ロンドンでの数年間の修行時代のこと。
タイムトライアルのレースのこと。
全然儲かりはしないけど30年も工場をやっていること。
商売じゃなく男の楽しみとしてやっていること。
60年代の車にロマンを感じ続けていること。
MG。モーガン。トライアンフ。TVR。ロータス。
名車話にいつまでも話はつきなかった。
しょぼくれたしがない町の修理工場のオヤジかと思った
ら人は見かけによらぬもの。一番かっこいい男の趣味を
持ったオヤジだった。そろそろアクリル板ができあがる
頃だ。親切なオヤジさんにコーヒーのお礼とさよならを
言って工場を後にした。
クラッシック・カーを欲しかったら相談にのるよ。いつ
でも世話するよ。修理は俺にまかしときなと後ろから声
がした。
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by kasuya_senji | 2007-05-16 23:50 | Comments(0)
休憩タイム
2007年5月11日

朝から大忙しである。引っ越しをしているのだ。
デスクの上、回りにもCDや本棚に収まりきらない本が
山積みとなっていて、引っ越し請負人の方々と、あれは
運ぶ、これは捨てると休む暇無し。積み上がった書類な
どは、もともとPCのデーターになっているものだから、
ほとんど廃棄処分する。しかし、本来もっとはやく整理
整頓していれば、こういった時に、いるいらないと識別
をする必要などないものであるから、知らず知らずのう
ちに荷物は積み重なるものだなあ・・などと日頃の反省
などしてる場合ではないほど、次から次へと物がまとめ
られ運び出されていくのを見ながら、そのテキパキぶり
に感心する。まあ、見事なものである。
今は、昼飯タイムで引っ越し屋さんたちは、では食事に
イッテキマスと出て行った。それを利用して書いている
が、あと30分もすればまた戦場のような忙しさになる。
引っ越しして、あたらしいオフィースに移れば、気分も
かわり、おもしろい話もかけるのではないかなと期待し
つつ今日はこれまで。
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by kasuya_senji | 2007-05-11 12:50 | Comments(1)
忙中閑あり
2007年5月10日

K社のT君が事務所を訪ねてくれた。カタログを持って。

「どーするんですか新しい部屋は。でも、いずれにせよ今
 のこの部屋。私にいわせれば糟谷式ですが、この本に囲
 まれた物置のような、応接室のような、こまごまと置か
 れている物も小物もがらくたのような美術品のような、
 かって先輩のオフィースを訪れた或る人が、ヨーロッパ
 の作家のアトリエと称したこんな雰囲気は変わらないで
 しょう?いや、変えて欲しくないなあ」
「ところでT君。君の持ってきたカタログは、きわめてモ
 ダンだなあ。今度の部屋は北側が全面ガラスになってい
 るんだが隣の建物の敷地にあった木が刈り込まれてしま
 って、こっちからもあっちからも庭をはさんで丸見えな
 んでブラインドを取りつけたんだ。そのブラインドは木
 製で色は焦げ茶だから、部屋を印象づける色目としては
 ちょっとサウスアジアチックな感じがすると思うから、
 このカタログに載っている家具類は、雰囲気に合わない
 かな」
「言ってもらえば別のカタログ持ってきたんですがねえ。
 あらたに、エイジアンテイスト物も展開しているんです。
 カタログ送っておきますよ。それの方が値も安いです。
 適当に選んでもらえば用意しますよ。ところで、ひとつ
 のブランドで家具を統一する気はないんでしょう? 
 この応接室にしても、いくつか置いてあるソファーはそ
 れぞれデザインも違うし、その不統一感が、まあ、なん
 とも良い雰囲気だしてますよ」
「家具屋のモデルルームじゃないからねえ。デザインを統
 一してしまうとモダンではあるが、アートな感じがまっ
 たく消えてしまうのはほんとに不思議だから、そんなこ
 とはしないよ。フランク・ロイド・ライトで揃えてみま
 したというと、いきなりどこかのホテルの応接ルームみ
 たくなるからねえ。建物から皿に至まですべてフランク・
 ロイド・ライトの設計であれば別だけど、新しいところ
 も部屋を借りるだけだ。それに、仕事で訪ねてくるいろ
 いろな方を迎える空間といっても、あくまでもパブリッ
 クなスペースじゃ無い、きわめてプライベートなものな
 んだ」
「きわめて同感です。イスの一点一点があたかもニューヨ
 ークの近代美術館に展示されてる永久保存デザインもの
 で揃えるって腹ですか。じゃあ、一気に揃えない方がい 
 いですね。ぼちぼちやりましょうか。お手伝いしますよ。
 ところでこのぶっとい針金で作られたイスは近代美術館
 永久デザインものじゃないですかァ。どこで手に入れま
 した?」
「札幌の古道具屋だなこれは。何十年も前にライセンスさ
 れ日本で作られて売られたものだ。見た目よりはるかに
 座りやすいんだが、そうはいっても金属で作られたイス
 だからふわふわという座り心地は無いから、売り出され
 て物好きな奴が買って、それでお終い。新品で手に入る
 ものじゃないから、どーしても古物商古道具屋でみつけ
 るしかないんだが、さっぽろの古道具屋で見つけたとき
 は飛び上がったよ。で、背もたれのところのパイプが壊
 れていたからイスとしては使えない。使えない物だから
 うんと安く分けてくれたよ。座れないですよ。座れなく
 てもいいんですかァって古道具屋のオヤジは言ってたな
 あ。ありゃ、あとで座れないって返されても受け取りま
 せんよって顔だった。コンサートツアーで機材を運ぶ大
 型11トントラックに積み込んでもらって東京まで運ん
 だ。トラックが店の玄関横着けになったとき、オヤジは
 ビックリして、あいた口がふさがんなかったよ。あの顔、
 今思い出しても笑える。ほら、ここに溶接のあとがある
 だろう。下町の鉄工場へ持ち込んで直してもらったんだ」
「ところで、工場と言えば、北京にいい場所があるんです。
 超高層ビルが建ち並ぶ開発エリアのど真ん中に清の時代
 に作られた工場と倉庫があって、工場は取り壊されたの
 ですが、北京市はその倉庫を文化財として保存すること
 を決め、美術・芸術・工芸・写真・絵画などアートを扱
 う場所として貸し出すらしいです。音楽をやる場所にも
 使えそうですよ。蔦が絡まる赤煉瓦の中国の文化遺産倉
 庫の中で音楽をやると提案すれば、絶対歓迎してくれま
 すよ」
「面白そうな話だなあ。今度北京に行くときには絶対下見
 に行こうかな。ところで明日からだっけ北京は? 1週
 間ほどで来週には戻ってくる? じゃあ、日本に帰って
 きたらまた会おう」
「このカタログに載っているモンドリアンデザインのイス
 はいかがですか。なにしろ美術品です。でも、木で作ら
 れた一人用のソファーですから痛くて座ってられないの
 が難点ですけど。はっはっは」
「イスじゃなきゃどんな使い方があるんだ?」
「書庫の前に置き、本を積み重ねておく。どんなにお洒落
 かと思いますよ」
「売れ残って在庫処分で放り投げるんだったら声かけてく
 れや」

T君とこんな話をしているといつまでも終わりそうにない。
持つべき者は、楽しい会話ができる友人だと云われるが、
男の長話を楽しんだ午後だった。
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by kasuya_senji | 2007-05-10 17:34 | Comments(0)

 
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