exciteブログ ExciteホームExcite Musicトップサイトマップ
プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
リンク
以前の記事
2013年 08月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
最新のコメント
http://vimax..
by obat pembesar penis at 23:53
http://vimax..
by obat pembesar penis at 12:50
Hi I am so e..
by moncler co at 08:41
Can you tell..
by vegan uggs uk at 22:20
Right here i..
by cheap ugg at 05:46
Hello I am s..
by ray ban av at 22:50
Howdy I am s..
by parajumper at 05:08
ピアノ買取センター ~ピ..
by ピアノ買取 at 05:12
販売商品 精力剤分野:..
by 神奇山精丸 at 15:39
媚薬:http://ww..
by 媚薬 販売 at 12:41
最新のトラックバック
ギタリズムは止まらない。..
from POP-ID通信。
the who 武道館
from こういちの日記
the who 武道館
from あややの日記
the who 武道館
from 気になるニュースについてブログ
豚足のための豚足が作る豚..
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
大皿焼けました*
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
拝啓*糟谷様
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
豚足の器のご紹介です*
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
東海道五十三次にハッとし..
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
豚足の器*2作目☆
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2009年 01月 ( 15 )   > この月の画像一覧
ルーリン
2009年1月30日

ルーリン彗星接近。
今度会えるのは数千年後?

2月下旬に地球に最も近づくルーリン彗星を、天体写真
家の中西昭雄氏が1月28日の早朝に撮影した写真が朝
日新聞の1面に掲載されていた。撮影場所は長野県富士
見町の入笠山(にゅうかさやまと読む)。
真っ黒な宇宙に無数の星がきらめく中、前後に2つの尾
を持つ青い彗星が写っている。写真の右上に長くのびて
いる光りが太陽と反対側にでているガスでできた尾。
左下へ少し広がってのびている尾が彗星から出たちりで
太陽の方向に向かっているので「アンチテール(反対尾)」
と呼ばれるらしい。

ハレー彗星は子供の頃に見た。
1960年代の愛知県岡崎市の町はずれの高台では星が
よく見えた。夏には天の川が天空を横たわり、七夕の伝
説の織姫と彦星もはっきり肉眼でとらえることができた。
真冬にはオリオン座が輝き、空には無数の星があった。
風が強い日は、星がこきざみにふるえているようだった。
毎日夜になるとぼーっと放心したように星をながめる僕
に親父が星座表を買ってくれ、いつしか春夏秋冬の星座
のほとんどを覚え、それから随分と長い間僕は天文少年
だった。我が社のIRC2というのも星の名前である。
記号の意味は「強力な赤外線を放つ2番目の天体」。
IRC2社にはヘールボップと名づけられた部門がある。
昔、子供達と富士急ハイランドで遊んだ。富士急ハイラ
ンドには千分の1に縮小された富士山があり、中に入れ
るようになっていて富士山の内部はこうなっていると見
れるようになっていた。このミニ富士山は創業者により
作られたたもので、明治時代に生まれ、子供達のワンダ
ーランドをつくろうと考えた革命的なその人は科学者で
もあった。
だが、土産物屋はいただけなかった。子供達のワンダー
ランドにもかかわらず、売っている物は山梨県特産のほ
うとう(うどん)であり、富士急饅頭であり、手ぬぐい
であった。
夢の国ですからゴミ箱にゴミが溢れていてはいけません
と、すべての従業員がゴミ拾いに徹し、アーケードには
夢の国の住人のミッキーやミニーやドナルドがあふれて
いるディズニーランドとは、キャラクターライズ、マー
チャンダイジングに対する考えが天と地ほどの差があっ
た。
それをきったけに、たんに「アーティストTシャツ」
「キャラクターグッズ」などとは一切考えず、マーチャ
ンダイズはどうあるべきかを模索するようになったのが、
約12年前の3月のこと。
その1997年にはヘールボップ彗星が約400年の周
期で地球に最接近した。前回の最接近は関ヶ原の戦い前
夜の時代で、この彗星を見た日本人の中には徳川家康も
いただろう。
ヘールボップは3ヶ月あまりも天空に輝き続け、ロンド
ンで、高層圏を飛ぶ飛行機の窓から、小笠原諸島へ渡る
太平洋航路の海原で、ヘールボップ彗星をみつづけた元
祖天体少年の僕は、あたらしく始める我が社のマーチャ
ンダイズ部門にヘールボップと命名したのだ。

ルーリンは鹿林と書く。
2007年台湾の鹿林天文台の観測により発見されたこ
の彗星は、ルーリンと名づけられた。日本の国立天文台
によると、2月24日ごろに地球に最接近し、真夜中な
ら南の空高く土星の近くに6等級以上のあかるさで見え
るという。この彗星の軌道周期はすくなく見積もっても
数千年以上といわれる。これは見逃せない天体ショーで
あるが、はたして数千年後の最接近時に地球上に人類は
生き残っているのだろうか。我々がルーリンの最後の目
撃者になるのではないか。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-30 12:51 | Comments(0)
言葉あそび
2009年1月29日

「カスヤはなにかのコレクターか?」 と聞かれた。

植草甚一さんが若い頃GHQの図書館で働いた時に、蔵
書のその数50万冊にもおよぶ膨大な書物の整理整頓を
したことがあった。そのときに植草さんはマニアという
もの(この場合蔵書マニア)はよほどの金持ち以外はな
れないものだと悟り、老年となったいまでもマニアやコ
レクターにならない人生をおくったことをよかったと思
っている、という話を本に書いて、僕はそれを読んだと
きから自分もそう言う人生を送ろうと思ったので、その
話をして、

