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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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雑記・空梅雨の今日この頃
2007年6月29日

ノストラダムスの大予言と題したブログを書いてから、
自分の思いつきはともかくも、こりゃテーマ(神学・宗
教)が大きすぎて、知識に間違ったところがあるかもし
れんなあと思い、友人の酔狂亭さんに教えを乞うた。

彼は、特にフリーメイソンについてくわしいから、ディ
スカバリーチャンネルで放送されたジェームズ・キャメ
ロン監督のドキュメンタリー番組「イエスの棺」に出て
くるイエスの墓の前室に彫られていた「山型(逆さV字)
の中に丸」の印は、十字軍テンプル騎士団に受け継がれ、
その後、異端として歴史から抹殺されたテンプル騎士団
は、フリーメイソンとして秘密結社化していくが、その
フリーメイソンの印「三角形の中の真実を見つめる目」
は、まさに、イエスの墓に彫られていた印を受け継いだ
ものではなかったのか? フリーメイソンこそはユダヤ
人キリスト者の結社ではなかったのか? と。

彼からの答えはこうであった。
アイザックという名はいかにもユダヤ人的ではあるが、
アイザックは聖書に出てくるイサクからつけられた名前
であり必ずしもユダヤ人を示しません。またニュートン
は、姓の最後にTONがつき、トンがつく姓をもってい
るのはブリテン島出身者がそうであるので、残念ながら
ユダヤ人ではないでしょう。ただし、ニュートンはアリ
ウス派の流れをくむテンプル騎士団=秘密結社フリーメ
イソンの総長であり、晩年は聖書研究ばかりしていて、
カトリック教会を震撼させるような本ばかり書いていた
といわれています。ガリレオの例にあるようにキリスト
教会の神学に触れる説を発表すると弾圧を受けるので、
それらの本は秘匿されたようです。余談ですが、ダ・ビ
ンチ・コードで、ニュートンのA・P・P・L・E(リ
ンゴ)が鍵を開けるコードとして登場しますが、あれな
どは、テンプル騎士団=フィリーメイソン=三角形の中
の真実を見つめる目との関連を示しているのではないで
しょうか。とのことであった。参考文献もいくつか紹介
されていたので書店に走った。

そんなことをしているうちに、S社のN君からオススメ
映画のメールが入ってきた。
デビッド・フィンチャーの「ゾディアック」を観ました。
フィンチャー得意なケレン味のある映像は一切ありませ
んが、カスヤサンこれ観ないとまずいですよ!
と書かれていた。なにがマズイかというと、
「音楽映画」だからです。69年の最初の事件でかかる
曲、70年代、80年代、90年代、それぞれで使われ
ている楽曲のセレクションが素晴らしい。
のであるという。
音楽監督はデビッド・シャイア(重鎮・ロッキーに出演
するタリア・シャイアの元ダンナ)です。ナニユエ、い
きなりこの映画の話をしたかというと、明日でロードシ
ョウが終わってしまいます、
とのことだったので、大あわてで映画を観に行ってきた。
田舎では今日、オフクロが簡単な手術をすることになっ
ているが、手術は午後からだし、朝から東京でひとりや
きもきしていてもはじまらない。妹からの報告によると、
妹の倅(沖縄の甥っ子・医学生)も手術自体は非常に簡
単なもので危険性は一切無いから心配しなくていいとの
ことだったから、朝一の回で観てきた。
殺人犯を捜す映画であるが、たしかにN君の云ったとお
りフィンチャーお得意のケレンはどこにもなく、感情を
抑え淡々と映画は進む。映像に溺れがちなフィンチャー
が音楽だけではなくサウンド(雨の音とか)も素晴らし
かった。スターではないが、地味な役者陣の演技も実に
見事で、凝った良い映画だった。これからどこかで観る
人もいるだろうから多くは語らないが、金物屋のシーン
は出色だった。「良き人のためのソナタ」の本屋のシー
ンと完全にダブった。N君も恐ろしいまでの心の暗闇を
表していたと同意してくれた。

空梅雨の今日この頃。雑記2題。
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by kasuya_senji | 2007-06-29 17:39 | Comments(1)
ノストラダムスの大預言
2007年6月26日

「1999年7か月
 空から恐怖の大王が来るだろう
 アンゴルモアの大王を蘇らせるために
 その前後マルスは首尾よく支配する」

ノストラダムス預言集:「百詩編集」大10巻72番

ちょうど8年前の今日この頃は、この話題で持ちきりだっ
た。16世紀のフランスの医師、占星術師ノストラダムス
が預言した世界の最後の日が7月に来るというのである。
この詩を読むと、

「その前後マルスは首尾よく支配する」

とある。占星術師でもあるから、マルスは火星のマースか
もしれない。地球滅亡後は太陽系の重力の関係が変わり、
火星が太陽に近づき、生命体を支配するというのか?

