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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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5種類
2008年10月28日

ここ数日は、風邪で頭が痛い尻が痒いなど累々となきご
とを並べるような毎日であるが、麻生が総選挙をどうや
ら年明けに決めたようだとか、株価が7000円台に落
ち込んだとかの新聞事例よりも、どうもこの長引きよう
は普通じゃないね、喉が痛いがなかなか直らないと言っ
てるうちにあっという間に気管支炎になってしまうかも
しれん、それがまた運の悪いことに肺炎にでもなったら
どないしようと、そろそろ治りきらない風邪を本気で心
配しだした今日の朝。
「今年の風邪はしつこいんだって。気管支炎とかひどい
 ときには肺炎になっちゃう人もいるんだって、テレビ
 でやってたよ」
とかみさんがいうものだから、市販薬+滋養強壮剤+ビ
タミンCで対応してきたが、とっとと病院に行って来た。
症状を訴え、レントゲンを撮る。熱はない。
おおきく拡大された肺のレントゲン写真は真っ黒だった。
以前、急性腸炎になったときに撮った腸のレントゲン写
真は真っ黒で、それを見るなり救急医は、
「あー。入院してもらいます」
とあっさりと言ったものだった。入院し、毎日レントゲ
ンを撮られたが、その写真は日に日に白くなっていき最
後はまっ白で、おめでとうございます快復しましたーと
なったものだったから、真っ黒い肺の写真に一抹の不安
を通り越した緊張感が走ったが、
「全然問題ないようですね-。気管支も肺も炎症をおこ
 していませんね。真ん中の左下あたりにすこしだけ白
 い部分がみえますが、どうやら痰がからんでいるよう
 です。薬飲んで快復を待ちましょう。では次の方、ど
 ーぞ」
とあっさりしたものだった。看護婦さんにレントゲンが
白い場合はなんですかと聞くと、肺炎ですねと答えてく
れたから、腸と肺では白と黒が逆であるのを知った。
で、この状態を飲んで快復させる薬が以下の5種類。

<フロモックス錠100㎎>1日3回食後。
このお薬は、細菌による感染症の治療に用いる薬です。
<ダーゼン10㎎錠>1日3回食後。
このお薬は、炎症を抑え、痰の切れを良くする薬です。
<メジコン錠15㎎>1日3回食後。
このお薬は、咳を止める薬です。
<ムコソルバン錠>
このお薬は、痰の切れを良くする薬です。
<ビオフェルミンR錠>
このお薬は、各種抗生物質に対して耐性を示し腸の調子
を整えます。

ビオフェルミンの説明を読むと、その他の薬は抗生物質
のようである。抗生物質はさすがにドラッグストアーで
は売ってないから、風邪に蝕まれた我が体力は市販の風
邪薬では及ばないところまで来ていたんだな。しかし、
飲む薬が多いもんだね。
イギリスでは(ドイツでも)薬はドクターが扱うもので
はなく、薬剤師が扱うものだと知ったが、その時に聞い
たジョークは、
「俺をドラッグ中毒患者にするのは簡単だ。医者が薬を
 扱うシステムにすればいい。患者に薬を与えれば与え
 るほど医者のふところに国から薬代が支払われるって
 わけだからな」
というものだった。この時は日本では薬は医局が扱って
いて、病院に行くと処方箋はドクターが書き、病院で薬
を売っていたから、ジョークにピンとこなかったが、こ
ないというより日本の病院の出す薬の多さに怖さを感じ
たものだった。いまでは、薬は医者の処方箋を基に調剤
薬局で買うことになっている。一時の薬の大盤振る舞い
に比べれば少なくなっているのだろうと思うが、それで
も5種類である。
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by kasuya_senji | 2008-10-29 16:45 | Comments(2)
世の中に・・・
2008年10月28日

今年の7月15日に刊行された藤沢周平さんの新刊本。
「帰省 未刊行エッセイ集」に
「梅林と鉄塔」と題されたエッセイがある。そこで藤沢
さんは散歩の途中で梅を見て、梅とさくらを比べるのだ
が、その文章が見事なのである。

「寒い間は、梅林のつぼみが少しずつふくらんで行くの
 を眺めて通るのがたのしみだった。梅には一時的な寒
 さあたたかさを意に介さず、季節にむかって咲くとい
 う強さがあるように思われる。少少の寒さにはへこた
 れずにつぼみをふくらませて行く姿には、どこかひと
 をはげますことろがあった。そして一輪、また一輪と
 花をふやして行くあたりに梅のいちばんいいところが
 あらわれ、花が咲きそろってしまうとつまらない気が
 するのはどうしてだろうか。桜とはそのあたりの感じ
 がいささか異なるようである。さくらは満開がいい」

