exciteブログ ExciteホームExcite Musicトップサイトマップ
プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
リンク
以前の記事
2013年 08月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
最新のコメント
http://vimax..
by obat pembesar penis at 23:53
http://vimax..
by obat pembesar penis at 12:50
Hi I am so e..
by moncler co at 08:41
Can you tell..
by vegan uggs uk at 22:20
Right here i..
by cheap ugg at 05:46
Hello I am s..
by ray ban av at 22:50
Howdy I am s..
by parajumper at 05:08
ピアノ買取センター ~ピ..
by ピアノ買取 at 05:12
販売商品 精力剤分野:..
by 神奇山精丸 at 15:39
媚薬:http://ww..
by 媚薬 販売 at 12:41
最新のトラックバック
ギタリズムは止まらない。..
from POP-ID通信。
the who 武道館
from こういちの日記
the who 武道館
from あややの日記
the who 武道館
from 気になるニュースについてブログ
豚足のための豚足が作る豚..
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
大皿焼けました*
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
拝啓*糟谷様
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
豚足の器のご紹介です*
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
東海道五十三次にハッとし..
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
豚足の器*2作目☆
from ユニオンスクエアの窯 ☆ ニ..
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2009年 04月 ( 9 )   > この月の画像一覧
ベトナム紀行−3
2009年4月21日

しかし、ベトナムという国はどういう国なんだろう。
フリー百科事典「ウィキペディア」で調べる。
正式国名は、ベトナム社会主義共和国。
地理は、東アジア・東南アジアのインドシナ半島東岸に
ある南北に細長い国家。北を中華人民共和国、西をラオ
ス、カンボジアと国境を接する。東は南シナ海に面し、
フィリッピンと対する。とある。
南北の長さは、そうだな、鹿児島から青森までの距離に
相当する。成田から北部のハノイまでは約4時間くらい
のフライト。南部のホーチミンまでは約6時間ほどかか
るかもしれない。
総面積は330000キロ平方メーターで世界65位だ
が、人口は約8500万人で、世界で12位だというか
ら人口密度は日本よりはすこしゆるいようだ。
GDPは、すこし資料が古いが合計2039億ドル(世
界38位)で、国民一人あたりでは900ドル。日本は
34000ドルだから、経済状況はおおきく違っている。
経済は発展途上国である。
文化歴史は、北部ベトナムでは紀元前から東南アジア最
古の青銅器文化が広がり、原始的な部族国家を形成して
いた古越人(ベト族)が民族のルーツともいわれる。秦
の始皇帝以降、千年にわたって中国王朝の支配をうける
が、完全に中国化することはなっかったようだ。ただ、
紀元千年ころ、唐時代末期の混乱により中国の支配から
独立することになるが、そのころに建てられた学校がハ
ノイ市内に現存していて、それは孔子廟であるから文化
は影響を強く受けたものと考えていいだろう。
孔子廟は日本にもある。一番有名なのは東京にある湯島
聖堂で、これは朱子学を学問の柱とした江戸幕府によっ
て建立されたものである。校長は林大学頭。ただし、あ
くまでも学問の柱とされたもので、宗教心、生活精神性
までも儒学一辺倒とした韓国・李氏朝鮮とはそこが大き
く違っている。ハノイの孔子廟(学校)が建立された時
期は中国支配からの独立をしたころだから、江戸幕府と
おなじくあくまでも学府としてであったのではないかと
思える。よく、日本人とベトナム人は似ているといわれ
るが、それはこういった共通の歴史をもっていることか
らくるものではないかとも主観ながら思う。
南部ベトナムはまたちがった民族・歴史を持っているが、
17世紀には南北が統一され、今日のベトナム領土が完
成した。
気候は北部は温帯性気候で、南部は亜熱帯性気候。
昨日、トンキンの食事時のことを亜熱帯性の夜は甘くな
どと書いたが、ハノイは温帯性気候でしたので、これま
った失礼しましたと訂正しておきます。植木等であれば、
およびじゃない、およびじゃないと引き下がるところだ
が、いずれにせよベトナム全土は北回帰線の南側に位置
する。真夏には太陽は真上ではなく北側を通り過ぎるの
だろう。

ここにS君という日本人が登場する。S君は東京のレコ
ーディングスタジオのエンジニアー兼オーナーであるが、
レコーディングを通じて知り合ったジプシークイーンの
仕事を手伝うようになり、現場絶対至上主義の東南アジ
ア各地でジプシークイーンがライブをする時のためにひ
とりで一足先に現地に入り、ラオス、カンボジア、ベト
ナムを回り、事前打ち合わせ&情報収集をし、日本から
くるジプシークイーンを待ち受けるのである。
今回のベトナムのハノイの桜祭りでは、我々ご一行様の
現地アテンダーの仕事も引きうけてくれていた。暑がり
やさんでいつも汗をかきかき仕事をしている。
昨日の午後、ミーリンの旦那であるプロデューサーのア
ンと打ち合わせをしたときに、ハノイのオペラハウスを
見学したいと申しいれると快く手配してくれた。オペラ
ハウスにはミーリン事務所のアンの秘書という若いとて
もきれいなベトナム女性が立ち会ってくれ、立川氏、わ
たし、S君の3人で見学した。オペラハウス正面のファ
サードには1912年建立と銘してあったから1914
年オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・
フェルディナンドがサラエボで暗殺されたことをきっか
けに始まった第一次世界大戦夜明け前に建てられたもの
であることがわかる。フランス植民地時代のころのこと
で、パリのオペラハウスとよく似た建物だった。あのこ
ろはもちろんジャズもなくロックもブルースもヒップホ
ップもなく、芸術と言えばクラッシックか歌劇(オペラ)
が主流であったのだから、オペラハウスは文化芸術の殿
堂というべく堂々たる偉容を誇っていた。また、単に文
化芸術の殿堂というだけでなく、支配者階級の社交界の
舞台でもあったろうと思われる。まことに華やかな至極
結構な建物でありました。映像収録にはすばらしいロケ
ーションである。いつかここでライブをやるぞと。
見学が終わるとS君は明日でかけるバンコクまでの航空
券を代理店まで取りにゆくということで、そこで別れた。
立川氏とオペラハウス近くにある、あのサマーセット・
モームが愛してやまなかった、あのチャーリー・チャッ
プリンが愛してやまなかったメトロポール・ホテルの中
庭に面したプールサイドのバーで昼前のアペリテフを軽
く一杯やることにした。
二十歳のころのこと。
共通の友人のこと。
老犬のこと。
ここで東京のスタジオからツアーに関しての演出、製作
関係の電話が入り会話は一時中断した。そしてまた、
来春計画している集英社85周年企画のこと。
ハンブルグの娼館のこと。
アイスランドの寿司屋のこと。
本のこと。
映画のこと。
旧跡の大学の一番奥の廟に鎮座していたのはやはり孔子
だったこと。
このホテルのプールサイドがロスアンジェルスのビバリ
ー・ヒルズホテルのそれとそっくりなこと。
今晩の夕飯のこと。
などゆっくりと流れる時間の中で、卓球の長いラリーを
やっているかように3時間ほど語らった。
そのころS君は、無事チケットをゲットした後、バイク
タクシーをつかまえ、久しぶりの休み時間だどこかおも
ろいところを案内せえとハノイ旧市街地へとくりだした
らしい。この旧市街地区は、狭い路地裏が入り組んだと
ころで、所によってははなはだ危なっかしいところだが、
S君はどうやらその中の一軒に連れて行かれたようだ。
S君が飯が食いたいと言って連れて行かれたその店はヘ
ビ屋だった。ヘビのスープ、ヘビを軽く焙った肉が入っ
たサラダ。ヘビが漬け込まれたヘビ酒。なにであったか
は不明だがいずれにせよヘビがはいっていたデザートな
どを喰らったらしい。店内、と言ってもドアやガラスで
仕切られてはなく、まあ、露天に天井がついているだけ
の店のようで、S君が喰っているテーブルのとなりでは
家族が数人がかりで、ヘビを生で捌いていたという。
ヘビはヘビでもコブラ専門店だった。夕方、ホテルで会
ったS君はなんとなく脂ぎって精気があふれていた。
当の本人は、ヘビ食ってぼられた・・・・
とぼやいていたが,聞いてみるとバイクタクシーの運転
手君にも飯をおごってやり、それでひとり5千円だった
というから、たしかにベトナムでは高い値かもしれんが、
珍経験としては決して高くないよと言っておいた。それ
よりも出されたものを粛々と食ったり、コブラと知った
あとも粛々と食べたり、タクシーの運ちゃんにも飯を食
わせてやったところなど、人間の良さがでていると思う。
東京に住んでいるだけじゃでき得ない人間力が南アジア
を回っているあいだにS君に積み重なっているように思
えた。立川氏はその話を聞いて、即座に、スープは美味
かったろうと感想した。

