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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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閏年2月29日
2008年2月29日

閏年というのは全世界共通なんだろうね。
でなきゃおかしくなるよなあ。日本じゃ2月29日だけ
どイギリスじゃ3月1日なんて、あり得ないからねえ。
これは誰がそうすると決めたんだろう。
ローマ条約かな。
違うね。ローマ条約は著作権に関する条約だから。
ヤルタ会談かな。
違うね。これは第2次世界大戦終了後の日本に関して、
アメリカ・ルーズベルト、イギリス・チャーチル、ソ連・
スターリンの間で結ばれた秘密協定だから。この会談は
ずいぶんモメたらしいけど。それはそれとして、閏年は、
誰が決めてどう採用されていったのか。

調べると随分古いものだった。
ローマ教皇・グレゴリオス13世が同年代を代表する学
者たちを招集して委員会をつくり、暦の研究をおこなわ
せ、1582年、グレゴリオ暦さ制定され、数百年をか
けて各国で採用され、現在にいたる。そこで、次の法則
に従って400年に97回の閏年が設けられた。

法則。
1−西暦が4で割り切れる年は閏年。
2−ただし。西暦年が100で割り切れる年は平年。
3−ただし。西暦年が400で割り切れる年は閏年。
であるらしい。

そうか、このグレゴリオ暦を採用して日本もイギリスも
アメリカも中国も今年が閏年で2月29日があるのだ。
でも、近似値とはいえ巷間言われるオリンピックの年が
閏年というわけではないようだ。
バカボンのパパに閏年は誰が決めたのですか?
と問えば、グレゴリオス13世が決めたのだとは言わず、
「国会でえらい人が決めたのだ」
と答えるだろう。そんな馬鹿な・・であるが、でもこの
答えは当たっていないようで当たっている。
司馬遼太郎が若き新聞記者だった時代。NHKのラジオ
インタビューで岡本太郎がこう言っていたのを聴いたこ
とがあると司馬さんは書いていた。どう言ったのかとい
うと。

アナウンサー
「岡本さんは縄文式土器に随分興味をお持ちだというこ
 とですが」
岡本太郎
「あれはワシが発見したのだ!」
アナウンサー
「え!? どこで発見したのですか?」
岡本太郎
「上野博物館で発見したのだ!」
アナウンサー
「そんな馬鹿な・・」

司馬さんはこのインタビューをこう解説する。
縄文式土器は確かに考古学者によって発見され上野国立
博物館に展示されているものだが、縄文式土器の美を発
見したのは岡本太郎だから、いちがいに間違っていると
は言えないのだろう、と。

グレゴリオス13世が設定したといっても、日本で明治
時代に採用されたのは、貴族院などの国会で決めたのだ
から、バカボンのパパも、
「国際条約は各国の批准により成立する」
ということを言っているわけで、国際条約の成立のあり
方を正確に表しているのだから、それでいいのだ。

で、得した1日はどうであったか。
かみさんが昨年医者にかかり、たまたま今日が定期検診
の日であったから、忠実なアッシー君(俺のことだ)は
医者まで同行した。
その医者は産婦人科の医者で、かみさんは予約時間をか
なり待たされた。カスヤさんどーぞと呼ばれかみさんが
部屋にはいると医者は開口一番こう言ったという。
「すいません。お待たせして。いえいえ今朝方私の患者
 さんが急に産気づいて出産に立ち会っていましたから
 遅れてしまったんです。でも玉のような元気な女の子
 でしたよ」
かみさんは呼ばれるまでは、ずいぶん待たせるのねえと
言っていたが、診察室から出てきたときは、ナンカとて
も嬉しそうな顔をしていた。話を聞いて私も、今日はい
い日だねと答えた。


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by kasuya_senji | 2008-02-29 18:48 | Comments(1)
閏日
2008年2月28日

今年は4年に一度の閏年で2月は29日までありあと1
日ある。子供の時は4年に1度の閏年の2月の29日は
ナンカ1日得したような特別な日だった様な気がするが、
今は得した気分になれる日かどうかよくわからない。
得したような気分というのは他にもあって、天気雨が降
った日はそんな気分だった。明るく陽が射しているのに
細かい雨が降る。非日常的なそんな天気に遭遇したこと
で、理由もなく躁状態になったものだった。
ちなみに大人は雨は嫌いではない。忍んで会う恋には雨
がよく似合うのだ。でも情事に「そんなの関係ねーのオ
ッパッピー」の子供には雨が持つ叙情性は理解しがたく、
だって外で遊べないじゃーんと大抵雨が嫌いである。勿
論私も子供時代は叙情性に無関係なガキだった。にもか
かわらず天気雨では気分良くなったのだから不思議であ
る。母は天気雨のことを「狐の嫁入り」と呼んでいたよ
うな記憶があるが、あれはどういう意味だったんだろう。

