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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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快挙から、ボヤキ?
2009年10月25日

小塚崇彦選手が、布袋とマイケル・ケイメンの共作「ギ
ターコンチェルト」でのパーフォーマンスでフィギュア
GPロシア杯で2位に輝いた興奮のさめやらぬうち安藤
美姫がGPで優勝した。
ギターコンチェルトはエリック・クラプトンとマイケル・
ケイメンの共作で企画されたがクラプトンのパーソナル
な都合で継続が不可能になり、マイケルから是非と乞わ
れ布袋の参加により企画から数年がかりで完成した作品
である。1994年5月に東大寺にておこなわれたコン
サート「あおによし」での出会いがあってマイケルと布
袋の音楽家としての親交がはじまり、その後、アトラン
タ・オリンピック・クロージングセレモニーへの参加、
「ギター・コンチェルト」の共作へと発展したのだが、
昨年の布袋単独の東大寺ライブのDVD作品がいよいよ
この11月に発売されるという直前の小塚選手のフィギ
ュアGPの快挙で、競技の結果もさることながらマイケ
ルと布袋の邂逅が蘇り、興奮して、ヘッドフォンで「ギ
ターコンチェルト」を聴きながらテレビをつけていたら
安藤美姫が優勝したのである。
話は変わるが、シルビアに浅田真央と安藤美姫とどちら
が好きかと聞くと、「浅田真央、ですよー」と答えた。
浅田真央の後のひと区切りと最後のよーに、浅田真央の
方が可愛いに決まってるじゃないですかという感じがあ
らわれているが、さて、シルビアはそういうがはたして
決まっているものなのだろうか。
トンに同じ質問をすると、安藤美姫と答えた。
JRにも同じ質問をしてみると、安藤美姫と答えた。
トンもJRも浅田真央はお人形さんのような顔立ちで魅
力に乏しいという。わたしもまさに同じ意見だ。ちなみ
にシルビアは男でトンとJRは女性であるが、意見が男
女で違うということではなく、その人の顔立ちから何を
感じるかの違いである。どちらでもいいことだが、つい
でに言うと、シルビアは本名はKと言い、高校時代ニッ
サンシルビアという車に憧れまくったんですよと自慢げ
にいうから、その話を聞いたわたしがときにそう呼んで
やっているだけで、渾名としても正式なものではない。
では、なぜお人形さんのような顔立ちに魅力がなくてデ
ッサンがすこし崩れたようなといっては失礼だが安藤美
姫に魅力を感じているのか。これが、自分でもよくわか
らない。トンもJRもその点についてはお人形さん顔と
比べるばかりで要領は得ていない。
でも、こんな例がある。フランスのファッション誌に安
藤美姫が大特集されたことがある。その顔立ちになにか
アンニュイなセクシャルさをフランス人は安藤美姫に見
いだしているということなのだろうが、その観点で言う
と浅田真央にはそれがないといえるのではないか。だか
らといって西洋人でもないトンやJRやわたしが同様で
あると言えるわけでもない。いったい、自分の好き嫌い
の嗜好が自分でわかっていないんだから修行が足りない
のであるとボヤク以外ない。
さてまた話はかわるが、野村監督がパ・リーグのチャン
ピョンシップで日本ハムに敗退し今年で引退することと
なった。惜しむらくことである。さて、野村さんの今後
はどうなるのか。或るタクシーの運転手さんは、横浜ベ
イスターズの次期監督が未定だからそこに迎えてはどう
かとナイスなアイデアを持ち出した。ここ最近毎年最下
位でシーズンも半ばをすぎると客席も閑古鳥が鳴いてい
るベイスターズに野村が入り、チームを強くし野村人気
で客も満員になろうというアイデアだから、まさにナイ
スだが、さて、なんでヤクルト時代、阪神時代は大嫌い
だった野村監督がいつのまにか好きになったのかは、自
分ではよくわかっていない。
しかし、小塚選手の快挙からマイケル・ケイメン、東大
寺、浅田真央や安藤美姫に及び、真央ちゃんとミキティ
ーのどちらがよいかついでに自分の修行の足りなさをボ
ヤクまではともかくも、ボヤキついでにとボヤキの大家
野村監督までもちだすことではなさそうだ。とここまで
書いていると来客が来た。このくらいにして今日はこれ
にて。
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by kasuya_senji | 2009-10-26 17:14 | Comments(1)
シャンプー
2009年10月23日