最後の夜は、ハロン湾見物に行ったジプシークイーンご
一行様と合流し食事会。もちろん、ベトナム料理。ここ
で食った、鍋の中に塩を敷いてアルミフォイルのうえに
乗せた鶏肉の鍋蒸しというか、塩竃焼きというか、それ
がとっても美味かった。ラブホテルの建ち並ぶ街道を通
ってハノイ空港へ。空港の免税品店でコブラ酒を売って
いたが、それは買わず手ぶらで一路東京へ戻った。持っ
てきた2冊の本は読み終えてしまったから寝るだけ寝て
帰った。成田でご一行様と別れた。
なにか大切なことを書き落としているような気がするが、
それはまた、思い出したときに書くことにしよう。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-21 12:55 | Comments(0)
ベトナム滞在記−2
2009年4月16日

明日に続くと15日のブログに書きながら、ホテイツア
ーのリハーサルスタジオに入りっぱなしで、下書きはし
たもののまとまらず滞在記ー2が数日遅れてしまった。

スーツに着替え、ホテルで待っていると大型バスが迎え
にきた。今夜、コンサートに出演するバンドのメンバー
&ご一行様とバスでコンサート会場まででかける。
街の中心部では交通量はますます多くなった。信号で停
車しているバイクの数は半端じゃなく、青信号にかわる
とオートバイレースのように次から次に飛び出して行く。
その姿はまるで巨大な長い龍のごとくであった。自転車
に乗っている人はさほど多くない。車は多いと云っても
まだ数はしれている。北京や上海ではひっきりなしに市
バスが客を乗せて走るが、この市では交通のインフラは
まだ手が着きかねているようでバスの便はあまり良くな
い。車を買うことができない人全員がバイクで市内を走
っているような感じだった。
南のホーチミン市ではバイクがハノイの10倍は走って
ます。そのバイクが鳴らすクラクションの音で市内は夜
まで1日中大騒音大会になっています。それに比べりゃ、
ハノイは静かですよとも聞いたが、その声はクラクショ
ンの音でよく聞き取れなかった。