それはともかく、暦の閏といえば、昔、江戸時代の暦に
ついて調べたことがある。旧暦の正月はたしか新暦の正
月明けであったようなことを子供のころ祖母さんから聞
いたことがあったと記憶しているし、今でも中国の正月
やハワイの太陰暦の正月も2月の初旬だから、旧暦は単
純に一月遅れくらいなんだろうと勝手に思いこんでいた。
時代小説で、
「師走の風の冷たさが身に染みる吉蔵であった」
などと書いてあると、ははーん、吉蔵が歩いているのは
今で言う1月の末のころかなどと読んでいたのだが、或
る時、そうはいっても立春とか立秋とかは今の暦で言え
ば、まだ冬であったり夏であったりとすこし早いような
気がする。旧暦と歳時記の関係は正確にはいったいどう
いうものであったのかと気になって調べたところ、新暦
と旧暦が適当に1月程のズレという単純なものではなか
った。
江戸時代の暦は太陰暦。地球が約365日をかけて太陽
の回りの軌道を一周することを暦の基本としていなく2
8日周期で満ち欠けする月を暦の基本としていた。単純
に28日を1ヶ月とすると×12=336日で、365
日の太陽暦とは29日のズレがでる。約一ヶ月のズレだ。
それをそのまま放っておくと8年後には真冬なのに8月
となり正月は真夏になってしまうから、4年に1度閏日
を追加するなどという微調整ではなく、気候や季節の動
きに合わせ幕府天文方によって閏月がやたら採用された。
(8月が終わると閏8月がくっつくというようにだ)。
藤沢周平さんの小説には、こういった閏8月などという
表現はあまり登場しないのだが、佐藤雅美さんの時代小
説は司法制度に基づく物語がおおいので、
「川崎平間村百姓権次の訴えによれば、安政元年閏十月
 五日未明、云々・・・」
と、時に登場する。
だが、江戸時代の暦を正確に調べ上げるには、ひょっと
したら真剣に勉強しなければならないかもな・・・
閏8月もあれば閏10月もあって、約1ヶ月のズレなの
にナンダカ年ごとに別の閏月が設けられていて一定の法
則があるのかどうかもわからない・・・
随分面倒だな・・・・
とお得意の中途半端にしたままになっているが、江戸時
代もきっと毎年暮れになると高嶋易団の来年のカレンダ
ー&アンタの運勢のようなものが出回り、ひとびとはそ
れを買って、今年は3月が終わると閏3月があると知っ
て暮らしていたのじゃなかろうか。と考えればわかりや
すいが、裏店に住む熊さん八つぁんやお虎ばあさんはい
ちいち買っていなかったろう。きっと横町の大家んちで
も行って教えてもらっていたんだろうかも。
でも、テレビや映画の時代劇で武士の家でも町人の家で
も職人の家でも百姓の家でもカレンダーもどきが貼って
あるという画を見たことがないなあ。忠臣蔵でも大石内
蔵助が
「各々方。討ち入りの日はこの日でござる」
とカレンダーを示し、その日が赤く○で囲ってあるなど
というシーンもありえないなあ。
だからといってこの時代こういうカレンダーもどきがな
かったということにはならないだろう。NHKの大河ド
ラマ・「利家とまつ」で、まつを演じた女優のトイレに
入っているシーンがなかったからと言ってあの時代便所
がなかったとは言えないからである。まあ、女優のトイ
レなどと言った下話はさておき、明日の閏日の1日はナ
ンカ得した・・・という気分の1日でありたいな。



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by kasuya_senji | 2008-02-28 18:15 | Comments(1)
古道具と焼酎
2008年2月27日

事務所の机の上に焼酎の一升瓶がデンと鎮座している。
これはOが持ってきた物である。

中学の同級生のOと(彼の場合は歌手アーティストであ
るから”売れてナンボ”的な側面もあり、たとえこのよ
うな人気無しブログであっても名が出れば間接的なPR
にもなるのだろうから、個人情報を庇護する目的の匿名
希望者のようにOとかKとかのイニシャルで書かず実名
で登場させた方がいいのかなあ。とは思ったが、この話
は彼の音楽活動に関したものではなく、あくまでも中学
の同級生同士の個人的なものだからOとしておこう)、
そのOとおなじく中学の同級生の呉服屋のYと3人で岡
崎で飯を食った。
私は実家に用事があって岡崎にいた。
Oはその前日、愛知県の安城市で行われた伊勢正三・太
田裕美・大野真澄(実名がでたが、この場合は音楽活動
だから名を出してもいいだろう)の仲良し3人組”なご
みーず”のコンサートに出演していて翌日は休みだと言
うから、正月以来じゃないかと呉服屋のYを誘い合わせ
て岡崎で3人で飯を食ったのである。ちなみにこのユニ
ット名の”なごみーず”とは、お客さんに和んでいただ
きたいとういう思いから名づけられたのだろうが、セン
スがいかにもフォークソンググループ的で、笑える。


呉服屋のYは仕事が休みの日は暇を持てあましているか
らアッシー君を買ってでてくれ、私につきあって岡崎の
古道具屋のはしごに同行してくれた。東京・青山の骨董
通りをぶらついていて、通りから1本入った路地奥にあ
る道具屋で大正時代の長火鉢を見つけた。ふるい道具だ
が手が入れられているとてもきれいな長火鉢で、ガラス
の天板をかぶせればテーブルとして使えるだろうなと思
ったが、もし岡崎の道具屋に同じようなものがあればも
っと安く買えるかもしれない、岡崎に帰ったついでに回
りたいので調べてもらえないかとYにお願いし、道具屋
巡りをしたのである。Yは、古道具や骨董は値があって
ないものだから決して欲しそうな顔をするなよ。1万円
で買える物があっという間に2万になったり3万になっ
たりするからなとご忠告をくれたが、生憎というか、そ
んな展開にはならなかった。
1軒目の道具屋は古道具屋という呼び方がぴったりの大
きな倉庫のような店に所狭しと埃を被ったままの古道具
が並べられていた。長火鉢を使ったテーブルは、ガラス
天板がはみ出さずピッタリと火鉢の大きさにおさまるよ
うにしたい。大阪火鉢と呼ばれる正方形の大きめのもの
があればと狙っていたのだが、生憎その店の在庫は長方
形のものばかりで、しかも、どこかの古民家が建て壊さ
れたときにもらい受けてきたまま倉庫に積み上げられっ
ぱなしになっているといったあり様で美しくなかった。
ダストアレルギー持ちならクシャミと咳が止まらなかっ
たことだろう。

2軒目は火鉢のことなら当店へ。といううたい文句に違
って火鉢はひとつも置いてなかった。主に訊いてみると、
以前は外人さんが加工してテーブルに使うといって需要
もあったのだが、
「最近はそのブームも静まりかえっていてとんと出回り
 ませんなあ・・・。え? 電話帳にある火鉢専門店と
 いううたい文句ですか? いちいち文面を変えるもの
 面倒ですからそのままにですわ・・」
と言っていた。この店主はきれいに髪をなでつけ着てい
る服も洒落ていて、古道具屋というよりも骨董商のよう
であった。店は開けているが客が訪ねてくることはほと
んどなく、客はたいがいは同業者で、あれあるかい? 
と商品が仲間内で流通しているばかりで、この商売も行
く末はねえ・・・と淋しそうにつぶやく。