今日は23日なんだ!
そーか。23日なんだ、、、
お目目の改造から2週間は風呂には入っては行けません。
シャワーも首から下だけです。
シャンプーも美容院でしてください。
お目目の保護の為に顔に水がかかってはいけないと以上
のことが禁止されていて、シャンプーは水が要らないも
ので髪を洗っていたのである。
このシャンプーは、阪神大震災で被災し収容施設で暮ら
していた風呂が使えない人達の要望から市販用にと開発
された商品で、あの当時、音楽業界が一致結束し、全て
の関係団体が母体となって武道館でチャリティーコンサ
ートが開催されたが、指名され、そのコンサートのプロ
デュースをしたのが若きころのわたしであったのだが、
まさか、その時に開発されたシャンプーのお世話になろ
うとは思ってもいなかった。
よーし! 今日からざばざばとお湯をかけ流し頭から足
先まで体を洗うぞ! と妙な決心をしてしまった今日で
した。関係ないけど、以前から揃えようと思っていたボ
ブ・ディランの全CDを買うぞ! 
ついでながら、どうかな、、と迷っていた指輪も買うぞ!
と決心した。シャンプーの解禁が買い控えを解禁し、ひ
いては日本経済の活性化に繫がろうとは夢にも思ってい
なかった。
翻って言えば、人々の心の中が明るくなれば市場経済が
頻繁になり、全体経済も活性化すると言うことになるわ
けで、どうもそのへんの人の機微というものを官僚も政
治家も分かっていないようで、金のばらまきや役所の指
導で事を動かすなどという社会主義的発想ではいつまで
たってもどうにもならんこってす。だいたい奴らは、小
学校の駆けっこで1番2番3番と子供に順番をつけては
いけませんと恐るべきお達しをだし、教育の場で実施し
ていたという経歴をもっている。駆けっこでしか1番に
なれない子はいったいどうやって救うのだというリスク・
マネージメントもまったく持たず実施したのだから妙な
若者が出来上がるのもいたしかたないのである。いった
い誰が責任をとるのだろう。人生行路さんが生きていれ
ば、
「責任者。出てこい!」
と叫ぶだろう。この人亡き後は、こういった市井の批評
家も消えてしまったのは、なんとも悲しいことであるが、
幸いにして、人々の心を明るくすると言う使命は音楽に
はあるわけですから、たまたま選んだ職業とはいえ、
がんばらんといかんな。ボブ・ディラン聴きまくったあ
とは、風呂にどっぷりとつかり、シャンプーで思い切り
洗い流し、身も心もきれいになって、また、明日から希
望に向かうことにしましょう。ポテチン。
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by kasuya_senji | 2009-10-23 15:19 | Comments(1)
小旅行
2009年10月22日