「アンゴルモアの大王を蘇らせるために」

アンゴルモアは調べても何のことだか分からなかった。
グーグルで検索しただけだから調べ方が足りないのは承知
しているが、ノストラダムス家はユダヤ人だったという伝
聞もある。だが、ユダヤ教徒ではなくキリスト教徒であっ
たらしい。つまり、イエスが死んだ後の「ユダヤ人キリス
ト者」=パウロ、マルコ、ルカ、ヨセフの使徒達から始ま
った革命的ユダヤ教キリスト者ではなく、ローマ帝王コン
スタンチヌスによって採用されたローマ人キリスト者=ギ
リシャ正教、東方教会、ローマ教会、バチカンの支配の元
に布教されたキリスト教徒だということだが、ノストラダ
ムスはレオナルド・ダ・ビンチが生きた時代とほぼ時代の
人である。「ダ・ビンチ・コード」で明らかにされたユダ
ヤ人イエスの子孫が生きていたとされる時代のユダヤ人で
あるから、ローマ人キリスト教徒だったとはいえ、異端と
して世から葬り去られた「ユダヤ人キリスト者」だけが伝
えてきた預言書などは研究していたのではないかと推測も
する。仮にアンゴルモアはその中に登場する存在であると
すれば、グーグルなどで検索してもナンノコトヤラワカリ
マセンのは当然である。まあ、ここでは何かの大王として
おきましょう。

「空から恐怖の大王が来るだろう」

これは、空から真っ赤に燃えた巨大な岩石の火の玉が次か
ら次へと地球に襲いかかる図が連想された。事実、そうい
う挿絵も見たことがある。地球滅亡の日である。

「1999年7か月」

いつの事かと言えば来月(1999年当時)のことである。

来月、アンゴルモアの大王を蘇らせるために空から巨大な
火の玉が落ちてきて地球が最後の日をむかえるという預言
である。さーたいへんだとばかり、テレビは取りあげる恐
怖を煽る。煽ればますます視聴率は上がるものだからます
ます取りあげる。ますます煽る。世界ではどうだったか知
らないが、日本では8年前の今日この頃、挨拶といえば、
「いよいよですなあ」
「わたしは信じていませんがねえ」
と、これしかなかったくらいの大騒ぎであった。
預言にも占星術にもテレビのワイドショーの煽りにも全く
感心がなかったわたくしは、大騒ぎする世間大衆を横目で
見ながらせっせとスタジオにこもり新しい曲のできあがる
瞬間に神経を集中させていた。会議室にこもり新しいステ
ージ図面の完成に集中していた。そして、幸運にも、なに
事もなく1997年7月は過ぎていった。そして、ノスト
ラダムスの預言は忘れられていった。

あれから8年。わたくしは今、ノストラダムスの預言にと
ても強く興味をひかれている。マルスやアンゴルモアは未
だにナンのとこやら分からないけれど、空から来る恐怖の
大王とは太陽熱のことではないかと思いあたっているので
ある。アル・ゴア(これはアンゴルモアとは関係ありませ
ん)の「不誠実な真実」は非常に科学的ではあるけれど、
或る意味では預言書である。現生態系以前の化石燃料を燃
やし続けることで、地下に閉じこめられていた旧生態系の
CO2が排出され、大気中に溜まり大気層が厚くなり、太
陽熱の反射率(地球に届いた太陽熱の80%はまた宇宙空
間に反射されて逃げていきます)が低くなり、太陽熱がよ
り多く大気圏内に止まる=地球温暖化現象を起こしている
と説いています。
さらに、このまま温暖化が進めば、今世紀中に決定的な環
境破壊が始まると預言しています。もちろん、これは世界
中で周知の事実となっていますが、先日、さらに驚愕する
ニュースが英国から発信された。
17世紀のイギリスの自然哲学者・物理学者・錬金術師で、
重力の法則を発見したアイザック・ニュートンの2056
年に世界が終焉を迎えるという論文が発見されたというの
だ。報道は、ニュートンのこの預言の出所は不明であると
報じたが、ニュートンはこの預言を、異端といわれるキリ
スト教系の或る「預言書」を研究して論文を書き上げたと
も報じられていた。さて、この異端といわれる預言書とは
何か。ニュートンがイギリス人であることは知っているが、
何人種であるかは知らない。ただ、わたくしはアイザック
という名前から、ユダヤ人種であったのではなかろうかと
想像する。話は唐突に下手な推理小説めくが、であれば、
ノストラダムス同様、ユダヤ人キリスト者によって語り継
がれたキリスト教世界では異端中の異端、発禁中の発禁書
であろう或る「預言書」の解読であったのかもしれないと
考えると、このニュートンの預言とノストラダムスの預言
が奇妙に一致するのではないか。あの「百詩編集」の意味
するところがにわかに真実味を持ってきたのである。
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by kasuya_senji | 2007-06-27 11:39 | Comments(2)
宣言堂々
2007年6月25日

デリケートなと・こ・ろがカユイの・・・
と言うCMがあった。画面の中でこちらに向かって言ってい
るのは若い女性であるから、カユイのは女性のデリケートな
ところなんだろう。デリケートなところってどこなんだろう
という詮索はやめなさい。我々男にはわからない=デリケー
トなところなのである。だから、こう言われてもわたくしど
も男にはどうしようもないのである。男としての無力感を感
ずるのは、こういったCMであると云えようか。

そんな無力男のわたくしは今日の新聞の広告を見て驚いた。
広告のコピーは、ぶっとい文字で、
「俺の股間はかゆい」
と威風堂々である。
さらにコピーを読むと、汗・ムレ・下着のズレ・乾燥などに
よる
<デリケートエリアのかゆみをすばやくとる>
と書いてある。ここで我々男共はやっと知ることになるので
あった。デリケートなところというのは股間であることを。
しかし、デリケートエリアと言いながら、はっきりと股間!
と言い切るところに、力強さとあまりに開けっぴろげ過ぎて、
デリカシーのカケラもなにもありゃしないのが、男であるの
だろうか。