バスはバホーンーーーバホンンンンーーーとクラクショ
ンを鳴らし、直進する車やバイクを牽制しながら右左折
をくり返し会場についた。
大きな広場に野外ステージが組まれていた。昼過ぎに降
った雨と強い風でステージ上にある屋根代わりのテント
が吹き飛んだようで会場回りはドタバタしていたが、そ
の様自体は遠目にはのんびりとしたものだった。
野外ステージ脇にあるおおきな建物に入ってみる。そこ
には日本ベトナム文化交流のブースがでていて、京都大
学、立命館大学、秋田大学、静岡大学などのブースもあ
ったが、時間が遅かったようで誰もいなく、これ等の大
学はここでなにをしているのでしょうということは聞け
ずじまいだった。今回の文化交流イベント・さくら祭り
には日本政府、外務省、国際交流基金、県、大学やおお
くの企業が参加し、ブースを出し、日本を紹介し、野外
会場でおこなわれるイベントには日本のバンド ジプシ
ークイーンが出演し、原宿と町田のよさこい連もおおい
に会場を盛り上げるのである。ブース会場に各県を紹介
するポスターがずらーと並べて展示されていたが、地面
すれすれのローアングルから今まさに通り過ぎようとす
る永平寺の托鉢僧の一群を足下から撮った福井県のポス
ターが動的で迫力満点で一番エネルギーがあった。ポス
ターは福井県が最優秀でアートディレクターはよほどの
感性を持つとみた。我が故郷愛知県は名古屋城、織田信
長、豊臣秀吉、徳川家康をコラージュしたポップなでき
あがりになっていて、次点だという評価で立川氏と一致
した。京都などのポスターも悪くはないが、名所旧跡紹
介以上には感じられなかった。京都など最大の売りなん
だからと考えればもったいないことだ。奈良県のポスタ
ーはおきまりの大仏さんがどーんと鎮座していたが、こ
れをみてベトナムの人は奈良に行きたいと思うかは、は
たして疑問だった。
日本祭りだから日本好きのベトナム人も多く集まってき
ている。特に日本が好きということでなくても、野外会
場で売られるたこ焼き、焼きそば、日本の菓子などを売
るテントには人だかりがしていた。浴衣を着たベトナム
娘さんもいる。足元を見ればハイヒールだった。親子連
れ。友達連れ。恋人連れ。ヒマそうなオヤジ。ものめず
らしげな婆さん連れ。言ってみれば、大きな村祭りとい
う規模と趣向ではあるが、それでもこんなに大勢の人々
が日本桜祭りに集まっていることにちょっと驚いた。
へー。俺たち日本のことをこうして紹介してくれている
んだと交流会の人たちの地道な努力には頭が下がった。
感謝もした。
ジプシークイーンのライブの最後にベトナムの国民的歌
姫ミーリンがゲストで登場し、2曲歌い、おおいに会場
が盛り上がりコンサートは終了。
会場をでる人混みに揉まれるように、ミーリンと連れだ
って立川氏とわたしの3人は会場をあとにしたが、
ナンデ? ミーリンが日本人と歩いてるの?? 
と不思議そうな顔で見られた。周りを囲んで取り巻くと
いういうようでなく、遠巻きに輪をなしてこちらの行く
方向に輪が動いていった。
近くのホテルの宴会場で開かれた日本桜祭りのレセプシ
ョン・パーティで関係者に挨拶をすませると、ミーリン
が食事をしましょうと誘ってくれ、トンキンと云う名の
ベトナムレストランに連れて行ってくれた。ミ—リンは
立川氏の美食家ぶりはよくご存じで、ハノイのベトナム
料理屋のトンキンでもオーダーは立川氏にまかせていた。
ハノイビール。白ワイン。赤ワイン。蓮の花と茎のサラ
ダ。春巻き。フォアグラ。鶏肉の揚げ物を注文した。立
川レコメンドはどれもこれも美味いものばかりだった。
しかも量が適切というところが見事に的を得ている。持
つべき者は美食家の友人である。
ベトナム料理を初めて食べたのはベルリンだった。コリ
アンダーの青臭い草いきれにも似た香りに当惑した。調
味料の魚醤:ニョクマムの魚の腐敗したような匂いにも
閉口した。ニョクマムは今は日本でもナンプラーと呼ば
れ、ちょっとしたスーパーでどこでも手に入るようにな
ったが、あの美味さは初めてベトナム料理を食べた当時
は理解できなかった。ただ、生春巻きの美味さに驚いた
わたしはことある毎にベルリンの友人達を誘ってベトナ
ム料理屋に通った。そして通い慣れると草というよりか
すかな土の香りすらするところが苦手だったコリアンダ
ーにも慣れ、ニョクマムにいたってはなくてはならない
調味料になった。今回のハノイではトンキンの蓮の花と
茎のサラダにも好みで追加してふりかけた。
トンキンはかってのアメリカ人貿易商の3階建ての旧宅
を改造してレストランとしているが、我々が陣取ったテ
ーブルは屋内ではなくタイルが張られた庭に用意された
席で、亜熱帯の甘い夜のほの暗さを照らす頭上の小さな
ライトがほの明るく灯りとても心地良かったせいだろう、
初対面だったが国民的歌姫のミーリンとはうちとけて話
すことができた。
音楽のこと。仕事のこと。家庭のこと。子供の教育のこ
と。ハノイのこと。サイゴンのこと。あれやこれや。
とても気さくな国民的歌姫だった。彼女もわたしにここ
ろをゆるしてくれたのだろうと思うが、わたしはすっか
り彼女のファンになってしまった。ウオッフォンと咳払
いをして話を変えるが、エンジニアーのG・H氏の2歳
になる娘はおとなの男性が苦手で知らない人に出会うと
いつもこわがるが、どうやらわたしは平気らしい。おぼ
えたての言葉でカスヤさーんと寄ってくる。姪の1歳の
娘は這ったり歩いたりと可愛い盛りだ。この子もおとな
の男性が苦手というが、わたしには抱かれてニコニコ笑
っている。気持ちの純粋な人にはわたしがわかるのだと
つけ加えさせていただこう。ミーリンも純粋な心を持っ
た音楽の天才なのである。

ホテルに戻ると、遠く聞こえる交通渋滞の喧騒を断ち切
るように窓を閉め、また本を読んだ。ベッドに寝ころび、
まくら元のベッドライトのスイッチを入れるが点かない。
あれ? 電球の球切れかな?
2度3度スイッチを入れ電球を外したり差し込んだりし
たが、点かない。フロントに電話を入れそのことを告げ
ると、若いスタッフがコンコンとドアをノックして部屋
に顔を出した。このダーリンというホテルの従業員は誰
も若く、働き者である。このスタッフは時にフロントの
チェックイン・チェックアウト係であり、ホテルの前に
バスが着き、客がぞろぞろとおりてくれば荷物を運ぶド
アマンとなり、電球が切れれば夜中であろうとなかろう
と営繕係と化すのである。
営繕係がスタンドライトの球をいじっているように見え
たが、ライトのコードをたぐっていくとコンセントに差
し込まれていないことがわかった。一件落着と思ったが
ところがそうではなかった。そもそもコンセントの差し
口がなかったのだ。コードの先をぷらぷらと手で回しな
がら営繕係はこちらを見つめ首をすくめた。その表情は、
「旦那。これがベトナムでござんしてね」
と言っているようだった。
シェンエンシェンエンと言うから、英語でいうところの
オーマイガッド、イタリア語でいうところのマンマミー
ア、つまり、どーにもなんねえっすとベトナム語で言っ
てるのかと思ったが、よく聞くとそうではなく、千円は
(シェンエン)ベトナムではいくらですか? と聞いて
いるのだとわかった。
千円ねえ。1円が167ドンだから、167×1000
=ワンハンドレッド シックスティーセブンタウザンド、
167000ドンだと答えてやると、いかにも嬉しそう
な顔をしたから、今日の午後にチェックインした日本人
客に10人分まとめてとポーター代として1000円チ
ップをもらったのかもしれんな。働く者に幸多かれと祈
った。
ニューヨークセントラルパーク・アベニューにあるプラ
ザホテルのかってのオーナーがお忍びで1日ドアマンを
やり、このホテルで一番儲かるのはドアマンだといった
いう有名なエピソードがあるが、こちらはいくら祈って
もチップはもらえずライトもつかないのだから、おやす
みと営繕係に告げ、そうそうに寝た。はるな愛が酔っぱ
らって床に寝ころんでいる夢を見た。  (後日に続く)
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-20 13:18 | Comments(0)
ベトナム滞在記−1
2009年4月15日