3軒目はそれなりの大きな店だったが、入り口に「土曜
日のみの営業」と貼り紙がでていた。店なのに土曜日だ
けの営業? それでやってけるんかいな? 不思議に思
ったからそのことを訊いてみると、主は普段は小学校で
用務員さんの仕事をしていて、古道具や骨董は奥さんの
趣味でやっていた店だったそうだが、先年奥さんを亡く
した。2年もすると自分は定年退職となるので、それか
ら本腰を入れて勉強して店仕事をしようかなと思ってる
んですわ、と今はそんなにやる気も時間もないような口
ぶりだった。
ですから、女房がナンデこんなもん仕入れてきてナンデ
こんな値段がついてるかワタシにはさっぱりわかりませ
んのですとも言っていたが、本当に古道具や骨董の値う
ちを知らないようだった。お客さん、この道具小箪笥の
ように見えますが、いったいなんでしょうか? と逆に
訊かれた家具の引き出しは蓋がかぶっていて、物を入れ
ようにも引き出しを全部引っぱりだして蓋を外さないと
使えないという奇妙なものだった。何か大事なものをし
まっておく為のものにも見えたが、鍵が掛かるようには
できていない。
「なんだろうこれは・・・?」
Yと顔を見合わせる。主の顔を見るが、
「ワタシに訊かれてもわかりませんからお訊ねしてるん
 です・・・」
と首をかしげるばかり。という不思議な道具屋であった。
古道具屋回りも成果がなかったが、それでもそのやる気
のない店で、ほんの小さな手あぶり火鉢を見つけたので、
これは香炉として使えるかもなとひとつ手に入れてきた。
大正時代の古道具で値は7000円だった。隣に置いて
あるそれより少し大きめの火鉢が7万円だったが、なん
でそんなに値段の差があるか・・・は主に聞いてもわか
りませんと言うに決まっていると聞かなかった。小さく
ても東京に持って帰るのは荷物になるから、今度車で引
き取りに来るまでYの家であずかってもらうことにした。

その夜。岡崎ニューグランド・ホテルのバーで待ち合わ
せたOがお好み焼きを食いたいというので、男3人で出
かける。二人連れの若いカップルや孫やオジイチャンを
まじえた家族連れに混じって、男3人でお好み焼きを食
う姿はいかにも珍妙な景色だった。先日Yと出かけた京
都の祇園の御茶屋さんでの出来事やOの引っ越し騒動の
顛末を肴にお好み焼きと芋焼酎が進んだ。
「侍士の門(さむらいのもんと読む)という焼酎知っと
 るか?」
とOが聞く。Oは昔は焼酎嫌いで、あんなもの酒じゃな
いと日本酒一本槍だった時代がある。その後、中野の行
きつけの日本酒専門酒場で、店の親父からOさん、
「あんた辛口の酒が好きというなら私が甘いものから順
 に辛いものを並べますのでいっぺん飲み比べてみては
 いかがですか」
と言われ、杯に注がれた5種類ほどの酒を順に飲み、
「やっぱり最後に飲んだやつが一番辛口だな。俺はこれ
 がいい」
と答えると親父は、
「それは焼酎ですよ。あんたは酒好きじゃなく焼酎好き
 かもしれんな」
と言われたことがあるらしい。
それがきっかけとなったのかどうかは知らないが、今で
は日本酒を口にすることはまず無く一本槍の焼酎党で、
それだけにかなり詳しい。
「森以蔵より美味いのか」
と訊くと美味いというから、たがいに秘蔵の「侍士の門」
と「森以蔵」を交換しようと話がまとまり、事務所の机
の上にOが持ってきた焼酎がデンと鎮座しているのであ
る。






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by kasuya_senji | 2008-02-27 15:34 | Comments(2)
赤い夕陽の渡り鳥
2008年2月25日

ローレンローレンローレンの主題歌でお馴染みのアメリ
カテレビドラマ「ローハイド」の準主役、クリントイー
スト・ウッドが、イタリア人映画監督のセルジオ・レオ
ーネと組んだ西部劇の第一弾は、「荒野の用心棒」。
第二弾が「夕陽のガンマン」で第三弾が「続夕陽のガン
マン」。若きテレビ俳優(イーストウッド)が映画スタ
ーとなった記念碑的な作品である。

かみさんの買い物につき合って、かみさんが買い物をし
ている間、同じビルにあるレコード店・新星堂に立ち寄
ると、
「期間限定、DVD2枚で2500円」
と棚に大きな貼り紙がしてあって、過去の名作物がずら
りと並べられていた。こりゃちょうどいい。夢中で映画
を観ていたあの頃の名作をもう一度買い揃えてみようじ
ゃなか、と思っていたところだった。
「エイリアン1,2,3」を買った。
「フレンチ・コネクション1,2」を買った。
「荒野の用心棒」は在庫がなかった。
「夕陽のガンマン1,2」を買った。
「明日に向かって走れ」「スティング」を買った。
以上9枚を手にしたが、2枚で2500円ですから9枚
目は正規の値段になりますがよろしいですかと言われ、
あらためて棚に戻りながめる。「駅馬車」などジョン・
フォードの西部劇名作シリーズもあったが、それじゃす
こし古すぎるかな・・・。古くてもいいが観ていない映
画はないかと捜すと、ビンセント・ミネリ監督、カーク・
ダグラス主演の「炎の人ゴッホ」というのを見つけた。
ビンセント・ミネリは、ライザ・ミネリのお父さんでは
なかったか。
映画の話とは変わるが、エリック・クラプトンwith
ロンドン・シンフォニーinロイヤル・アルバート・ホ
ールの公演を観に行った私達が宿泊したホテル、ザ・ゴ
アはロイヤルアルバート・ホールのすぐ隣にあり、ひと
部屋ごとに違うデザインになっていて、布袋が泊まった
部屋は「ヘミングウエイ」という名だったと思うが、私
の部屋は「ガーランド」という名前の部屋だった。この
部屋はジュディー・ガーランドのゆかりの品々で飾られ
ていたが、特筆すべきはベッドで、ジュディー・ガーラ
ンドが生前使用していたベッドがこのホテルによって競
り落とされ、備えつけられていた。ホテルのマネージャ
ーは、
「女優ジュディー・ガーランドと寝てください」
と首をすくめながら言った。そのベッドは随分床の高い
ベッドで、ベッドにはい上がるのに3段のちいさな階段
が備えつけられていて、天蓋に覆われているという代物
だった。そのベッドでジュディー・ガーランドが寝てい
た頃は、ビンセントとはとっくに別れた後のことなんだ
ろうが、ジュディー・ガーランドと寝た者同士かもな俺
とビンセントは、と「炎の人ゴッホ」を買って10枚と
した。

買ったもののなかなか腰を落ちつけて観る機会がなかっ
たが、やっと昨日「夕陽のガンマン」に手がついた。こ
の映画は、伝説の賞金稼ぎモーティマー大佐と無名(名
無し)の若き賞金稼ぎ(イーストウッド)の友情物語で
ある。モーティマー大佐は名無し(イーストウッド)を
ボーイと呼び、名無しはモーティマー大佐を尊敬を込め
てオールドマンと呼ぶ。
モーティマー大佐と大泥棒の親玉で指名手配犯であるイ
ンディオとの決闘という最後のクライマックスシーンで、
プルルプルル・・・と携帯が鳴った。
ありゃりゃりゃりゃ。今いいところなのに・・・
と電話に出ると、北京に旅立ったUからだった。
「もしもし、Uですゥ。昨日から北京に来ています。部
 屋に入って荷物を片付けて、今日は銀行口座の開設と
 中国国内用の携帯の契約をお銀さんに手伝ってもらっ
 てやっているところですゥ。いずれにしても無事つき
 ました」
「どうだろねえ。もう日本に帰りたくなったんじゃない
 かァ?」
「とんでもないですよ。新天地で身も心もバリバリです。
 日本にいるとナンカぬるま湯に浸かっている自分がい
 るような気もしますからねェ・・」
「ようし。その意気だ。次ぎに俺が行くときには何から
 何までアテンドできるくらいになっておけよ。怪人や
 入口君、お銀にもよろしくな」
「ハイ!がんばりますっ!」
Uは私の旧友の息子である。昨年Uの親父に、北京で始
める新プロジェクトに若くてやる気があって将来に強い
希望を持っている若者を紹介してくれないかと相談に行
ったとき、おもしろいのがいるぞと紹介されたのが彼の
息子だった。会ってみるとU親父の若かりしころにそっ
くりな無垢の青年だった。一目で気に入って是非という
ことになり、レコーディング・エンジニアーの仕事を一
段落させ、親父からの紹介だからと言ってもやはり親父
の了承を取りつけ、中国での就業ビザを取るなどの準備
をし、やっと北京に旅立ったのである。
「カスヤさんは今なにやってますか?」
夕陽のガンマン観てるんだとも言いにくい。
「うん・・君が無事でいるかどうか気にしてたところだ」
と答えると、
「ハハハハハハハ・・・」
そんなことじゃないでしょう? てな感じで大笑いして
いたが、そんな明るい感じが親父そっくりなのである。
先日U親父に、
「いよいよ預かることになった。一人前にして返すよ。
 いや。もう日本には帰ってこんかもしれんがなァ」
と言うと、U親父は電話の向こうで、
「ハハハハハハハハ・・・」
と大笑いしていたのである。

で、電話を切って「夕陽のガンマン」にもどると、悪漢
インディオは倒れ、正義は勝った。まあ、賞金稼ぎが正
義かどうかは知らんがね。
トンテロトンッテットーンとエンリオ・モリコーネのあ
の有名な主題曲が流れる中、伝説の賞金稼ぎモーティマ
ー大佐は馬に跨り夕陽の中を去ってゆく。それを見送る
若き無名のガンマン、クリントイーストウッド。そして
名無しのガンマン、イーストウッドもその場を反対方向
に去り、ジ・エンドとタイトルが出るが、奇妙なことに
モーティマー大佐は夕陽を浴びて去って行き、イースト
ウッドは晴天の真っ昼間の青空をバックに去っていくの
である。
それはそれとして、小林旭の日活映画「赤い夕陽の渡り
鳥」はモーティマー大佐のあの姿をモチーフにしている
んだろうな。もともとセルジオ・レオーネの「荒野の用
心棒」は黒沢明の「用心棒」が元になっていると言われ
るが、そのセルジオ&イーストウッドの作品がまた日本
に影響し、小林旭・渡り鳥シリーズを生んだかと思うと、
俺が過ごした子供時代は著作権にうるさくなかったノー
天気な時代だったもんなんだなあ・・・
と感慨深いものがあった。


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by kasuya_senji | 2008-02-25 15:54 | Comments(0)
ポリス
2008年2月22日

2月14日のバレンタインデー。
最近は義理もチョコもないのか!・・・
と嘆いていたわたしのところにチョコレートが届いてい
た。すこしだけ、でもなんだか心温まる思いのするチョ
コを食って、東京ドームのポリスを観に行った。

13日。14日の二日間の公演は売り切れていて観客動
員数10万人というとても大きいコンサートだった。
いやイベントだったと言い換えてもいいだろう。何しろ
スティング、アンディー・サマーズ、スチュアート・コ
ープランドの3人が本格的に一緒に演奏するのは23年
ぶりの出来事であり、これは革命的かつ注目すべきこと
であるとパンフレットにも書かれていたが、いやまった
くそのとおりだろう。
さらにパンフレットを読むと、このワールドツアーに向
けてリハーサルを行ったところは、イタリア・フィレン
ツェ。街から車で30分ほど行った海抜125メートル
の小高い丘にあるスティングのプライベート・スタジオ
だったらしい。しかし、リハーサル期間は3週間ほどと、
世界を股にかけたワールドツアーにしては思ったほど長
くはなかった。
ピンクフロイドの前回ツアーのリハーサルは半年間行わ
れたという。カナダの或る飛行場の格納庫を借り切って
のリハーサルだった。そして、最後の数週間はゲネプロ
に費やされ、その模様は映像収録され、1本の完成した
ビデオとなり、この映像に収録されているライブを2年
後の春よりロンドンを皮切りに全世界で何本行うとプロ
モーターに送りつけワールドツアーの発表をしたという
から、同業とはいえ俺と同じビジネスをしているとは思
えない巨大さであった。しかも、アメリカのフォーチュ
ーン誌によれば、その世界ツアーは、その年のエンター
テーメントビジネス部門のNO1に輝き、ピンクフロイ
ドが稼ぎ出した金額は480億にも上ったというから、
わたくしなどは、オヨビデナイ、オヨビデナイね。これ
まった失礼しましたーであろう。
まあ、ポリスはピンクフロイドのような演出・照明・
演奏が渾然一体となった芸術の極みを追求するステージ
を演るわけではなく、なおかつ新作物を演るわけではな
し、3週間のリハーサルで十分だったのだろう。バック
バンドもいないし、経済効率は非常に高そうである・・・

広い東京ドームで知っている人を探し出すのは不可能に
ちかいことだが、不思議なことにばったり出会うという
ことがままあるのである。巨人・阪神戦を観に行ったと
きは、音楽業界でも熱狂的な虎ファンで知られるN放送
局のS先輩とばったり出会った。その試合はこまかいこ
とは忘れたが、確か10対3くらいのスコアーの巨人の
完勝で、触らぬ神に祟りなしと挨拶もそこそこに退散し
たものだった。大リーグ、松井選手の所属するヤンキー
スとブルージェイズの東京ドームでの開幕ゲームでは友
人のBさんとばったり。Bさんは息子さんを連れてきて
いた。息子さんはファウルボールを取るためにグローブ
を持ってきていた。当方もメジャーリーグを観戦する子
供のようにグローブを持参しての観戦で、出会った瞬間、
互いに持っているグローブを見て大笑いしたのもだった。
ポリスでは、夢番地のZ氏とばったり。では終演後に飯
でも食いましょうと、Z氏とは今井美樹の姫路城ライブ
以来の食事会となった。イタ飯を食いながら聞いたとこ
ろによるとZ氏は、ポリスが解散する前の絶頂期のころ、
倉敷でポリスのコンサートを主催したことがあるという。
「ナンデ? 海外アーティスト専門会社ではない君のと
 ころがポリスのコンサートをすることができたんだ?」
「いや、どうしてもやりたかったから申し込んでやらせ
 てもらったんだがね。客は700人しか集まらなかっ
 たなあ」
「700人?! じゃあ大赤字だったんじゃなにのかィ」
「まあ、昔の話だから赤字のことはいいよ。でもスティ
 ングもアンディーもスチュワートもとても真面目な人
 たちで我が侭ひとつ言わないし、客が入ってなくても
 文句も言わなかったし、むしろ大都会だけでなくこう
 いった地方都市でライブがやれたことを凄くよろこん
 でくれたよ。あのころはギターのアンディーが間奏で
 ギターを弾きまくるのをスティングが嫌がっていて、
 レコード通りのフレーズしか弾いてなかったけど、今
 回はギター弾きまくっていたね。スティングも大人に
 なったみたいだね」
とZ氏ならではの感想であった。
Z氏の倅君がT大生で、武道館での入学式に親として参
加したが、日本最高学府のT大生の親が高卒というのは
俺だけでしたよ、とも言ってた。
Z氏は岡山の地方都市の工業高校卒で、
「だから俺は興業の仕事をしてるんだ」
の真面目な人柄で知られるZ氏の自虐ネタには大笑いし
たもんでございました。
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by kasuya_senji | 2008-02-22 14:44 | Comments(0)
春を感じる
2008年2月18日

自宅マンションのエレベーターでお隣の旦那と乗り合わ
せた。
「伊豆では桜が満開だそうですねえ」
と話しかけると、
「河津桜でしょう」
とおっしゃる。
「河津桜と言うんですか。なんでも熱海では桜が満開と
 聞きましたから熱海桜と言うのかと思ってましたが」
「さあて。わたしは熱海は知りませんねえ。河津に行っ
 たときに、ちょうどこの時期でしたか、立春は過ぎて、
 でも春分には間があるという頃でした、河津では桜が
 満開でした」
「ソメイヨシノとは違う種類でしょう? 東京で見る桜
 とちょっと違う形をしてると聞きましたが」
「そうでしょうねェ。でも東京はまだまだ寒いですね。
 では、失礼します」
とエレベーターを降りたところでわかれた。

つっこんで読んでいた「名画消失」は、会話の妙と美術
史に関してはおもしろすぎだったんだが、起承転結の結
が意外な展開で、すこし肝を抜かれたもののすこし不満
も残った。おまけに誤植も発見してしまった。ちょっと
褒めすぎたかもしれないと反省し、あたらしいミステリ
ーに挑戦するぞとS英社のN氏から奨められた本を買お
うと出かけようとしたところで、隣の旦那とエレベータ
ーでの桜の会話となったのである。
桜の話になったので少し寒いが早い春を感じてみようと、
駐車場からだした車のトップを下ろし、オープンにして
街を走った。
今はナイスなご婦人になったが、若い頃はそれは素敵な
リリーというシンガーがいた。木田高介さんというミュ
ージシャンが若くして亡くなって、その人にはレコーデ
ィングで随分お世話になったからお葬式に参列した。今
ではそうでもなくなったが、その当時は喪服など着慣れ
なく、なんだか七五三の子供が一張羅の服を着せられて
いるような着心地の悪さを感じながら焼香の列に並んで
いると、
バリバリバリ・・・・
と爆音が聞こえてきてハーレーダビッドソンに跨ったリ
リーが登場した。リリーはバイクを降りるとヘルメット
を脱いだ。長い黒髪がはらりとこぼれおちた。それから、
黒の皮のジャンプスーツを脱ぐと下には黒い喪服が隠さ
れていた。まるで映画の1シーンを観ているような光景
だった。そのリリーがバイクの良さについてこう語って
いた。
「誰よりも早く春を感じられるから」
そうでしょう。そうでありましょう。冷たい風の中に感
じる一足早い春。まさにこの季節でありましょう。私は
不幸にしてバイクを乗ることは覚えなかったけれど、ト
ップを下ろしてオープンで風を感じながら走ることはで
きる。
で、近所の書店を回ったがN氏のお薦めの本はなかった。
さすが俺んちの近くの本屋では今売れてる物しか置いて
ないのである。つまり、最新本はあるけれど欲しい本が
見つからないのである。北京の巨大ホームセンターはあ
らゆる物が集められ売られているが、欲しい物はひとつ
もない。それとは違うが欲しい物がないという点では、
同じようなものである。アマゾンで買えばいいや。長居
は無用と書店を出て隣のレコード屋に寄る。先日の武道
館のライブの打ち上げのパーティーで舞台役者のSさん
と映画や演劇における「トリック」について話し込んだ
のを思い出し、深作欽二の「蒲田行進曲」とジョージ・
ロイ・ヒルの「スティング」のDVDを買って助手席に
放り投げ、さて天気の良い日曜日。伊豆半島までは遠い
けど、このまま湯島まで飛ばして梅でも見に行くかと思
ったところに、飯と買い物につき合って欲しいと携帯が
鳴った。俺と一緒に飯を食いたいなんて、俺たちはとて
も仲のよい夫婦であるが、その実はアッシー君に過ぎな
い。アッシー君は一足早い春を感じたかったのだが・・・
Uターンして家に帰った。
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by kasuya_senji | 2008-02-18 21:00 | Comments(0)
糟谷文庫
2008年2月14日

「名画消失」について書いたら、やっぱりというかさす
がというか、S英社のN氏と我が俳句会の仲間の酔狂さ
んからすかさずメールが届いた。

N氏曰く。
ミステリーに足を突っ込むなら、一言かけてくだされば
良いのに。わたくしはここ数年の日本で出版されている
ミステリーの殆どを読んでいます。
ということで、糟谷さん向けに以下を推薦しますと、
○「ミノタウルス」佐藤亜紀(講談社)をイチオシ。
  ワイルド・バンチのロシア編と思ってください。
  善人が一人も出てまいりません。
○「虐殺教官」伊藤計劃(ハヤカワ)はブレード・ラン
  ナー好きの糟谷さんには見逃せませんぜ。近未来の
  地獄の黙示録であります。
以上2作品は、日本人が書いた感じは皆無です。とある。
またノンフィクションではと、
○「消えたカラバッジョ」ジャナサン・ハー(岩波書店)
  は、なんとカラバッジョがアイルランドのパブで発
  見されるお話しでございます。
○「あなたに不利な証拠として」ローリー・リン・ドラ
  モンド(ハヤカワポケミス)はなかなかです。未読
  でしたら是非。
と4冊を紹介してくれまして、最後に、以上余計なお世
話でした、とあるが、専門家(なにしろ彼は出版社に勤
め本を出す仕事をしているのだ)からの有難いアドバイ
ス。こんなお世話ならいくらでもしてくださいよNさん。
いずれにしても、しばらくはNさんを船頭にミステリー
の海に乗り出すことにしたい。

酔狂さん曰く。
サブプライム問題ですっかり疲れた頭を癒すために、イ
タリア旅行に行って来た甥っ子と食事をしたさい、叔父
貴の好きなカラバッジョをローマで撮ってきましたぜと、
「ロレータの聖母」の写真をみせてくれました。
数年前、庭園美術館でカラバッジョの絵画展があって、
その時に購入したカタログを眺め、カッコいいなあなん
て思っていたところ、あなたのブログに、もうひとりの
ミケランジェロ=カラバッジョのことが書かれてました。
そういえば、この本買おうと思ってそのままになってい
るのを思い出しました。僕も買おっと。

とありました。持つべき者はこういう友人達でありまし
ょう。それで、このふたりに勇気づけられた僕は目下の
懸案事項、計画中の隠れ家の糟谷ライブラリーに、監督
作品の時代と言われる1970〜80年代の映画のDV
Dをそろえることは決めていたが、糟谷文庫にどの本を
そろえるかについては、まずは、
司馬遼太郎の「街道をゆく」全48巻。
藤沢周平全集。
ヘミングウエイ全集。
開高健、井伏鱒二全作品。
をマストアイテムとしていたが、N氏のご指導をいただ
きミステリーを。酔狂さんの後鞭撻により画集+美術史
をその文庫の中心とするのも良さそうである。友人の綺
羅光先生のご機嫌を損ねるのもナンだな。凌辱エロ小説・
綺羅光全集も飾って置くことにもしたいと思うが、かみ
さんに何か言われそうだなァ。隠して置いておくのも余
計ヘンだしなあ・・・
今更、先生に文芸作品書けともいえないしなァ・・・
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by kasuya_senji | 2008-02-14 16:37 | Comments(0)
ロジャー・クレメンス
2008年2月13日

また妙な夢を見た。
高いところから下に飛び降りる遊びがありました。こど
もの頃は小学生の4年生くらいになると、どれだけ度胸
があるかなどを近所の兄ちゃんどもに試されるものでし
て、高ければ高いほど仲間として認められました。田ん
ぼの稲が刈り取られ山積みにされた藁の上めがけて、傍
に生えている大きな松から飛び降りる。とか。高い崖の
上から飛び降りる。とか。2級上の近所の悪ガキは小学
校の2階の窓から飛び降りて足を骨折したけれど、英雄
だったなあ。

見た夢はこうでありました。
藁でできた小さな家の屋根に飛び降りたところ、バウン
ドして地面に転がり落ち、くるっと一回転して起きあが
る(これはナニを意味してるんだろう)。で起きあがる
と会社の若いスタッフがいて、
「今日から日ハム・楽天のオープン戦がはじまります。
 これがパスです」
と渡されたパスは、布袋ツアーのパスだった。(ツア
ーが2月9日の武道館で終了した直後だからパスが登
場したんだろうと思う)。でスタッフに、
「このパスでスタジアムに入れるのか?」
と聞くと入れますというから野球場に行ってみたところ、
ダルビッシュと田中マー君がキャッチボールしていた。
田中マー君が、こんな素晴らしい球は見たことがないと
しきりに感心していた。野村監督は寒さしのぎに石油缶
で焚いたたたき火をつっついてた。
野球場を後にして家に帰ってくると近くの公園の野球グ
ランドで野球教室が行われていて、大リーガー、ヤンキ
ースのロジャー・クレメンス投手が高校生を教えていた。
(アメリカでは大統領予備選とならんでメジャーリーガ
ーのドーピング問題の公聴会に感心が集まっているから、
クレメンスの登場となったと思われる)。
見ているとクレメンスは熱心に教えている。あまりに熱
心で熱がこもりすぎて、うまくストライクが投げられな
いピッチャーを叱りつけたり、エラーした内野手を怒鳴
りつけたりしている。クレメンスと教室に参加した選手
との間に、なんか気まずい雰囲気が流れはじめてきた。
バックネット裏で見ていた外人の女性がどうやらクレメ
ンスの奥さんのようで、
「誰かロジャーをクールダウンさせてあげてくれない?」
と言っているが、誰もロジャーを止められない。
英語は喋れるかと聞かれたから、まあ一応ねと答えたら、
ロジャーと話してくれといわれ、現実ではあり得ないこ
とに、あの、憧れのロジャー・クレメンスとさしで話す
ことになった。かっか来ているロジャーはとりつくしま
がなかったが、こんな事を言っている。
ダメだ!
レベルが違う!
なにもかも違う!
話にならん!
あいつ等はメジャーリーガーになれん!
クレメンスさんよゥ。ここはAAAでもなくAAでもな
く、彼等はハイスクールボーイだよ。優しくしてやって
おくれよ。今ここですばらしく速い球を投げられなくと
も、あんたにがんばれよって声をかけられたら、それを
励みにいつかとてもいい投手になるかも知れんぜ。
などと、どう喋ったかはわからないが、とにかく英語で
話すとクレメンスは、そーだねえ、言われるとおりかも
しれんなとクールダウンしてくれた。
なんかとても良いことをしたような気がして気持ちよく
目が覚めたが、目が覚めてみると、喉が痛くてイガイガ
ガラガラ状態で完全に風邪にやられていた。
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by kasuya_senji | 2008-02-14 11:40 | Comments(0)
ミステリー
2007年2月12日

開高健編集の「雨の日の釣り師のために」は依然として
行方不明である。それを捜しながら本棚をながめると、
総じて推理物、ミステリー物といわれる本はあまり読ん
でいないことがわかる。推理小説物で読んだと言えるの
は探偵物で、それでも、ダシェール・ハメット、レイモ
ンド・チャンドラー、エド・マクベイン、ロバート・B・
パーカー、藤沢周平、佐藤雅美の捕り物帖くらいで、作
家を数え上げれば両の手ですんでしまう。
開高健は「オモロイもの」としてポルノ小説と推理小説
をあげていたが、本棚をながめる限り、どちらのジャン
ルも未開拓ゾーンといえる。
ポルノ小説といえば、私の大学の同級生に「日本最大に
して最高の凌辱作家」というもの凄い肩書きをもつ綺羅
光というベストセラー作家がいるが、彼と会って飯を食
って一杯飲む度に、
「新作を送ってもおもしろいとかつまらんとかの反応が
 ないのはいったいなんなんだ、読んでないんじゃない
 かァ」
などと小言を言われる始末であるが、
「日本一の富士の山、甲斐で見るより駿河いい」
であろう。
ポルノは置くとしても、ミステリー・推理物に新境地を
開くべしと、この10日11日の休日に書店をまわって
見知らぬ作家をあたって、いく冊かの本を買った。その
中の一冊にノア・チャーニイの「名画消失」という本が
あって、これがめちゃくちゃおもしろかった。
映画で言うところの予告編を書いておきます。

この物語は、
西洋美術最大の巨匠の一人、カラバッジョ。その代表的
な宗教画「受胎告知」が、サンタ・ジュリアナ協会から
何者かによって盗まれた。イタリア軍警察文化遺産保護
課の刑事アリオストは美術品犯罪捜査コンサルタントの
コフィンと共に事件の究明に乗り出す。
さらにパリの美術協会の地下金庫からも、ロシアの抽象
画家マレービッチの名画「白の上の白」が盗まれる。
そしてロンドンでも事件は起きた。盗まれたのはマレー
ビッチの同じ作品で「白の上の白」だが、こちらは贋作
の疑いのあるものだったが、クリスティーのオークショ
ンにかけられ、英国国立近代美術館が競り落とし、美術
館の保存修復室におさめた矢先のできごとだった。
アリオスト刑事、コフィン、スコットランドヤードのウ
ィケンデン警部の3人によってイタリア、フランス、イ
ギリスで進められる懸命な捜査。そして明かされる一連
の事件を結ぶ奇怪な陰謀。美術犯罪調査のエキスパート
が放つ、出色の絵画ミステリー。

でありまして、美術犯罪調査のエキスパートであるこの
ノア・チャーニイという作家は、
1979年、コネティカット州ニューヘブン生まれ。コ
ルビイ・カレッジで美術史と英米文学を専攻。夏期休暇
中はロンドンやボストンの競売会社クリスティーズで働
く。その後、ロンドンのコートルード美術研究所で17
世紀のローマ美術を学び、ケンブリッジ大学では16世
紀のフィレンツェ美術と図像学、および美術犯罪史を研
究した。また、スロベニアのリュブリャーナ大学で建築
史と犯罪史を学んでいる。さらに、ローマを拠点にした
美術犯罪調査機構を設立。したという、まあ勉強に研究
を重ねに重ねた末恐ろしき、1979年生まれというか
ら、なんと! 29歳の若き作家でありまして、本署は
こうした経験をもとに、美術と美術犯罪についての専門
知識を織り込んで描いた会心のミステリーである。

アメリカ人だからというわけではないだろうが、イタリ
ア人の刑事アリオストとコンサルタントのコフィンの会
話やウィケンデン警部との言葉のやり取りが、伝統的な
アメリカン・ハードボイルドタッチをちゃんと継承して
いて、美術研究家、美術犯罪研究家という専門知識だけ
ですばらしくおもしろい上に、作家として文体が小気味
いいのである。ドラクロッッシュという名のフランス美
術協会の女性研究員(きっといい女に違いない)に、ク
リスティーズで競売にかけられる絵は偽物だと、こんな
色っぽいことも言わせている。
「教えましょうか。あなたが競売にかけようとしている
 絵は、ここパリにあるのよ。今、ここの美術協会の地
 下の金庫室に保管されているわ。そうよ、私のお尻か
 ら三階下・・・」

この「名画消失」に比べれば、同時に買った「このミス
テリーが凄い!」の2007年の大賞に選ばれた日本人
の若い作家の作品(けなしてますから作家も作品も名を
上げることはしません)など、たまたま物がよく書ける
素人とも言うべきもので、彼岸(西洋)と此岸(日本)
のフィクションの歴史のおおいなる差に唖然としたもの
でございました。




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by kasuya_senji | 2008-02-12 17:42 | Comments(1)
国会中継
2008年2月8日

朝、用事があって車で出かけた。ラジオから衆議院予算
委員会の国会中継が流れてきた。こんなことを言ってい
た。
「あんたが今やっていることは、小泉前首相の提案して
 いた改革に逆行してるんじゃないかとしか思われない
 んだが・・・」
国会の質問の場で「あんた」などと閣僚に呼びかける人
がいるんだろうかと驚いたが、その声は耳馴染んだ声で、
質問者はきっとあの人だろうとさっしがついたが、あん
たと呼ばれた人はさて誰なんだろう。まさかあの人じゃ
ないだろうなと思ったとおり、はたして福田総理だった。
呼びかけた人は民主党のご意見番・黄門様こと渡部恒三。
政治にはさして興味はないのだが、例えば、空の安全を
確保するために羽田空港の整備に莫大な資金を必要とし
ている。空港公団はその資金をいかに確保するかがもっ
かの大テーマであるが、日本の空港の整備をするために
海外からの資金は規正しようという動きがあり、政府与
党自民党の国土交通委員会(たぶんこんな名前だったと
思うが)は紛糾しまくっている。国民から払われた税金
を使うのではなく、私企業のビジネス論理で運営するた
めに民営化をはかると数年前の国会で決めたのだから、
(羽田空港が海外資金で運営されていいものかどうかは
別の議論や感情があるとしても)民営化された私企業が、
空の安全の確保と利用客サービスのために企業論理と経
営哲学で判断すれば、マイクロソフトから資金を得よう
と東京電力から資金を得ようと政府が口を出すことでは
ないのではないか。そもそも民営化した時点でそのよう
なことが起こりうるのは想定内である。それなのにマー
ケットのグローバル化をめざした国会議決を無視し、ま
るで一昔も二昔も前にもどるかのごとく規制をかけよう
としている閣僚がいるのを見ると、こんな政党政治家共
のご都合主義に将来を任せていいものかと、さして政治
に興味がない私も無関心ではいられない。
それにしても渡部議員の質問はおもしろかった。
「ナンデ・・。昨年の参議院選挙で自民党が負けたのか。
 わかっていますよねェ。ナンデですか? 総理」
という質問に、福田君と議長に指名されでてきた首相が、
「わたくしどももあの選挙のあとで反省するところは反
 省し、国民の皆様にご理解を得るよう頑張っていると
 ころです」
と答えると、
「では、私が教えてあげましょう」
と自民党が地方の意見にまったく耳を貸さず地方の怒り
を買ったこと。わたくしの地元の福島の原子力発電所が
なければ、東京という都会に住む人々には電気も供給さ
れない。そういう地方を無視する自民党政治が国民から
そっぽをむかれたんですよと説明し、
「そうじゃないですか?」
と聞く。それに福田首相が、
「地方の大切さは我々政府も十分承知しております。東
 京に機能が集中するあまり、たとえば地震が起きたと
 きには経済と政治の機能がストップし、とてつもない
 事態を巻き起こすことは十分予想されます。地方に、
 例えば先生(渡部)の故郷である福島に遷都をという
 議論もおおいにやっていただかなくはなりません」
と持ち上げると、
「やっとやりやすくなってなってきたんじゃないの?」
とやって委員会に爆笑が起きた。
この人のふくすま訛りも人間味があるが、なんか最近は
いわゆる大物政治家という人がいなくなってきました。
世界的な傾向かもしれません。だいたい大物政治家とい
うと腹黒い人間と相場はきまっているのだが、だからと
いって、今の内閣を見て、こんな小物政治家の集合体で、
テロ・饑餓・新型感染病・地球温暖化・世界経済・宗教
敵対立が渦巻く現代世界の真っ直中にいる日本を仕切れ
るのだろうかと思ってしまうのは私だけではないだろう。
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by kasuya_senji | 2008-02-08 14:33 | Comments(0)

 
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