以上。
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by kasuya_senji | 2007-06-25 15:39 | Comments(0)
笑門来福
2007年6月22日

六本木ミッドタウンお上りさん(自分のことですが)の話
の中で、パイレーツ・オブ・カリビアンを例に引いて、人
混みが嫌いであるのでカップルで混み合う夕方からの回で
は観ない、朝一の回で観ると書いたら、沖縄の大学に通っ
ている甥っ子から、
「この映画は過度の期待をされないほうがよろしいかと」
とコメントがきた。
「公開日初日にカップルだらけの夕の刻にカップルで行っ
 てまいりましたが、お互い失望の一言・・」
とも書き添えてあったが、時すでにおそし、そのコメント
を読んだのは、朝一で映画を観て事務所に出た後だった。
過度の期待をして観に行ってしまったのである。
映画は、その過度の期待に見事こたえた出来映えであった
ので、映画を観たあとは結構機嫌が良かったのである。
しかし、彼はどんな過度の期待したのであろう。

大恋愛映画? かもしれん。
この甥っ子は特に美男というわけではないが、なかなか爽
やかな奴で、岡崎の親元を離れ一人沖縄で小遣いを稼ぎつ
つも、勉学に励み、勉学の合間に海外青年派遣団に応募し、
採用され、アフリカまで出かけ、子ども達に衛生観念をも
つことの大事さを教え、エイズの怖さを教えるという社会
奉仕活動も真剣にやっている男であるが、だからといって
女子にモテる男だというわけには簡単にはいかないのが世
の常である。案の定、あっちでフラれこっちでひっくり返
って、それはそれで一度しかない青春の謳歌であろうが、
きっと今つき合っている娘を失いたくない為に、つい、大
恋愛映画であることを期待したのかもしれん。

大冒険映画? かもしれん。
パイレーツ・オブ・カリビアンシリーズ第2弾「デッドマ
ンズ・チェスト」は、カリブ海の不可思議な架空の島での
追いつ追われつの冒険活劇で、ジョニー・デップ扮する主
人公:海賊ジャック・スパロウの八面六臂の大活躍がまる
でスーパーマン。なおかつ最終編ではないので、明かされ
ていない謎が謎を呼び、さてこれからいかがなっちまうん
だろうか、という期待で膨らんだ映画でもあったからだ。

謎解き? かも知れん。
あの世とこの世の間に生きるジャックは如何に?
九つのコインが揃うときなにが起こるんだろうか?
女神カリプソとは?
フライイング・ダッチマンは永久に海を彷徨うのか?
チェスト(箱)に治められた「生きる心臓」の運命は?
東インド会社の運命やいかに?
そもそも、この映画は何を言いたいのだろう?

いずれにせよ、彼(甥っ子)はおおいに期待をしてでかけ
たのだろう。そして、大恋愛映画の期待にも映画は応えて
くれず、大冒険映画の期待にも映画は応えてくれず、謎解
きの期待にも映画は応えてくれなかったのだろう。ゆえに
賢者の声として、期待はしないように・・と暗に仄めかし
てくれたんだろう。
じゃあ、ナンで同じく過度の期待をして観に行ったという
のにお前は機嫌が良かったのかと問われれば、甥っ子が期
待した(本人からここを期待しましたと聞いたわけじゃな
く当方が勝手にそうではなかろうかと推測したまでだから、
当たっているかどうかは知りまへんで)上記の3つについ
てはまったくナンの期待もしてなかったからであります。
恋愛については、いずれにしても男2人に女1人の恋のさ
や当てで、どっちの男に女がころんでも幸せになれること
はストーリー上あり得ないのだから、恋の成就については
期待のしようがありません。
冒険活劇については、フライイング・ダッチマンや東イン
ド会社艦隊との最後の大決戦が舞台となるはずだから、崖
からギャー! と叫んで落っこちたが砂浜にささって命は
助かったなどという大笑いなお馬鹿なシーンはもうあり得
ないだろう。また、ジャック・スパロウは、あの世と現世
の合間に彷徨う存在になってしまっているから誰かが救い
出さなければならない。よって救い出されるまでの展開は
ジャック以外の主人公達が活躍するだろう。であれば、ま
ともな筋書きで進行してゆくのだから、漫画映画もどきの
大馬鹿さ加減が持ち味の映画は、シリアスな一面をもって
しまうに違いない。
謎解きは、手品と同じで、しない方が花である。最終シリ
ーズであれば一気に謎解きとなるが、解けた瞬間なーんだ
ってことになるのは観なくてもわかるから期待しようがあ
りませなんだ。というわけで、きっと甥っ子が期待したん
じゃないかなという3つについては、無期待でありました。
じゃあ、何を期待したんだ?
キース・リチャードですよキースです。
撮影中。我らがギタリスト・キースは、朝から酒の飲みっ
ぱなしで、待たされに待たされて出番が来たときはパラパ
ラパーに酔っぱらっていて撮影にならなかったとか聞いて
いる。注意されると
「酒飲むのが悪いって? だいたい俺を使おうとしている
 奴が悪いよ」
とのたまわったと聞く。
海賊は無法者だから法律はない。では、自分勝手なデタラ
メかというとそうではない。海賊には海賊の掟があるのだ。
その掟の番人としてキースは登場する。ジャック・スパロ
ウそっくりな恰好で。ジョニー・デップにキース・リチャ
ードファッションをさせたのだから当然であるが、いずれ
にせよキースが登場したときは笑った笑った。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハッハ
と大笑いした。
気休めにしかならない・・というけれど気が休まることな
んてあるのかい。それと同じで、あんなに大笑いする映画
も又とない。こんなに笑える映画だとは期待以上の大成果
であった。キースの声の渋さもこれまた良しでありました。
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by kasuya_senji | 2007-06-22 15:41 | Comments(1)
お上りさん
2007年6月19日