これは、
いつもの散歩コースに、梅林コースがあり、公園コース
があり、変電所コースがあって、その変電所に工事中の
鉄塔があり、あたらしい鉄塔が立つとばかり思っていた
が、しばららくすると鉄塔はいつのまにか消えていて、
その工事は鉄塔を壊している工事だった。
そしてまたしばらくすると今度は本当にあたらしい鉄塔
を建てる工事が始まり、いまでは新しい鉄塔は早春の光
りをあびて白銀色に輝いている。
というたわいもない話の一説に登場する文章であるが、
いままでこれほど「梅好きであるわたしの心」を言い表
した文章にお目にかかったことがない。
と同時に「桜好きであるわたしの心」を言い表している。
藤沢さんが亡くなられてはや10年は経つ。或る編集者
が没後10年経っても売れ続けている希有な作家である
と評していたが、こういう文章にでくわすと、まさにそ
のとおりだと思う。
ここ1週間ほど風邪をこじらせ、寝たっきり老人と寸分
違わない生活をしているが、だからといって24時間眠
っているわけではない。クシャミや咳の合間には寝床で
ゆるゆると本もひろげる。ひろげるとこういう文章にで
くわす。
「世の中に寝るほど楽は無かりけり 浮き世の馬鹿はお
 きて働く」
と江戸時代の道楽者は詠んだけれど、風邪で寝込んで寝
る以外やることもないこんなへこたれた時にも、かすか
な楽しみはあるものです。
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by kasuya_senji | 2008-10-28 17:05 | Comments(0)
OH! MY BUDDHA 
2008年10月27日

紅葉のシーズンに快適なドライブをと書いた翌日に風邪
をひいてしまった。
木曜日は一日寝ていた。金曜日の午後に事務所にでて、
打ち合わせをすませ帰宅。そのまま巨人・中日戦も観ず、
早めに寝て、土曜日、日曜日とまるまる二日寝ていたが、
月曜日の今日になっても快復しない。今回の風邪はなか
なかしつこい。
症状は、咳、頭痛、クシャミ、鼻水、悪寒、関節痛と風
邪の諸症状のオンパレードで、この状態が3日間続いた。
今朝になって、すでに悪寒はなく鼻水もクシャミも頭痛
もなくなったが咳だけは残ったままである。普段のタバ
コの吸いすぎのツケを払わされている。普段はあまり飲
みつけない薬の副作用が身体のなかにぼんやりと残って
いるようで、なんだか雲の上をひょいひょいと歩いてい
るように歩いている感じがする。
喉が痛かったからドラッグストアーでB液を購入。B液
には、B液とスーパーB液があって、これはどう違うん
だねと薬剤師に尋ねると、スーパーB液は効果はつよい
のですが副作用もつよいのです、穏やかに効くB液をオ
ススメしますというから、B液を買って飲んでいるが、
効果が弱いとインプリントされてしまっているから、そ
れも専門家から指摘されているから、いくら服用しても
効き目がないようだ。病は気からとはよく言ったものだ。

土曜日の夜は、東大寺の大仏殿内でお釈迦様と話してい
る夢をみた。お釈迦様は大仏様のように大きくなくて、
普通のサイズだった。座っていなくてもいいんですかと
いうとへロッと笑ったような顔をされたが、お釈迦様は
あんな笑い方はされない。きっとお釈迦様ではないのだ
ろう。でもなにもかも霞がかかったように夢の中は薄ボ
ンヤリとしていて、お釈迦様も、鉛筆の一筆書きのよう
なシルエットだったから、やっぱりお釈迦様ではないの
だろうと思いながら夢を見ていた。普段と違っていたの
は、夢の中でこれは夢だと気がついていたことだった。
これ以外はまったく夢も見ず寝まくった。しかしあれだ
けよく寝られるものだなと自分でも感心するくらい寝た。
寝過ぎて腰が痛い。床ずれ直前ですう。それでも直りき
らないのだから、よほど質の悪い風邪にひっかかったか、
体力が落ちまくっているのか。きっと両方だろうと思う。

お釈迦様といえば、東大寺では僕らは、
「なにか良くないことが起きる」と、
OH! MY GOD と神に祈らず、
OH! MY BUDDHA と仏陀に祈ってました。
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by kasuya_senji | 2008-10-27 14:41 | Comments(4)
中型免許

2008年10月22日

1ヶ月遅れで運転免許証の更新へでかけた。
多くの人は知っている話だと思うが、平成19年(昨年)
6月2日、新しい道路交通法が施行になり、車の免許は
普通免許、中型免許、大型免許の3種類になった。

「貨物自動車の事故防止を図るため、中型免許制度が設
 けられました」

と警視庁交通局から発行されている冊子にこう書いてあ
る。今までは自動車免許は普通免許と大型免許の2種類
で、普通免許では、
8㌧未満の車両重量、
5㌧未満の積載量、
10人以下の乗車定員、
の車を運転することができたが、昨年の新交通法の施行
以後、そこまでの大きさの車は運転することはできなく
なった。ただ、この法律が施行されるまえに普通免許を
取った人(わたしは30年も前に免許を取った)は、あ
らたな免許の更新時に中型免許が発行される。
ただし、特例措置であるから、中型免許で許される
車両総重量11㌧、
最大積載量6,5㌧、
が目一杯を許されえるわけではない。あくまでも今まで
許されていた範囲でしかないが、それでも、今日免許の
更新をしたわたしは、普通自動車免許証ではなく、中型
自動車免許証をもっているのである。