パラッパパパラッパラッパーとけたたましいクラクショ
ンの音が鳴り響いている。ハノイには、大きな交差点で
も信号機が設置されてないところが多い。近年の急激な
経済成長にインフラが追いついていないのだろう。
車やオートバイは走行中の他の車やオートバイにむけて、
邪魔だドケドケとばかりにクラクションを鳴らす。そう
いう意味ではクラクションは信号機の代わりともいうべ
き役割をもっているのだが、行き先は個人のかってであ
る。統制がとれてないことおびただしく交差点は巨大な
カオスとなっている。
また車は前から直進してくる車の切れ目を見て曲がるな
どということはなく、一旦停止などという概念は毛頭な
く、直進してくる何十台もの車やオートバイに向かって
パラッパパパラッパラッパーとクラクションをけたたま
しく鳴らしながら頭からツッコミ、ぶつかりそうになり
ながら右折、左折、Uターンをするのである。それでぶ
つからないんだから、それはそれでありゃたいしたもん
だった。わたしも車に乗り出して長いが、クラクション
など数回しか使ったことがない。しかし、あのパパパパ
ーパラッパラッパーパパパパパーと小刻みに音を出すに
はいったいどう手を動かしているんだろう。すくなくと
も俺にはそんな芸当はない。

喧騒と焦燥のカオスの交差点をホテルの窓から見下ろし
ていた。雨が上がり日が出てきて蒸し蒸しするような陽
気になった。気温28度。4月はベトナムでは夏である。
窓を開け放して風を入れていたが、あまりにも音がけた
たましい。表通りに面した部屋から廊下の反対側の部屋
に変えてもらいやっとクラクションの嵐から解放された。
9階の部屋から見下ろす裏通りはフランス植民地時代の
名残のコロニアル風の建物がところせましと建ち並び、
どの屋根も濃い橙色の亙で葺かれ絵に描いたように美し
い。
読みかけの「ミケランジェロの暗号」を置き、先導のミ
ック立川氏と路地裏散歩を試みる。ホテルの正面横の細
い道を入るとその先はすこし道が広くなっていて、部屋
からは見えなかったがいろいろな店があった。どういう
わけか床屋が多い。床屋だけでなくヘアーサロン風の店
もある。勝手に床屋路地と名づけた。
道はすぐ突き当たるが右に左にと曲がりどこまでも続く。
いくつか曲がっているうちにいったいどの方向に向かっ
ているのかわからなくなった。ラビリンスに迷い混んだ
ようでますますおもしろくなってきた。1㍍もないよう
な狭い道の角からいきなり二人乗りのバイクが飛び出し
て来た。おっとっとー。ナンデこんな狭い道にバイクが
走ってんだア。道をあけてバイクをさけたが、バイク乗
りはナンデこんなとこ見物してんだアと一瞥をくれて通
りすぎた。
次の路地には喫茶店のような店があった。喫茶店と思っ
たのはテーブルでお茶を飲んでいる男がいたからそう思
ったのだが、菓子を入れた瓶が並んでいたりするところ
をみると駄菓子屋かもしれん。それにしても店の前の大
きなまな板で男が野菜を切っているのはなんだろう。
八百屋かもしれん。菓子瓶の横に煙草が並んでいるとこ
ろなどは煙草屋かもしれなかったが、聞いてみるとこれ
は宣伝でパッケージを置いてあるだけで煙草は売ってな
かった。せまい店の中では子供が追っかけっこをしてい
て、どういうわけか店の中は水びたしだった。
路地を曲がりくねってやっと表通りにでてみると通りの
向かいにHO24を見つけた。フォー24と読む。ベト
ナムの麺:フォー屋である。この店はこぎれいなのが特
徴でしかも安くて旨い。地元ハノイでチェーン展開をし
ている成功している店である。横断歩道のない道路を勇
気を出して右からの車を避け左からのバイクを避け道路
を横断した。パパパパパパラッパラッパーとクラクショ
ンの罵倒が一気に襲いかかってきた。無事横断し、HO
24で一番シンプルな素フォーを食った。散歩で小腹を
空かしたあとのフォーが実に美味かった。
どうしてこの店東京にないんだろう。絶対成功するのに
なあと、頼まれもしないのにミック立川氏と店の場所の
選定からポスターのデザインまで話込んだ。水代わりに
飲んだハノイビールが冷えていてこれがまたうまいビー
ルだった。
青山に「マジェスティック」というベトナム屋があるが、
あの店は旧サイゴン市にあるマジェスティック・ホテル
の食堂で働いていたコック=サイゴン出身者がやってい
て、サイゴンで有名なBBB(バーバーバーと読む)は
飲めるけど、ハノイビールはおいてない。BBBは苦み
がきつい。すっきりとした味がハノイビールだ。ハノイ
のたいがいのホテルやバーでハイネッケンやカールスバ
ーグやキリンが飲めるけど、ハノイビールが一番うまか
った。ちなみにラベルに書かれた
「HONOIBEER」をわたしは、
「HO NO1 BEER」と読んでいた。

散歩と昼飯を終えてまたホテルに戻り午後の2時間ほど
本を読んだ。バチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画に
残されたミケランジェロの暗号とはいかなるものか。
本によれば、旧約聖書に登場する預言者をローマ教皇に
見立てミケランジェロは肖像画を描いているが、そのう
しろに子供のような愛くるしい天使が二人描かれていて、
よーく見ると、ひとりの天使がちいちゃな右手を預言者
にそっとつきだしている。その右手は人差し指と中指の
あいだに親指が差し込まれる”女陰指”と呼ばれる女性
器をあらわす形をしてるではないか。なんとまあ、ミケ
ランジェロは仕事の依頼者であるローマ教皇をファック
ユーとちいさく言っているのである。エロチックで下品
な侮蔑を含んだバチカンへの復讐劇が天井いっぱいに描
き込まれているのだと知る。ますます本がおもしろくな
るが夕方からコンサートを観ることになっている。その
後は市内のホテルのレセプションルームでパーティーが
開かれ招待をうけている。シャワーを浴び、夏用のコッ
トンのスーツに着替えてロビーにおりた。(明日に続く)
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-16 16:21 | Comments(1)
フランスの恋人
2009年4月10日