はじめて六本木にあるミッドタウンに行った。
あのあたり(元防衛庁付近)には、友人が経営してい
ているバー、20年通い続けているうまい天ぷら屋、
けっこう味の濃いラーメン屋や上品なタンを食わす店
などがあって、知らない場所ではないが、最近の六本
木はなんだか新宿歌舞伎町が引っ越してきたのかい!
と思われるような感じの街になっていて、用事がなけ
ればまず足を踏み入れなかった。
であるから、ミッドタウンがいよいよオープンします
とテレビで大宣伝していても興味なく、しかも、その
テレビのミッドタウン特集に映し出される風景は人人
人の大渋滞で、それを見るにつけますます行く気にな
らなかった。丸ビルのオープンも人人人。六本木ヒル
ズのオープンも人人人。原宿ヒルズも人人人。新丸ビ
ルも人人人。
だいたい、元々、人人人のいるところは嫌いである。
思い出すのは、大昔、ご幼少のころ、大阪万博開幕の
様子がテレビで報道されたとき、おやじやおふくろは
行ってみたいかい? と聞いたけど、絶対行きたくな
いと答えたものでした。お金に余裕がなかった我が実
家では、その答えを聞いて安心したことでしょう。
行きたい! 行きたい! と子どもに愚図られちゃ、
親はたまったもんじゃなかったでしょうから。まあ、
その前に、おやじやおふくろが人混みのするところが
嫌いな人たちであったから、わたくしの人混み嫌いも
親譲りなんでしょう。
今、大当たりのパイレーツ・オブ・カリビアンも、で
きればガラガラに空いている時間で観たいので、夕方
からの恋人同士にとってのナイスな時間で観るのでは
なく、朝一の9時の回で観るつもりである。人人人で
埋まっている所で好きなところは、我が社が企画する
コンサートくらいなものでありますよ。ところが行く
気もなかったミッドタウンに昨夜行ったのである。

昨夜は、長年音楽制作者連盟の理事として共に頑張っ
てくれたTさん、Sさんとわたくしの3人が、今期で
理事役員をそろって退任することになったので、互い
にお疲れさまでしたと3人でささやかな慰労会を赤坂
の料理屋でもったのである。TさんもSさんもどちら
かと云うと東京の西側の町を馴染みとしている。ど真
ん中の赤坂あたりにはまず出向かないであろうとあえ
てこの店を選んで、季節の会席料理にご酒を楽しんだ
のである。
さて、楽しかった食事会も終わり、さて、いかがしま
しょうか、どうしましょうか、まだ時間も早いようで
すからもう一軒だけ出かけましょうとなったが、Sさ
んはどうやら参加できないようだった。
Sさんは、長年いっしょに暮らした猫が最近死んでし
まって、家族全員で悲しんで、猫と暮らしたこの家に
いるのは辛いと引っ越ししたばかりだというのに、新
しい家の軒下に子猫が住み着いてしまって、それが可
愛くみゃーみゃーと鳴くものだから、もうしばらくは
猫を飼うまいと決めたのに、子猫の鳴き声の可愛さに
心はゆらぐ、どーしたらいいんでしょうと奥さんが電
話の向こうで云うものだから、今日は帰らなければな
りませんと帰っていった。

きっとその猫を飼うことになるんだね。
飼うために帰ったのでしょう。
それはいいとしてどこに行きましょうか。
赤坂で知っているところといえば・・・・
思い浮かぶのは、姐さんがいたり、ガンガン音が鳴っ
ている濃いめのところしかないですねえ・・・
いくらなんでもそこじゃねえ・・・
近場ですからいっそミッドタウンに行ってみませんか。
行ったことないけど知ってるんですか。
いや、知りません。ですから、お上りさんとして行っ
てみませんか。
となって、ミッドタウンに行ってきました。
ミッドタウンは、例の歌舞伎町もどきの夜の六本木と
は一線を画し、午前〜午後〜早い夜の時間を楽しみた
い人々を顧客の中心としているようだから、六本木と
は云え、ここだけは非常にさっぱりとした感じのとこ
ろだった。ただ、あまりにもスペースが大きすぎて、
お上りさん二人組は、やはり、あっちへうろうろこっ
ちへうろうろと歩き回るが、腰をおちつけるバーにな
かなかたどりつけない。これならいっそ定番ではあり
ますが、リッツカールトンのメインバーでいかがでし
ょうとなったが、入り口で断られた。理由はわたくし
が半ズボンを履いていたからだ。さていよいよ歩き回
ってやっと最後にたどり着いたところが、4階にある
コンランレストランだった。この店はロンドン、パリ
にあるが、ロンドンのサウスケンジントンにあるコン
ランレストランでは食事をしたことがある。知らない
店ではない。東京店のメニューはパリ・ロンドンとほ
ぼ同じ物を揃えていますとのことだが、食事のあとだ
ったから、チップスとナッツをたのんでシャンパンと
シェリーで軽く一杯やって、テラスから東京の夜空を
見上げTさんと別れた。
店のスタッフも親切で感じよく、ミッドタウン初見参
のお上りさんはたいへん気に入ってしまったのでした。
さて、これを読んでくれている貴女がまだミッドタウ
ンに行ったことがないのなら、わたくしがご案内しま
すよ。
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by kasuya_senji | 2007-06-19 18:26 | Comments(2)
映画の夢
2007年6月18日