講習がおもしろかった。
昨年に起きた事故の裁判で、
「徐行」
とは時速何キロをさすか? が争われ、東京高裁が
「徐行とは時速7キロ走行のことである」
とはっきりと数字で裁定が出されたと知った。
時速40キロで走行している車は、人にも依るが、
前方にナニカが飛び出して来たときに、
まず目で見る。
目が脳に異変を知らせる。
脳が手足に停止の操作指令を命ずる。
これで約1秒かかるらしい。
時速40キロでは、1秒は11メーター進む=空走距離。
そしてブレーキを踏んで停止するまで11メーター進む
=制動距離。空走距離と制動距離をあわせると22メー
ター進んでしまうのであるが、徐行とは瞬時に停止でき
る時速と言い、その停止距離は1メーターでなくてはな
らない。
異変~脳の指令~停止操作=1メーターを逆算すると、
時速7キロであるとはじき出されたのである。
それと、見通しの悪い信号のない交差点では、一旦停止
した後、右を見て、左を見て、さらにもう1度右を見て
安全確認し徐行運転で直進することも、完全に忘れてい
た。そこまで安全運転はしていなかった。
この1年間で違反ポイント3点の人を集めた講習のクラ
スであったから、違反無しの人に比べ講習時間も120
分と倍の時間が使われ、
「違反者のみなさんは気をつけて運転しなはれや」
と、特に安全運転について念をおしてくれた講習であり
ました。
(朝5時半に起こされて、羽田に向かう娘を送っていっ
たから、昼の講習は眠たくてあくびをかみ殺しながらの
受講でありましたが・・)

これからは秋が深くなっていよいよ紅葉のシーズンが到
来する。晴れた秋の空の下のオープンカーでのドライブ
日和であります。せっかくの心躍る紅葉の下のドライブ
も事故でも起こしたら台無しである。人身事故であった
ら台無しどころかド最悪である。いいタイミングで免許
の更新があった。みなさんも是非安全運転を心がけて下
さい。ナイスなドライブでスイートなメモリーを。
 
                中型免許保持者より。
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by kasuya_senji | 2008-10-22 17:14 | Comments(3)
奈良のネギ焼き
2008年10月21日

奈良の東大寺では3日間楽屋弁当ばかり食っていた。子
供の頃、旅に憧れ、いつか自分も汽車に乗って見知らぬ
土地へ行きたいといつも夢想していた。旅と云っても子
供のことであるからせいぜい修学旅行で行く京都・奈良、
東京・伊豆箱根あたりであったが、旅行記など読むとか
ならず駅弁の話がでていて、中央本線横川の釜飯はかな
らず登場していた。腹を空かせながら読んだものだった。
これは以外と大事なことで、人の頭だけでの記憶ほどあ
てにならないものはないから、目で読んで腹で空かせて
という2ウエイでの記憶の仕方は確実に残るのである。
それはともかくも、いつしか旅=駅弁となっていき、長
じて音楽業界に入り、今日は函館、明日は帯広という当
地当地の駅弁を食いながらの旅が始まり、弁当を食うた
びに子供の頃の夢が叶ったような気がしたから、元来弁
当は好きなのである。だからといって3日間の弁当づく
しにはいささかうんざりした。
そこで、せめて昼飯はあたたかい物を食おうと東大寺・
近鉄奈良駅のあたりをうろついた。コンサートの終了後
の打ち上げパーティーが開かれた天平会館の前に中華料
理屋があった。金曜日の昼時で店内はかなり混んでいた
が、さいわい奥のテーブルが空いていて座れることにな
った。店の名前が上海・・とあったから、さっぱりした
塩味が特徴の上海焼きそばを注文した。はたしてでてき
た焼きそばは上海風の塩味焼きそばで、すこし油味がつ
よかったが味付けは美味かった。半皿というものがあっ
て、要は半分の量を注文することができたから、得意の
青椒牛肉絲を追加してみると、これも美味かった。こん
ど奈良を訪ねたときにはかならずここに来よう! とい
う積極的な美味さではなかったが、まあ、言ってみれば
あたたかい食い物がうまかったのである。

翌日の東大寺コンサートの本番日も会場に入る前に外で
昼飯を食った。ホテルから乗ったタクシーの運転手さん
に、
「どこか、ソバ・うどんの美味い店に連れて行ってもら
 えませんか」
と聞いてみると、親切そうな人であったが、
「ソバはあきませんなァ。うどんもゆるいんとちゃいま
 すか。うまいソバやうどんはやはり大阪・京都ですわ。
 奈良には美味いもんないとちゃいますか」
と答えは愛想のないものだった。
あらららら。そんなに奈良を悪く言っていいんかいと思
ったが、これは聞いたこちらが間違っていたかもしれな
い。そのホテルは奈良市から北へ離れた京都府下にある
ホテルであり、タクシーの会社は京都の会社だった。
「わたしらはほとんど京都へ向かわれるお客さんが多い
 ものですから、奈良には行かんことはないんですが、
 自宅も京都ですよって、よう知らんのですわ。えらい
 愛想なしですんませんですなあ。1軒だけ女房と行っ
 た美味い中華料理屋がありますが、」
中華は昨日食ったな・・・・
「東大寺さんとはずいぶん離れてしまいますがいかがし
 ますゥ」
またタクシーにのるのも面倒だな・・・・
ということで近鉄奈良駅でタクシーを降りた。
飛鳥村に知人がいて年に数回は奈良を訪ねるというG・
H君は、カスヤさん、奈良で一番美味いものは焼き肉で
すよと言うが昼間っから焼き肉ではなかろうと、駅の横
の路地を入ったところにあったお好み焼き屋に入った。
数年前、中野裕行監督に東映の撮影所がある太秦のお好
み焼き屋に連れて行ってもらって食べたネギ焼きが忘れ
られなくて、東京ではなかなか食べられないからお好み
焼きの本場・関西ではいつもネギ焼きを食べる。
「醤油味にしますか? ソース味にしますか」
と聞かれたから醤油を頼むと、なんとまあ、なつかしい
味のする、子供の時食べたかもしれないという味のする
美味いネギ焼きだった。庶民的なおっかさん3人で割烹
着を着て店を切り盛りしている風景がいかにも良かった。
余りの美味さに3人前をお土産にと持ち帰ると、チャー
リー・CAZ・須藤の坊主頭3人組の舞台制作チームが
あっという間に平らげてくれた。
東京に戻って事務所のPCを開くと、スタッフから東大
寺ライブに参加できた感謝のメールが何本も入っていた。
坊主3人組には土産のネギ焼きが効いたかな・・・・
などと苦笑混じりにメールを読み終えると、すでに夕方
でずいぶん腹が減っていた。ちょうど友人が打ち合わせ
で事務所に来ていたから、どうですか夕飯でもと誘うと
時間があるというので、お好み焼きはいかがですか、ネ
ギ焼きでも食いましょうと広尾のお好み焼き屋へ直行す
る。
その店は味の若き天才といわれるオーナーがやっている
美味い美味いと評判の店でいつも混んでいる。フォアグ
ラの炒め物と白子の炒め物を肴に冷たいビールを飲んだ。
ビールからシャンパンに変え、いよいよ明石焼き、ネギ
焼きを食った。両方とも繊細な味である。これは評判を
とるなと感心するほど美味かったが、どうしても店内は
東京・広尾っぽくモダンなつくりで、ネギ焼きはそうい
う空間ではなく、奈良のオバチャンが割烹着着て作って
くれた庶民的な店で食うのが味なのかもしれない。
奈良の人には、美味い物はネギ焼きと言われてもネエと
言われてしまいそうだが、奈良を訪れるという人がいれ
ば、是非! 東大寺&ネギ焼きとオススメしておきたい。
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by kasuya_senji | 2008-10-21 15:37 | Comments(1)
夢の続き、祭りの後
2008年10月20日

夢の中から帰ってきたような気がする。
夢の中というのは東大寺のことである。

<東大寺・大仏殿>
東大寺は、華厳宗のお寺です。その根本的教えを説く、
「大方広佛華厳経」は、時間と空間を超えた佛を説いた
教えであり、偉大で、正しく、広大な佛の世界を菩薩の
さまざまな実践の華によって飾ることを説くお経です。
華厳経では佛とは、毘盧遮那(ビルシャナ、サンスクリ
ット語では、ヴァイローチャナ)佛のことを指します。
その意味は、あまねく照らしだしている無限の光明その
ものであり、光明遍照と漢字では訳されます。
お釈迦様が無限の修行をして悟りを開き、人々を救う為
に蓮華蔵世界という悟りの教主になられたお姿でありま
して、まことに人間的な佛様であります。
と、華厳の教えに解説されています。
光りが遍く世界を照らし、菩薩の救済の花が咲き乱れる
ところ=華厳の浄土=東大寺ということでありますから、
まさしくわたしは夢の中にいたのです。

このコンサートは全てを布袋が演出しました。わたしは
中門の前にある階段に、照明家の林さんと並んで腰かけ
観ていたのですが、大仏殿の1階の上部にある年に一度
しか開けられることのない大仏様のお顔の前にある扉が
ひらかれていました。照明の光に浮かび上がったそのお
顔はなんとにこやかで、布袋、キャスト、スタッフ、そ
してすべてのお客さんを祝福をされているようでした。
そもそも、聖武天皇の発願で天平勝宝四年四月九日。春
の花が咲き乱れ、色とりどりの旗のひらめくなか開眼供
養の大法要が執り行われたと日本書紀にありますが、日
本国内ばかりでなく韓国、中国、とおくインドからも高
名な僧が訪れ参加し、読経と声明と雅楽と舞踏が乱れる
中での古代アジアを代表する一大エンターテイメントイ
ベントであったのでございましょうから、布袋の演出し
た今回のイベントは大仏様はお好きであったのでござい
ましょう。
快晴という恵みもいただきました。ダンス ウイズ ザ
ムーンライトという曲では、東の空に月がのぼり照り光
っていましたが、これは布袋の演出ではなく、大仏様の
心からの演出であったように思えます。毘盧遮那仏と過
ごせた三日間は、やはり夢の中でありました。

東大寺に3冊の本を持ち込んだのですが、どれも読めま
せんでした。色と金のこの世の世界を見事に裁く拝郷鏡
三郎の捕り物の物語りも大仏殿にはそぐわなく、200
年以上前の1787年製のワインの物語りも天平勝宝四
年からみればあまりにも近代過ぎたし、カール・セーガ
ンの宇宙の預言も華厳経の持つ無限の広大さにはかなわ
なかいような気がしたからです。
で、さっそく東大寺をこの際理解してみようと無理な発
願をしたついでに、大仏殿で「東大寺史へのいざない」
という本を買って読みましたが、東大寺小綱職であった
堀池春峰さんの文章がすこしだけ教科書的で、子供の時
から教科書が苦手であったわたしには馴染めないもので
したから、東大寺史研究所編のこの本ではなく、経学部
の発行した「奈良の 大仏さま」という子供向けの絵本
を買い読んだところまことにわかりやすかった。このこ
とは、本来子供が知るべき知識すらわたしは持ち合わせ
ていなかったことを指しているのでしょう。
おもしろかったのは、大仏様をお参りするときは、
「お賽銭をあげて幸せを祈りましょう」
と子供に教えるなど、ちゃっかりしていることこであり
ました。
コンサートが終わり、東大寺・朝日新聞の皆さんの好意
で東大寺に隣接する天平会館でパーティーが開かれまし
た。その会場で平岡氏という東大寺の僧侶と知己を得ま
した。
平岡僧侶は若い頃、パリからアフガニスタンまでヒッチ
ハイクをしたことがありますとお話されたので、
「教典を求めた玄奘三蔵法師の旅だったのでしょうか。
 それともヒッピー風の旅だったのでしょうか」
とお訊ねすれば、
「三蔵法師ではありませんでしたなあ」
とお答えになる気さくな方で、現在は東大寺の要職であ
る財務部長職=東大寺のCFOにある人でありましたか
ら、知り合ったばかりで立ち入ったことを聞くのはイカ
ガカナとは思いましたが、赦しをいただき質問しました。
「東大寺の経営はどう成り立っているのでしょうか」
「ほとんどが拝観料です。国宝、重要文化財などの修理
には国からの援助がありますが、寺全体の運営は基本は
拝観料ですなあ」
とのことでしたから、訪ね来る子供達に、お賽銭をあげ
て幸せを祈りましょう、皆さんが東大寺大仏様を支えて
いくのでありますよ、との教えも当然でありました。

19日の日曜日。京都から新幹線に乗り、この幸福な気
持ちでお湯に浸かればまるで極楽ではないかと午後1時
頃熱海で下車。コンサートのライブレコーディングで参
加してくれたG・H氏が熱海に住むから、一緒に帰った。
午後の早い時間とて大浴場には誰もいなかった。普段は
カラスの行水だが、今回は温泉にゆっくりと1時間も浸
かった。大浴場の黒い御影石の縁にタオルをひいて頭を
のせ、プカリプカリと浮かんだ。午後の光りがお湯にき
らきらと揺らいで自分の全身がきらきらと光っているよ
うだった。
温泉をあがってマッサージマシン2回まわしで全身をも
みほぐす。いや、極楽極楽でありました。
夕方G・H氏宅を訪問。冷たいビールをご馳走になった。
奥方は、昔わたしがBOOWYを手がけていた時代、ど
うしてもレコードセールスで勝つことができなかったス
ーパーバンドの女性ボーカリストで、奥方とも久しぶり
のご対面だった。あれから20年も経つというのに、体
型はあの時のまま。チャーミングなフェイスもキャラク
ターもまったく変わっていなかった。
海の傍の高台に立つ家の居心地の良かったことこの上な
し。きっと訪ね来る人々を心からウエルカムするふたり
の気持ちがそうさせたのだと思う。また、ふたりの間に
生まれた2歳の女の子が天使のように可愛らしく、2日
間、家を空けたGH君にまとわりついて喜んでいた。
それを目にすると、GH君に近所の美味い寿司屋があり
ますと招待されたとはいえ、GH君をつれだして食事に
行くことが、その女の子に申し訳なくて・・・。
GH宅をでるとき、玄関でバイバイと手を振ってくれた
女の子が愛おしくて・・・。
熱海から南にすこし離れたところにある下多賀神社で秋
のお祭りをやっていた。寿司屋のカウンターで地物の魚
をいくつか食べ、日本酒を飲んでいると遠くから太鼓と
お囃子が聞こえてきて、山車が店の前を通り過ぎ、また
遠ざかっていった。いかにも地元のちいさなお祭りらし
く、はなやかで、淋しげで、山車に乗っている子供達の
声が遠ざかっていく情景に祭りの後の悲しみがあった。
まだ、夢の中にいるようだった。
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by kasuya_senji | 2008-10-20 15:21 | Comments(1)
大仏様と新刊本
2008年10月15日

秋深し となりはなにを するひとぞ

もし隣人がこういった感想をわたしに持つとすれば答え
はこうなるだろう。

秋深し わたしは本を 読むひとぞ

これが秋の例年であるが、どういうわけか今年はこうい
っていない。なぜいっていないかというとスランプなの
である。活字スランプなのです。こうなると活字を見る
ことが嬉しくもなんともないのです。活字スランプはひ
どいときには数ヶ月つづくこともあった。新聞さえ見る
のも嫌。会社の書類をみるのもしんどいということもあ
った。さすがに最近はそれほどのスランプはなく新聞も
読めば、各部門から提出される企画書も読む。
でもわたしは知っている。スランプであることを。
でもわたしはスランプからの脱出方法も知っている。
あたらしい作家にまったく触手がわかないとき(スラン
プ)は、昔読んだ、こりゃおもしろいと夢中になって読
んだ本を再読再々読するのである。そうしてる内にいつ
のまにか常態の活字中毒者になりスランプから脱出する
のである。ということで、司馬遼太郎や藤沢周平はわた
しにとって或る意味ではドクターでもあるのだ。
「カスヤさんは司馬・藤沢ファンだと聞きますが、理由
 は?」
と聞かれることがあると、
「ドクターですねえあのご両人は」
と答え、聞いた相手を困惑させることがあるが、上記の
理由などいくら説明しても同調されることはないから、
困惑させたまま、困惑されたままにしておくことも多い。
今回のスランプ中は藤沢周平の用心棒シリーズを読みま
くった。再読を通り越して再々再々読であるが、ふしぎ
なもので、またあらたな箇所を発見した。シリーズ第3
弾の「刺客」など、初めて読んでいる物語りのような感
覚さえあった。こうなればしめたものである。読むおも
しろさに刺激され、昼休み時間に事務所を抜けだし本屋
に行き、新刊本を3冊手に入れたから、どうやら今回の
スランプは今日で終わったようであります。
ちなみに、今回の新本は

「浜町河岸の生き神様」
佐藤雅美著・縮尻鏡三郎シリーズ。
帯のコメントは、
とかくこの世は、金と色。出世をしくじった御家人、縮
尻鏡三郎の見事なお裁き。人気シリーズ第3弾。

「百億の星と千億の生命」
カール・セーガン著。
帯のコメントは
地球温暖化を警告していたのは誰だったのか? 空前絶
後の天才科学者からの感動のラスト・メッセージ。

「世界一高いワイン ジェファーソン・ボトルの酔えな
 い事情」
ベンジャンミン・ウォレス著。
帯のコメントは、
建国の父が遺した奇跡のワインか?
史上最高額のサラダドレッシングか?
アメリカ第3代大統領ジェファーソンが革命直前のパリ
で購入したという「シャトー・ラフィット1787」。
1985年に競売にかけられて以来、現在もまだワイン
界を翻弄するボトルの真実に迫ったノンフィクション。

どうですかおもしろそうでしょう。
明日からは、18日に東大寺で行われるコンサートの為
に奈良入りをする。企画制作された仕込みが予定通り進
むか? が明日明後日のわたしの仕事である。建設現場
でいえば、いわば大工の棟梁のような立場である。現場
には張り付くが現場仕事を担当しているわけじゃない。
時間はたっぷりある。東大寺の境内に座り込み、秋晴れ
の空の下、大仏様を前にして、知的欲求に浸ろう。
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by kasuya_senji | 2008-10-15 17:00 | Comments(3)
夜の闇
2008年10月14日

空に丸い月が浮かんでいた。
十五夜か・・・
かみさんと無国籍料理屋で食事をしたあと、ふたりで月
を見ながら歩いた。わたしは目がわるいものですから月
が二重に見える。俺の目にはダブルムーンだなどと受け
もしない冗談を言いながら歩いた。
ところで管理人さんの緊急連落先はわかったのとかみさ
んが言った。
「それがなかなか教えてもらえないんだ。ナンデモ、た
 まにやってくる法人会員の客が真夜中に、タバコはど
 こで買えますかなどと連絡をしてくるそうで管理人が
 おおいに迷惑をしているらしい。理事会としては今ま
 で時間外にかかってくる電話は管理人室に転送すると
 していたが、24時間の管理体制を24時間サービス
 と勘違いするなどマナーが悪すぎる。問題であろうと
 外部からの電話も館内からのインターフォンも管理人
 に連絡をとれなくしたそうなんだ。今回の件のような
 事があった場合、さて、どうするかは次回の理事会で
 検討されるらしいよ。というわけでまだ教えてもらっ
 ていない」
「それじゃ困るわねえ」
「でも、昨日は曇っていたが、今日のこの月があればか
 なり明るかったんじゃないかと思うよ」
と話しながら歩いた。

日曜日の夜、熱海にいた。
小学館から発売されている「魅惑のオペラ」。このDV
Dブックが売れているらしい。出版社に勤める友人がオ
ペラのDVDなどほとんど売れないのに、どうしてDV
Dブックになると売れるのかと調べた。調べた結果こう
いうことがわかった。
(1)そのDVDブックに入っているオペラの映像(公
   演)がけっこうなもので、ある歌劇はパバロッテ
   ィーが劇中で指揮者に「君も棒などふってないで
   たまには舞台に上がって歌ったらどうだと呼びか
   けるシーンが映っていたり、パリのオペラ座では
   パバロッティーが客席にいたシャルル・アズナブ
   ールを見つけ、舞台に上げてアズナブールに一曲
   歌わせたりと、まあ、初心者もマニアも充分満足
   できる名舞台公演ばかりを集めていること。
(2)オペラはチケットが高い。3万4万あたりまえで
   ある。げんにわたしは友人に誘われてあるオペラ
   を観劇したが、特別S席でふたり分で10万も支
   払った。ところがこのDVDブックは3千円台で
   ある。しかもパバロッティーやカレーラスなどの
   世界にときめく超大物テノール歌手に日本でお目
   にかかることはまず希である。それが観られるな
   ら”安い”ということだろう。
コンサートも歌舞伎も宝塚歌劇もオペラも本物の舞台に
敵わないが、最近のテレビは大型化している。映像でも
充分満喫できる。どうですかカスヤさんもロック一辺倒
ではなく、これからはオペラでも楽しまれてはいかがで
すか。それにはこの「魅惑のオペラ」シリーズは最適で
すよと奨められ、熱海の部屋でひとりテレビの前に陣取
って、赤ワイン片手にオペラ観劇をしている時だった。
バスッという低い音がしたと思うといきなり真っ暗にな
った。テレビも消えた。停電でる。闇である。
テレビは見ていたが冷暖房は使っていない。洗濯機もま
わっていない。食器洗い機もOFF。ということは、容
量の使いすぎではなく、漏電が感知され主電源が落ちた
のかもしれないな。そうなら、こりゃ一人じゃ無理だ。
そこで、管理人に相談してみようと思ったが、電源がお
ちていてインターフォンが不通だった。なんとか電力会
社に連絡をし、1時間後には来てもらえることになった。
これから1時間闇の中で過ごすことになる。
トイレに行ったが懐中電灯を手には狙いがつけにくい。
あわてて座った。それから懐中電灯を手にまずろうそく
をさがす。これがどこにおいたかなかなかわからなかっ
たがカップ型のろうそくを4つ見つけ灯をつける。部屋
の中がろうそくの灯りでぼんやりと浮かび上がる。テー
ブルの上のカリブ海の島で買ったスクーターに乗った黒
人の兄ちゃんの木像の人形が闇にぼんやりと浮かび、壁
に影を映している。炎が小さく揺れる度に兄ちゃんの影
がゆらゆらと揺れる。まるで生きているようだ。ろうそ
くの傍に置いたワイングラスの赤ワインがきれいな色を
していた。穴蔵のバーにいるようでもある。
窓の外は一面の曇り空で月が出ているあたりの雲が薄明
るくなっていたが、夜の闇は久しぶりだった。伊豆山の
山の闇は妖気を含んでいるようで、闇そのものが存在を
主張しているようだった。
明智光秀が信長謀殺の為本能寺を急襲した天正十年旧暦
6月2日の夜の天気は?
という歴史上の問いがあるが、答えは闇夜。
曇りでも雨が降っていても晴れていても旧暦の2日とい
うのは全くの新月で、月明かりはない。闇に乗じて光秀
は信長を襲ったのである。月のない晩の夜這いなどとい
う言葉も思い出された。
藤沢周平の用心棒シリーズにこんな描写がある。
「辛の刻を過ぎ、書見にもあきた又八郎がそろそろ寝よ
 うと思っていると玄関に客がきた気配がした」
この辛の刻とは今で云う午後9時ころのことである。9
時に寝るのォ、早いなあと思ってはいけない。貧乏浪人
の又八郎が陽が落ちて暗くなってから行灯を灯して本を
読んでいること自体が不経済である。この時代、長屋に
住んでいる人で油を食う行灯などいつまでも点けている
人などいないのだ。早寝早起きなのだ。夜の闇の実感が
ないと、時代小説もリアルに読めないのである。特に
「闇の傀儡師」などは、闇自体が主人公なのである。そ
んな気分で闇になれていった。
不思議なもので闇になれると夜は闇が常態であって、あ
かあかと電気に照らされていることが不自然であるよう
な気がしてきた。闇が心地よかった。
携帯が鳴って電力会社のスタッフが訪れて、停電は解消
された。いきますよと声をかけて主電源をONにすると
ドンっと音とともに部屋中のライトがついたが、あまり
の明るさに、なんだか、白けてしまいそうだった。

かみさんと歩きながらの会話は、こんな時には管理人の
手助けがいる。連絡先を教えてもらえないかと申し込ん
だときの管理人室からの答えである。
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by kasuya_senji | 2008-10-14 13:50 | Comments(0)
戦国以来
2008年10月10日

世界同時不況。
株価の大暴落。
東証1万円割れ。

と不安ばかりを煽り立てるクソもおもしろくもない見出
しが新聞紙上でおどるこの秋。日本人が驚喜する仰天ニ
ュースが2日連続で飛び込んできた。

ノーベル物理学賞。日本人3氏受賞。
南部陽一郎博士。小林誠博士。益川敏英博士。
この東方の3博士は、素粒子物理学の基礎理論を構築し
た功績に贈られた。
南部博士は、
「対象性の自発的破れのしくみの発見」であり、
小林、益川博士は、
「CP対称の破れ」が受賞理由でありました。

いずれも、なんのことかサッパリ分かりませんが、かっ
て天文少年であったわたしには、宇宙や宇宙の一員であ
るわれわれはいったい何からできているのか? という
人類の根源的な謎にせまる理論であることに、かすかな
ロマンを感じてしまうのでございます。
2002年のノーベル化学賞を受賞した田中耕一研究員
の登場で驚いたのは、あのキャラクター。研究という世
界に生きている人々は、或る意味、なんと世間ズレして
いるのかとその浮世離れ加減に、好ましいユーモアを感
じたのでありますが、今回の益川博士も得難いキャラで
ありました。
「先生は研究をずーと続けていらっしゃってストレスは
 感じたことはないのですか?」
という質問に、
「いやありませんねー。だってうまくいかないと僕は全
 部人の所為にしてしまいますから」
と笑いを誘っていたけれど、それが宇宙の根源を解明し
ようと人間離れしたことをやっている人の言うことかと、
かえってそのギャップに腹の中から笑いがこみ上げてく
る。

その翌日もまたくりびつてんぎょう。
今度はノーベル化学賞に下村脩博士が輝いた。ノーベル
賞ラッシュである。この人の発明は、細胞の拡大や転移、
発達過程などを「色分け」して追跡ができることを可能
にし、ナント、今では高校の理科の授業の実験でも取り
入れられているまでに発展したらしい。
いずれの方も素晴らしき日本の頭脳である。
日本の大人というか老人力というか世界に冠たるものだ
ね。
受賞した4人の博士の内おふたりがアメリカの研究機関
にいることに頭脳の流出を感じるけれど、それにしても、
南部博士以外の3博士が名古屋大学出身者というのには、
まあ、驚いた。南部博士とて国内留学で名古屋大学に在
籍していたという。名古屋大学オンパレードじゃないか。
今まで、ノーベル賞クラスの学者は、東大や京大の十八
番かと思っていたが、名古屋人というか愛知県人の喜び
は、盆と正月と三社蔡と岸和田のぼんじりが一緒に来た
ようなおおさわぎではないだろうか。
朝日も読売も産経もトップ記事であったが、中日新聞は
連日のテンポイントだったに違いない。忘られかけてい
た政治家、海部元首相もテレビに登場して、マーチャン
(小林博士)を語ったりして、いや大騒ぎであろうと想
像する。東海地方、偉人3人の同時出現は、織田信長、
豊臣秀吉、徳川家康以来の出来事ではなかったか。
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by kasuya_senji | 2008-10-10 11:37 | Comments(1)
家族と別れて
2008年10月9日

先週の日曜日の朝。フーテンの寅の特集をNHKで放送
していた。
山田洋次監督、渥美清、倍賞千恵子、マドンナ役女優の
インタビューとシリーズの名場面で構成されていた。山
田洋次監督と渥美清さんのインタビューが一番多用され
ていたが、体力を振り絞って演技する渥美清を当時は癌
に冒されていることを知らず、渥美清も年とったね、あ
と何作つくれるんだろうかと友人と話し合っていたもの
だった。シリーズ最後の撮影(この撮影のあと死去)が
終了したときの渥美清の不思議なインタビューが心に残
った。

「家族というものは恥ずかしいものですねえ。ひとつの
 家の中に、おなじ顔をしておなじような考えをする人
 間が一緒にくらしているんだから、恥ずかしいもので
 すよ。家族と生きていく者、ひとりで生きていく者、
 どちらがどうというのじゃないですけど、これからは
 ひとりで生きていくという人が増えるんじゃないでし
 ょうか。こういう世の中ですからそういう人がおおく
 なるんじゃないですかねえ」

このインタビューの後、番組では出演者が一同に集まり
撮影終了の記念写真を撮る場面が映されている。終了後
ばらばらと席を立ち、それぞれが撮影所を後にする。
山田洋次監督が、
「お疲れ様でした。ではまた」
と渥美清に声をかける。
「お疲れ様」
と渥美清。着替えてないからフーテンの寅のままである。
車に乗り込む山田監督の脇を俯きながらひとり歩いてゆ
く渥美清の後ろ姿が遠ざかり、エンドロールが流れた。
今、僕たちは知っている。これが数十年にわたり映画を
作ってきた二人の男の最後の会話だと。

あのインタビューで渥美さんはなにを言いたかったのだ
ろうか。生きていくのは一緒だが去ってゆくときは独り
なんだよと死を予感した男の言葉だったのだと今は思う。
フーテンの寅を演じ、フーテンの寅のようにフッと去っ
ていった渥美さんのあの後ろ姿が忘れられない。
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by kasuya_senji | 2008-10-09 13:29 | Comments(0)

 
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