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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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風景
2008年6月30日

親父が亡くなって10ヶ月過ぎた。
49日もとうに過ぎ、そうして親父の思い出もすこしづ
つすこしづつ過去のものになっていくのだろうと思って
いたが、たしかに悲しみは遠のいたが、思い出は物理的
な死の瞬間からサスティーンのように永遠性を保ってい
る。

さて、親父の形見であるが、わたしは親父が気に入って
いた作務衣をもらった。これはまだ実家にあって手に入
れてないが、来月、岡崎の呉服屋のYと温泉宿で会うこ
とになっているので、Yに実家に立ち寄ってもってきて
もらうことにしている。作務衣は掃除をしたり山仕事を
する時の坊さんの作業着であるから汚れやすい。汚れれ
ば洗いやすいようにとたいがいは木綿でできているが、
この作務衣は絹でできていて着心地がたいへん良いと親
父は気に入っていたのである。
絹だから普段着にはもったいないとなかなか着なかった
が、着て見せてくれないかと頼むと、めんどくさいなあ
と言いながらもうれしそうに着ていたのを憶えている。
とてもよく似合っていた。

そして、もうひとつ。親父の残したカメラをもらった。
親父は多趣味の人で、書をやり詩吟をやり本を読み釣り
をやり旅行にでかけドライブをたのしんだが、どこに行
くにもカメラを持っていってパチリパチリと写真を撮っ
た。ただし、書にしても詩吟にしてもその手法はあまり
にも自分流で、よく言えば独創的であるが悪く言えば我
流で、なかなか高見を極めるところまでには達しなかっ
た。こう書いていて、この癖はわたしにもそっくり当て
はまるところがあるのが感じられ、たまに寒くなるが、
多趣味を受け継いだというところは感謝している。
そんな我流親父だからカメラも我流であった。戦争とい
う狂気の中にいる人間の生と死を撮ったロバート・キャ
パや、仏像の中の仏性を撮り続けた土門拳の世界にはな
く、あくまでも風景写真一辺倒で、あれじゃ観光地にい
る記念写真屋と変わらないじゃないかと生前からかった
ことがあるが、我が心の風景というものがあったのだろ
う。お前にはワカランのだよと記念写真家でありつづけ
た。
記念写真家も道具には凝っていて、ニコンの一眼レフや
ハッセルブラッドの二眼レフの名器を持っていた。これ
らはすべてアナログカメラで、デジタルカメラなどはあ
んなものはカメラじゃないと見向きもしなかった。
その点では、キャパや土門さんと同種類の人間であった
といえるかもしれない。そしてキャパご愛用のライカも
もっていた。さて、そのカメラはドライケースごと呉服
屋のYに預かってもらっていたが、今週末いよいよそれ
が届くのである。

「これらのカメラはいったいいくらの価値があるんだね」

とYに聞かれるがサッパリ分からない。アートディレク
ターのKN氏に聞くと、質問には答えず、

「名車アストン・マーティンのDB4をもっていても無
 免許じゃしょうがない。それと同じです。カスヤさん
 がもっていても宝の持ち腐れです。わたしに預けなさ
 い」

と言われてしまう。
アナログカメラは、光りの加減で絞りやシャッタースピ
ードを調整するなど機能を駆使して使うことを覚えなく
てはならないが、恐る恐る手にして使うことに挑戦して
みよう。そして、親父が、お前にはワカランのだよと言
っていた風景を撮ることから始めようと思う。そうすれ
ば親父の心の中が覗けるのかも知れないと思うのである。
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by kasuya_senji | 2008-06-30 19:14 | Comments(1)
シネマ歌舞伎
2008年6月25日