今日からベトナムへ。

ホーチミン市(旧南ベトナムの首都サイゴン)には、開
高健がベトナム戦争当時訪れ宿泊したマジェスティック・
ホテルが現存し営業している。開高健が宿泊した部屋が
とうじそのままに残っっているそうで指定すれば宿泊可
能だということだが、今回の旅は北部にあるハノイ市を
訪れるのであるから、開高健の面影には会うことはでき
ない。よって開高が愛したマジェスティック・ホテルの
バーのマーティーニも飲むことはできない。残念である。
友人のZの息子が東大生で、倅は元気かと聞くとベトナ
ムに行っているというので、その場で国際電話して旧サ
イゴンに行くことがあるならマジェスティック・ホテル
のマーティーニを飲んでこいと厳命したというのに、自
分がベトナムに行く段になって実現できないなんて、か
えすがえすも残念である。
今回の旅は友人のミック立川からベトナムで音楽イベン
トがあるから一緒に行こうというのが誘いであった。い
ちもにもなく承知したのは、ベトナムで今井美樹の「プ
ライド」がとてもポピュラーな曲だともミックから聞い
ていたからどうポピュラーなんだろうとおおいに興味が
あったことと、そのイベントはてっきり旧サイゴンで行
われるものとかってに思い込みあの開高の名短編「マジ
ェスティック・ホテルのマーティニ」に書かれたあのマ
ーティーニを飲む機会が自分の人生でやっと訪れたと喜
んだのであるから、いたく残念である。
4日も滞在するが日程をみるとゆるゆるである。ならば
この際、開高のマーティーニを飲みに行こうじゃないか
とミック立川を誘う機会を狙うことと密かに決めている
が、いったいハノイからホーチミンまでどう行けばいい
のか、また何時間かかるのか、さてそんな時間があるの
かないのか、こればかりは行ってみなければわからない。
阿房列車の作者、鉄道マニアの阿川弘之先生ならばこん
なまたとない機会は決して逃さず、同行の北杜夫が嫌と
いっても遠藤周作がアホといっても、かまわずひとりで
ハノイからホーチミンへと向かう列車に乗りこむんだろ
うなと思うと、開高健の追憶も兼ねた自分のはじめての
ベトナムの旅の目的がナンカ中途はんぱにも思えてくる
が、まずは、カトリーヌ・ドヌーブが「フランスの恋人」
と評したベトナムを楽しもう。大好きなコリアンダー満
載のベトナム料理も楽しみである。東南アジアの朝日。
真っ赤な夕陽も楽しもう。
パスポートは持った。
海外用携帯としてiフォーンは持った。
本は3冊用意した。
真夏だと言うことで、麻のスーツ2着、半ズボン等服は
詰めこんだ。デジカメもスーツケースにほおりこんだ。
チケットもある。便秘薬は? ま、いっか。
では、行ってきます。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-10 12:45 | Comments(0)
とりとめない言葉
2009年4月7日

とりとめもない文章が送られてきた。
そっくり転用するのもどうかと思ったが、こんな言葉が
あると紹介しよう。たまには賢者の言葉に耳を傾けよう。


茹で卵をちょうどいい固さにするには。『ディリー・
テレグラフ』の投書欄から。
「賛美歌『見よや十字架の旗たかし』を節をはずさず、
 速すぎぬテンポで歌うのが最適です。玉子をお湯に入
 れてから、五番までをコーラスも抜かさず歌うと、ア
 ーメンのところで玉子は申し分ない茹で加減になって
 います」

P・キャンベル(女優)結婚したことについて
「長椅子の上で大急ぎでしなければいけなかったことを、
 ダブルベッドでゆっくりできるようになった幸せ」

M・ナイト(女優)
「従妹たちの結婚式に出るたびにいつも年寄りが次はあ
 なたの番よとうるさい。今度はお葬式の時に同じこと
 を言い返してやろうかしら」

T・レーラー(シンガ‐・ソングライタ‐)
「ぼくの歳にはモーツアルトはもう死んでいたと考える
 と、なぜか心が穏やかになる」

J・ホール
「母に言わせれば、男一人を捕まえておくのは簡単なこ
 とだって。居間ではよきメイド、厨房ではよきコック、
 そして寝室ではよき娼婦を心がけること。わたしは最
 初の二つはプロを雇うことにして、最後のに徹したの
 よ」

ナショナル・ランプーン 誌より
「男女同権を定めた合衆国憲法修正条項第二十七条にも
 かかわらず、女にできないことがいくつかある。
 1 バーベキューの火に点火する。
 2  ステレオをつなぐ。
 3  靴を磨く。
 4  屋根の上の用事すべて 5 絵を掛ける場所を決める。
 5  夜中に怪しい音がして時に調べにゆく。
 6 大きな虫を殺して捨てる。
 8 鏡の前を通る時に立ち止まって自分を見ない」

英国王室フィリップ殿下
「男が妻のために車のドアを開けてやるとすれば、それは
 妻が新妻か、車が新車かのどちらかである」

A・バックワルド(作家 M・モンローの伝説の著者)
「私は妻と喧嘩をしている時でも働いている。常に自分に
 問うているのだ、この喧嘩を作品の中で使えないか?と」

コリン・ファレル
「モンローのあの腰を振る歩きかたの秘密は、右の靴だけ
 かかとを6ミリ削って短くしてある」
「子供の時、ひょっとして夜の間にモンローが天国から来
 るかもしれないと思って、彼女のために枕の下にキャン
 デーを隠しておいた」

E・ブースラー
「ブッシュ大統領は中絶には反対で死刑には賛成なの。釣
 りでいうキャッチ・アンド・リリースね。大きくなって
 から殺すために小さいのは放してやるわけ 」

ある作家
「殺人は犯罪だが殺人の描写は犯罪ではない。性交は犯罪
 ではないが性交の描写は犯罪である」

崇徳院の和歌
「瀬をはやみ  岩にせかるる滝川の
   われても末にあはむとぞ思ふ」
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-08 15:02 | Comments(0)
花見
2009年4月6日