かみさんと娘を待っている間に読んだ池波正太郎はその
エッセイで、最近の(最近といっても10年ほど前に書
かれた物ですが)日本映画はツマラン! と一刀両断に
切り捨てていました。

池波さんは浅草生まれ。当時は普通の家庭の子は中学と
か高等学校(大学予備門)とかに行かず、小学校を卒業
すると働きにでたものでして、池波さんも小学校をでる
と兜町に勤めた。今で言う証券会社勤めなんでしょうが、
当時の言葉では株屋といわれていました。
浅草生まれということもあり、演芸、芝居、特に新国劇
には子どもの時分から慣れ親しんでいました。長じて、
戦争で兵隊に取られ終戦で戻ってきたころは株屋の仕事
がないというので、役所が募集していたDDTの散布要
員に応募し職を得て、そのまま数年間役所仕事をし、東
京都の職員となりました。もちろん、芝居、新国劇には
興味を持ちつづけ、書いた舞台脚本をどこかに送ったこ
とがきっかけとなり、都職員を辞め新国劇座付きの芝居
作者、演出家として長谷川伸に師事し、その後、作家に
なった人ですから、演出には一言も二言も持っていまし
た。現に池波正太郎の映画批評は面白く、かなりするど
い視点で書かれています。
その池波氏がツマラン! と云うのは、最近の映画作家
は、監督と言い換えた方がいいでしょうが、映画の世界
というあまりにも狭い世間でしか物を見ていないという
ことでした。
カネルの「天井桟敷の人々」は3時間を超える作品で、
事務所で仕事の合間に観ていましたから一気に観ること
が出来ず、やっと今朝見終わったのですが、先日も申し
上げたように、生きとし生きる人々の心一点を見つめき
って描かれていました。結末が、誰も悲劇に終わるとい
うものあまりにも人間的でありました。悲劇だから人間
的と言っているのではありません。べつに悲劇で終わろ
うと喜劇で終わろうとかまわないのです。
カネルは、主人公の一人に、その恋の主役が私(庶民)
であれば悲劇でしょうが、別の男(貴族・伯爵・あんた
だよと暗に云ってます)であれば喜劇でしょうと言わせ
ている。つまり、悲劇であろうと喜劇であろうと、おか
れた環境の中で生きてゆく人間の視点の違いにしか過ぎ
ないのですから。要は人間が描かれているのかどうかで
す。
池波さんの論説を拝読して(かみさん・娘の買い物の時
間待ちに読んでいたに過ぎないから拝読とは言いかねる
が)その通りだ! と心から叫んでしまった。
いったい、現代ほど人の心が分かりにくくなっている時
代はないというのに、それを描こうとしない。それを描
ききる視点を持っていないから、愛だ恋だアニメの映画
化だ漫画の映画化だと商業主義丸出しで何億もの金がつ
ぎこまれるばかりで、最大の主題である失いゆく人間性
を正面切って捉える作品が皆無である。
映画産業である前に芸術ではないのだろうか。
上海で、規制が多くてなかなか上映されない日本映画を
一挙に上映する映画祭が、日中国交30周年企画で行わ
れたが、エントリーされた作品を見る限り、たのむよー、
それだけは紹介しないでー、という作品ばかりであった。
先人の後生に残した賢言を自分のこととして捉えなけれ
ば、退化はあっても進化にはほど遠いものになるだろう。
池波氏と同じく映画好きとして、今日はボヤキまくらせ
ていただきまして、ちょうど時間となりまーした。
お後がよろしいようで。
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by kasuya_senji | 2007-06-18 17:06 | Comments(0)
ファーザーズ・デイ
2007年6月17日