「俺はなにのコレクターでもない」

と答えると、

「いや、その話はまさにそうだが、そうじゃなくて俺は
 言葉のことを云っているんだ」

という。言葉のコレクターなんて、いったいどういうも
のだろう。聞いてみると、彼はいろんな言葉を集めてい
るらしい。例えば、
秋田県角館は「東北の小京都」であり、
山口県の萩もたしか「小京都」と呼ばれた。
埼玉県川越も「小京都」と呼ばれる。
いや、川越は京都ではなく江戸だったかな。
別の言葉でさがすと日本中にあるのがギンザだな。
熱海銀座。小樽銀座。徳島にも銀座があったな。
どこかの温泉町にある銀座は50㍍ほどの路地だった。
その一角だけネオンもけばけばしくピンサロやキャバレ
ーがごしゃごしゃと固まっていたな。
まあそのように、別のものに例えられて呼ばれるという
街・場所とその言葉をコレクトしているという。いって
みれば言葉のコレクターであるという。
ドナウ河とブタ城の名で世界遺産に登録されているハン
ガリー共和国の首都:ブタベストは、「ドナウの真珠」
と呼ばれる。
香港は「東洋の真珠」と呼ばれた。
さあ、そのように云われる都市を知らないかね?
と聞くのである。とっさには思いつかなかった。
数日して、東京新聞におなじく世界遺産に登録された街、
キューバのハバナの特集記事が掲載されていて、そのタ
イトルは、「カリブの真珠」だった。
グーグルで調べてみると、なんと、ナント、大阪がパリ
に例えられるなどという記事項目もあって、こればかり
はなんとも参照しがたく思ったが、いずれにせよ、日本
では「京都」「銀座」に例えられることがおおく、世界
の街では「真珠」に例えられることが多そうである。中
国の青島は「東洋のドイツ」などと言われるのだろうか。
なにか思いついたらメールしてくれと言い残して彼は拙
宅をあとにしたが、そのとき彼は編み上げのブーツを履
いていて紐をむすぶのに苦労していた。

「玄関にちいさな椅子でもあればいいんだけどね」

というから、
靴を履くときにいちいち玄関に座り込まなくてもいいよ
うに椅子を置いてあるんだが、今はこの花鉢の台座にな
っていると、花鉢(アマゾン原産の花:グズマニア)を
指さした。そのことを思いだし、後日、

「グズマニアに けつをとられて たちむすび」

と送ると、目に浮かぶようだな、写実だなとメールが帰
ってきた。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-29 12:38 | Comments(0)
おじぎ福助でいいことありますように
わたしは風呂に入らない。
わたしはシャワーを浴びるのである。
学生時代、立川の米軍ハウスに住んでいたことがあり、
このあたりからシャワー族。その後、住み処は都内を転
々としたが、新宿の十二社ちかくの神田川ちかくの4畳
半一間の安アパートにいたときは、窓のそとからヤクザ
者同士の喧嘩騒ぎやとなりのアパートに住む北新宿あた
りのキャバレーにつとめる水商売の姐さんたちの争い事
などが毎夜聞こえてきたけれど、共同トイレ、風呂なし
のアパートであったから、近所の銭湯に通った。
その時をのぞいて、ひとり者時代のほとんどはシャワー
族である。
結婚して、ほどなく1女1男に恵まれ、ちび共と一緒に
入る風呂はたのしかった。

「おとうさん。なにかうたって」
「パフ ザ マージック ドラーゴン・・」
「しらなーい」
「ほーらほーらアンデルセン・・」
「しってるゥ−」
「じゃあみんなでうたおう。ほーらほーらアンデルセン」

と大合唱したものだが、楽しかりし時はあっという間に
通りすぎる。ちび共が中学生になり高校生になり二十歳
をこえてしまった今はやはりシャワー族である。
ところが去年から毎週5回も6回も風呂に入るようにな
った。たっぷりのお湯にどっぷりと身体をしずめると芯
から温まるようで、今年の冬はいつになく体調がいい。
朝風呂に入り(朝寝、朝酒はしません)そろそろ仕事に
出るぞと用意をしていると、年来の大阪の友人Tが亡く
なったとメールが入った。
とるものもとりあえず支度して新幹線に乗りこもうとし
たときに、階段を上ってプラットフォームに登場した若
い二人連れが目に入った。男はそこそこであったが連れ
の女性がそれはまあうつくしい人で、わたしは世の不公
平さを嘆いたのであった。神に愚痴のひとつも聞いても
らいたいと思った。思っているとそのうつくしい人はキ
オスクで買い物をし、物を受け取ったときに財布を落と
したのが目に入った。

「財布が!」

と声をかけ指さし知らせると、そのうつくしい人はシマ
ッタ!っと思った心が感情にでた。チェッ! と舌打ち
するとすいませんというでもなく財布と財布からこぼれ
でた小銭を夢中で拾い集めにかかった。
新幹線の席に座った窓の外側でもたもたと銭を拾ってい
る姿をみながらわたしの乗った新幹線は出発した。
わたしは神にさきほどの愚痴を訂正した。
神様、あんな女と知り合いにならずにすんだことを感謝
しますと。