先日、友人のK・N氏のアトリエを訪ねた。このアトリ
エはミッドタウンからほど近い赤坂小学校の坂を上がっ
たあたりにある。彼の初めてのアトリエがたしか六本木
のはずれで、アトリエの場所はいくつかかわったが、た
いがいは六本木界隈である。
訪ねた理由は特にあったわけではない。たまたま彼とア
ルバムのジャケットの話をしていて、
「昔のアルバムジャケットはすばらしい作品がおおかっ
 たね」
「音楽好きはジャケットでビジュアルのセンスも勉強で
 きたものでしたよね」
「キングクリムゾンのあのデカ顔のジャケットは凄かっ
 た。あのジャケットでアルバム買ったといって過言じ
 ゃないね」
「ヒプノシスの一連もグー!」
などとエドはるみまで飛び出して、カスヤさんジャケッ
ト集を見ながら一杯やりませんか、アトリエに来てもら
えばアルバムジャケット集がたくさんありますから、と
アトリエを訪ねたのである。
ブラインド・フェースのこのジャケットは、当時、幼児
ポルノだとされイギリスで発売禁止になったが、日本で
はそんな法律が無く、平気で売られてましたね、などと
話すうちにいつしか話題は歌舞伎になった。
(飲んでいるから話題は一定しないのである)。
一緒にアトリエを訪ねたTヤンが、シネマ歌舞伎の
「ふるあめりかに袖はぬらさじ」
の話をしてくれた。
この演目は有吉佐和子さんが1972年に文学座のため
に書き下ろした脚本で、杉村春子の主演であたり芝居と
なり、再演再々演と公演をかさねた。その後、坂東玉三
郎が歌舞伎にとりいれ、その上演回数は225回を越え、
今や玉三郎の当たり役でもあると。
もちろんそんなことさえ知らなかったので、すすめられ
るままに今日銀座の東劇で観てきたのである。

東劇で歌舞伎? 不思議に思われる人もいるだろうが、
これは映画である。歌舞伎座や新橋演舞場を有する松竹
は、シネマ歌舞伎にも力を入れていて、いろいろな歌舞
伎を映画にしているが、予告編では中村勘三郎主演で江
戸人情話、「文七元結」を山田洋次監督で制作中、今秋
全国ロードショウと紹介していた。
さて、「ふるあめりかに袖はぬらさじ」の舞台は横浜。
時は幕末。1859年(安政5年)の幕府とアメリカの
横浜開港条約に伴い、吉原を模して作られた横浜の遊郭
の花魁亀遊と芸者お園の物語である。
有吉さんの主旨がどのあたりにあったのかはわからない
が、この舞台はまるで歌舞伎という演芸の成り立ちその
ものであった。
詳しくは知らないが室町時代に出現した能・狂言という
演芸から歌舞伎は枝分かれしたのであるが、能や狂言が
時事ネタをとりいれた幽玄の世界や喜劇の世界であるの
に比べ、時事ネタ一辺倒、世間の喝采の向こうを張る一
辺倒の芝居が歌舞伎である。
一時、浅野内匠頭の刃傷松の廊下事件に興味を持って、
忠臣蔵、赤穂浪士ものを勉強したことがあるが、この内
匠頭の家来だった赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件が起こ
った数ヶ月後には「仮名手本忠臣蔵」と題された芝居が
歌舞伎にかかったと知ったが、まあ、世間の喝采を受け
た事件をすばやくとりいれるのが歌舞伎である。
さて、この映画の花魁亀遊は同じ遊郭で働く男と道なら
ぬ恋に落ち、その男の前で客をとらなければならないハ
メになり、喉をかっ切って死ぬ。たまたまその客という
のが通商条約で横浜にいたアメリカ人で、尊皇攘夷思想
の吹き荒れる時代を背景に、花魁は異人に身体を売るな
ら死を選んだ攘夷の女と奉りあげられていく。死の真相
を知っている芸者お園:坂東玉三郎の狂言回しで攘夷列
伝の志として亀遊は名を残していくのである。
時事ネタを見事にとりこんできた歌舞伎という演芸の本
質と亀遊の奉りあげられかたがまったく一緒なのである。
有吉佐和子さんがその辺をどこまで意識していたのか今
は知るよしもない。が、詳しくは何も知らないわたくし
の独断と偏見に満ちた感想はそうであった。