本を読むスピードがホントに速くなったものだ。
かみさんと娘の買い物につきあってショピングセンターを
うろうろと後をついて回ったが、目指す物が無いようであ
り、あっても気に入った物が無いようであり、又、来たつ
いでとばかり別の物を捜しているようでもあり、なかなか
終わらない。
1階にあるティーラウンジで待っているから好きに捜しな
と二人に言い残し、3階にある書店に行き池波正太郎のエ
ッセイ本を買って、ティーラウンジでコーヒーを注文し、
テーブルに陣取り260ページ程あるその本を読み終えて
しまったのが約1時間後。1時間で読み終えてしまったの
だ。そんなスピードだから、書いてあることのほとんどが
頭に入ってないのだろうが、それにしても、かみさんと娘
が現れない。本を読み終えるとやることがなくなり、コー
ヒーをお代わりし、店の外を歩く人たちを見ていた。
先日、北京にいたときに見かけたような服装をしたカップ
ルが歩いていた。はたしてその人たちは中国人で、早口に
中国語で話しながら足早に通り過ぎていった。中国では一
人っ子政策の歪みが大きくなってきている。女の子100
人に対し、男の子が150人ほどだという。これはお腹の
中にいる子どもが女の子だと判ると流産をする夫婦がいる
ということもあるらしい。にわかには信じがたい話だけれ
ど、仮に我が家が中国家庭だとすると、上の子は娘だから
嫁に行く。嫁に行けば婿殿の両親の面倒は見るだろうが、
嫁に出した当方は老後の介護は自分達で自分の面倒をみな
ければならない。そう考えれば男の子が生まれるまで間引
いてしまうこともあり得るかとも思えるが、いずれにして
も人口抑制策とはいえ、あまりにも非人道的な政策だと思
う。あの中国人カップルは、日本で二人目を懐妊したら中
国には帰らないんじゃないかと思った
揃いの緑のタータンチェックのミニスカートを履いた女子
高校生の数人が、どこまで屈むと後ろからパンツが見えて
しまうかと、一人を屈ませながら、まだダイジョーブなど
とやっていた。娘たちは立って後ろから確認しているが、
こちらは椅子に座っている。白いパンツが丸見えになった。
その熱い視線を感じたのか、その中のひとりが後ろを振り
向き俺の顔を見た。ヤダー。オジサンってな調子でひと睨
みすると、なにがおかしいかきゃっきゃ笑いながら小走り
に遠ざかっていった。なんだかバツが悪いので、ウオッホ
ンと咳払いをひとつして煙草を取りだした。
となりのテーブルでは、若い男と女がなにか揉め事がある
のか互いの非難を繰り返していたが、なにやらじゃれつい
ているようでもあった。女が煙草を取りだしプカプカと煙
をはき出した。男もプカプカやりだしたので、そのテーブ
ルの周りが一気に白く煙った。
ちいさな女の子をベビーカーに乗せた若い夫婦とその両親
らしき年配の夫婦が買い物袋を抱え談笑しながら通り過ぎ
ていく。一家団らんが歩いているようにみえた。さしずめ
サザエさん一家か。ただし、人生はままならない。禍福は
あざなえる縄の如しという。藤沢周平は、或る小説で、ど
の家にも人には知られたくない屈託があると書いたし、ア
ガサ・クリスティーは、どの家もクローゼットの中に人に
は知られたくない秘密を隠しているとポアロに言わせてい
る。サザエさん一家の幸福を願った。
年の頃25くらいの背の高いスタイルの良い美人が歩いて
きた。その女はいったんコーヒーラウンジに入ってきたが、
あいにく満席で座る場所がなかった。カウンターでアイス
コーヒーをテイクアウトして去ってゆく姿のよい後ろ姿を
目で追っていると、お待たせーとかみさんと娘が現れた。
時計を見ると1時間半ほど経っていた。しかし女の買い物
は長い。君たちねえー・・・と言いかけた俺の顔面に娘が、
「はい。父の日のプレゼント」
といって、ちいさな堤を差し出した。あけてみると小振り
な洒落た扇子だった。
「お父さん和服が好きだから。これがいいかなと思ったの。
 捜すのに時間かかっちゃったけど気に入ってくれた?」
嬉しそうに笑う顔を俺を見て、娘もかみさんも嬉しそうに
笑った。
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by kasuya_senji | 2007-06-18 13:53 | Comments(0)
コップ酒
2007年6月15日

「天井桟敷の人々」という映画があることは耳にしたこ
とがあると思うが、観たことがある人は少ないのかも知
れない。なにしろ古い映画だから。僕はその映画をリバ
イバルで観たことがある。その昔。岡崎にあった洋画館・
タカラ劇場で観た。だが、当時小学生だった僕には、愛
だ恋だ芸人だ庶民だ貴族だ悪者だとかいうものが次から
次へと表れてきて、これがパリの下町の人情群像劇だと
云われてもなにがなんだかわからなかった。
昨日、書店に立ち寄り本を数冊買ったが、「名作シリー
ズ。500円」というDVDが売られていて、そこでこ
の映画を見つけたので、ついでにこれも買って、何十年
かぶりにこの映画を観た。
観ていない人もいるだろうから、ざっと説明するが評論
家ではないので、どういう映画であるかは、発売されて
いるDVDに書かれている文章を引用する。

巨匠マルセル・カルネが三年の歳月を費やした映画芸術
の極み!という映画である。
フランス映画史に燦然と輝く金字塔!という映画である。
いちいち!マークがついています。
スートリーは、19世紀半ばのパリ、パントマイム芸人・
バチスト(ジャン=ルイ・バロー)は、女芸人ガランス
(アルレッティー)と恋に落ちる。俳優ルメートルに無
頼漢ラスネールと、ガランスを恋い慕う男は多い中、彼
女は冤罪を逃れるため大富豪モントレー伯爵の求愛を受
け入れ、パリを離れてしまう。5年後、バチストは自分
を慕うナタリーと結婚し、人気の役者となっていたが、
そこへ永遠の想い人ガランスが再び現れた・・・・
ということでありますが、これでわかりましたかねえ。
よくわからなくてもわたくしは知りませんよ。書かれて
いることを書き写しているだけですから。そして、巨匠・
カルネがパリの下町の人情を描き、常に仏映画史の頂点
に君臨してきた傑作大河人間ドラマ。という映画なので
あります。

制作は1945年とありますから、第2次世界大戦直後
のヨーロッパ解放の歓喜の真っ直中、20世紀に入って
ヨーロッパの国々を巻き込んで立て続けに起こった第1
次・第2次大戦争により破壊されてしまったフランスの
華・パリの下町の人情を、かってそれが存在していた1
9世紀半ばに時代を設定し、フランスの自由・芸術・人
情をカルネは描き出したのだろうと思う。そういう意味
では、まさにビバ!フランスであり、フランスの映画史
に燦然と輝いていることも十分理解できる。それにして
も全くの同時期、日本においても第2次世界大戦・太平
洋戦争で失われてしまった東京下町の人々の人情を描い
た「東京物語」という映画が小津安二郎によって作られ
たことに驚く。洋の東西を問わず天才・芸術家の目はい
つも人々の心に向けられているのだということがこれで
よくわかる。