名古屋で寿司を食った。一人でそこに行くことはなく、
いつも俳句仲間の尾張堂に連れていってもらっていて人
まかせだから、店の名前も場所も覚えてない。今回は尾
張堂は都合がわるいとのことだったので、後輩のIを呼
び出し飯につきあってもらったが、Iはこの店を知らな
かった。
「どこでした?」
「、、、NTTの近くだったと思うんだがね」
「何町のNTTですか?」
「町の名前は知らんよ」
「ドコモショップですか?」
「ドコモショップじゃない。NTTだ。錦とか栄とか繁
 華街からそんなに離れてないが繁華街の中じゃなかっ
 た。いずれにせよ路地裏にある店だ」 
「なんと言う店ですか? 名前がわかれば調べられます
 よ」
「いい質問だねえ。俺もそれを知りたいんだよ」
などとぐずぐずいいながらもなんとかたどり着くことが
できた。客は誰もいなかった。カウンターの真ん中の席
に、こちらでどーぞと案内された。カウンターの真ん中
にドンと居座って飲み食いすることが、どうも苦手であ
る。お好きな席でどーぞと言われれば必ず端の席に座る。
パリのオペラ座の近くのカフェでヘミングウエイがいつ
も座っていたという席もカウンターの端だったし、サン
ジェルマンのカフェのサルトルとボーボワールの席も店
の端っこだった。だから俺も一緒だとは言わないが寿司
屋でボーボワール持ち出しても仕方ない。寿司屋にして
みれば常連ではないが遠来の客を店の端に座らせるわけ
にもゆくまい。まして誰もいないのである。すすめられ
るままに真ん中の席に鎮座し、伊勢湾や三河湾であがる
季節のいいものを適当にと注文し、Iと映画の話の間に
河豚の白子焼きを食べ、音楽の話のついでに烏賊をにぎ
ってもらい、サヨリを食いながらラジオの話をした。ヨ
シナガサヨリという駄洒落には誰も反応しなかった。
食事の後、友人のKZOが趣味でやっているバー「アイ
ソラ」に顔をだす。アイソラは、エド・マクベインの書
く警察小説「87分署」がある街の名前である。この小
説の出だしにはこう書かれている。
<この物語に登場する街や人々はすべて架空であるが、
 警察の捜査方法はすべて事実に基づいている>
この断り書きがすでにハードボイルドで、マクベインが
ハメットやチャンドラーの後継者であることがわかる。 
店にこう名をつける男だからKZOとは話が合う。店に
流れるジャズでも聴きながら数寄者同士で軽く一杯と思
ったが、あいにくKZOは客と話し込んでいた。しばら
くするとその客とどこかへ出かけると言う。今度来たと
きは飯でも食おうと約束し、早めにホテルに戻った。名
古屋駅に隣接するホテルの高層階の窓からひろびろと広
がる大名古屋の夜景が見えた。
翌朝はホテルのレストラの窓際の席で新聞を読みながら
朝食バイキング食った。お一人様2000円。すこし高
いと思った。荷物をまとめ名古屋駅から近鉄特急で三重
県の伊勢中川へ。そこにあるゴルフ場に隣接するホテル
の付属施設におおきな会場があり、その会場を借りて或
るアーティストのコンサートツアーの照明のリハーサル
が行われていて、表敬訪問したのである。表敬訪問をし
てみると照明のリハーサルにもかかわらずツアーに参加
するPA会社の人間も表敬訪問にきていた。表敬訪問同