しかし。坂東玉三郎があれだけ演技の上手い役者だとは
まったく知らなかった。また、御法度の遊郭の恋を隠し
通しひたすら時代の烈女に仕立て上げる側にまわる遊郭
の亭主:中村勘三郎と芸者御園:玉三郎の掛け合い漫才
のようなふたり芝居も圧巻であった。恐るべし歌舞伎役
者である。
参考までに、このシネマ歌舞伎には、
坂東玉三郎。
中村勘三郎。
中村獅童。
市川海老蔵。
中村勘太郎。
中村七之助。
中村橋之助。
板東三津五郎。
市川右近。
などの今をときめくそうそうたる役者が出演している。
また、玉三郎主演映画ということで、わたしの他は観客
はおばちゃんばかりであった。
また、歌舞伎ムード一色ということで、歌舞伎座や新橋
演舞場よろしく1部と2部の幕間には幕の内べんとうを
つかっている客も多かった。



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by kasuya_senji | 2008-06-25 17:15 | Comments(1)
シブミと犬の嫌いなカバン
2008年6月20日

S英社の友人のN君から本が届いた。
我が庵の「G文庫」に続き「N文庫」がこれで完成した。

送られてきた本の作者のトレバニアンは、
<ニューヨーク・タイムズ・ブック・レビュー>のイン
タビューでは、50歳に近く、ロッククライマーであり、
コミュニーケーションで博士号、ほかに歴史、英語、演
劇の学位を有し、5つのペンネームで神学、法律、映画
に関する著作があるというと。
そして若年時代の一部を東洋ですごし、終戦直後の日本
で生活したことがあることもわかっているが、わかって
いるのはこのくらいで、本名、生年、生国も明かしてな
い完全な覆面作家である。
トレベ二アンの小説第一作は
「アイガー・サンクション」。ベストセラー。
続編の「ルー・サンクション」もベストセラー。
警察小説「ザ・メイン」もベストセラー。
送ってくれた本は、第4作にあたり「シブミ」というタ
イトルである。

この小説の主人公:ニコライ・ヘルは、友人のN君の最
も愛するキャラクターのひとりで、ジェームス・ボンド
よりフィリップ・マーロウよりも好きだという。
タイトルのシブミは原題では「SHIBUMI」。
少年時代を過ごした主人公が、その後、日本に渡り将軍
から囲碁の手ほどきを受け”シブミ”の精神こそ自分の
追求すべきものと考えるようになったということで、日
本語の「渋味」が英訳されるとこなくそのまま使われて
いる。
初版は1980年というから28年前に発売された作品
で、日本での発行元は早川書房。
しかし、この時代までは日本人が元気だった時代のよう
で、文字の級数が小さい。この場合の元気は目力のこと。
新聞の文字級数があがり文字が大きくなってきたのは、
つい近年だから(日経新聞はまだ小さいぞ、読みにくい
ぞ)、このことは日本が高齢者社会になってきたことを
表わしているのかもしれないな。さて、N君は、
「週末、一晩で読める」をテーマとしてチョイスしたそ
うだというが、さて、目力がおぼつかなくなってきた私
は幾晩で読み終えるか。今週末から挑戦がはじまる。

とトリニダード・トバゴのソカをがんがんに鳴らしなが
らこれを書いているところに怪人Tが事務所に顔を出し
た。大きなカバンを持っている。今日の夕方の便で北京
に旅立つという。挨拶に寄りましたという。
「ソカ。気楽でいいっすねー」
「ところで随分大きなカバンだなー」
「滞在が何日になるかわからないのでつい大荷物になり
 ますが、うちの犬はこのカバンが大嫌いなんです」 
「犬にカバンの好き嫌いなんかあるのかい?」
「このカバンが出ると僕が居なくなること知ってるんで
 すよ。じゃあな、行ってくるぞ、元気でいろよとドッ
 グフード出してやったんですけど、そっぽ向かれまし
 た。まあ、しょうがないですね。では行って来まーす」
とわざと大きな声を出し、成田に向かった。




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by kasuya_senji | 2008-06-20 14:19 | Comments(1)
熱海と格言
2008年6月17日

週末は熱海にいて温泉に入っていた。
朝も昼も夕方も夜もと4回も入った。長風呂が苦手な僕は
いわゆる烏の行水式の入り方であるが、知人の鹿児島の妙
見温泉の宿の亭主に聞くと、湯治場の客はみなそういう入
り方ですといってたからそれで良しと何回も入るのである。

静岡市民文化会館の今井美樹コンサートが終わると、ツア
ースタッフのボイストレーナーの鈴木先生と一緒にまた熱
海に舞い戻り、行きつけの清水町のバーに顔を出す。
ライブが最高だったから(弊社のアーティストだから言っ
てるんじゃないよ。布袋ブログにも書いてあったけど大地
真央さんは絶賛していたぜ)、という素敵なライブだった
から鈴木先生とシャンパンで乾杯。
小腹がすいたですね。ナニカ食う物はありませんかと言う
と鮨の出前をとってくれたが、これが旨かった。グッドラ
イブをシャンパンで祝って旨い鮨食って気分も盛り上がっ
た先生と僕は、格言遊びをしだした。
ゴルフの格言、
「ネバーアップ・ネバーイン」(届かなければ入らない)
が登場したので、次ぎに、
「過ぎたるは及ばざるが如し」
が登場したが、これはいったい何の格言なんだろう。具体
的にはなにがあてはまるのか・・と格言遊びが一旦停止し
てしまった。鈴木先生もなにも思い浮かびませんねえと言
うし、カマママの小夏さんもおんなママの桃子さんも首を
ひねるだけである。或ることを思いだし、
これはいかがでしょうか? 
あてはまりませんか? 
と例題を述べると、一同大笑いで賛同してくれたが、例題
の中味ははばかるべき内容というものでありますから、こ
こでは割愛します。大人の飲み会に参加できる方がいらっ
しゃれば、そのときお話しましょう。

おでん屋が熱海にないという話を聞く。
映画館はかって東映、東宝、松竹、大映、日劇、洋画館、
名画座と7館もあったのに今は1館のみだという。
岡崎もかってはそのラインナップに、洋邦ごちゃ混ぜの2
番館にポルノ映画専門の映画館を足して、9館もあったの
にあっという間に全てなくなってしまった。最近になって
シネコンが登場したそうだが、熱海も岡崎も文化的には幸
せとは言えないね。
でも1館はあるのだから、翌日は映画でも観ようと出かけ
てみると、「ドラエモン祭り」などやっていて、大人が観
る映画ではなかった。
団塊パンチ(飛鳥新社)の森永博志と立川直樹の対談
「続編:シャングリラの予言」でiPodの話から映画館
の話になる。
立川M
「iPodに1000曲入ってるっていう文化が主流では
 ある。まあ便利だけど、僕らの時代は、カッコいいって
 いうことでいったら、やっぱりCD買ってレコードとし
 て聴くことが上等なんじゃないか。映画もね、やっぱり
 映画館に観に行こうってのが上等なんじゃないか。そこ
 がすごく大事だとおもう」
森永M
「映画館に行くってことは街に行くってことだから、新宿
 に行くか、有楽町に行くか、これはちがうよね」
というのがあって、観終わったあとの話。これが大事だ。
何処で何食べるか。これが大事だ。と話が続く。
熱海では、何処も何も1館しかなく、しかもドラエモン祭
りじゃ、いかにもしょうがない。せっかく旨い店がたくさ
んあって気分がいいバーがあるというのに、飲み食いだけ
じゃ文化生活になりませんです。
熱海の一大特長である温泉歓楽街という突出したキャラク
ターも、ひょっとしたら、
「過ぎたるは及ばざるが如し」かもしれんな。
だとすれば、この言葉の具体例は、熱海という街と言い換
えることができるかもしれない。
キリストも、「人はパン=食い物だけで生きる者ではない」
とおっしゃってるじゃありませんか。イエスの時代は信仰
だけど現代は音楽や映画であり芸術であるかな。

PS:
熱海のために言っておかねばならないことがある。美術館
が充実していることである。温泉三昧+美術館を堪能した
ければ、是非訪れてください。過ぎたるものとしての風光
の明媚と人情と旨い店はゴマンとありますから。
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by kasuya_senji | 2008-06-17 17:23 | Comments(2)
太宰治
2008年6月13日

今日6月13日は太宰治の命日。
しかし、わたしは太宰は読んでいない。
中学か高校か忘れたが教科書にのっていた「走れメロス」
しか読んでいない。しかも教科書といえば中島敦の
「山月記」の記憶の方が強い。
司馬遼太郎「街道をゆくシリーズ・津軽への道」で司馬
さんは太宰の故郷を訪ねる。この本を読んでいたとき、
そうだ、俺太宰って読んでないんだよなァと「人間失格」
など数冊を買い込んだのだが、これも読まずに本棚の飾
りになっている。

BOOWYのレコーディングで初めて訪れたベルリンの
ホテルの部屋に、当時の現場マネージャーだったTが持
ち込んできた太宰が数冊ころがっていた。今でこそ何処
にいても、新幹線に乗っても、飛行機に乗っても時間が
あれば本ばかり読んでいるのだが、当時はまだそんなに
本の虫ではなかった。本からよりも現実の社会から学ば
なければならないことに集中をしていて、趣味は? と
聞かれれば、そうですねまず映画ですか、次は音楽です、
あっそれと読書ですと答えていたが、実際は映画と酒と
女であった。
そんな自分であったから、Tが太宰を読んでいたことが
妙にカッコつけたやっちゃナーという印象が残った。
なぜ太宰を読むとカッコつけになるのかは、太宰が津軽
の名士の大金持ちの倅であったこと、身長高く鼻筋が通
った美男子であったこと、麻薬と酒と女に溺れる破滅型
で最後は愛人と自殺をしたこと、また評論家の伊藤整が
「この背徳の人、三回か四回にわたる自殺企画者、自殺
 幇助者、嘘の名人、懺悔者、イエスの真似人」
と評したことがそんな印象を抱かせていたのだろうと思
うが、カッコつけの太宰なんて読まないよ俺は、となっ
て今だに読んでいなかったのである。

今では、太宰の実家が旧家の大金持ちであったことや美
男子であったことや酒と麻薬と女に溺れたことや破滅型
であったことや、そして最後に自殺してしまったことな
どは、そんなの俺とはカンケーネーと距離を置いて、た
だ偉大な作家の一人としてその存在を評価することがで
きるようになったのだから、まず、読まなくては評価の
しようがない。
そこで「斜陽」を手にとる。今朝は梅雨の晴れ間のきも
ちいい朝だったからベランダにでて陽をあびながら読ん
だ。
読まれた方は多いだろうからここで何がどうであったか
は語らないが、「斜陽」はヒロインかず子の手記ともい
うべき手法の作品で、日本語のおんな言葉の使い方が異
常に上手い作家だなあ・・と感じながら読んだ。
映画のヒロイン「冒険者たち」のジョアンナ・シムカス、
「あの胸にもういちど」のマリアンヌ・フェイスフルに
僕は恋したように、かっての往年の読者は、太宰が描き
出した女性に恋をしたのだろうと思う。特にこのかず子
は敗戦直後の没落貴族の家庭にある女性(貴種)で、恋
と革命に生きようとするのだから、まあ、戦後という強
烈な時代の変わり目に、「滅び行くものの哀しくも美し
い姿を書いた」(阿部昭:評)のだから、太宰が今に語
られる大流行作家になるのは当然といえるだろう。

それと、東京新聞には文化欄で太宰の特集をしていたが、
サンケイ新聞には太宰のだの字もなかったなあ。39歳
で死んだ太宰の没後60周年にあたる今年と来年は生誕
100年を迎えるというのに記事不扱い。革命に向かう
ヒロインなど書いちゃったから、保守系には嫌われてる
のかもしれんな。





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by kasuya_senji | 2008-06-13 13:47 | Comments(1)
蝉時雨
2008年6月12日

昨夜、年来の友人のANB氏と近況を語らいながら夕飯
食って家に帰ると鍵がなかった。きっと事務所のデスク
の上に置き忘れたままにしたんだろうとさほど心配しな
かったが、今日会社に来てデスクに鍵がころがっている
のを見つけ、心から一安心。

蝉時雨の最初の1章:朝の蛇に、何度も読んだ本なのに
初めて気がついた箇所があったと書いたが、それは、主
人公を中心に十五、六歳の三人の若者が登場したときか
ら、その別れが示されていたという事に気がついたので
ある。
最近になって二つの集まりがあった。一つは中学の同級
生の仲間との集まり。もう一つは大学の同級の仲間との
集まり。どちらも同級会というものではなく、仲良かっ
た者同士が顔を揃えたという私事であったが、こうして
何十年もの時を経て今だに俺お前で呼び合える関係をと
てもいとおしく感じたのである。
そのいとおしさは、それぞれは学校を卒業すればまった
く別の道を歩いてきたわけで、その過ごしてきた別々の
道が彼等を大人にし、それぞれの人生が即かず離れずし
かし今にからみあい、まるで自分が何者であったかを証
明するかのような邂逅であり、かけがえのないものに思
えたからである。

蝉時雨の仲間同士の「別れ」は青春との別れである。
仲間、恋、友情をもって青春は始まり、その別れととも
に人生が始まる。自分自身は蝉時雨の主人公:牧文四郎
のような立派な人物ではないが、僕の友人達は文四郎の
人生を彩った小和田逸平であり島崎与之介であるように
感じられるから、この「蝉時雨」が青春の名作と云われ
る所以はそこにあるのだろう。
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by kasuya_senji | 2008-06-12 14:31 | Comments(0)
カリブ海
2008年6月11日

タワーレコードに出かけ、トリニダード・トバゴの地の
音楽、ソカのCDを10枚ほど買ってきた。
ソカ=SOCAとは、簡単にいうとソウル&カリプソで
その頭文字をとってソカ。

1992年にコンプレックスのアルバムをカリブ海のモ
ンセラット島でレコーディングしたことがあり、はじめ
て行ったカリブ海にすっかり惚れ込み、その数年後には
別のプロジェクトでカリブ海諸島の最南端の島・トリニ
ダード・トバゴまで出かけた。
トリニダード島とトバゴ島のふたつの島からなるこの国
は、石油や天然ガスに恵まれたカリブ海1の裕福な国。
裕福な国と言っても裕福なのはその権利を押さえている
米系の大企業の一握りの人々であり、一般庶民はモンセ
ラット島やアンティグア島のひとびとと同じような暮ら
しをしていた。街道を走るトラックはボロボロで、荷台
には人が満載になって乗り合わせていたし、走り回る子
供達は裸足だった。
町は音楽であふれていた。どこにいってもソカが流れて
いるのだ。服屋でも飯屋でも飲み屋でも屋台のパイナッ
プル売り屋でもラジカセからソカが流れていた。誰もそ
れに合わせ踊るように歩いていた。
レコーディングスタジオがレコード会社でもあるようで、
ソカが気に入ってしまった僕は、そのスタジオの経営者
=レコード会社の社長にレーベル契約を申し出た。
彼は日本など行ったことがないしよく知らないし、はた
してソカが日本で流行るかどうか売れるかどうか疑わし
そうであった。
彼の答えはこうであった。
センジついてこいと倉庫に僕を連れて行って、ドアを開
けると段ボールに山積みになったカセットテープを指さ
した。一箱○○ドルでいいから好きなだけ持っていって
日本で売ればいいと言うのだ。
まさか、この会社で売れ残ったカセットテープの在庫処
分をやるつもりなどないから、その時は断った。
あれから15年ほど経つが今でもときどきこのことを思
い出す。あのときは断ったが契約をしてもよかったかな
と思うのである。

いずれにしてもタワーレコードにあったソカのCDはす
べてそのレコード会社のものであったし、買ったCDの
全てをPCに取り込み、デスクに向かっている時はソカ
を流れっぱなしにしているが、まあ、気楽でご機嫌で、
軽くてここちよいリズムが海へ海へと僕を誘うので、僕
のデスクは事務所の中のカリブ海なのである。
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by kasuya_senji | 2008-06-11 14:25 | Comments(0)
3本立て
2008年6月10日

今井美樹のNHKホールでのコンサートを終えて、ライ
ブ終了後のパーティーが終わったのが深夜12時。午前
1時には就寝。
睡眠を楽しんでいると夢の中にGさん(婆さんではない)
が2回登場してきて、頼みもしないのにミキサーでジュ
ースを作っていた。1回目はレモンジュース。2回目は
グレープフルーツジュースでいったいなにをやってんだ
ろうと目が覚めると朝7時だった。
起きたからと言っていちいちテレビなど見ないのだが、
あたらしいテレビに変えたからついスイッチオン。あい
かわらず不景気な時化たニュースばかり流れていた。
大沢親分と張本氏に「喝!」を入れてもらいたくてTB
Sにチャンネルを変えると大沢親分がサッポロ出張だそ
うで、親分はサッポロのスタジオからの参加で、3次元
処理された大沢親分の妙な映像を見ながらさて今日はい
くつ「喝!」を食らうかなと見るうち、腹が減ってきて
お粥を作って食べた。梅干しを一つでいいところを2つ
も入れたからしょっぱくて仕方ない。甘みをと鯛の田麩
をふりかけたのが間違いで、なんとも甘くてスッパイ不
味いお粥になってしまった。Gさんのスッパ系ジュース
はこれを見越していたんだろうか。
部屋に戻って朝刊を読み終わり、藤沢周平の「蝉時雨」
を手にとる。数ページも読まないうちに、いままで何度
も読んだはずのこの物語に初めて気づいた箇所があるの
に気づいた。いかんいかん。読みがたりないぞ。真剣に
読み始めるとおきまりの睡魔が襲ってきて目が覚めると
夕方で、半日ぐっすりと寝てしまった。2日連続のNH
Kホールのコンサートで知らず知らずお疲れモードにな
っていたのか。
のそのそと起き出すとかみさんと倅が出かける用意をし
て待っていた。駐車場から車を出し、先週入院した義父
(かみさんの父)の見舞いに行く。病院に顔を出すと数
日前に手術をしたばかりだというのに義父はまあ元気だ
った。病棟にいる誰よりも元気でその明るい顔を見て安
心した。見舞いに行ったのに返って元気をもらって病院
を後にした。
帰りにかみさんと倅と中華料理屋で夕食。
今週のサービス品の黒酢のミートボールをたのむと酢で
むせた。なんだか今日は酸っぱいものによくぶち当たる
日だな。だから、揚げ餃子と小龍包は何もつけずに食べ
た。
かみさんはもやしそば(これは美味い)。
倅は春巻きとニラ玉後炒め。ご飯大盛り。
家に帰って蝉時雨に没頭する。時折ベランダに出てタバ
コを吸うが、あとはソファーに居座って、倅が何言おう
が、かみさんが何言おうが生返事で大長編を一気に読み
終えたのが深夜2時で、大あくびをかまして就寝。
酸っぱいものには出くわしたが、義父の元気な顔とたっ
ぷりの睡眠と藤沢周平の名作の3本立てのいい日曜日だ
った。
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by kasuya_senji | 2008-06-10 16:29 | Comments(3)
ライブ
2008年6月9日

比較的天気に恵まれた先週末の土曜日日曜日。渋谷NHK
ホールで今井美樹コンサートが行われた。
4月の末から始まったこのコンサートツアーは折り返し点
を過ぎ、今井美樹もバンドも油がのりにのっている状態で
NHKホールをむかえた。

ライブコンサートは生き物である。
一般論だが、昨日は完璧だったからといって今夜の演奏が
完璧だと誰が約束できるのだろうか。会場条件が異なり、
演者の体調も異なる。そして観客の反応がそれぞれの場所・
土地柄で異なる。もちろん演者側はプロフェッショナルで
ある以上、会場条件、体調条件はのりこえて当たり前であ
ろうが演者も人間である。それぞれのミュージシャンも人
生上の喜怒哀楽をかかえて生きているのだ。
また、会場に足を運んで来ていただいている観客の皆さん
も人生の喜怒哀楽に生きている。楽しいリズムの恋の歌も、
結婚記念日に聴いたこの曲と失恋の夜にラジオから流れて
きたこの曲では人生の思い出が大きく異なる。一つの歌は
歓喜にもなれば慰めにもなるのである。
だから、観客のアンコールに応えて全が終了し、とてもす
ばらしいコンサートになったとしても、そこに行き着く過
程は様々であろう。
1曲目から観客に伝わる歌のちいさな感動が曲を追う毎に
積み重なり、その感動のさざ波が様々な人生上の喜怒哀楽
を包括し、いつしか大きなうねりとなって最後の大円団を
迎えるのだから、コンサートは大きく言えば、演者の人生
と観客の人生が一体となって成立するもので、まさに生き
物=ライブである。僕はそういう要素が複雑に時に怪奇に
絡み合って成立するライブコンサートが大好きである。

プロデューサーとして随分長い間たくさんのコンサートを
創ってきたが、今回のツアー、そしてNHKホールの今井
美樹のコンサートは、僕の人生のなかで十指に入るもので
はなかったかと思う。
今井美樹ツアーはいよいよ後半戦に突入する。ラスト公演
のJCBホールまでどんな感動が待っているか、いよいよ
楽しみである。
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by kasuya_senji | 2008-06-09 18:48 | Comments(0)
ニューヨーク
2008年6月5日

6月3日のエントリー「雨と豚足」に、豚足さんという
人からのコメントがあった。コメントに書かれていたア
ドレスに飛んでみれば、豚足さんは陶芸家でニューヨー
ク在住の人。わたしがテレビで見たニューヨークの豚足
料理屋と関係があるらしく、その店で使われている食器、
陶器、皿類は、彼女の作品らしい。彼女と言ったが、豚
足さんは女性である。
彼女のブログを見てみると、子供の頃からの豚足好きが
嵩じて豚足と名乗っておられるが、その作品は数々の受
賞をしておられるアーティストである。しかし、女性に
して、通称が豚足とはこれまたかなりぶっ飛んでいる人
と見た。
そんなぶっ飛んでいる人ならこんなお願いも聞いてもら
えるかもしれないと、不躾ではありますが、

「豚足の形をした30センチほどの皿を焼いていただけ
 ませんか。もちろん豚足料理を盛るための専用の器で
 す」

とお願いをしてみると、そんなドキドキするようなお願
い大歓迎です。さっそく作ってみますと返事をもらった。
話は豚足さんからスポーツトレーナーの髭ゴジラことN
氏に変わるが、N氏は、

「どの店であろうと豚足を置いてあれば必ず食いなさい」
と私に厳命している。私だけでなく誰にでも言う。
「どの店って、寿司屋でも?」
「寿司屋で豚足は出さないが、もし置いてあったら食べ
 なさい」
「ケーキ屋でも?」
「ケーキ屋に置いてあるわけがないでしょ。でも、置い
 てあったら食べなさい」

自分でも、銀座のコージーコーナーに豚足のケーキがあ
るわけがないのはしっているが、髭のN氏がどんな店で
あろうとと言うから、まあ、話のついでにふくらませち
ゃっただけなんだけど、ところが、ニューヨークの豚足
屋には豚足から作ったデザートがあるというから驚くじ
ゃありませんか。デザートであればケーキかもしれない。
コラーゲンを豆乳に混ぜ合わせココアや溶かしチョコレ
ートをかけて食べるのだろうか。
いずれにせよ、甘みをおさえ=カロリーをおさえ、しか
も食えば食うだけお肌はつるつる、これはウケるだろう
なニューヨーカーには。

しばらくニューヨークにはご無沙汰してるけど、豚足食
いにニューヨークまで行ってみるのも手だな。アメリカ
ンリーグ首位打者の絶好調の松井もヤンキースタジアム
で観たいし、そうそう、豚足さんにも興味があるしと、
ニューヨーク行きを夢想する雨の午後。
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by kasuya_senji | 2008-06-05 18:19 | Comments(1)

 
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