映画の楽しみ方におもしろいシーンのありなしがある。
或るバーの女マダムが、いつか年とったら咥え葉巻をや
りたいと云う。なんでかと訊いてみればこうだった。
「その映画はフランス映画で、歌手になることを夢見て
 いる青年が美しい娘と出会い恋に落ち、夢か彼女かと
 悩みながら苦悩する様を友人や親戚やら多くの人が取
 り巻いていく青春群像劇なんだけど、映画はどーって
 ことない只の駄作なのよ。でも、その青年が歌うカフ
 ェ・バーが明け方まで営業して客が帰えると掃除のオ
 バチャンがでてくるのよ。頭に布かナンカ巻いちゃっ
 たキューバ出身みたいな黒人の太ったオバチャンなん
 だけど、咥え葉巻で店の前を箒で掃除するのよ。葉巻
 もちびてんだけどぶっとい葉巻ね。それ見てカッコイ
 イ!って思っちゃったのよ瞬間的に。咥えタバコは普
 通だけど咥え葉巻はナカナカできないよ。私はいつか
 やるんだ。もうすこし年とって太って身も心もオバチ
 ャンになったら咥え葉巻をね」
いやいやマダム。今のままで十分太ったオバチャンでっ
せとは言うのは遠慮して、なるほどカッコよさそうだ。
このマダムならめちゃめちゃ似合うだろうなと鑑賞眼に
感心した。さすがマダム。目のつけどころがシャープで
ますますチャーミングに見えるのだからセンスのひとか
けらは持ち合わせたいものだ。
「天井桟敷の人々」では酒場でのシーンが印象に残った。
酒場の客は誰も皆ワインを飲んでいるのだが、ワイング
ラスで飲んでいないのだ。ただのコップで飲んでいる。
酒場は下町の酒場だから、いかにも割れそうな薄いガラ
スのワイングラスなど用意していないのだろうし、当時
は貴族以外は、べつに普通のコップで飲んでいたんだろ
う。ゴッドファーザーでもイタリアのシシリーのシーン
では皆コップで飲んでいた。不思議なのは、そのコップ
で飲むワインがやたら美味そうに見えたことだ。ボトル
を1本無雑作にあけコップ酒をしている飲み助もいれば、
バーカウンターで金を払い、カウンターに置かれた大き
なボウルからしゃもじでワインを掬い入れコップに注ぎ
飲んでいる奴もいた。今時の飲み方ではないが、これは
いかにも利が通った飲み方である。赤ワインは飲む1時
間ほど前に栓をあけ空気に触れさせておかなければいけ
ないといわれている。ボウルに入れておけば空気に十分
触れるだろうから、ワインの美味い飲み方だろう。これ
は真似してみよう。最近登場回数がめっきり減ったが、
ござるのH氏をオフィースに招いてボウルにあけた赤ワ
インをしゃもじで掬って飲ませてみようと思う。グラス
はもちろんワイングラスではなくコップで。
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by kasuya_senji | 2007-06-15 15:55 | Comments(1)
金欠病の懲りない旦那
2007年6月14日

事務所に出る前に、麻布十番の書店にたちよる。目指す
本はなかったが、来たついでにと映画関係の本を2冊と
歴史考察本を1冊手に入れた。いつもこんな調子でつい
本を買ってしまうのは、若い頃、金欠病で欲しくても買
いたい本も買えなかった反動だろうと思う。
金があろうとなかろうと大学生は本を買わなければなら
ない。授業で使う本だけでは済まないのである。マル系
の教授の経済学授業では、教授が研究執筆した経済学本
を基に授業が行われたが、本家のカール・マルクスの資
本論は必須であった。さいわい、愛知県が大正時代に建
てたという歴史あるボロボロの学生寮に住んでいたから、
卒業する先輩から教科書、参考書は譲り受けることがで
きた。ただし、教授が違うと使用する本も違うので、譲
り受けられるのは、同じ大学の同じ学部の後輩に限られ
る。その寮には150名の学生がいたが、大学は、東大、
東京教育大学、早稲田、慶応の大学生が多く、明治、法
政、立教、青学、上智、日大生は少なく、わたくしはそ
の少ない明治大学生で、しかも、わりと新設の経営学部
であったから、譲り受けられる本も限られていた。
今は、ネットワークが発達し、文献を調べるには至極便
利であるが、我々の時代はFAXもこの世のものでなく、
たいがいは、資料本が買えない僕は同級生の持っている
本を借りて、ノートに書き写した。
大学に入学するとき、授業料は親が負担するが生活費は
自分で稼ぐという両親との約束で上京してきたから、金
欠病は、四国お遍路の「お大師さんとの同行二人連れ」
ともいうべくものだった。病とはいえ直る見込みのない
ものだった。
できる限り夜のしかも週末に限ってアルバイトをし学校
へ通ったが、手元不如意になれば学生である前に生活者
であらざるをえなく授業をさぼりにさぼっては生活費を
稼いでいたから、試験の前には、同級生から授業のノー
トも借りてきて書き写さなければならなかった。その量
は膨大なものでいつも中途半端なところまでしか行きつ
かなかった。授業に出ていないから要点を抽出する要領
も得なかった。当然、満足に単位など取れるわけがなく、
2年が終了した時点で、学生の平均獲得単位の半分も取
れていなかった。親元を離れて一人東京で自活するなん
て、最近の親丸抱えの青年諸氏と比べれば、なんと志の
高い青年であったのだろうと我ながら思うが、結果は留
年に継ぐ留年をくり返し、在籍期限一杯の8年間で卒業
ができず、最後は賞味期限切れですとぽいっと押し出さ
れるように退学となったのだから、自分で云う志の高さ
は冗談としても、8年間約束道り授業料を払い続けてく
れた両親は無念であっただろう。当時の教務事務官も同
情し、まことに残念な結果になりましたと両親に報告し
てくれた。そんな両親の期待に応えられなかった無念さ
と、本を買いたくても買えなかった青年時代の金欠病の
後遺症の反動もあって、つい、いくつかを買ってしまう
のである。
そんな風だから、書棚に並ぶ本の3分の1は未読である。
これを読み終えたら次はあれを読もうと自分では決めて
いるようだが、未読本は貯まるばかりで、しかも、小説
など30代で読んだ物語の意味は40代になればまた違
うものであり、50代になれば、さらに風景が違ってく
ることを発見し、同じ本をなんどもくり返し読むものだ
から、いつまでたっても未読に手が伸びないままでいる。
そろそろ、自分自身を整理整頓する意味で手元にある未
読本を征服するぞ! と昨日決めたにもかかわらず、今
日もまた本を買ってしまったということは、若い頃の金
欠病は潰えたかと思われるが、後遺症として懲りない病
にかかっているとしか思えないのである。