4月4日はわたしにとって特別な日だ。
その特別な日を特別な人と過ごしたわたしは、翌5日の
花曇りの日曜日、特別ではない人と花見にでかけた。

まずは家の近所の通称桜公園。ここはまだ8分咲きで、
ぶ厚くふっくらと膨れあがった桜の花ではなかった。
それでも好天の日曜日、午前中の早い時間から桜の木々
の下には毛氈、茣蓙、ビニールシートなど敷き詰め大勢
の人が朝から酒を飲んでいた。子供はキャッキャと嬌声
を上げ公園内を走り回っていた。まるで平和な風景だっ
た。北からの飛翔物はすでに発射されていた。
首都高環状線からながめる千鳥ヶ淵は絶景だった。
日曜の朝早い時間は車の通行量も少なく、制限速度で武
道館脇を3秒間前を向き、0・5秒間だけ右を見ながら
を繰り返す安全走行で千鳥ヶ淵を通過し、千鳥ヶ淵の桜
といえばここからの景色という有名な角度から桜を愛で
た。3秒前を向き0・5秒右を見るということは車を走
行中に絶えずバックミラーと運転席側のドアミラーを確
認するという行為に相当するものであるから脇見運転で
はない。
なお、この花見ポイントは、千鳥ヶ淵をはさみそれぞれ
の土手からお堀の水面すれすれに桜の枝が伸びていると
いう絵に描いたような景色。しかし、首都高上からしか
眺められないポイントなのである。
車は一路東名高速をめざす。
用賀の入り口の手前右側に砧公園の桜が見えた。
場所にも依るだろうがこの景色はイマイチだった。
しばらく走っても桜は見えない。
車の中はつい別の会話で、
オープンカーの風の巻き込みについて。
日本海の飛翔物体について。
イチローの胃潰瘍について。
前頭筆頭力士の勝ち越しがいかにむつかしいものである
かについて。
朝飯を食ってなく腹が減ったことについて。
朝ラーメンが有りか無しかについて。
ネオンサインのパの一文字が切れていて夜になるとチン
コ屋に変身するパチンコ屋について。
話しているうちに車は一路厚木小田原道路へ。
そうなんです。この日の花見は車から眺めるドライブ花
見で、都内の名所からスタートし、伊豆箱根の山に咲く
野生の桜を愛でるというのが趣向。
大磯を通りすぎるが高速道路上からみえる景色は海を感
じさせない。ただ山の中である。カーナビ上では高速は
数㎞しか海岸線から離れていないと友人に説明するが、
説明をしているわたしにもこの道が海に程近いところを
通っているという実感はない。
途中、長方形のマス目を縁取るようにきれいに四角く立
ち並ぶ見事な桜が左手に見えたが、それは自動車学校の
敷地を囲む桜だった。この時期ここで運転教習すれば、
桜の季節に目の端で桜を見ながらしかし安全運転、を習
うことができるかもしれん。
そりゃいい考えだと同調。
小田原厚木の終点では早川沿いに咲く桜を見ることがで
きた。暖かい場所柄たっぷりと花を咲かせていた。韓国
会館が満開の花に埋もれていたが、今回の北からの飛翔
物についての見解はイカガかと聞くことなく車は通りす
ぎ、西湘バイパスから国道135号線へ。
ほどなく真鶴道路に入る。
新島トンネルの頭上にそびえ立つU宮T夫邸の下を通り
抜けると湯河原。右手の寺の境内の桜が満開で、左手の
湯河原海岸ではサーファーが満開だった。
向日葵君の湯河原事務所を右折しフードセンターへ昼飯
の買い出し。朝飯は小田原厚木の途中のトイレタイムの
二宮で一人は肉まん。わたしはミカンとお茶ですませた。
フードセンターでコロナビールを買い入れると、ボトル
の首にオマケがぶらさがっていて、見ると、レモン果汁
のパックとちいさな栓抜きだった。コロナビールの本家
のメキシコではこんなサービスはまず考えられんなとい
う同乗者の意見に同調。
とんぶりと辛み大根を購入。
林檎、オレンジ、ミルクを購入。
国道135号から右折し、奥湯河原へ向かうとさっそく
見事な桜並木が千歳川沿いにあらわれた。ちょうどそこ
だけ河原が平たくなっている場所があって、都内の桜公
園で見たような茣蓙、毛氈、ビニールシートを引き詰め
た上に大勢の人が座り込み集い酒を飲みお花見真っ最中。
この千歳川の右岸は山深く、うっそうと木が茂る緑の中
に咲く桜はいちだんと映えていた。ちょうどこのあたり
は大学時代の悪友、綺羅光先生が住んでいたところ。
奥湯河原手前から橋を渡り、七尾原に抜ける山道の途中
に桜ヶ丘がある。ここの桜はどの木も老木で、ひとつと
してつるんと真っ直ぐに伸びている木はなく、どの幹も
二股三股に別れ、或る桜は根本から幹わかれしていて、
木の表面はゴツゴツとして、まるで巨大な盆栽のようで
桜も見事だが木の幹がまた見事である。
桜は根付いたその大地を生涯動かない。という言葉があ
るがまさに生命の言霊のごとく山の道々に屹立している。
しかもその桜並木は延々と山頂に至る。山頂付近は標高
400㍍を超えるだろう。桜ヶ丘の中腹から8分咲にな
り峠の頂上ではまだ5分咲の桜だった。
頂上で車は一休み。
わたしはお茶で一服。友人はコロナの首についた栓抜き
でポン! と栓を抜きレモン果汁を絞り入れ花見酒。眼
下に春のうららの相模湾が一望できた。
峠を越えると七尾原。七尾のヤマンバ老夫婦桜に敬意を
表して下車。パンパンと手を叩く。手をあわせる。
伊豆山神社に参詣すると境内の池ざらいを氏子衆総出で
やっていた。頼朝と政子が座って恋を語ったという伝説
の腰かけ岩に座り、その池ざらいを終わるまで見ていた。
ひとりに声をかける。
飛び込む場所がどうだと話していましたがあれはなんの
ことですかと訊くと、池ざらいを手伝った若者の中で厄
年にあたる者がきれいになった池に飛び込んで厄落とし
をするんですと言う。池といってもほんの数十㎝の深さ
しかない。怪我をしないんだろうか? いや、頭からは
いきません。腹びちゃで飛び込みますからと笑っていた。
言葉に伊豆地方独特のニュアンスがあった。
七尾に戻り昼飯。友人はおろし金で大根を擂る。そこに
おろした大根と同量のとんぶりをどさっと混ぜる。醤油
をかける。ミカンを搾る。和食屋でとんぶりは大根おろ
しの上にひとつまみといった程度ででてくるが正直美味
いものとは思わなかったが、友人のつくるこのおろしと
んぶりは絶品だった。簡単。安い。美味い。感嘆。とん
ぶりで友人はキリン一番絞りを2缶。わたしはコロナを
2本飲んだ。好物のなめたけの瓶詰めを空けようとした
が蓋が固くしまってうんともすんとも回らない。製造元
に電話をかけると熱湯に5分程瓶の頭をつけておきます
と蓋がまわります。それでも回らなければば蓋をこんこ
んと固い物で叩いてくださいと教えてもらったとおりに
するとふたはなんなく空いた。この長野なめたけでさら
にビールを2缶。コロナを2本飲んだ。
温泉につかり、七尾の坂の途中で見た1本の幹から一枝
には赤い花、別の枝からは白い花を咲かせるあれはいっ
たいなんという木だろうと話込んだ。この花は後で京都
植物園に電話で問い合わせると、それは花桃、しだれ花
桃という木ですと教えてくれた。
物が大きすぎて喉が下にひっぱられ吃音になる男が普通
のサイズに手術したが夜の生活がいまひとつおもしろく
なくなった。もとに戻してくれと医者に頼むと、そ、そ、
そ、そいつはむ、む、むりだと言われた話。
中国には浮気がばれたときの良い言い訳があるとロマン・
ポランスキーの映画チャイナタウンで主人公のジャック・
ニコルソンが語るジョークがあるが、あれはなにが笑い
話だったんだろう。ちっとも笑えなかったけどジャック・
ニコルソンは大笑いしてたな。などとふたり並んで洗い
場でごしごしと身体を洗いながら話した。
湯船の窓の外に遠く山桜の群生がかすんでいた。
陽が暮れ、踊子号で東京に帰るという友人と別れた。
駅前のバスターミナルの桜が満開だった。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-07 11:40 | Comments(1)
ピタゴラスの定理?
2009年4月3日