士リハーサルはそっちのけで会場の外にある椅子に腰か
け汽車の話をした。その人もわたしもてっちゃん=鉄道
マニアではないが、彼の母親の実家が京都府下の福知山
で、子供のころ夏休みになると親に連れられ汽車に乗っ
て田舎にでかけたという話のなかに登場する一昔前の福
知山の人里はなれた田舎ぶりがおもしろかったのである。
リハーサルが休憩に入った。東京の中野で生まれた舞台
監督が話に加わり、彼の父親の実家である茨城の山奥の
田舎ぶりが大袈裟に語られ、ついでにわたしの田舎の岡
崎が子供の頃にはどんなに田舎であったのかとわたしが
もちだし話がはずんだのは、その会場のある伊勢中川の
山奥が絵に描いたような田舎であったからだろう。
天気も良く、秋10月の山に吹く乾いた空気がここちよ
かったが、近くに養鶏場があるようで風向きによっては
鼻が曲がりそうな乾いた鳥の糞の匂いがした。田舎に吹
く風の匂いも良し悪しがあることを、都会に住む者は知
らない。
表敬訪問を終え、ゴルフ場のホテルで1泊した。日中は
青空が広がっていたが夜半には雲がでてきたようで、外
は星明かりもない闇で物音はまったくしなかった。
翌日はPAエンジニアーのK氏と一緒にゴルフ場のレス
トランで朝飯を食い、近鉄線と新幹線を乗り継いで東京
へ戻った。朝飯はトーストしたパンとゆで卵と小さな皿
にもられたサラダにコーヒーがついて600円だった。
なにもかも満載に用意され和・洋・中・好きなものが選
べた名古屋のホテルのバイキングの朝食が安いと思った。
電車を待つ間に近鉄の伊勢中川駅のホームで見た雀がた
っぷりと太っていて、
「ここいらの田舎の雀は穀物だけでなくミミズも食って
 るんだろう」
「つまり、食料事情がいいんだな」
「だからあんなにまるまと太って大きいんだな」
「東京の雀はミミズは食えまい、あんなにでかくはない
 よな」
などと車中で田舎話の続きをしながら名古屋まで行った
が、名古屋からの新幹線の中ではK氏は松本清張、わた
しは司馬遼太郎の「坂の上の雲」の読書に徹した。
この物語は、明治期の松山からでた偉人、秋山好古=日
露戦争を勝利に導いた陸軍騎兵隊隊長、秋山真之=日露
戦争日本海海戦で世界無敵のバルティック艦隊を破り勝
利した日本海軍艦長、文学界の巨人正岡子規の3人の大
長編青春友情物語である。知り合いのNHKのプロデュ
ーサーN氏が「坂の上の雲」を撮影していて、その物語
のおもしろさをとくとくと語ってくれた。わたしの数千
冊にも及ぶ蔵書のそもそものはじまりは司馬遼太郎の
「竜馬が行く」であったにもかかわらず「坂の上の雲」
は読んでなかった。で、読み始めたのだがおもしろくて
やめられない。目医者に読書はほどほどにと言われたが
止まらない。止まらなさ加減は新幹線のぞみ号である。
しながわー、次はしながわーと車内放送が流れた。どう
やら着いてしまったようだ。いつもと違い、本を鞄に仕
舞いながら、まだ着かなくてもいいんだよーと思った。
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by kasuya_senji | 2009-10-22 19:00 | Comments(1)
渋谷にて
2009年10月20日

生ビールとジントニックとコカコーラを注文して3人で
飲んでいる。
渋谷のエクセル東急ホテルのバーに行くと、日曜祭日は
禁煙デーとなっておりましてと煙草のみを入れてくれな
い。入れてくれるが吸わせてはくれない。では、喫煙で
きるバーはありませんかと訊くと、当ホテルの一番外れ
の西側の玄関をでたその外側の左側にシガーバーがあり、
そこで喫煙はできますというから、渋谷駅側の東の玄関
あたりにあるメインバーからとことこ歩いて随分歩いて
シガーバーにたどり着き、酒を注文し一服している。
しかし、ホテルのメインバーで喫煙できないんだから昨
今は煙草吸いは嫌われものなのである。
その嫌われ者同士の会話。
「始めましてBです」
「挨拶がおくれました。Tと申します」
「BとTは初対面だがきっと気が合うとおもうよ」
「で、なにをやられてますかな」
「最近では日本の伝統芸能の方々にお会いして勉強させ
 ていただいてますが、その師匠の方々は後継者がいな
 いという共通の悩みをもっておられまして、せめてお
 手伝いができないかと伝統芸術文化の広報のようなこ
 とをやっております」
「この間は文楽の人間国宝と会っていたと聞いたが、、」
「人間国宝? いったいおいくつの方ですか?」
「75歳になられました。この方の話では文楽の人形遣
 いの道は随分遠いようでありまして、3人がかりで人
 形を操りますが、足で15年、手で15年と修行し、
 で、やっと30年後に初めて首を操るようです」
「首を操るというのは人形もそうだが人形遣いとして主
 役をはるということだね?」
「主役をはるまで30年かァ。そりゃまた遠い話だなァ」
「で、ついこの間、期待されていた50歳の若手の人形
 遣い、足と手の30年の修行が終わった人なんですが、
 急逝されたようで、まことに惜しい人を亡くしたとの
 ことですが、師匠は、ですから、長生きも芸の内だと
 おっしゃってました」
「深い話だなァ」
「芸は一生というからねえ。日本の伝統芸術は皆そうだ
 ね。俺なんか若い頃はそんなことはまったく知りもせ
 ず、爺さんがよってたかってやっている伝統芸術なん
 て何がおもしろいもんかと思ってたが、ありゃ人生そ
 のものだったんだね」
「俺が知っている話では、文楽の謳いの人間国宝が一生
 では完成できませんでした、二生必要でしたと言い残
 して死んだという。人間国宝がだぜ。凄まじいものだ
 ねえ。無責任に言ってしまうが、たかが人形遊びに人
 生の全てを使っちゃうんだから、数寄者の生き方も恐
 ろしいものがあるなあ」
「幼年、青年、壮年、老年を生きないと表現できないの
 ですから人形を操っているのではなく人間を操ってい
 るというものでしょうね」
「しかし、バーでこんな話をしているおれ達はいかにも
 大人としての渋味にあふれていると思うが、はたして
 モテるんだろうか。伝統芸能に無知なオナゴどもが聞
 けばずいぶん抹香臭い話をしてるとしかおもわんだろ
 うな。なにしろ、爺さん賛歌だからなァ」
「モテんよ。この話は男とするしかないよ。女にはあた
 かも人形遊びで一生を使い切ってしまうやつなんて大
 悪人じゃないのォ。理解を超えすぎるからなあ。バカ
 としか思ってないんじゃないの。連中がせめてわかる
 のはチョイ悪が限度だろう。そう考えるとオカマは芸
 術を理解するにはいい環境にいるかもな。なんたって
 男としかつきあわないんだから」
「性的趣向はともかくも、文楽も狂言も歌舞伎も落語で
 さえ男の世界です。クラッシック音楽もベートーベン、
 モーツアルト、ハイドン、チャイコフスキー、皆男で
 すね。原始古代の母性社会以降の男尊女卑社会で芸術
 を男が独り占めしてきたのはそういうことかもしれま
 せんね」
「そんな話に発展するようじゃ、ますます女は遠ざかる
 な。世界史的にみてそのような傾向を反省してるのか
 納得してるのかがわかりにくい。つまり、女の肩を持
 ってるとは思えんからなあ」
「韓国じゃ、女が嫌う男として、サッカー話をする男、
 兵役帰りで軍隊話をする男、サッカー話をする兵役帰
 りの男、というが、日本じゃ伝統芸術の話をする男か
 もしれんな」

いい年をこいた男共が芸術話をしてるのかモテない愚痴
をこぼしてるのか。いずれにせよ、喫煙者であることで、
すでに世の中から嫌われているのでございました。
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by kasuya_senji | 2009-10-20 16:37 | Comments(0)
明日に向かって
2009年10月19日

布袋は今年の12月23日に発売予定の新アルバムの完
成に向けラストスパート。今井美樹は東京ミッドタウン
のビルボードカフェにてピアニストの倉田氏をむかえて
ピアノ&ボーカルの2人きりのライブと、わたしが企画
したこの秋の目玉企画でいそがしい毎日を送っていると
いうのに、わたしは1週間の休養の日々だった。以前か
ら悪かった左の目玉に10月9日にメスがはいり安静の
日々を過ごしていたのである。でも、ご心配をいただく
ことはありません。手術そのものは簡単なもので経過も
順調。当初、1週間から10日間の安静入院という担当
医の見積もりも5日間で娑婆にでて参りました次第です。
とはいえ、まだ、強い光りと暗い部分が混在する環境=
夕方以降、夜間は、明るい光りはよりまぶしく暗い闇は
より暗く見えるものですから、朝日とともに起き夕陽と
ともにねぐらに帰るという鳥のような生活であります。
いっそ退社するときは、カアーカアーとカラスが鳴くか
らかーえろっと鳴きマネをしながらお先に失礼をさせて
いただいております。なんてね。

そんな今日このごろ。訃報が3つ飛び込んできた。
1つは以前住んでいたマンションの知人の奥方が亡くな
ったという知らせです。この人は小柄な人で、小柄な人
にありがちなきびきびとした動きと行動力が魅力な女性
でした。子供達が小学校へ通う道筋にマンションが建設
されることになった。朝から晩までダンプカーがひっき
りなしに通行する。特に朝夕の仕事始めと仕事終わりは
争うようにダンプカーが現場に出入りする。
「危ないじゃないか!」
と誰しも声は上げるがただただ工事が進行するのを見守
る他なしというような状況に大活躍をしてくれるのです。
建設会社と掛け合い、通学時間のダンプカーの通行規制
をとりつけ、そのスケデュールを警察に届けさせ、学校
のPTAや地元の町内会に働きかけ交通安全係のボラン
ティアを募集し、何十人ものミドリのおとうさんおかあ
さんを組織し、交通事故から子供達を守るなどというこ
とをかるがるとやってしまうのです。市井の社会運動家
ともいうべき元気な人でした。ですから、急逝されたと
聞いた時は嘘だろう!?? 人違いだろう? と思った
ものでしたが、ここ数年は腎蔵を病まれ、入退院をくり
返されていたということで、とても残念ですがお亡くな
りになってしまいました。享年51歳の若さでした。わ
たしたち夫婦には明るい笑顔しか思い出せません。
通夜葬儀は参列が叶わず弔電をお願いしているところに
加藤和彦さんが亡くなったというニュースが飛び込んで
きました。自殺と報道されています。友人の大野君に連
絡すると、大野君もこのニュースを聞き狼狽していまし
た。わたしは加藤さんと面識はあるものの友人としての
つき合いはありませんでしたが大野君はとても近い関係
にあり、かって加藤さんが住んでいた砧の家の後釜に彼
が住んでいたくらいでした。しかし、自殺という言葉か
ら一番遠い人だったと誰しも言いますが、62歳の男が
来間見た絶望の淵がどれだけ深いものだったのか想像も
つきませんが、その理由こそ違えど64歳で自ら命を絶
った芸術家伊丹十三の姿がダブるようです。
杉田二郎さんは、加藤さんと深いつき合いがあったのは
京都時代であり、それぞれが東京に出てきてからは年に
1度の京都仲間の会合で会うくらいだったが、京都時代
にいろいろなことが有りすぎてここ2日ほどは何も考え
られない、、、と憔悴気味でしたが、最後には、カスヤ
互いに元気で生きようなと声をかけてくれました。
立て続けの訃報に追い打ちをかけるように訃報が重なり
ました。今度は32歳の若者です。
数年前。北京にライブハウスを造ろうのと企画が立ち上
がり、乞われてその総合プロデューサーに就任しました。
その時は音楽制作者連盟の理事長を退任したばかりでし
た。理事長職はある種公務であり、以前のように自分の
都合で気軽に海外へと飛べるわけにはいかなったもので
すから、21世紀の世界をリードするだろう中国、その
エネルギーが集中するオリンピック直前の北京、を体験
するのもおのしろかろうと引きうけました。ライブハウ
スを造ってからの経営にタッチするつもりはありません
でしたが、設立準備委員会を立ち上げ委員長として何度
も北京を訪れるうちに、あまりにも歴史観、価値観が違
う中国という化け物がもつダイナミズムに引き込まれて
いきました。さて、ライブハウスにはサウンドプロデュ
ーサーが必要です。友人のKがPA会社を経営していま
すから、一人若い音響エンジニアーを紹介してくれと依
頼すると、おもしろい奴がいると紹介されたのが当時3
0歳になったばかりのKの息子のUでした。会ってみる
と目を輝かせてこちらの話を聞きます。オーストラリア、
ニューヨークでの海外留学の経験もあり英語は堪能です。
彼と仕事をすることにしました。音響エンジニアー、サ
ウンドプロデューサーとはいえ準備委員会スタッフとし
てやる仕事は、建築設計士とのハウスアコースティック
の計画、機材の見積もり、設置機材重量の計算という本
職から事務所の掃除、電話番、役所への書類の届け、関
係者が来北京する度の空港からホテルへの送り迎え、メ
シ場の手配等山ほどあります。それらをひとつひとつ丁
寧にこなし、どんなに忙しくても愚痴1つこぼしません。
今時めずらしい若者でした。うちの息子もこんな風に育
ってくれたらいいなと心から思いました。このプロジェ
クトは、昨年のリーマンショックの影響を受け残念なが
ら成立しませんでした。事務所をたたみ残務整理を終え
Uは帰国し、また東京でレコーディングエンジニアーの
仕事に戻りました。布袋のライブには必ず顔を出してく
れました。親元を離れ独立し、葉山の山奥に古い一軒家
を見つけ一人暮らしを始め、いよいよレコーディングエ
ンジニアーとして大きく羽ばたこうとしていた矢先の事
故死でした。しかし、神様はときにとんでもない気まぐ
れをしでかします。愛情をそそぎたくましく優しい男を
育て上げた父親と音楽に未来を託した息子の夢を一瞬に
して奪い去ったのです。
人が生きると言う事はなんて悲しいことの連続なんでし
ょう。僕たちはこの悲しみを乗り越え、また、明日も生
きていこうと思います。
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by kasuya_senji | 2009-10-19 18:34 | Comments(0)
中秋の名月ー2
2009年10月5日

中秋の名月。
中秋の名月は陰暦八月十五夜の月で、なんとなく新暦で
は9月15日の夜半の月だとおもっていたが今年は10
月3日だった。
その10月3日の土曜日。怪人Tに連絡すると葉山でヒ
マしてますというから、松茸ご飯を馳走するから食いに
来いと招集をかけ伊豆山で集合。伊豆山銀座の八百屋の
店番のばあさんに、まったけあるかい? と聞くと、
「今日はありませんです」
と答えるが目の前の木箱に気持ちおおぶりの松茸が5本
入って3000円とあるのを発見。はたして高いのか安
いのか。このばあさんは店主のおかあさんで、近所のお
っかさんどもと日がな店頭で井戸端会議はするが品物に
ついてはなにもしらない人だから、こりゃ聞く相手が悪
いとおもってるところに外から戻ってきた店主が顔出し、
「韓国産です。松茸ごはんですか? 火が入ればこれは
 これで香りもでるから豪勢に5本全部つかったらどー
 です」
ということで松茸をゲット。
松茸の横に白なす青なすと書かれたなすが売られていた。
なんですかこのなすは?
「さあー。小田原の農家で栽培してますが、めずらしそ
 うなんで仕入れましたがよくわかりません。そこには
 普通のなすより甘みがつよいとは書いてあるけど、普
 通とおなじように煮たり焼いたり炒めたりで食うんじ
 ゃないですかねえ。1袋5本で380円ですが、いつ
 もおせわになってるから持ってってくださいよ。あと
 で美味かったかどうかおしえてくれればいいですよ」
と白なす青なすは無料でゲット。ついでに出汁にしよう
と永谷園の松茸のお吸い物をゲット。
白なす青なすはちいさく切って、つゆの素に伊豆の名物
だいだいポン酢をくわえ瓶につめピクルスに。はたして
美味かったかそうでなかったかの答えを八百屋に返すの
は2週間後になるかな。
福岡の寿司屋の親父から実家で獲れた今年の新米だとも
らった米を研ぎ、松茸のお吸い物2袋を溶いた水をそそ
ぎ、松茸をどさっと入れ土鍋で飯を炊いた。15分もす
ると家中に松茸の香りがぷんぷんと匂った。あとは火を
止め20分ほど蒸す。別の土鍋でソーセージとハムをス
モークする。こちらもできあがるまで20分ほどかかる。
20分待てば松茸ご飯とスモークが一緒に出来上がる段
取りだ。この間にベランダにでて植木の手入れをすると、
椰子のおおきな鉢にキノコが生えているのをみつけた。
色・艶・姿・形はなめたけにそっくりである。携帯に写
真をとり、植物に詳しいBにメールで送ると、
「食えるかもしれんが気をつけろ」
と返事が来る。まさか食うことはしないがねと返信する
と、
「となりのおじちゃんきのこはえてるでェ」
とわけのわからない返信が来てるうちに、いよいよ松茸
ご飯とハムソーセージのスモークができあがった。怪人
Tと夕飯。松茸ご飯はすこし味が淡泊で、醤油を少々、
酒を少々加えるべきだったという課題がのこったが、な
にしろ松茸満載である。美味美味。3000円で秋の味
覚の大贅沢をした。
スモークは燻す時間がすこし足らなかったかもしれん。
桜のチップをもうすこし燃やすべきだったかという課題
がのこったが、自家製としては上出来だった。
食事の最後に、ハーゲンダッツの紅茶アイスクリームに
牛乳を加えミルでウイ〜ンウイ〜ンとシェイクしバナナ
にどろーりとかけたデザート「伊豆山風バナーナ・ハー
ゲンダッツ紅茶アイスクリーム・デ・ミルク」を食って
食事は終了。
洗い物をすませ、ベランダに出て一服してると遠くから
祭り囃子が風に乗って聞こえてきた。テキ屋のM嬢に電
話すると、江戸時代、走り湯と呼ばれた伊豆熱海の温泉
を徳川家康に献上したという由来にまつわる湯上げ神社
の今日はその祭礼だという。山を下って町に降りると山
車を先頭に、芸者衆、男集、子供衆が行列をつくり糸川、
初川にかかる橋をわたり、銀座通りを練り歩いていた。
地元の町衆の祭りで観光客は訪れるわけではない。商売
にはならんとM嬢は屋台はだしていなかった。
祭り見物をして伊豆山にもどると南西の空に月がかかっ
ていた。中秋の名月である。そうか。湯上げ神社は温泉
奉納を神社の縁起とするから、温泉が一番良くなってく
る秋の入り口の中秋の名月の日が祭礼なんだかもなと勝
手に想像し納得する。セーターを着込みベランダに出て、
怪人Tと雲に見え隠れする名月を追いながら月見と洒落
た。
怪人Tの住む葉山では、空気が澄んでいて快晴の満月の
夜という条件に恵まれれば、月明かりに浮かぶ富士山が
相模湾の向こうに見えることがあるという。この条件は
まず冬場に限られるらしい。富士の高嶺に降った雪に月
明かりが反射し夜空にうすく銀色に輝き、とても幻想的
な美しさですと怪人は言う。
しかし、いったい外国では月見という風習はあるのだろ
うか。英語では満月の夜はルナティックなどと狂気をあ
らわす。たしかに満月の明かりは昼とまごうばかりの明
るさで輝きこの世を照らしだすから、太陽神信仰者から
見れば、まさにダークサイドの世界が浮かび上がってい
るのだろう。月見と洒落る風雅などはないのかもしれな
い。
しかしだからといってわたしと怪人Tは風雅であろうか。
平安時代初期。嵯峨天皇と空海が月見をしたとの伝説が
のこる大沢の池には当時の船が復元されているが屋形船
で、わたしはそれを見て、これじゃ月をみるのに屋形が
じゃまではないかと思っちゃったが、これが悲しいかな
下々の発想であった。かの世の貴人たちは直接物を見る
などという下品なことはしないのである。天皇が御簾の
なかに鎮座するのもご神体が奥に隠れているのもすべて
その美意識からくるのである。嵯峨天皇も空海も池に浮
かぶ月を愛でるのである。彼らが眺めた中秋の名月は池
の水に映った月であり、風がそよげばムーンリバーなの
である。
松茸ご飯。秋祭り。中秋の名月と秋三題を楽しむという
せめて風流なことではあったが、今だ風雅には至らずを
知ったのであります。しかし、修行の足らなさは自覚し
ながらも、万葉集の柿本人麻呂の歌

「去年見てし秋の月夜は照らせれど相見し妹はいや年
 さかる」

などを詠めば、仮にムーンリバーを詠んだものだとして
も、一緒に見たあのひとはひとつ年を重ねてしまったこ
とだろう、、、などと女性の年を数えるなどと失礼な観
想をしているところをみると、人麻呂君も修行が足らな
かったのかもしれんなあ、、、
いやご同輩でござるなあ、、、
と安心しているようじゃ、ますます修行が足らないので
ありましょう。ポテチン。




 
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by kasuya_senji | 2009-10-05 15:58 | Comments(2)
秋さまざま
2009年10月2日

布袋と今井美樹さんとスタッフがシークレットで岡崎堂
の誕生日パーティーを企画してくれました。

「布袋さんから来年の仕事の企画の件で是非時間をとの
 連絡がありました。夕方6時にいつものバーで待って
 いるそうです」

と連絡を受け、出かけ、久しぶりだね、久しぶりだから
シャンパンでも、となってもろもろ話を済ませた後で、
食事でもいかがですかと誘われ、布袋に連れられ都内某
所のイタリアレストランに行ってみると、そこに我が社
のスタッフ全員が待っていて、お誕生日おめでとうござ
いますーとやってくれたのです。シークレット企画など
は必ずどこかで、あれ? なんかヘンだぞと気がつくも
のですが、この日の布袋の演技(?)は完璧で、まった
く気がつきもしませんでした。100%サプライズであ
りました。
その日のことを、布袋が彼のOFFCIAL・BLOG
「BEAT主義」に書いてくれて、それを読んだ沢山の
人が岡崎堂ブログを訪れてくれましたが、その日のわた
しのエントリーが「ポテチン」で、しかもそれが久しぶ
りの更新で、なんともまあ間の抜けたことでありました。
それはともかくも、この年になれば誕生パーティーなど
はただ照れくさいだけのものでありますが、本当に驚い
たし、みんなの心の暖かさに触れ、ただただ嬉しく忘れ
がたい誕生日になりました。

そんな興奮が醒めやらぬ気分のいい毎日を過ごしている
今日この頃ですが、ここ数日、秋の夜長の一日を締めく
くるのは司馬遼太郎の「侍はこわい」という文庫本。
光文社文庫オリジナル時代小説短編集の1冊で、

 壮大。そして人間を活写した史劇で読者を魅了し続け
ている司馬遼太郎は、小説の醍醐味を感じさせる短編や
中編の傑作も発表している。本書の主役は男たちだが、
各編に登場する女たちには、不思議な存在感がある。
「女性というものの、時代を超えた偉大さが淡い色調で
たくみに描かれている」。初期に雑誌で発表されたまま
の、初めて本になる短編集。

と解説されているとおり、各編に不思議な妖しげな魅力
を持った女が登場する。映画の結末を喋る奴。コンサー
トの中味を喋る奴。小説の顛末を喋る奴。そんな奴には
なりたくありませんから詳しくは書きませんが、「忍者
四貫目の死」という短編は、武田信玄の密使を受け放た
れた忍者が織田信長のいる京にあらわれるという話で、
ここに登場するおんなはただ淫乱な女で主人公の男と寝
るというシーンで登場するだけにしかすぎない端役です
が、結末の鮮やかさと同じくらいの印象を残すのですか
ら、不思議なおんなです。
他の短編では少し知恵足らずの若い女が登場します。さ
きほどの作品とおなじくストーリーにはほとんど絡まな
いにもかかわらず主人公のキャラクターをふちどります。
このおんなも忘れがたいのであります。この初期短編は
近畿大阪を舞台にした話がおおく、関西大阪言葉の会話
の柔らかさのなかにおんなの柔らかさを同居させるとい
う手法も見事で、初期作品とは云え若き司馬遼太郎恐る
べしであります。また、大阪弁の会話のオモロさも楽し
めるというオマケもついています。
恋の指南をする主人公に悩める男が相談に来る。
「まだまだや」と答えます。
「せやけど、先さんはわてが手エ握っても、黙ってうつ
 むいたはったンでごわりまッせ」
「あほかいな。がまんや、がまんや」
といった会話や、またこの男が成功報酬2割の7百両で
借金の掛け取りを引きうけ奈良にでかけることになり、
そのために通行手形や掛け売りの書状や紹介状の用意を
してくれと頼むと相手はこう言います。
「安いこっちゃ」
「路用は要らん」
「ほなら、分ゥに色つけるわ」
「分ゥもいらん」
「へえ、タダか」
「そのかわり、当てにして貰うまい」
「そら、こまる」
「こっちゃ、気まま人や。気持ちに荷イもつのはかなわ
 ん。荷イはひとつでケッコや」
「なんじゃい。なんぞほかに荷イあるのか」
「そらな。恋じゃわい」
本編ではこのあとにまたおんなが登場してきます。
てな、こんな調子で大阪言葉が楽しめます。これを読む
限り、大阪言葉も歯切れのよさで男伊達を売ってること
がわかります。そこに絡むおんなですから不思議な存在
感をもつのでしょう。
昨日で全部読み終えたので、今夜はまた最初から読み直
そう。知っている主人公の男たちに会いに行くというよ
りも、知りあいの女に会いに行くという気分です。外は
秋の雨が降っています。
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by kasuya_senji | 2009-10-02 12:45 | Comments(3)

 
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