その中の1冊。映画関係本なのにどーいうわけか藤沢周
平さんのお母さんの話が出ていた。たいした話ではない。
藤沢さんのお母さんがテレビを見ていて、
「旦那一塁」とはどういうことだと聞いたという話であ
る。聞いているうちに、塁に出た旦那は二塁までいって
しまったというから、旦那はランナーで、お母さんはテ
レビで野球を見ていたのである。この話がなんだか可笑
しくて一人笑いをしてしまった。会社のスタッフが、事
務所に来るなり、電話もかけずメールもチェックせず本
を開いて一人笑いしているわたくしを妙な顔で見ていた。
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by kasuya_senji | 2007-06-14 13:34 | Comments(0)
男純情の・・
2007年6月13日

友人・O君と焼き鳥屋で飲みつつ焼き鳥つまみつつ、こ
れから、どういう歌を歌うべきか、どういう歌が歌われ
るべきか、どういう歌が聴きたいか、に論点を絞り夕飯
を食った。
この友人とは長のつき合いで、特にあらたまって話す話
題があるというものでもなくただ飯を一緒に食っている
にすぎないから、生ビールにまかせボンジリにまかせ焼
酎にまかせつくねにまかせ、いやー、この間かみさんが
こんなことを言うんだよ・・とか、そー云えばお前、あ
の歯医者がどーだとか言ってたけど、あれは治療の技術
のことをいってたのか? それとも看護婦のことをいっ
てたのか? と口をついてでてくる話をしながら飯を食
らえばいいのであるから、それはそれで問題はないのだ
が、話があっちへこっちへ飛びまくる傾向がありすぎて、
結局、後日思い出してみても、話のカケラ、話題の残骸
しか記憶にございませんという飯会になる。大人の会話
として、これではいかがなものかと論点を絞りこんで飯
を食ったというわけである。

その焼鳥屋でのいくつかの話の中に、男はつらいよ・フ
ーテンの寅の話がでた。シリーズ何作目であるか、タイ
トルはなんだったかは忘れてしまったけど、映画のヒロ
インは中原理恵で渡瀬恒彦がそのボーイフレンドという
役柄で物語は進行する。
寅は北海道のある町で中原理恵とであう。あかるい娘で
あるがどこか陰がある。寅は話し相手になっているうち
につい親身になる。中原理恵が寅に何も告げず姿を消す。
その後、東京に戻った寅を訪ねて中原理恵が柴又に来る。
「ネエチャン。東京に来ることがあったら葛飾柴又帝釈
 天のとらやと訪ねな。そこには気のいいおいちゃんと
 おばちゃんがいて、妹のさくらもいて何かと面倒を見
 てくれるよ」
と言い残すあのセリフを頼りにやってきたのである。寅
は上機嫌である。そのうちに中原理恵の悩みが恋の悩み
であることが知れる。その男を追いかけて東京に来たの
であった。寅は、彼女が可哀想だ分かれてやってくんな
と言うためにその男を訪ねる。たぶん男はつらいよシリ
ーズでこの場面だけだと記憶するが、寅は渡瀬に渡世者
の仁義を切るのである。社会の枠の中で生きられない法
外に住む者同士の啖呵のやりとりが展開される。寅も渡
瀬も一歩も引かない。緊張が高まり切ったところで、渡
瀬がすっと引く。その渡瀬の捨て台詞がこうである。
「オニイサン。見かけによらず純情なんですね」

だろう? 寅はもてない男だけど彼によって俺等が救わ
れるのは、寅が純情であるってことだろう。だから、男
の歌は純情であって欲しいんだよ。もてない男ももてる
男も、男から見れば純情であればなにもかも許せるじゃ
ないか。どーだ、そーいう歌が欲しいなァ。惚れたはれ
ただけじゃないだろう。焼酎もう1杯いくか? つくね
もう1本いくか? と、まことに話にまとまりのある飯
会になったのでございます。
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by kasuya_senji | 2007-06-13 17:56 | Comments(0)

 
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