ミレニアム2「人戯れる女」が書店に出ております!
ローガンズでも読めますよ。

S英社のN君からこんなメールをもらったので、
超多忙中・・(でもないか)をむりくり時間をあけ麻布十
番まで走ったが、そこの書店は「あらホント。4月新刊だ
わ」と言うばかりで本は仕入れてなかった。
肩すかしくらったがなにげなく店内を見わたすと以下の2
点が目に停まった。

◎「ロレンツォ・デ・メディチ暗殺」
 中世イタリア史を覆すモンテフェルトロの陰謀。
 ルネッサンスを揺るがしたクーデター事件の謎。
 500年目にして完全解決。
 早川書房

◎「秘密結社版 世界の歴史」
 ようこそ本当の世界へ。
 ダ・ビンチ・コードも真っ青! 
 真実を知る覚悟はできているか?
 早川書房

かなり分厚い本で、途中でくじけるだろうな・・とは予感
したんですがねえ、買っちまいました。
ちょうど、「ミケランジェロの暗号」を読んでいて、ロー
マ教皇の依頼を受けバチカン・システィーナ礼拝堂にミケ
ランジェロが描いたすべての絵が、ロレンツォ・デ・メデ
ィチの暗殺への復讐であるかのように反バチカン的である
ことを知りましたんで、ルネッサンス3点セットで桜咲く
新入学シーズンに突入ですと、N君に書き送った。

「秘密結社 世界の歴史」は予想通り反唯物論を基本にし
ていて、宣伝文句にあったとおり覚悟をしないと読めるも
のではないと早々に知った。新入学シーズン突入早々ガツ
ンと喰らったのであるが、ここでくじけてはならじとペー
ジを進めるが遅遅として進まない。

今朝、かみさんに頼まれた用事を済ませ駅前の本屋に寄る
と「ミレニアム2 火と戯れる女」があった。麻布で空振
りしたが、下町の駅前でヒットしたわたしは、本屋のとな
りの喫茶店に入り早速読み始めた。
午前中の喫茶店は半分ほど客が入っていた。
散歩途中の老夫婦。スポーツ新聞を読む老人。商売の話
を声たかだかに話す老年の男同士。モーニングセットの
ゆで卵を孫に食わしている老婆。春めいた薄めのウール
のジャガードのジャケットを着、スリムなジーパンをは
いた女性BUT婆さんと、わたし以外は敬老会の集まり
のようであった。
ミレニアム2を読むと、さっそくドラゴンタトゥの女・
リスベットが、なんと彼女は数学にはまっているという
設定になっていて、中学校でならった紀元前500年こ
ろに発見された
「Xの2乗×Yの2乗=Zの2乗」
「直角三角形において、斜辺の長さの2乗は、直角をは
 さむ2辺の2乗の和に等しい」
というピタゴラスの定理がでてきた。
あれまあ、この定理はつい先日ぶつかったばかりである。
直角三角形の直角をはさむ1辺が3㎝、もう1辺が6㎝。
さて斜辺は何㎝か?
という問いに誰も答えられなかったのである。
もちろんわたしも解答できず。底辺×高さ÷2が三角形の
面積だから・・・などとやっていたのだ。
あるバーでこの問題で飲んでいると友人が大学教授に訊
いてくれ、ピタゴラスの定理で解くとやっとわかったば
かりだったから、本を読んでいるとたまにこういうこと
にぶつかるのがおもしろいなあと本を閉じ、煙草を吸い、
コーヒーを飲み終えると、ジイサンバアサン達は店をで
たようで店内に客はわたし一人になっていた。

天気の良い金曜日の朝だ。遠回りして千鳥ヶ淵の桜でも
拝んでいこうかとおもったが、マーテン君との打ち合わ
せがある。車を使わず地下鉄に乗って事務所へ急いだ。
地下鉄の乗ると通路をはさんだ前の座席に背の高い若い
女性が座ったが、スカートの丈がまあ短くて目のやり場
に困った。御当人も短い丈のスカートをはいて座ってい
る前にいる男には充分警戒しているようで、ちらと目が
合うたびにきつい顔をしてこっちを見ている。早く乗換
駅につかないかなァとたった3駅が長く感じられた。
ナイスな女性の前を去ってホッとしているようじゃ色気
もなにもあったもんじゃないが、高校生のころはそんな
出会いがたのしみで電車通学していたことを思い出した。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-03 14:12 | Comments(0)
山からの便り

2009年4月2日

七尾原の中腹の大曲に道をはさみ一対の桜の老木がある。
桜の季節ともなれば、旅人は皆この見事な桜の花の門を
くぐるように,ある者は峠を上り、ある者は峠を下って
ゆく。わたしはこの桜の老木を七尾の老夫婦桜。ヤマン
バ・ジジンバと呼んでいる。
葉が枯れ落ちた姿はただの巨大な朽ち木としか見えない
のだが、季節が訪れると見事な桜を咲かせ、春を告げる
山の使者となるのである。まさしく七尾の山の主なので
ある。ところが、七尾の峠を越え、山また山を越えた奈
古谷からこんな春の便りが届いた。

拝啓
今日さあ、最寄りの駅の近くの、道路と言うよりも通路
だね、急な長い坂道があるんだけど、そこにバッグと靴
が置いてあったんだ。
右が凄い急斜面でそこにへばりついてる婆がいてさ。
婆は荷物を通路に置いて、靴を脱いで、手摺りを超え、
その急斜面に取り付いたものさ。
俺は聞かずにいられなかったね。
「何やってんの〜?」
婆が答えるさ「山菜じゃー」
俺「こんな所に山菜が出るの?」
婆「出るンじゃー」
俺としゃべってる間も左手で斜面のどこかにしがみつき
ながら、右手で山菜(俺には雑草にしか見えなかったが)
を取る手を休めないんだ。
初めて見たね『由緒正しき山菜ババア』
いやー、びっくりした。
敬具

ふた昔の前の話ではない。昨日今日の話である。
山に住む者。海に住む者。湖畔に住む者にとって今も
そこには主や精霊がババやジジになって登場するので
ある。
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-02 15:18 | Comments(0)
エイプリルフール
2009年4月1日

エイプリルフール (April Fool's Day) とは、毎年4月1日に
は嘘をついてもよい、という風習のことである。ただし
人をからかうような、害のない嘘に限られる。
エイプリルフールは、日本語では「四月馬鹿(四月バカ)」
漢語的表現では「万愚節」または「愚人節」フランス語
では「プワソン・ダヴリル」(Poisson d'avril, 四月の魚)
と呼ばれる。なお、日本では4月1日は、「日ごろの不義
理を詫びる日」だった。イスラム教においてはこの習慣
はコーランに著しく反しているため、強く禁止されてい
る。             [ウィキペディア]より。
また、[ウィキペディア]には、
日本で、エイプリルフールが広まったのは、
「パチンコの負けをごまかすためにこの日にスリにあっ
 たと嘘をついた者がいたため」
とする説があるが、パチンコのない時代からこの日に嘘
をつく風習が記録されており、これ自体がエイプリルフ
ールの可能性がある、というおもしろい話も紹介されて
いた。

東京新聞の4月1日の「こちら特報部」のエイプリルフ
ールの大嘘は毎年の楽しみだった。
何人かが信じこんだ話では「サッカー9人制」特集。
0対0で90分もゲームを見させられてはおもしろくも
なんともない。いっそ人数を減らせばもっと点が入る。
サッカーをスリリングなスポーツに変身させるためFI
FAも導入を検討。という大嘘で、これなどは、中学の
体育の授業では9人制のバレーボールをやったが、今や
高校バレーも日本リーグも世界選手権もオリンピックも
6人制であるから、9人制サッカー嘘は一瞬は信じた。
昨年のオバマ大統領候補の兄弟が日本に住んでいるとい
う大嘘もおもしろかった。これはテレビでもとりあげら
れたものだ。ケニア出身の父とアメリカ白人の母を持つ
オバマ氏は両親の仕事の関係で幼少のころインドネシア
に移住した。その後、両親は離婚。離婚した後の父が再
婚相手との間に子供を生まみ、その子がおおきくなって
今は日本で仕事をしているという話で、掲載されている
オバマ氏の義理の弟という写真は記事を書いた担当記者
が黒塗りしての登場だった。これは嘘だとわかって読ん
だが、オモロイことに東京新聞の別の部(社会部か政治
部かは知らんけど)の記者が、取材したいから連絡をつ
けてくれと申しこみがあったという逸話も残っている。
まあ、この逸話自体も嘘の可能性があるんだがね。
真実を報道するのが新聞の使命である。大向こうを相手
に大嘘を堂々と書けるというのも新聞記者にとってはス
トレス発散となるのかもしれんね。
さて、今年の東京新聞の大嘘はいったいなんじゃろか?
と昨夜から新聞少年の配達する朝刊をたのしみにしてい
たが、こんな趣向だった。

1 2割打者内閣に6割反対の野党党首、ともに居座り。
2 雇うのヤーメタ。
3 ごまかし食品。
4 饑餓の中で人工衛星・・・

嘘だろう? と言いたいことばかりで,長年続けたエー
プリルフールの紙面を一新しました。「ウソのような本
当の話を探したのが本日の紙面。夢があって元気の出る
ホントの話です{デスクメモ}。

なにやらかまされているような気がするがと記事を読め
ば、
<平均75歳元プロ選手チーム>
<現役古希の”野球少女”>
<侍に続け女子も世界水準>
<半世紀前にはプロリーグ人気>
という見出しがついていて、1950年代に発足した日
本女子野球連盟の選手の方々が、70歳を越えた今また
大阪で集まり、元気に野球をやっているという記事だっ
た。当時の女子リーグは人気を博したがスポーツという
よりも見せ物興業という側面がつよく、いつしか人気も
下火になりリーグは消滅した。とまことしやかな記事で
もあった。
試合は20分ごとに休憩があり、盗塁は無し、投手は男
性で、バアチャン選手は体が動く限りやりたい、野球を
楽しむには年齢も性別も関係ないと語り、記事は、不況
ニッポン。大阪のおばあちゃんたちの元気印に、見習お
う。と締めくくっている。
しかし しかし だがしかし ?????????
デスクメモから始まり、裏の裏をかくというか、格闘技
でいう後の先をとるというか、まあ手が込んでいること
だが、でも、この手のこみようがかえって嘘をバラシを
しているような気がしないでもない。つまりなんという
か、これは嘘じゃありませんよとわざわざ断って語る話
にいと似たり的なところもあって、返って騙されなかっ
たなあ今年の記事には。ただ、東京新聞の特報部のこの
企画には心から敬意を表す。

余談ですが、東京新聞は全国紙ではなく地方紙だから、
今日は本紙に「2009年度の東京都教員移動」という
別紙がついていて、7ページに渡って先生の人事異動が
報告されている。これは東京に住み、公立学校に通う子
を持つ親にとってたいへん有難い情報で、朝日、読売、
毎日、産経の全国紙にはないサービス。うちの子はすで
にひとりは就職し、ひとりは大学生だから教員移動人事
は関係ないが、たまに、えー! 息子の小学1年生のと
きの新米教師の◎◎さんは、今は高校の主任教師になっ
たんだとかの懐かしさも届けてくれるのである。

旧知のSは4月馬鹿で、僕は浮気をしたことなどありま
せんとやって、飲み屋のオヤジにせめてオヤジギャグく
らい言えと頭をこづかれていたが、さて、わたしのエイ
プリルフールはなにか。ひとつ捻りださなくてはならな
い。
こんなのはどうじゃろか。
いやー。今年の夏に子供が生まれることになったよ。
あれ? もしかして、名古屋のウルトラナイスバディー
の占い師のお姉さんの預言は、たしか、春だったなあ。
あれ? あの未来予測は、もしかしてエイプリルフール?
[PR]
by kasuya_senji | 2009-04-01 15:53 | Comments(0)

 
Copyright ©1997-2007 Excite Japan Co.,Ltd. All Rights Reserved.
免責事項
- ヘルプ - エキサイトをスタートページに | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム