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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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忘れ物功徳
200年10月29日

やっぱり忘れてきた。
出がけに奥から声がかかって○○を××してほしいと頼
まれた。朝9時半の新幹線に乗るのに、早く目が覚めた
から、大人の朝はこうでなくちゃいけないとコーヒーを
沸かしてヨーグルトを食べてフルーツなんか皮剥いちゃ
って余裕かまして飯食っていて気がつくと少し急がない
と危ない時間帯になっていた。玄関で靴を履いて、荷物
を持って本を片手にさあ出かけようとしたそのときに声
がかかったのだ。履いた靴の紐をほどいて(今履いたば
かりの靴を脱ぐのはなんとめんどくさいことか。森山良
子さんはコンサートのMCで、出かけようと靴を履いた
時に忘れ物に気がついた。あなたならどうします? と
いうのがあった。ステージで森山さんご本人が言ってお
られたことだからここに書いても問題ないと思われるが、
森山さんは、時として片方の靴だけ脱いでけんけんで取
りに行く事もあるがホントに急いでいるときは靴のまま
スリッパを履き忘れ物を取りに行くとやって会場の爆笑
をかっていた)で、履いた靴の紐をほどいて脱いで居間
にもどりテーブルの上にあるという○○を捜すが手間取
ってしまい、今度は大あわてで家を出た。
時間には間に合った。新幹線の座席に座り、そこで手に
何も持っていないことに気がつき、たしか本を?・・・
いや待てよ。カバンに入れた覚えはないけど入れたのか
もと確かめても本はなかった。持って行こうと思ってい
た本は玄関に置きっぱなしにしたようだ。
出発まで8分ほどあったからキオスクでなにか読める本
をと捜すうちに細木数子の××運命学などとくだらない
本に混じり小池滋著「余はいかにして鉄道愛好者となり
しか」という本を見つけた。鉄道に乗るときに鉄道関係
の本を読むのも、南フランスのちいさなホテルのバーで
ペルノーの水割りを飲むのと似ててマッチングがよろし
いかもと勝手に解釈して本を買って席に戻ると同時にの
ぞみは出発した。鉄道ついでといってはナンだが、JR
東海の葛西相談役が書いた国鉄民営化についての本も買
った。マッチングが面白いというだけで買ったこの2冊
が、もの凄く面白かったのだ。葛西氏の本は分厚く紹介
するには膨大すぎるので、もう1冊の本を紹介したいと
思うが、ここにきて時間が無くなった。そろそろリハー
サルが始まる東京厚生年金会館に急がねばならない。今
夜は布袋のコンサートである。ちょうど時間となりまし
た。この続きはまた。
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by kasuya_senji | 2007-10-29 16:08 | Comments(3)
生命維持装置
2007年10月17日

安倍ちゃんがよォ。いきなり辞めちゃって、であの人は
まだ入院してんのかァ? 

入院は終わったサ。退院して家にいるんじゃないサ。毎
日国会中継見てるんじゃないサ。あれ? もしかして国
会見てるとつらいからって大リーグ中継見てるかもサ。
ワタシ松井ファンだけど、別の松井が勝ち上がったサ。
ロッキーズの松井サ。ヤンキースの松井は膝痛かかえて
つらそうだったサ。でもサ。でもサ。安倍ちゃん時代の
教科書検定はつらかったサ。自決の件サ。県民が、何言
ってんだ! って、怒るのも無理ないサ。歴史を変えた
らいかんサ。あの人は柔な顔してて本音はタカ派サ。ワ
タシのような小鳥イジメて、どこがウツクシイ日本サ。
やめて良かったんじゃないサ。

おめえのどこが小鳥なんだ。でかくて真っ黒に日焼けし
ちゃってよゥ。気持ち以前より太ったんじゃねえかァ。
最近、ここらあたりじゃ顔見せないからどこかへ行って
んじゃねえかと思っていたけど、うまい工事にありつい
たんじゃねえのか。ええっ? 愛知県に行ってたとなァ。
なになに、西三河はトヨタ需要で景気がいいんだってェ?
うらやましい話じゃねえか。今日はおめえのオゴリだな。
ホッピーくんな源ちゃん。源ちゃんホッピーだよホッピ
ー。わかったかい? この店は早くから開いてありがた
いんだけどよゥ。客が混んでくるとわいわいがやがやと
五月蝿くってかなわねえなァ。注文してるのに聞こえね
えってんだからよ。まあ、それはともかくよゥ。安倍ち
ゃんが勝ち馬に乗りたいセンセイ方に担がれる御輿に乗
ってよゥ、ワショイワッショイで首相官邸に乗り込んだ
はいいけどよゥ、ありゃ、長くねえなって話したことが
昨日のようだぜ。ところで福田クンは苦労するんだろう
なァ。え? クン呼ばわりはねえってかァ。でもよう国
会じゃ答弁するときに「なになに君」って言ってるぜ。
国会のセンセイが言ってるんだから俺が言ったっていい
じゃねえか。国会のセンセイは俺たち庶民の模範だろ。
福田クンも言ってたぜ。悪いことしようと思ったら議員
なんかにはなりまっせん! てよゥ。笑っちゃったけど
なあの答弁には。

ところでなにかねえ自民党は。やっぱり参院選で逆転し
ちゃったから、今後のあれはたいへんなんだろうねえ。
三河地方も景気はいいと言うけれど、景気のいいのはト
ヨタ関連ばっかりで、昔の旅館なんかは皆あれになっち
ゃって、商店街もなにでねえ。秋には商店街が一致団結
して、音楽ストリートといって参加してる店があれをか
けるんだけどねえ。えーとえーとあれじゃないジャズだ
ジャズ。ジャズストリートと云って結構な人が集まるよ。
家康祭りよりずーと人出があるよ。まあ、それも一時で
ジャズが終わればまた元のなににもどっちゃうんだけど
ね。でも、けっこう若い人が中心になって頑張ってるよ。
そんな姿は自民党には見えないんだろうねえ。都会と地
方の格差の真っ直中にいる私にとって、あれだけはなん
とかして欲しいねえ。旅館がつぶれて着物代も取りそび
れてるからねえ。農地も買収されて建築資材置き場にな
っちゃうしねえ。

なんだかよくわかんねえ人が登場したねェ。あれになに
じゃわかりませーんよ着物屋さん。もしかしてあんたは
岡崎堂さんの同級生ですかァ?。

ここに登場してるのはカスヤにはナイショだからたのむ
よ。東京に来るんだったら必ず電話しろ!って云われて
んだけど、カスヤも忙しそうだし、まあ、それはそれで
いいことなんだけど、今月末には49日の法事もあって、
お寺の坊さんとなにかと打ち合わせがあるようで忙しそ
うだから今日はここに登場したことは言ってない。だか
らここでホッピー飲んでるのはナイショだよ。その坊さ
んのお経が長くてねえ。あのお寺のお経は長くてねえ。
浄土宗だから長くてねえ。ナンマンダブナンマンダブっ
て10回も20回も言ってねえ、30分で済むところを
1時間かけてやるから、カスヤもお経聞きながら座って
ると足が痺れまくって立ち上がれませーんって言ってた
なあ。あいつは飛んでるハエを追い払おうとして回し蹴
りくらわせたら自分の股関節バキッて痛めちゃって、正
座も胡座もかけないよって言ってたから長いお経はきっ
ついだろうねえ。なんで回し蹴りなんだって聞いたら、
俺はブルース・リーだって言ってたからカスヤもホント
に馬鹿だねえ。

馬鹿と言えばよゥ。共産党の票が馬鹿にならないんだっ
てよ。今の自民党はよゥ。全国の公明党票が生命維持装
置だっていうのは知ってるよな。全国各地の選挙区のよ
ゥ。公明党の票は平均3万票もあるんだけんどよゥ、3
万じゃ当選しないわ。でもって、かしこいセンセイがい
てよゥ、その3万票自民党に回してくれませんか、選挙
協力してくれませんか、選挙区で候補者のいないところ
では自民党にいれてくれまへんか、であれば政権連立し
て与党の政策に公明党の考え方を反映しますよって持ち
かけてよゥ。それが今の自公連立政権なわけよ。選挙協
力がないと自民単独では100議席ちょぼちょぼらしい
んよ。俺んとこの選挙区でもよゥ、公明党反対! って
いう自民党の議員がいてよゥ。公明党が怒って協力しな
かったからセンセイ見事に落っこちたよ。あわてて公明
党賛成!ってやって今はまた復活してるっちゅうわけよ。
ところが、共産党大会で志位さんがよゥ。共産党も凋落
にあるから、このままじゃいかん、確実に当選する人だ
けに候補者をしぼろう!って言ったから、次の総選挙は
またまたわからなくなってきたぞ。一気に喋ったからの
ど乾いた。ありゃ?ホッピーねえじゃねえか。おめえ俺
のホッピー飲んじまったかァ。飲んでねえってェ。じゃ
あしょうがねえ源ちゃんホッピーお代わりくんな! 
着物屋さんにもお代わりやってくんな! 

なんで? 共産党が候補を絞るとなにになるんですかあ。
共産党と自民党との関係はなにでそのなんですかあ?

そうサ。わたしにもサッパリわからんサ。共産党が候補
絞れば、また工事が復活するんサァ?

そうじゃねえよ。共産党も全国で候補者たてるから各区
で1万や2万は集めるさ。ところがそれじゃ当選しない。
で確実に当選する候補に絞って戦うことになると、候補
を立てない選挙区の野党票が浮くっちゅうことになり、
その票はどこに流れるかだ諸君。今まで野党側で票が分
散することが結果自民党に有利に働いてたんだから、逆
の意味で共産党票も自民党の生命維持装置であったんだ。
で今度はその票が仮に全部民主党に流れるとしたらよゥ、
前回の総選挙のデータを元に分析すればだ諸君。俺が分
析するんじゃねえよ、俺にはそんな芸当できねえからな、
新聞社が分析したらよゥ、ほしたらよう、驚くことに、
なんと! 驚くことに民主党が圧倒的過半数を獲得する
って結果が出たらしいんだよ。共産党が今度は民主党の
生命維持装置になるっちゅうわけよ。選挙はやってみな
きゃわかんないけどよう、最近、民主党が共産党にどん
どん近づいてよゥ、あなたのご意見も繁栄させますよっ
てやってるって言うんだから、一気にわからなくなって
きたぞ。しかし、小沢と共産党が組めるもんかねえ。政
治の世界は魑魅魍魎。一寸先は闇でござんすよおっかさ
んってな。

めずらしくまともなギロンになった下町の居酒屋での政
治談義は、源ちゃんの看板でーすのかけ声がかかるまで
続くことでしょう。
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by kasuya_senji | 2007-10-17 15:35 | Comments(0)
不思議
2007年10月16日

言葉の遊び? いや勉強です。
あなたならどう答えますか。

(A)
あなたが、新潟港へ行き、佐渡に渡ろうとしたが、船は
すでに出航していて、港の切符売り場でこう言われまし
た。
「船は1日おきに出航します」
さて、次の船はいつ出るのでしょう?
私は、こう答えます。明後日ですと。

(B)
あなたが病院へ行き、診療後に医者にこう言われました。
「この薬を1時間おきに飲んでください」
あなたは12時に薬を飲みました。さて、次は何時に飲
みますか?
私は、こう答えます。1時に飲みますと。

この「○○おきとはいつのことか」で、
私は(A)では、
ONCE A TWO DAYSと答え、
(B)では、
EACH ONE HOURと答えています。

これって不思議ですよねえ。日では2日に1回で、時間
では1時間毎と答えているからです。かといって深く考
えることはないでしょう。○○おきという言葉の使い方
が一定していないとでも考えればいいことですから。

でも、事故なのかと事件なのかでは、その結果に社会的
背景が大きく浮かび上がるから不思議です。この場合は
事故でしょうか事件でしょうか。
射撃の下手なお巡りさんが犯人を追いつめました。
「動くな!動くと撃つぞ!」と拳銃を手にしています。
その時、応援のパトカーのサイレンの音が聞こえてきま
した。その音に気をとられたお巡りさんがパトカーの到
着を確認するために一瞬目をそらした隙に、犯人は逃亡
を計りました。
「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
叫んでも止まらぬ犯人にお巡りさんは威嚇射撃をしまし
たが、射撃が下手なお巡りさんは足を狙って撃ったにも
かかわらず弾は犯人の頭を撃ち抜いていました。犯人は
即死しました。
これは、お巡りさんの警告を無視したとは言え丸腰の犯
人を撃ち殺してしまった「事件」なのでしょうか。
それとも、警告を無視した犯人に対する射撃の下手なお
巡りさんの威嚇射撃がたまたま頭をぶち抜いてしまった
という事故なのでしょうか。
この場合の射撃が下手なお巡りさんというのは、赤塚フ
ジオの漫画にでてくるやたらに発砲する目玉がつながっ
たあのお巡りさんとでも考えてください。
さて、このお巡りさんの犯人殺しが事件としてクローズ
アップされるか事故として処理されるのか、非常に興味
があるところです。
テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」では確実
に事故として扱われます。この映画の描く国家統制権力
が極端に発達した未来では、全てが権力の元に管理され
ていて、人間の自由は法を遵守した場合に限られ守られ
ますが、法を犯した人間については国家権力の統制が適
応されますから、射撃が下手なゆえに威嚇射撃で頭をぶ
ち抜いてしまった目玉がつながっているお巡りさんは、
法を遵守しない悪人に対する職務中の事故で、仮にその
お巡りさんが2ヶ月の減給処分ですんでしまっても、遺
族も弁護士も抗弁することができません。そもそもこの
映画には弁護士すら登場しません。これって人間が目指
すより良い未来社会なんだろうかと、この映画を見る度
に考えてしまいます。

飲んでいるときの話だから、自分でもこの話には現実味
がないのだが、いつかこの射撃が下手なお巡りさんを主
役にして映画を作りたいものだ。この映画では国家権力
が犯す事件は確実に1階級も2階級も救済され事故扱い
となり、庶民の犯す事故は同情も情状酌量もなく国家統
制法によって1段階も2段階の厳しく事件として処分さ
れる不思議な社会が舞台である。
映画のタイトルは「不思議の国のポリス」と決めている。
テリー・ギリアムは「未来世紀」を描いたけど、私は未
来の話ではなく現代を舞台にするつもりだ。例えばこん
な話はどう考えるか。ある国では(日本です)車といえ
ば決まって白い車に乗りたがる。白い色が好きであれば
構わないけど、部長も課長も白い大衆車に乗っているか
ら真っ赤なスポーツカーなどは買えないと部長や課長に
倣って白い大衆車に乗っているサラリーマンが大勢いる。
どういう分けか家電製品は白と決まっていて、電気会社
では白物部門と呼ばれている。べつに電化製品なんて赤
でも青でもなんでも好きな色を買えばいいのに、みんな
が、どこの家庭でも、という理由で白物オンパレード。
まことに不思議な国です。車や電化製品の色なんて個人
の自由なのに。ところが、個人の自由については、車や
家電製品などそんなことはどーでもいいのだが、どーで
もよくない事がある。ある国では(日本です)個人の自
由を民主主義国家の国是としながら、自由な個人という
存在をむしろ嫌っているように思えることです。個人の
自由という思想と自由な個人という存在は表裏一体の関
係にあり、民主主義が目指す自由思想の完成型であるに
もかかわらず、この国は(日本です)個人の自由を謳い
ながら自由な個人を育てようとしていないという不思議
に満ちているのであります。ですから、「不思議の国の
ポリス」は現代の日本を舞台にしなければならないので
あります。

不思議といえば、ウヲルト・デズニー映画「オズの魔法
使い」で、ドロシーとブリキ君とライオン君とかかしさ
んが子犬のトトを連れて、カンザスに戻してください、
智恵をください、勇気を下さい、肉体をくださいとお願
いに訪ねる魔法使いオズの住むエメラルドタウンは、一
面に広がるケシ畑(アヘン)の中にあるという設定で、
子供映画のようで子供映画ではなく、童話のようでけっ
して童話的でもないという、不思議な映画であった。
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by kasuya_senji | 2007-10-16 18:47 | Comments(0)
ちょっとがっかり談志太田赤福ちょっと嬉しい103号
2007年10月12日

なんでも今週は新聞週間であるそうだ。
今朝の朝日新聞も16面、19面、20面、21面、2
2面、23面と6面をつかい新聞週間特集をしていた。
19面のカラーページは、「新聞のチカラ」と題された
立川談志師匠と爆笑問題の太田光の対談。この19面だ
けは全面ではなく下4分の1に假屋崎省吾が蘭から開発
した育毛剤・蘭夢の広告となっていて、假屋崎氏が育毛
剤を手に妙なマダム顔で登場していたが、そんなことは
ともかく、談志と太田の対談がまったく話が噛み合って
なく、副題の「朝日新聞はとっつきにくいよ」も談志ん
の「朝日新聞という題字がとっつきにくい」と発言した
のを受けているに過ぎず、談志も太田も芯食った辛口の
発言もなく、特に太田の談志の落語の発展という運動を
評価し新聞も時代に合った展開をと述べるのだが、読ん
でいる私には単なるヨイショにしか思えなく、当の談志
もそれにはカンケーねえよ的に相手にせずと、新聞週間
特集と銘打った6面の中では力が抜けすぎてふにゃふに
ゃした記事内容だった。毒舌で知られるご両人の対談が
ふにゃふにゃしてるようじゃあイケマセンなあ。20面
の特集。北海道ミートホープの偽牛ミンチ事件をすっぱ
抜いた記者達のドキュメンタリーがすさまじい迫力があ
っただけに、好きな談志と太田の対談にはガッカリした。
そんな軽い対談やってると軽い人間と思われちゃうよ。

改ざんといえば、ミートホープに続いて今年は白い恋人
も賞味期限改ざんが発覚。一昔前、北海道拓殖銀行が倒
産して、北海道の経済が火が消えたように冷え込んだと
きでも、白い恋人の発売元の石屋製菓だけはますます社
運隆盛で、北海道経済を支える不動の4番バッターと言
われただけに、札幌フランチャイズの日ハムが、新庄、
小笠原という主軸を欠きながらパリーグを連覇したとは
いえ北海道も散々だなあ・・・
という思いも消えぬうちに、なんと、伊勢の名物「赤福」
も賞味期限の改ざんが発覚し製造停止に追い込まれてい
るというニュースが飛び込んできた。赤福は創業300
年という江戸時代から続く伊勢の老舗で、江戸時代のお
伊勢参りの流行で当時から日本中に知られた全国区の土
産。ほのかな甘味の漉し餡にくるまれた赤福は、甘みの
きつい小豆餡にくるまれた大福の田舎臭さに比べいかに
も上品で、京風で、お茶うけによろしおすなァという京
言葉がよく似合う和菓子である。
中部、関西地区の駅の売店、キオスクではどこでも山と
積まれ売られている。先日名古屋から東京に戻る時、家
になんぞ土産でもと思ったが、味噌煮込みうどんとか味
噌きしめんとか手羽先煮込みとか守口大根とかういろう
とかないろうとかのかわり映えしない物ばかりが店先に
並んでいて触手はちっとも動かない。だからといって赤
福を買ったわけではないのだが、きしめんや煮込みうど
んに比べると赤福は店先に積まれている量が圧倒的に多
いのだ。山と積まれて売られていると言ったのは比喩で
もなんでもなく本当に山積みなのである。その積まれ様
はシングルレコードであれば、200万枚大ヒット状態
である。最近の女性や子供の大好きな洋菓子でもない昔
からの和菓子が今だにそれほど売れるのかと興味を持っ
たので、キオスクのおばちゃんに、
「いったいどのくらい売れるの? 1日で」
と聞くと、駅のホームにあるこの店ではこの山が一日分
だけど、人通りの多い駅のコンコースにある売店ではこ
の山が1日で二回りも三廻りもしますよと自慢げであっ
た。
しかし、何度も何度も新聞紙上テレビなどで「食の安全」
が叫ばれようと経営理念の欠片もないメーカーのなんと
多いことか。ミートホープ社の偽牛などは、異臭のする
ほど傷んだ肉を二束三文で仕入れて殺菌処理をし、化学
調味料と大量投下し、牛肉らしくみせるために、豚の心
臓や家畜の血液を混ぜて赤みをつけるという念の入れよ
うで、食中毒菌が検出されても平然と学校給食へ出荷し
たというから、悪質の大魔王である。赤福は小豆の漉し
餡と餅米からつくるシンプルなものなので、そこまで悪
質とは思えないが、安藤広重の東海道五十三次をガイド
ブックにお伊勢参りした人々に愛され現代まで続いた赤
福の300年の信頼の裏切るこの事件は、この和菓子を
食ったのだろう東海道中膝栗毛の弥次喜多もびっくりし
ているに違いない。

びっくりしたと言えば、これも新聞記事だが、開高健の
「マジェスティックスのマーティーニ」で有名なサイゴ
ンのマジェスティック・ホテルが現存し、開高健の宿泊
していた103号室が今でもそのままで、勿論予約でき
ると書かれていて驚いた。このホテルはベトナム戦争時、
多くの作家やジャーナリストに愛されたホテルで、ロバ
ート・キャパや沢田教一、小田実もこのホテルの最上階
のテラスからサイゴン川を眺めた。北ベトナムの勝利に
よる戦争後、南資本のこのホテルは資本主義の象徴であ
るととっくの昔にホーチ・ミン将軍によって解体されて
しまったかと思っていた。
「マジェスティックスのマーティーニ」は開高が新聞に
書いた短編小説。そのころ開高はサントリーからウイス
キーの宣伝企画を頼まれていて、12人の世界的作家に
酒にまつわる短編小説を書いてもらい、それをサントリ
ーの広告として1ヶ月に1作品、1年間に12作品を新
聞に発表するという企画を企てたが、依頼した世界的作
家の原稿料は誰も彼も手が出ないほど高額だった。思案
の末、離婚したての作家に頼むことにした。なぜなら離
婚した作家は前の女房に財産をごっそり持って行かれ金
を欲しがっているからだ。12番目の作家が開高で
(開高は離婚してません)その短編が「マジェスティッ
クスのマーティーニ」。このホテルのバーテンダーがつ
くる世界一のマーティーニの話だった。ただし、ここで
それがどんな話であったかなどと野暮をするつもりはな
い。名作は自分で読んでください。ミャンマーは危ない
けれどベトナムはなかなか素敵な国だと聞く。開高作品
を旅の友にして、いつかこのホテルの103号室に泊ま
り、バーでマーティーニを注文することにしたいものだ。
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by kasuya_senji | 2007-10-12 14:31 | Comments(1)
田舎をドライブ
2007年10月11日

先日の3連休。土日は仕事でつぶれたがまるまる休めた
月曜日の朝。どの局か憶えていないがテレビで幸田町を
取りあげていた。幸田町は愛知県岡崎市と蒲郡市に挟ま
れた田園地帯で、岡崎のように徳川家康だ、岡崎城だ、
八丁味噌だという全国区の売り物がなく、全国区とはい
かないが蒲郡のように海だ温泉だ海水浴だ三河湾の海産
物だという売り物はなく、いたって地味なところ。行政
区は額田郡である。

郡という行政区の成立は古く、大化の改新まで遡らなけ
ればならない。中大兄皇子と藤原鎌足が設定した制度で、
今の日本に当時の行政制度が残っているのは郡しかない
んじゃないかと思うが、むしろそんな古代の制度が残っ
ていることに驚く。
都道府県には都知事、県知事、府知事、道知事がいて、
議会も都議会、県議会、府議会、道議会がある。その下
に、区長区議会、市長市議会があって、それぞれ都会議
員や県会議員、市会議員がいるが、郡には郡長はいなく
郡議会もなくしたがって郡会議員もいない。では、郡は
どの機関によって行政されているかというと、県庁が直
接統治しているのである。額田郡には愛知県庁額田支部
があって、岡崎市で云うところの市役所の役割をはたし
ている。岡崎とちがうところは、岡崎では町内会長さん
は行政の一員ではなく地元の自治会のとりまとめ役、商
店街の世話役にしかすぎないが、幸田町では、あたかも
市会議員のように町会議員がいて町長さんがいるのであ
る。もちろん統一地方選挙で選ばれる。隣の饅頭屋の誰
々さんが今度町長になったそうだ。というあたりは、そ
ーだ村の村長さんが饅頭食って死んだそーだという子供
の地口言葉遊びのように牧歌的である。幸田町は田園地
帯だから雰囲気は牧歌的でいいのであるが、幸田町には
田や畑以外の市街地がすくなく、地面がおおいにあまっ
ていたから、町長さんがどーですか幸田町は地代家賃が
安くしかもおおきく敷地がとれますよとセッセと働きか
けたことだろう。結果、大会社の製造工場などが進出し、
その企業に従事する人々で人口も増え、今や、税収など
も増えに増え、幸田町は豊かになり、おいしい店もどん
どん登場して、テレビで紹介されるほどの店も出現し、
番組となり、東京の自宅で朝ゆっくりと起き、薄ボンヤ
リとテレビを見ている私もその店を知ることになった次
第であります。

取りあげていた店は、名は忘れたが(薄ボンヤリ見てい
たからです)うどん屋。黒うどんというのだそうだ。な
ぜ黒いのかは、讃岐から取り寄せたうどん粉に八丁味噌
を練り混むからで、コシがあって味噌という天然ものの
調味料が入っていて、まっこと美味いそうである。次回
岡崎に帰ったときは、あの辺りの道に精通している呉服
屋のYを船頭に食いにいきたいものだ。
次は、ダーシェンカというパンやさん。オーナー職人は
元高校の先生。30代半ばで大病をし教師を続けること
は諦めざるを得なかったが、その闘病生活時に添加物の
一切入っていない食べ物の大切さを知り、病を克服して
後、パン職人として人生を再スタートをした。釜で焼く
パンで、釜から立ち上る煙が人様に迷惑とならないよう
にと町から離れた畑のど真ん中に店があるが、美味い美
味いと評判で休日には、なんと、大阪や京都や静岡の他
府県からも買い求める客で行列ができているそうである。
おふくろは朝はパンにコーヒーだからうまいパンを食わ
せてやりたい。
次に紹介された店は饅頭屋。地元で撮れるなんとか柿
(薄ボンヤリ見ていたから柿の種類までは憶えていない。
Yに聞いても、そうそうあの柿ね。なんとかといったが
なァと云うに決まってるから聞かないが)その柿から作
る筆柿という和菓子。柿の実以外使ってないこの和菓子
はほくほくとして自然の甘さがあるそうで、食ってみな
きゃわからなけどこれまた年寄りのおふくろに秋の味覚
いい土産になるだろう。
うどん食ってパン買って和菓子買って帰るドライブも田
舎に帰る楽しみのひとつとなってきた。のこのこと桑合
山越えて岡崎から幸田に入る山道で紅葉のかけらでも見
られれば言うこと無しでもある。
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by kasuya_senji | 2007-10-11 18:18 | Comments(3)
河豚・結婚
2007年10月10日

Kと飯を食った。
Kは年下で、ある時期、片やマネージャー片やディレク
ターでコンビを組み、二人三脚で仕事をしヒットを出し
てきたから、年齢の上下を越えて戦友とも言うべき間柄
であるが、会う約束をしないという間柄でもある。どー
だろか今日は空いてるか? とその日に誘い合うのであ
る。まあ、言ってみれば行き当たりばったりで誘い合う
のだが、会うべき用事があって会うのではなく、会う時
間があるかないかで会うのであるから、話題はつい四方
八方に飛ぶばかりだが、その中には真実もあり虚構もあ
り情熱もあり思いで話や隠れたエピソードもあり、そん
な会話を楽しむ間柄でもある。

Kと連れだって赤坂の河豚やに出かけた。シーズンが開
幕したのである。この河豚やは5月から9月の半ばまで
約4ヶ月間の長期休暇をとり店を休む。その代わり9月
半ばから4月までの7ヶ月半の間1日も休むことなく店
を開く。大いに働き大いに遊ぶというのがここの店主の
生き方なのである。遊びをせんと生まれけむを実践して
いるのである。
で、今年はどこへ出かけたの?
今年はアフリカへ行ってきました。
シーズン開幕直後はいつもこんな会話からはじまる。今
年はアフリカを切り上げてからは京都でさんざん遊んで
きたらしい。ここの亭主が考案した「塩刺し」は、薄造
りの河豚の身の上にこまかく刻まれた浅葱がのっていて、
それに小さくさいころに切ったアンコウの胆を乗せて、
亭主特性の塩をつけて食べるのであるが、河豚の身の甘
さが塩が効いていてポン酢でたべるよりも美味い。いつ
もはその後に唐揚げ、河豚鍋、雑炊と進むのだが、昨夜
はシーズンの開幕の口開けだから鍋には行かず、軽くト
ウトウミと三河を焙ってもらった。トウトウミというの
は、皮の内側の皮膜を湯通ししたもので、身皮(みかわ)
すなわち三河の隣は遠江(とうとうみ)の国という洒落
からきている呼び方。三河の名が出たので、亭主に三河
湾の河豚の事を聞くと面白いことを言っていた。その昔、
伊勢湾のあるところでトラ河豚の養殖をしていたが、そ
の養殖場の網が破れたことがあってどっと河豚が三河湾
へなだれ込み、今では三河湾はトラ河豚の宝庫になった
というのである。

河豚屋の隣にKの知り合いのアート・ディレクターが最
近開店したというバーがあって、Kに連れられてその店
に寄った。店内全体は白く、カウンターと酒棚だけに暖
色系が使われていて、それがアクセントとなっていて、
なるほどアート・ディレクターのモダンなセンスが光る
店であった。それほど大きくはないがDJが皿を回せる
ような音響装置があったので、DJはやらなくていいが、
何か音をかけて貰えないかと頼むとスライ&ザ・ファミ
リーストーンが流れ、店はたちまちリズム&ブルース・
バーになった。今度はジャズだと言うと、ビル・エバン
スでジャズ・バーとなる。演歌は置いてないが演歌をか
ければ店は演歌・バーになってしまうだろうから、音は
いらないや、ロンドンでもバーでは音はかかっていない
と音の仕事屋二人が音を拒否し、静に飲んだ。ただし、
話題は最近結婚したという先輩の話で、結婚という若き
日の過ちからとっとと逃げだし、あれだけ独身を謳歌し
ていたにもかかわらず、またまた人生の墓場生活をしよ
うと思わせたのはいったい誰なんだ。それとも責任をと
った形での結婚か? 相手は我々の知ってる人ですか?
いや本人が黙して語らんから、いっぺん問いつめて口を
割らせんといかんなあと心静かな話ではなかった。
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by kasuya_senji | 2007-10-10 15:06 | Comments(0)
メディア不用の時代が・・
2007年10月9日

今、1970年代80年代のアメリカ映画について書か
れた本を読んでいて、その本を読むとあの映画をまた観
たい、この映画は観ていないから是非観たいと観たい映
画が次から次と出てくる。自分が何者であるかを自分で
知る上で、いつか自分なりの映画ライブラリーを作りた
いと思っていたから、この際、この本を参考にDVDを
取りそろえることからライブラリー作りを始めてみよう
と思うが、しかし、DVDというメディアはいつまで続
くものだろうかとも考えてしまう。

かのリドリー・スコットの永遠の名作「ブレード・ラン
ナー」は手元に持っている。持っているが、持っている
メディアはレーザー・ディスクで、最新のオーディオ・
ビジュアル機器でまとめている我が視聴覚機ではレーザ
ー・ディスクプレーヤーはとっくの昔に廃棄処分になっ
ているから、観られないのである。VTRからレーザー・
デスクに代わった時はそのデジタル映像の素晴らしさに
驚いたものだった。持っていたVTR作品をどんどん処
分し、レーザー・ディスクに買い換えたが、今やそのレ
ーザー・ディスクもメディアとして無用の長物となって
いる。オーディオ・ビジュアル機器・メディアで世界を
引っぱっている日本のパナソニックやソニーは次世代D
VDの開発と普及にやっきになって競争していて、この
分野から撤退することはよもやないだろうから、自分な
り映画ライブラリーをDVDで揃える事で問題は無いと
も思えるが、ひょっとしたらDVDというメディア自体
が無くなってしまうかもしれないという可能性が有り得
るのが、一抹の不安でもある。
VTRもレーザー・ディスクもDVDもアナログであろ
うがディジタルであろうがあくまでも機器に対してのメ
ディアである。すでにテレビなどに内蔵されているハー
ド・ディスク方式では映像の再生にメディアを必要とし
ない。将来映画の版権を持つ映画会社からハード・ディ
スクに直接データを配信する方法で映画が売られるかも
しれないのである。映画ばかりではなくコンサート映像
もレコード会社からその方式で配信されるかもしれない。
メディア製造費がかからなく流通費も不要だとなれば、
少なくともその作品を買う値段は安くなるだろう。安く
なれば普及は加速度的に進む。そうなったら、70年代
映画はハード・ディスク1で、80年代映画はハード・
ディスク2で、布袋ライブは全部まとめてハード・ディ
スク3で観る時代がくるのではないかと思う。

テクノロジーの進化はビジネスに、物の販売から権利の
販売という革命的な変化をもたらすことだろう。あたら
しい作品を作り出す発想や情熱は時代を経てもまったく
変わらないが、これから映画や音楽業界などクリエイテ
ィブな世界に進もうとしている若い人たちには、ビジネ
スの根底が今とまったく変わっていくのであるとそのこ
とを十分理解して飛び込んできて欲しいと思う。
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by kasuya_senji | 2007-10-09 20:07 | Comments(1)
町の大将
2007年10月4日

東京駅発9時36分ひかり367に乗り西に向かってい
る。富士川の鉄橋を通過する。川幅は広いが水流は細く
幾筋にも別れその面積のほとんどが河原だった。空は薄
雲っていて右後方にあるはずの富士山は見えなかった。
富士川鉄橋を越えるとしばらく新幹線は東海道本線と並
走する。東海道本線の線路上を作業着の上にオレンジの
安全ベストを着た鉄道員がめいめい手に手に長い柄のハ
ンマーや鉄の棒を持ち、突っついたり叩いたり線路の点
検をしているのが車窓から見えたが、あっと言う間に通
り過ぎていき、景色はまた変わって行くのだが、目はた
だ移り変わる景色を追っているだけで頭はまったく違う
ことを考えていた。俺の田舎では、いい大人がおもしろ
可笑しく語ったり振るまったりすることを、みっともな
い、と良しとしないところがあるが、なんで大阪はちが
うんやろかと考えていたのである。

俺たちが子供のころは、メンコやビー玉の町内のチャン
ピオンは、2番手を連れて他所の町内のチャンピオンと
の対戦に出かけたものだった。その勝者は、今はどこど
こ町の誰々が1番強いなどと云われたヒーローで、その
ヒーローが自分の町内の兄ちゃんだったりすると、ちょ
っと自慢でもあった。ちなみにメンコやビー玉というの
は関東風の呼び方で、いわばその遊びの「標準語」だが、
田舎ではペッシャン、カッチンと言っていた。グラスホ
ッパーをバッタという言い方と同じである。
英語では、グラス(草)の上をホップする(ぴょんぴょ
ん飛びはねる)虫の生態をとらえてグラスホッパーと呼
ぶが、日本語では飛びはねるときにバタバタと鳴る羽音
でその虫をバッタと呼ぶというあの方式で、メンコを地
面にたたきつけるとペシャンと音がし、ビー玉がぶつか
りあうとカチンと音がするので、ペッシャン、カッチン
と呼んでいた。
ペッシャンやカッチンの大将も小学校までで、中学にな
るとたいがいは誰が一番喧嘩が強い大将かに変わり、こ
れも隣町の中学校やうんと離れた中学校まで出向いて誰
が強いか決めたろやないかと体育館の裏や学校の裏の山
で対戦が行われた。ペッシャンやカッチンの町内自慢ま
ではいかないが、ある時我が中学のS君が隣の中学のK
に負けたと聞いたときは、とても残念な気がしたものだ
った。まあ、こんな力自慢・喧嘩自慢などは高校までは
続くものだが、卒業するとそんなことはどーでもよくな
り、やっと恋に悩んだり人生に悩んだりと自我に目覚め
徐々に大人になっていくのであるが、大阪はそうではな
いようである。大阪でもペッシャンやカッチンや喧嘩自
慢は勿論あるが、それよりもヒーローはオモロイ奴で、
町内一や学校一のオモロイ奴はどんどん他所の町内や他
所の学校のオモロイ奴と対戦を繰り返すらしい。変わっ
とんなーと思うが、変わっているのはそのオモロイ奴自
慢が子供時分だけで終わらないところである。兄ちゃん
になっても父ちゃんになっても終わらない。ネエチャン
になってもオバチャンになっても終わらない。現に大阪
にはオモロイオバチャン軍団がいるではないか。タイガ
ースが優勝したりすると必ずテレビの街頭インタビュー
に登場するあの派手派手オバチャン軍団である。ピンク
のサテンのだぶだぶパンツにヒョウ柄のシャツを着てい
るあの人たちである。軍団と言ってももちろん正規の軍
ではないが、関西には一般にオモロイ奴崇拝という傾向
があるように見えるものの、あのオオサカオバチャンの
ような人々の固まりは神戸にはなく和歌山にも奈良にも
勿論京都にもなく大阪特有のものに見えるから、正規で
はないが大阪府立軍といっても言い過ぎではなかろうと
思う。だから街中が吉本興業予備軍であるようで、今テ
レビを席巻しているお笑いタレントさん達は、あたかも
私の田舎のペッシャンやカッチンの大将のように子供の
頃から近隣にその名の聞こえたオモロイ人たちであった
のだろう。日本全国普通は大人になるにつれ、おもしろ
可笑しく語ったり振るまったりすることを、みっともな
いとする風潮があるが、大阪だけはそうはならないのは、
きっとオモロイは人生を生きる上でとても大きな価値が
あるものと考えているのだろう。そう考えれば理解でき
る気もする。
では、大阪は何をもってみっともないとするのだろうか。
あれや・・・これや・・・思いつくまま考えるがなにも
思いあたらない・・・

「あんた。そんなどーでもよろしことグズグズゆうてる
 なんてミットモナイことしなさんな!」

と大阪オバチャン軍団にケツでも叩かれそうで、グズグ
ズゆうてたらあかんな。そらみっともないわなと目を車
窓にもどすと、なごやーなごやーと新幹線は名古屋駅に
滑り込んでいくところだった。
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by kasuya_senji | 2007-10-04 14:53 | Comments(0)
ちいさな旅
2007年10月3日

中国では10月1日から国慶節(国家成立記念日)の1
週間の長い休みに入った。テレビ朝日通りを通りかかっ
てみると中国大使館も休みのようで、普段なら掲げられ
ている五星紅旗も下ろされたままになっていた。北京の
入口君も境内君も琵琶さんも野田岩君もお銀もお休みで
ある。ゴールデンウイークを謳歌していることだろう。
だからといってこちらは関係ないのであって今日も仕事
をしている。

昨日は打ち合わせで世田谷区若林に行って来た。場所は
環7と淡島通りの交差点近くだから、目黒・世田谷・太
田区音痴のわたしにも分かりやすい場所だった。打ち合
わせが終わり、さて事務所に戻ろうかと環7にでてみる
と空車が1台も通らない。通らないばかりか時間帯は夕
方のラッシュアワーにぶつかっていて、環7は上下線と
も車が数珠繋ぎに大渋滞している。遅れるかもしれんな
あと事務所に電話をかけていると2人の客を乗せたタク
シーが目の前で停まった。これはラッキーと客が降りて
くるのを待つが2人ともお年寄りでさっさと降りるわけ
にはいかないようでモタモタと時間がかかった。以前で
あれば、すいませーんお早く願いますよと心の中で言う
ところだが、実家のおふくろも足を痛めて動きがいちい
ちもたついているから、お年寄りの緩慢な動作は相互身
である。大丈夫ですよー、時間がかかってもかまいませ
んよー、ゆっくり降りてくださいと構えて待っていると、
はたしてご老人はタクシーから降りたところでふらつい
た。アッ! 危ないですよ。大丈夫ですかと身体を支え
た。タクシーの中のもう一人のご老人は、親切にどーも
と私に声をかけおわるとタクシーの運転手さんに、では
行ってくださいと言うとドアがばたんと閉まりタクシー
は発車した。一人が降りただけだった。
しばらく空車を待ったが一向に来る気配がない。渋滞は
いつまでも続いている。では、タクシーで帰るのは諦め、
東急世田谷線の若林から電車で帰ることにした。長い間
東京で住み暮らしているが東急世田谷線は初体験である。
駅に行くと切符を売っていない。乗車は一番前の入り口
か一番後ろの入り口から乗ってくださいと案内にあって、
電車の前と後ろの入り口に都バスに乗るときのように現
金をいれる口があり、そこに電車賃を放り込むようにな
っていたのだが、その時は知らなかった。乗り込むとす
ぐ発車し、すぐ停まった。太子堂の駅だった。また電車
はすぐ発車し、またすぐ停まった駅が終点の三軒茶屋だ
った。ぞろぞろと降りる人に交じって駅を出たが改札口
などない。200円か300円かいくらだったか知らな
いが、薩摩の守忠則をやってしまった。大学時代は誰も
彼も金が無くて、ドコドコ駅から電車に乗って、メンド
クサイが途中でナニナニ線に乗り換えていくと、どれも
無人駅だからただ乗りできるぞなどという情報が重宝さ
れて、その情報をもっている奴のことを薩摩の守などと
呼んでいたものだが、あいつは今どうしているかなあと
思いながら三軒茶屋の駅を降りると、駅のまえのを走っ
ている道の方向がわからない。陽が暮れて暗くなってい
るから太陽の位置で知る東西南北がわからない。渋谷に
行くのに右へ行けばいいのか左へ行けばいいのかわから
ない。夕暮れ時に見ず知らずの街にひとりでポツンと残
されたような不安感も覚えていた。
商店街の花屋で渋谷方面は? と聞くと働かせた勘とは
反対方向を示してくれた。道を渡るとすぐ黒い車が赤信
号で停まったが手を上げている私を見おとしているよう
だ。後部のウインドウをコンコンとノックし、渋谷まで
お願いしますと言うと、パワーウインドウがすーとあき、
タクシーじゃありませんよと言われ、よく見ると赤い空
車マークも屋根のぼんぼりもなにもついてないただの普
通車だった。車の間違いというと香港を思い出す。
レコード会社のマサYと音楽団体のUと通訳のKと私の
4人で音楽祭が開かれた香港を訪れた折り、香港島の有
名なお寺にお参りした。私は純粋に仕事の成功祈願をし
たのだが、マサYとUは不順にも競馬の必勝祈願をした。
寒い時期で4人とも揃いも揃って黒いロングコートにサ
ングラスをかけていた。私などは革のロングコートだっ
た。貸し切った黒いベンツの運転手が、寺の門の前は駐
車禁止で、ここでは待てませんからお参りがすんだらす
こし離れた先で駐車していますといわれたとおり100
メートルほど行った先に黒いそのベンツは停まっていた。
あいにくなことにその貸し切った車はスモークウインド
ウであったから外からはよく見えなかったが中には運転
手がいて、たしかに我々の車だった。いや。おなじ車だ
ったので我々の貸し切った車だと思った。ドアを開けよ
うとするとロックがかかっていて開かない。
おーい早く開けてくれよゥ。
戻ってきたんだよー。
外は結構寒いんだよゥ。
暖房聞かせて温々と寝てるんじゃないぞー!
4人でドアをドンドンと叩くがドアは開かない。すこし
力を入れてまたドンドンと叩いたが開けてくれない。顔
を窓にくっつけ中を覗くと女性が運転席に座っていて怯
えたような顔こちらを見た。そこでやっと車を間違えた
ことに気がつき謝罪してその場を離れたが、まあ、もう
すこし気がつくのが遅ければ、クラクションをプープー
鳴らされ、その音で駆けつけた警察のご厄介になってい
たのだろう。車の中の女性にしてみれば、突然黒コート
黒いスーツにサングラスの男4人に車を囲まれ、ドアを
ドンドンと叩かれ開けろ! と怒鳴られているようにし
か感じなかっただろうから、そのおびえは尋常なもので
はなく気の毒としか言いようがない。特にプロレスラー
まがいの巨体のマサYとUが与えた恐怖はただならぬも
のであっただろう。
しかし、タクシーと乗用車を間違えるなんていったいど
うかしちゃってるよ俺は。数十年もの長い間、コンサー
トで日本中を旅し、見知らぬ街の見知らぬ飯屋のオヤジ
に、もう看板ですよと断られるのに、この時間やってい
る店はここしかありません、ライブが終わってアーティ
ストもスタッフも腹すかし切ってます、なんとかあと1
時間だけでいいですから店を開けてくださいと頼みこみ、
結局朝まで飲めや歌えやのドンチャン騒ぎをやらかし、
終いには店のオヤジに、いつか売れたらまたこの店の事
を思いだし飯食いに来てくれよな、がんばれよ、とまで
言わせた敏腕旅マネージャーの面影は、現代の三軒茶屋
ではどこにもなかった。

でも、テレビ番組ではないが、世田谷線のちいさな旅は
面白かった。阿川先生の「南蛮阿房列車」を読むと列車
の旅もいかにも楽しそうであったから、今度岡崎に帰る
ときは、車ではなく新幹線で行って見ようと思っている。
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by kasuya_senji | 2007-10-02 17:26 | Comments(0)

 
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