大阪について布袋のギタリズム:マスコミ・ディーラー
コンベンションに参加し、近くのホテルのコーヒーラウ
ンジで大阪のプロモーションマンと待ち合わせ、通夜の
斎場に向かった。個人の人柄をあらわすように大勢の人
がおわかれに参列していた。
享年53才。
痛みを伴わない膵臓ガンに病み、気がついたときは末期
で、あっという間の逝去だった。悲しみにくれる奥さん
も遺児達も我が家とほぼ同じくらいの年格好で心が痛み、
その場に居合わせることがつらくて、焼香をしたあと関
係者にご挨拶をすませると、そうそうに斎場をあとにし
大阪のホテルにもどった。
ホテルにもどり、同行していた布袋のスタッフを呼び出
し、食事につき合わせた。
今夜は通夜である。湿りっ気だけで過ごすことはできな
い。一人旅立つ友人を明るく穏やかにおくってやろう。
わざとらしく明るい話題で飯を食った。
このスタッフは鹿児島と宮崎の県境の町の志布志の出身
で、鹿児島県志布志市志布志何丁目でありますと、まこ
とに「志」がおおいところからきたものである。
この町にはかわった苗字がおおいらしい。
しもずるという名前の人がおりまして、漢字で書くと、
下水流と書きます、と云う。
かみずるという名前もありまして、漢字で書くと、
上水流と書きます、と云う。
変わったところでは、いるかやまさんという人がいて、
漢字では、入鹿山と書くのだそうだ。
どうやら奈良朝以前の古代日本人・隼人族が多くいた場
所のようである。ただし、このスタッフはこういった由
緒ゆかしき古代の一族とは無縁の、福岡からの移住の3
世であった。などとの話を聞きながら中華飯を食った。

翌朝は早起きをし、京都の伏見稲荷へ参拝した。
アートディレクターN氏の事務所の玄関に「おじぎ福助」
が飾ってある。正座してかしこまっている福助ではなく、
頭をぺたんと座蒲団につけおじぎをしている福助である。
感謝の念は通常福助よりはるかに強いと見た。
俺も欲しいな、どこで買ったとN氏に言うと、伏見稲荷
の参道の土産物屋で売っていますというから、伏見稲荷
さんへ商売繁盛の祈祷のついでに捜し求め購入した。
なにかいいことありますように。
境内には露天も出ている。
古着やの屋台をのぞくと男物の帯が売られていた。
手にとってながめている内に欲しくなってひとつ買った。

「にいさん。めェがたいかねェ」

と露天商のおばはんが云う。

「おだてたってダメだよ。これ以上は買わないよ」
「おだててますかいな。兄さんのこうたやつ正絹の帯や
 ないか。あとは全部木綿やで」

手にとったとき、ひとつだけ肌触りがちがう帯があって、
正絹の帯はもっているから、それと同じ手触りであとの
やつは同じ値段でも木綿だと気がついて買ったのだが、
それはそれでおばはんにはバレバレであった。

東京に戻った翌日の朝。会議中に携帯が鳴った。
アートディレクターのN氏からである。

「もしもしNです。今、伏見稲荷にきてるんですけど、
 糟谷銑司って書いてある鳥居の前にいます。あれホン
 トだったんですねえ。千本鳥居の一番前の先頭の鳥居
 だぞって云ってたこと」

会議の出席者は全員N氏を知っている。
電話で中断していた会議を再開するときにこの話をする
と、おじぎ福助がとりもつ縁ですねと全員明るい顔で笑
った。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-28 17:30 | Comments(0)
自身のこころ
3009年1月22日

1月21日は友人のミックこと立川直樹氏の誕生日だっ
た。ミックから、ふたりの共通の友人であるマッケンジ
ー森永博誌氏もおなじ日の生まれだときいた。生まれ年
はミックの方が1年早いらしいが、誕生日が同じ日だと
いうのは、彼等にとっては、なにか特別な感じらしい。
ふたりとも水瓶座。水瓶座はことしは12年に1度とい
うラッキーな運勢の年だそうだ。であれば、布袋にも幸
運はふりそそぎ、また、我が娘Uも幸あれである。
Uは1月23日の生まれで、やっと話しだしたころに誕
生日はいつですか? と訊くと、1,2,3と答えたも
のだった。ミックにはおめでとうと電話を入れた。寒い
冬のことだから真っ赤なマフラーを贈ろうと思っている。
娘にはなにを贈ろうかな。
マッケンジーには・・まっいいか。

ロンドンから届いたギタリズムを聴いている。
音が官能を刺激に刺激してくれる。

これでもか! 

と云わんばかりの音の洪水である。
いっしょに聴いていた友人Yは、

これほんとに日本人が作ったのか?

と聞いた。

アバンギャルドでロックンロールでポップアート。
我が社の第1弾作品がギタリズム。青春を過ごし人生の
歓喜も辛苦も味わい、そして20年目にしてまたギタリ
ズムと再会することができたのだ。44代アメリカ大統
領に就任したバラク・H・オバマ氏と同様、僕はこの日
をわすれない。ついでに、ミック立川氏にもマッケンジ
ー森永博誌氏にも、忘れないようにと伝えておこう。な
にせ、連中は大のギタリズム・ファンであるから。
耳に音の洪水が鳴り響いている僕はいてもたってもいら
れなくて、オフィースの中を熊のようにうろうろと歩き
回り、ソファーに腰を落ちつけてはまた立ち上がり、煙
草をつけてはコーヒーを飲んだ。

不思議なものでギタリズムを聴くと開高健が読みたくな
る。もうすこし真実をいえば、圧倒的な主題を持つすば
らしい音や映画や絵画にであうと開高健が読みたくなる。
マイルスの死刑台のエレベーター・・開高健であり、
キューブリックのバリー・リンドン・・開高健であり、
サルバドーレ・ダリの燃えるキリン・・開高健なのだ。
そこで、ギタリズムを聴いた僕は、しばらく書庫にねむ
っていた開高健の自伝的小説「夜と陽炎 耳の物語り」
を引っぱりだした。
サントリーの前身である寿屋につとめ、やっと生活が安
定しだしたころの描写に感心する。名文である。

「いっぱしのサラリーマンになってからは、いきつけの
 店ができたうえにツケがきくようになったので、少な
 くともカウンターに肘をつくことができるようになり、
 どう肘をついたものかと姿勢を考えることができるよ
 うになった。酒のサカナの最高はドテ焼きでもなけれ
 ば噂さに聞く西洋松露入りのストラスブールのフォア・
 グラでもなく、いささかのゆとりをもって肘のちょっ
 とそばにおいた自身のこころであるということに気が
 ついた」

とある。たしかに。たしかに。たしかにだぞとこころで
うなずき、ギタリズムを聴いているのである。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-21 14:22 | Comments(1)
欠席のお知らせ
2009年1月21日

明日午前1時頃から始まるオバマ大統領就任式を前に友
人のYからメールが入った。はたしてオバマ大統領はど
んな演説をするのだろうかというメールだった。

メールが入った時、わたしはオフィースでNHK:BS
放送を見ていた。
イギリスのテレビ製作プロダクションによって作られた
人類の起源についての番組で、ホモサピエンス(アフリ
カを起源とする現代人)とネアンデルタール人(旧人)
の遺伝子の研究についてのリポート・ドキュメンタリー
番組だった。
骨からはDNAが採取されるが、時間が経てば経つほど
DNAは壊れていく。そこで、アメリカ東部のノックス・
ビルという町にアメリカ政府は「ボディー・フィールド」
と名づけた死体置き場をつくり、テキサス大学の人類研
究学科に管理を委託し、地面に埋めた死体、野ざらしに
した死体からDNAをとりだし、時間と共にどれだけ壊
れていくのかを研究しているという驚くべきリポートも
あった。
現在保管されているネアンデルタール人の骨からは、
「0,数パーセント」ほどしかDNAがのこっていなく、
たったひとつV30と名づけられた小片の骨から奇跡的
に20%の遺伝子を採取することができ、これで一気に
ネアンデルタール人の研究が進んだということらしいが、
ある研究者は、本来30億個あるはずの遺伝子が20%
しか残っていないと云うことは、その80%は推測であ
るから、ドストエフスキーの大長編小説「罪と罰」と、
「赤と黒」をシュレッダーにかけ、こなごなになったそ
の紙片から、小説の違いを選り分け、もとの物語りを完
成するに似ていると説明していた。
◎初期のホモサピエンスにはなくて現代人にはある遺伝
 子はなにか?
◎その遺伝子はネアンデルタール人にはあるのか?
それが解明されれば、2種の人類の交配があった可能性
が証明でき、現代人の進化の過程が解明できる可能性が
あるという途方もない研究がおこなわれているとはこの
番組を見て初めて知った。
もしはないけれど、もし生まれ変われるとしたらそうい
った研究に一生を費やしたいとも思った。研究者のだれ
もがほうとうに良い顔をしていた。

そこにピュルルルル・・・・とメール着信が鳴った。
Yは、優れた演説はいかに短いものであるかを書き送っ
てきていた。

「1時間の演説はその場でできるが、10分のスピーチ
 には1週間の準備がいる」

とノーベル平和賞を受賞した28代アメリカ大統領ウイ
ルソンの言葉を添え、リンカーン大統領の有名な

「人民の人民による人民のための政治」

はたった3分であったし、ケネディーは10分だった、
さて、オバマ大統領の演説やいかに。
という内容のもので、いよいよあと数時間後後に迫った
大統領就任式がますます楽しみになってきた。
その前に大相撲初場所もある。朝青龍の横っ面を張り飛
ばし、取り組み後ガンつけられまくった若き嘉風が最近
はひいきです。
夜にはアジアカップ予選「日本VSイエメン」戦もある。
普段はテレビを見ないのだが今日はテレビにかぶりつき
の1日になりそうだ。街にくり出し飲んでる場合じゃな
いぞと。友人のバーテンダー諸氏、今夜は欠席でござ候
が、以上のような理由でござる。ご容赦候。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-20 16:22 | Comments(0)
ガラ・ルファー
2009年1月20日

チェンジ! のオバマ氏が大統領に就任する歴史的な日だ
が、時差があって、この時間はアメリカ東部はまだ19日。
残念ながらまだ歴史の1ページはひらかれれいないので、
別の話を。

足立区生物館で、角質を食べる「エステ魚」が人気を集め
ていると読売新聞にでていた。
古くなった人間の角質を食べる習慣がある魚「ガラ・ルフ
ァー」がそれで、この魚は「ドクター・フィッシュ」の異
名をもつコイ科の魚。トルコの温泉など西アジアに生息す
る。35度以上の水温でも生存できるため、餌のない温泉
で入浴者の皮膚を食べ始めたとされる。されると新聞記事
はいうが、もともとはどこに生息していた魚だろうか。

調べてみると

ガラの中で最も知名度がアップした種類ではないでしょう
か?特にトルコの温泉地にいる系統は特異な生態をしてお
り、37度くらいの水温でも平気で活動することができます。
この魚は、人間の皮膚をかじる習性を持っており、魚が肌
をつつく際、古い角質を除去したり、不思議なマッサージ
を体感することができます。
アトピーや皮膚炎が治ったという事例も知られることから、
ドクターフィッシュという異名も持っています。このガラ・
ルファを使用した処置は、ドイツでは医療行為として認め
られているようです。成魚のサイズは、約10cmにもなりま
す。人に大変慣れ、飼育者が近づくと寄ってきます。
飼っていてなかなか楽しい魚です。

とありました。魚の登場はあきらかに人間の登場以前なの
で人の角質を食べるというこの習性をどこかのだれかが見
つけ、そう飼い慣らしたのだろうと思うが、もともとどこ
に生息していたかと云うことは分からなかった。
ネットには、その飼い方などの項目や店の紹介もあるから、
今では観賞用の魚として人気があるようだが、北京にはこ
の魚を観賞用とせず風呂に入れている温泉がある。不確か
だが、8号温泉といったかなその名前は。
街の中心を示める天安門の東にある開発区に、毎夜毎夜ち
ょっと不良な金持ち北京人や外人のたまり場になっている
ブロック8というクラブがある。最新の北京の夜の遊びス
ポットということで、ここは見学せにゃならんですよと事
情通に連れられ行ったことがある。店は3つのエリアに分
けられていて、真ん中が巨大なカウンターがある飲み場、
左にはディスコによくあったようなVIP席、右は日本食
レストランとなっているが、それぞれのエリアは簡単な壁
で仕切られてはいるもののドアはなく、真ん中の飲み場で
DJがチョイスする曲は大音量で全店に響き渡り、飯はそ
の音の中で食うという変わった店だった。
そのあたりが「最新スポット」たる所以だった。
しかし、大音量のヒップホップ系の耳をつんざくような音
が流れるテーブルで天ぷらなどを食うのが最新なんて・・
互いに大声で話ながら飯を食うのが最新なんて・・・
中国人の趣向はときによくわかりませんですなあ。 
VIP席ではシャンパンがポンポンと勢いよく抜かれ、カ
ウンター席は注文をするのが困難なくらい人が群れていた。
事情通に云わせると、

「カウンターにほら。可愛い女の客がウジャウジャいるで
 しょう。カウンターに陣取るとあの可愛い娘たちがすぐ
 声をかけてきますよ。お友達になりましょうって。では
 お友達になりましょう。カンパーイ! て酒を一緒に飲
 むんですが、あれは客役という店の従業員ですよ。酔っ
 ぱらってできあがって店をでてから客と不埒な行為にお
 よぶとなれば、当局に目をつけられコラ! ってうるさ
 いですから、採用試験は、容姿端麗、客役の従業員とは
 わからない芝居上手、かつ、口説かれるふりして酒だけ
 飲ますという技術がないと採用されないという難しいも
 のらしいです。勿論ペイメントは厨房で働いている人間
 の数倍はもらっているようですがね。でもきれいでしょ
 う彼女たち。着てる服の趣味も東京とまったくかわりあ
 りませんが、衣装代は自前です。そのあたりは中国人商
 売上手いあるよ」

と耳打ちしてくれた。

「カスヤさんカウンターに行きますか?」

と誘ってくれたが、

「いやわたしは酒はあまり飲めないんです」

と断り遠くからながめるだけだったが、いやほんと、こん
なきれいな女がいるのか、人口が10倍なら美女も10倍
いるんだ、と感心するくらい美女揃いの店だった。
つけ加えておくと店は客でごったがえしていた。
帰りにエレベーターで、絶世の美女2人を両手に花で抱え
ているイケメン野郎といっしょになったが、事情通による
とイケメン君は北京で成功した韓国人の実業家で、美女共
も韓国人だと耳打ちしてくれた。
実業家だってェ?
どうせ、株や投機で儲けただけの野郎じゃないの?
それのどこが実業家なんだァ!
と、連中には理解できない日本語で叫ぶのが関の山だった。
彼等には理解できない日本語で叫ぶわたしの声を背に、お
迎えのロールスロイスに乗り込み消えていきやがった。
まあ、そんな連中の毎夜のたまり場がブロック8です。

話はながくなりましたが、そのブロック8のとなりが8号
温泉です。5階建てのフロアーのすべてに温泉があり(実
際の温泉ではないようです。ですから、巨大な銭湯です)、
食堂もあり、しかも食堂はただでうどんや水餃子などが食
べ放題といいますから、日曜日など家族連れで超満員だそ
うです。しかもいったん入れば24時間いっぱなしでOK。
入浴料は北京では高いものだそうですが、日本円からみれ
ば、東京にある町のサウナとかわらないとのこと。
この3階に、魚風呂があり、小魚がお湯に泳いでいて、入
ると身体に群がるように角質を食べるそうです。膝の角質
から足の角質、臀の角質と食ってくれるそうで、もちろん
魚風呂は別途料金だそうです。
垢擦りという部屋もあるそうです。韓国式に塩でごしごし
と身体を揉んで垢をとってくれるそうです。蜂蜜垢擦りも
あるそうです。ミルク垢擦りもあるそうです。温泉の泥を
つかった垢擦りもあるそうです。事情通にいわせると、何
回も行くと垢擦り屋と顔見知りになってこんな話をしてく
れましたという。どんな話かと云えば、

「わたしの垢擦りはただの塩もみではありませんよ。秘密
 の薬をつかっていますから、よりすべすべになるんです」

と云って見せられたのがバスクリンでしたと耳打ちしてく
れた。ブラックライトで照らしたら身体中が真っ青に光る
ことだろう。

事情通も肘や膝や臀をつつく魚がなんという魚であるのか
を知らなかったから、さっそく教えてやろうと思う。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-20 13:26 | Comments(0)
うっふ さいんばんな
2009年1月19日

「司馬遼太郎が考えたこと」というエッセイ集がある。
その第2巻は、1961年から64年に書かれたものが
まとめられてある。ちょうど、わたしが小学生から中学
生になったころで、司馬さん御当人は38才から41才
のころに書かれたエッセイである。

その本の話の前に若干寄り道をします。
「逆説の日本史」の作者、井沢元彦の「日本史集中講座」
を読んで感心した。大化の改新を成功させた大和朝廷が
権力を掌握し、律令制を確立するにつれ、日本古来の思
想の「穢れ」により軍事・警察権を徐々に放棄し、政権
が無武力化してゆく過程がかたられる。そして、平安末
期におこる朝廷の争い事に軍事力・兵隊として武士が採
用され、結果、平氏の台頭、源の台頭による権力闘争の
すえ、武家社会が成立してゆくという観点でかたられた
説で、この視点はみごとだった。
司馬学説にはない視点で、ことさら目あたらしかったか
ら、この目からウロコがおちた状態で、司馬説を再検討
してみるべ、と手にとったのが、上述のエッセイ集。

この本には、関ヶ原前夜の事や、
戦国拝金伝やら、
歴史を変えた黄金の城=安土桃山城や、
戦国の鉄砲侍のことや、
羽柴長秀の切腹やら、
毛利の秘密儀式のこと、
など武家社会にまつわるいろいろなことが書かれていて
参考になった。司馬論と伊沢論をかけあわせると武士の
発生がよりリアルになった気がした。

ところがこのエッセイ。司馬さんの40才のころに書か
れたものなので、大学時代もまだふた昔まえのことだか
らよく登場する。知らなかった若き司馬遼太郎に興味が
湧くのである。
「司馬遼太郎という作家は辞書をもっていない」
という俗説があるが、
戦前、ある私立大学の不勉強な学生が、卒業するころに
なってやっと世に和英辞典というものがあることを初め
て知り、そんな便利なものがあるのかと驚いた、という
話があるが、どうせ作りばなしだろうがわたしの学生時
代もこれに似ている。と学生時代のことから辞書話が語
られる。
大学時代のモンゴル語科に在籍していたとうじ、モンゴ
ル語は通常400くらいの単語で話されるものだから辞
書はなくても言葉を覚えることができたということに基
づいているもので、作家になった今はあたりまえに辞書
はもっているぞ。などと書かれていて、読むうちに伊沢
説VS司馬説という当初の興味などなどすっかりわすれ
てしまった。
鉛筆というのはモンゴル後でなんというか?
内モンゴルでは、中国後直輸入でチェン・ピイといい、
外モンゴルでは、カランダーシュとロシア語でいった。
もっともモンゴルにも民族語愛好者といった論客がいて、
鉛筆=鉛の筆=「ホルゴジン・ビール」といったが、
司馬さんが出会った数少ないモンゴル人たちの範囲では、
この純モンゴル語をいっても、
「むっとこえ」
といった。知らん、という意味だ。まあ、こういうこと
でモンゴル語を勉強したものだから、語学校の学生のく
せに辞書を買う気になれなかった、などと書かれていて、
ますますおもしろくなり、伊沢説VS司馬説はますます
わすれた。
司馬さんは学徒出陣で兵隊に取られ、終戦を迎え、復員
して京都の地方新聞社に就職するが、新聞社はほどなく
つぶれ、サンケイ新聞に紹介するひとがあり、サンケイ
新聞につとめることになったが、英語通訳という名目で
の就職だったらしい。
「モンゴル語が専攻だが、外語大出だから英語くらいは
 喋れるだろう」
という採用だったらしい。
司馬さん、会社に入りたさ一心で、まあやれます、と言
ったが、実は英語などとっくに忘れていた。
しかしいくらなんでも辞書くらいは必要だろうと古本屋
に買いに行ったが、帰宅してひらいてみると、なんと、
それはドイツ語の辞書で、あまりのばかばかしさに買い
換える気もおこらず本棚のうえに置きっぱなしにしてお
いたが、ふしぎなもので今でもこの辞書はもっている。
なども書かれている。
直木賞をもらった直後、第1作というものを書かされる
らしい。その小説の中で、自分が忘れた漢字はひらがな
で書き、かっこして(辞書をひくこと)などと注をつけ
て原稿を書いていたら、それを見た担当者が、辞書を持
っていないのですか? とさっそく国語辞典を送ってく
れたというエピソードもあり、これで、
「司馬遼太郎は辞書を持っていない」
という説が成立してしまったのだそうだ。

モンゴル語のエピソードを追加しておきます。
学生になってちょうど1年目に、当時の蒙古政府から日
本に見学団がきたので、大阪のすみずみまで案内したあ
と、
「わたしのモンゴル語はどうですか」
ときくと、
「サインバイナ(好いよ)」とお世辞をいわれた。
宗右衛門町の宿までおくりとどけ、そこで多少の猥談を
試みると、この草原からの旅行団は、手をたたいてよろ
こんでくれた。
「うっふ さいんばんな!」
たいへん結構だ、ということである。
などとも書かれていた。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-19 13:31 | Comments(0)
南天
2009年1月16日

南天という店があった。
ロンドンのマンチェスタースクエアーからほど近い小さ
な通りに面していた。そこはオフィース街のはずれでも
あり、住宅地でもあるといったところで、南天を利用す
る客は日本のビジネスマンであった。イギリス人の客も
いることはいたが、日本に行ったことがある人か、もし
くわ、仕事関係の日本人に連れられてこられたといった
具合の人々だった。週末をのぞけば客はいつもまばらな
店だった。
1990年代初頭の頃で、焼き鳥屋という専門店はまだ
定着していなかった。ロンドンで有名な日本料理屋とい
えば、ピカデリーサーカスにあるHIBIKI(響)で、
サントリーが経営するこの店は高級料理店として知られ
ていた。東京や京都にある高級料理店とおなじくらいの
値段がするそうで、個人で食事にゆく人はまずまれで、
客のそのほとんどは日本の一流企業で働く役員で、毎晩
接待が繰り返される場所だったから、当然、そんな店に
は行ったことがない。
この店では、考え得る日本料理のほとんどがだされてい
た。テンプーラ。スーシ。サーモンテリヤーキー。ビー
フテッパンヤーキ。スキヤーキ。シャブシャーブ。トン
カーツ。テンプーラソーバ。等々等々。
いってみれば、デパートの食堂的な品揃えであった。
ロンドン人もこの店にて提供されるメニューの品々が
日本料理と思い込んでいて、まさか、トンカーツだけ
の専門店、トンカツ屋があるなどとは思いもしなかっ
た。日本じゃ寿司屋でソバなど食わない。しゃぶしゃ
ぶ屋で鉄板焼きなど食えないんだと何度も説明するが、
肩をすくめるだけだった。
ダディーはテンプーラ、マミーはスーシ、ワターシは
テリヤーキが好きだから、日本では家族は別々の店で
食事をしなければならないの? などと言われても、
そうだと答えれば、どうして日本では家族で食事はし
ないの?などと聞かれるに決まっているから、主題の
転回について行けるだけの英語力をもっていないこっ
ちもただ肩をすくめるだけだった。
1990年代といえば、ニューヨークには寿司屋もあ
り、天ぷら屋もありすき焼き屋もソバ屋もうどん屋も
焼鳥屋もあったが、ロンドンではそういった日本の食
文化は定着していず、専門店は皆無だった。
郊外というか田園というか田舎というか、ロンドンの
ような大都会から離れ日本の食文化にまったく無縁な
カントリージェントルマン達は、刺身さえ口にしなか
った。刺身は、生きている魚を包丁で切り刻んで生で
食う野蛮なものと思っていた時代であった。

そこに1軒だけロンドンの片隅に焼鳥屋が登場する。
南天の大将も、早すぎましたかねえ・・・
などと口にしていた。
南天の夫婦はロンドンに来る前はパリに長くいた人で、
どうして焼鳥屋を開こうとしたかはよく知らない。
チキンが安く手に入るルートを見つけ、誰もやってい
ない店ということだったのだろうと思うが、海峡を隔
てただけのとなりの国・イギリスが、美味いものなら
なんでも食うというフレンチとまったく違う食文化の
国だということは知らなかったようだ。

安くて美味くて混んでなくて何時行っても座れる店は
焼き鳥好きのわたしには天国で、ロンドンに行くたび
に通い続けた。
ニューヨークでもロスでもパリでも専門店はあります
よ。これから日本・イギリスはもっともっと交流が進
むでしょうし、カロリーの高い物ばっかり食っている
イギリス人も健康志向も持ちますよ、そうなれば、ヘ
ルシーフード=ジャパニーズとなるでしょう。しばら
く辛抱すれば、きっとそんな時代が来ますよ、などと
話したものだったが、南天はだれにも気づかれずにひ
っそりと店を閉め、ロンドンの街から消えていった。

日本ブームで、今ではモスクワにうどん屋ラーメン屋
が続々と開店しているらしい。ラーメンを運んでいる
ロシア人の女性スタッフが写真に写っていたが、手に
しているのはナント! 郡山ラーメンというではない
か。専門店を通り越して、地域銘柄ラーメン屋が出現
しているのである。
南天の夫婦がそそぼそと焼鳥屋をやっていたあの頃を
思うと隔世の感がある。
でもわたしは忘れない。
志半ばにして消えていったあの店を。
南天と書かれた大きな赤い提灯が暗い道に灯っていた
あの風景を。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-16 15:15 | Comments(0)
残った残った転んだ転んだ
2009年1月15日

朝青龍、土俵に残るねえ。
毎回押しこまれるが、最後は相手がばったりと転ぶ。
もう28才で、かっての強さはなく、より稽古をしなけ
ればならない年になってきているにもかかわらず稽古か
ら遠ざかっている、と指摘されているが、昨日の一番で
もかろうじて土俵に残り勝ちを拾っている。その残った
格好が赤塚フジオ描くところのイヤミのシェーそっくり
なのは、もう強くはないが対戦力士に星を勝ち取る絶対
力はない、よって僕はまだ負けないぞー、という現実を
ポーズで表しているようだ。
だが、すくなくとも、この勝ち方では15日はもたない
だろう。もしこれで勝ち続けるとすれば、他の力士はな
にやってんの? とまたぞろ、ないとは思うが注射問題
がかしましくなるかもしれんな。

日馬富士、土俵に転ぶねえ。
新大関が初日から4連敗は史上初めてのことだそうだが、
こちらは押しこまれて負けているのではない。押しこん
で負けているのだ。なぜ押しこんで負けるのか。手だけ
で突進しているから、土俵際で相手にかわされるとつっ
かい棒がとれたように這いつくばるのである。初日二日
目はまだ挽回の余地はあったが、4日連続黒星じゃ、い
よいよ焦って足が動かなくなり、下手をすると新大関で
負け越し? が頭をよぎりまくってそれが更なるプレッ
シャーとなりますます足が動かなくなっている。大関昇
進を勝ち取ったここ数場所の相撲はまったく思い出せな
くなってしまっているという天国と地獄を味わっている
ところだろうと思うが、それが関脇という地位には与え
られていない国技のプレッシャーだ。頑張れ。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-15 17:44 | Comments(0)
ドラゴン。タトゥーの女
2009年1月14日

書評を書くのは得意ではない。
極たまに本を引き合いに出すけれど、それはただおもし
ろかった、このセリフが決まっていた、などと書いてい
るだけのことで、書評ではない。だが今回は本について。
昨年末に買って、この正月に読んだ本はいくつもあった
が、寝食を忘れてというのは大袈裟だがそんな本にでく
わした。

スティーグー・ラーセン著、早川書房刊の
「ミレニアム1」ドラゴン・タトゥーの女、がそれだ。

2005年にスエーデンで刊行され、たちまちベストセ
ラーとなり、フランス、イギリス、アメリカで発売され、
あっという間に800万部の大ベストセラーとなった。
特に人口約900万人のスエーデンでは250万部も売
れたというから、この国で本を読む人々のほとんどが読
んだといっても過言ではない。
このことは、本の帯びに書いてあったことだから書評で
はなく、まあ、言ってみれば早川書房の宣伝の受け売り
にすぎまない。
ストーリーを書いてしまうという暴挙はさけつつ、どう
いう物語であるかを紹介するために、簡単なあらすじを、
映画でいえば予告編を書いておきます。

主人公は、
ミハエル・ブルムクビスト。経済ジャーナリスト。
「ミレニアム」という経済誌の発行責任者で共同経営者。

老人の元に毎年誕生祝いの押し花の額が届けられる。
もうひとりの老人と「今年もきたよ」と会話をする。
老人は、スエーデンの引退した大企業の元会長。
もうひとりの老人は、元会長と親交のある元警部。
ふたりは、迷宮入りしたある失踪事件を今だに引きずっ
ていることがプロローグで語られる

主人公ミハエルが「ミレニアム」で特集した或る大企業
の内幕記事を巡って大企業側から訴えられ裁判となり、
名誉毀損で有罪判決を受けるところから本編がはじまる。
ミハエルは「ミレニアム」を去るが、ある弁護士から仕
事を依頼される。それが、プロローグに登場した未解決
の失踪事件を身内に抱える元会長からの仕事だった。
依頼は2つ。
1つは元会長の大企業の企業誌、家族一族誌の執筆。
2つ目は秘匿の依頼で、30年前に殺されたと警察で判
断された姪の失踪事件の謎を解明することだった。

共同経営者であり愛人関係にあるエリカは、信用が失墜
したこの雑誌を存続させることができるのだろうか?

経済ジャーナリストであるミハエルは、警察が解明でき
なかった失踪事件の謎を解くことができるのだろうか?

巨悪を知り得ながら証明することができなかったために
裁判では負けてしまったミハエルは、果たしてその巨悪
をどう裁くことができるのか?

30年前の殺人事件とジャーナリズムのあり方と巨悪と
の戦いが同時進行で展開するのである。
この物語には、数十人の人物が登場する。スエーデンの
物語なので、ミハエルとかヴェンネルストレムとかグレ
ーゲルとか耳慣れない名前の人々が登場する。読み始め
は誰が誰だかよく分からなくて、そう言う場合はたいが
い読むスピードがぐっと落ちるものなのに、かまわずど
んどん読み進んだということは、この物語がわたしには
どれだけおもしろいものであるのかを自覚しながら読ん
だということだろう。ぶ厚い本なのにどんどん読み進む。
例えは悪いが、あのマイケル・クライトン本のように次
から次へと出来事が起こる。
例えは悪いが、ダン・ブラウンの「ダビンチ・コード」
のようなスピード感でストーリは展開される。
フリーセックスの国スエーデンの物語であるから、セッ
クスシーンもふんだんに登場する。
開高健が、
次から次へと読み進める本=ミステリーとポルノ。
と名言を残したが、ミステリーにセックスシーンが登場
してくれるのである。
余談ですが、我が大学時代の悪友・綺羅光は日本を代表
するポルノ作家であるが、彼もまた名言を吐いた。
ミステリーにポルノは味付けになるが、エロにミステリ
ーは不用である、と。
主体が逆転するだけでおもしろくなったりつまらなくな
ったりするのが読み手の微妙な心のアヤであります。
ただし、ふんだんに登場するセックスシーンといっても
綺羅先生のような微に入り細にいたる描写はない。男と
女がベッドに入るが、寝室のドアが閉まれば我々は外に
閉め出されるのである。その後は、大人の読者の想像で
ある。
そこに、悪魔的な魅力を持つ女が登場する。
ミレニアムシリーズ・1の副題:ドラゴン・タトゥーの
女である。
25才。小柄で少年のような身体つきをし、パンクロッ
カーのように眉にピアスをし、肩胛骨から臀部にかけて
ドラゴンの入れ墨が躍っている。過去は一切不明。誰と
も口をきくこともなく誰とも心を許し合おうとしない天
才情報収集員。作家のステーグ・ラーソンは、よくこの
キャラクターを作り上げたものだと感心する。ひょっと
したら小説史上初めて登場したキャラクターではないか。
あるきっかけがあり、この女とミハエルは組み、失踪事
件の謎の解明と巨悪の告発とジャーナリストとしての復
権を勝ち取っていくのである。
悪い例えとしてと、マイケル・クライトンとダン・ブラ
ウンをあげたが、この両者なにが悪いかと言えば、始ま
りはあまりにもワクワクドキドキするが、結論がふにゃ
ふにゃであるという共通の欠点がある。ことろが、ステ
ーグ・ラーソンの手になるこのミステリーは最後の結論
におおいに溜飲がさがるのであるから、展開される物語
の悲惨さにもかかわらず、ハッピーエンド物語を読んだ
ような読後感があるのである。とてつもない新人の登場
である。
「ミレニアム」は全3部シリーズで、今回のドラゴン・
タトゥーの女はその第1部である。これから2部、3部
と刊行されるがこれからいったいどうなるのか、発売が
待ち遠しくてたまらない。
付け加えると、ヘレンハルメ・美保、岩澤雅利両名の翻
訳者の力もかなり大きいと思う。訳者のあとがきを読む
と、まず岩澤氏がフランス語版から翻訳を行い、これを
ヘレンハルメさんが原書であるスエーデン語版と照らし
合わせて修正を加えるという作業だったらしい。あまり
馴染みのないスエーデンの物語がストレスなく読めるの
は、両名に負うところが大きいと思う。

さて、とてつもない新々作家ステーグ・ラーソンのこと
について書いておこう。彼自身も主人公ミハエルと同様
ジャーナリストとして長い間その世界で活躍した人で、
10年ほど前からこの「ミレニアム」の執筆にはいり、
3部作を書き上げた2004年に出版契約が成立し、こ
のシリーズは2005年に発売されたのだが、ステーグ・
ラーソンその人は、自身の著書の大成功を見ることなく
2004年11月心筋梗塞で世を去っている。享年50
歳。冥福を祈りたい。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-01-14 16:54 | Comments(0)

 
Copyright ©1997-2007 Excite Japan Co.,Ltd. All Rights Reserved.
免責事項
- ヘルプ - エキサイトをスタートページに | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム