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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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夢の中へ、、、
2011年2月21日

Happy Dreamer !

I love you


夢の中でニコール・キッドマンが素っ裸で寝室に入って
きたのだが、前回の轍を踏まぬよう彼女がそーっとドア
を閉めるもんだから、気づかずに朝まで眠ってしまった。
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by kasuya_senji | 2011-02-21 19:25 | Comments(2)
未来を語れ!
2011年2月17日

ケサラン・パサランのように粉雪が舞った日に中ちゃん
が旅立って、その1週間後に田舎の叔母が逝って、その
日も雪が舞っていた。
日本海側の港町や東北の雪の里なら冬であれば雪など当
たり前のことなんだろう。が、東京では雪はとても珍し
いことで、なんだか、粉雪と精霊と人の魂が結びついて
いるような錯覚を持ってしまった。そしてその度に、僕
が失ったものはなにかと考える癖がついてしまった。

2週間振りに工場からMGが戻ってきた。そうか、前回
乗っていたときにガソリンの匂いがとてもきつくてエン
ジンとキャブレターあたりの修理か調製が必要だなと思
っていたとき車の外は粉雪が舞っていたんだ。それでケ
サラン・パサランを思いだしたんだがあれからもう2週
間経ったのか。
クラフトマンO氏の手により蘇った1600ccのエン
ジンは音も快調に車を走らせている。1961年製のこ
の車は年齢で言えば50歳。距離メーターは一回りも二
回りもしているから、現在の56000マイルという表
示はアテにならないが、昨年、エンジンはオーバーオー
ルされている。
今の車は技術が進み40万㎞を走ることができるエンジ
ンが積まれているが、むかしの車は8年なり10万㎞あ
たりでエンジンを最小単位に分解し、痛んだ摩耗した部
品を交換し、あたらめて組み立てることによって新品状
態に蘇らせる=オーバーホールという作業が必要だった。
その作業が済んだのだから、この50年前のMGのエン
ジンは新品同様であり馴らし運転が必要な状態だった。
岡﨑までの300㎞を行って帰り=600㎞を3回くり
返し計1800㎞。熱海までの100㎞を5回往復し計
1000㎞。合計4000㎞を走り、馴らし運転は終了
した。
エンジンを馴らすための走行だったが、夏の暑い時期に
渋滞地獄にはまりクーラーもない車内で熱中症になりか
けたり、紅葉の伊豆スカイラインのワインディングロー
ドを果敢に攻めたりしながら4000㎞も乗ると車の癖
もわかってきたし、わたしもこの車に馴らされた。いず
れにせよ手をかければかけるほど扱いやすくなる車だっ
た。
だいたい、コーヒー豆をロースターに入れアルコールラ
ンプで焙り煎りたてのコーヒーを飲むことや、ターンテ
ーブルにのせたビニールのLPレコードを聴くことや、
50年も前の車を工場のメカニックとあーでもないこー
でもない意見交換し調製しながら乗ったりすることはま
ったく同じことなんだ。この気持ちは子供の頃夢中にな
ってオモチャで遊んでいたあの気分とまったく同じなん
だ。エンジン音も快調に東京をドライブしたが、そのと
き天気予報は雪を告げていた。

大阪のグリーンズの橫井が亡くなったと連絡が入った時、
伊豆山は大雪が降っていた。携帯電話の向こうで悲痛な
叫びにも似た声が聞こえ、目の前の山や谷や遠くの海に
まっ白な雪が降っていた。
橫井は甲子園で生まれ高校時代に見た海外アーティスト
のライブに感動し音楽業界に入ってきた人で、オシャレ
でグルメでなによりもその人柄が誰にも好かれていた。
わたしが大阪に出かけるときの糟谷番もしてくれた。
互いに服に興味があったから話は合った。わたしが着て
いる服を、それどこどこの誰々のデザインちゃいますか
とピタリと当て、そのくせ彼の着ている服はどこどこの
誰々のデザインかは僕は見抜けなかった。彼の方がひと
つもふたつも情報量が上だった。
互いに食い物に興味があったから話は合った。
ステーキ、寿司、懐石、スッポン、イタリアン、フレン
チ、チャイナ、もつ鍋、串カツetcなんでもござれで、
本当に好く店を知っていた。そして、そのどの店の人か
らも好かれていた。
神戸の西村珈琲店に連れていってくれたのも彼だった。
メリケン波止場にある19世紀の英国の銀行だったバー
を紹介してくれ、京都の隠れ家のようなステーキ屋も彼
に連れて行ってもらった。
そのステーキ屋は炭火をカンカンにおこしサーロインを
炭火から60㎝ほどの高さで焙る。一旦熱が通ると肉を
火から外す。また焙る。また外す。をくり返す。
肉を焼く前に脂を溶かし、肉をあたため、脂を溶かし、
とくり返す。
したがって注文してからステーキが登場するまでに30
分程の時間を要するのであるが、その間、上物のワイン
と戯れていればいい。そして登場するその肉は、これが
まあ一度食べてみなはれ。肉好きでよかったーと神に感
謝すること必至でありましょう。しかし橫井はいかにし
て隠れ家のような店を捜し出せたか不思議でしょうがな
い。その橫井が48歳という若さでアッと言う間に逝っ
てしまい、その日は空から大雪が落ちていた。なにもか
も埋め尽くさんばかりに降りしきる雪をみていて、橫井
はなにをやりたかった人だったんだろうということを考
えてみたが答えはなかった。そのことを訊く前に逝って
しまったのである。このことは、
「人はいつも未来を語らなければいけない」
ということと大いに関係がある。
「俺は、世界に通用するミュージシャンを育てたいんだ。
 そして世界中ツアーをするんだ」
と橫井が言っていたとすれば、
「そうだ! みんなで橫井の思いを実現しようじゃない
 か!」
と橫井の希望は未来へも生き続けることができたかもし
れないのだ。あまりにも惜しい人材を失ってしまったが、
彼の夢を聞けなかったことは返す返すも残念で仕方がな
い。未来のある男としてこれから生きていこうじゃあり
ませんか同士諸君。降りしきる雪の中でそう思った。
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by kasuya_senji | 2011-02-17 18:21 | Comments(1)
Happy valentine !
2011年2月14日

Happy valentine !

I love you.


夢の中でニコール・キッドマンが素っ裸で寝室に入って
きたのだが、そのとき彼女が勢いよく寝室のドアをバタ
ンッ!と閉めるもんだから、その音で目が覚めてしまっ
た。                 
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by kasuya_senji | 2011-02-15 19:29 | Comments(1)
ケサラ ンパサラン
2011年2月2日

2月1日の昨日は布袋の誕生日で、僕はそのバースディ
記念武道館ライブをプロデュースしたが、それは素敵な

モダンでモードでシックなロックンロールショウだった。
e0074827_1892235.jpg

このライブの模様は武道館からTwitterで生中継
され多くの方がアタカモ同時体験されたことだと思うし、
ライブについては思うところも多くあり、後日あらため
て書くことにして、今日はそのライブのリハーサルも終
了し、いよいよその本番を二日後に控えた1月30日の
日曜日のことを。



午後3時48分に友人のZから

「先ほど広島の病院で中ちゃんが息を引き取りました。
 ちょうど3時頃だったそうです。
 通夜、葬儀についてはまだなにも決まってないそうで
 すが、カスヤとは長いつき合いだったろうから亡くな
 ったこと伝えておきます」

と電話が来た。

広島の流川という繁華街の外れに風俗街があり、その風
俗街の一番外れに、遊びに来る客やそのあたりの店で働
く男や女の従業員が立ち寄って酒を飲んだり飯を食った
りする一角があって、それは数軒の屋台を一つ屋根でく
っつけたような格好をしていて、通称チロリン村と呼ば
れていた。チロリン村には飲み屋だけでなく店の情報屋
もありエロ本屋もあって、いかにも風俗街の一角だった。
「中ちゃん」はそのチロリン村の中にあり、中迫さんが
やっていたので名前をそのままとって「中ちゃん」。だ
から、中ちゃんは店の名前であり主人その人でもあった。
原爆が投下され焼け野原になった戦争直後の広島に生を
受け、どこをどうして中ちゃんがチロリン村に店を構え
ることになったのか聞いたことはなかったけど、ナンデ
モ、有名なホテルの厨房で修業したらしいという定説が
あった。板やトタンを打ち付けて壁や屋根が固定されて
るとは言え屋台の店でステーキや牡蠣のムニュエルなど
をバターをたっぷり使って焼き、銀のまるい蓋をかぶせ
鉄板の上で蒸し上げるのを見ると、その料理はいかにも
洋食でまるでホテルのレストランのようでもあった。
牡蠣のムニュエルにクレソンがつけ合わせてあったが、
たしかクレソンを生まれて初めて食べたのは「中ちゃん」
だっかたもしれない。戦後の闇市と地回りのやくざと風
俗嬢と食の達人達の人生が奇妙に入り交じった独特の匂
いがある店だった。なによりも中ちゃんその人が無蓋の
人というか世の中の何処にもあてはまらない無比の人だ
った。坊主頭で大柄で夏はランニングシャツに白い前掛
け。いつも笑っていて、ゆっくり喋るその話は毒を吐き
つつ自虐的で寓意があった。戦後の放浪の画家山下清の
料理人のような印象の人だった。

流川の氷屋に生まれて長じて東芝EMIの宣伝部員とな
ったYは、中学高校時代は稼業の手伝いで氷の配達をし
た。電気冷蔵港や冷凍庫がべらぼうに高かった時代のこ
とで、酒を冷やしたり水割り用にと氷屋が流川のスナッ
クやスタンドバーに毎日氷を配達して回っていたのであ
る。Yがレコード会社の宣伝部員になった頃には、店で
一番若かった下っ端のオネエチャン達が、流川の店とい
う店のママとなっていて、流川ではYを知らない店はな
いというくらいいっぱしの顔だった。
この仕事に入ってすぐ広島支店にいたYと知り合い、Y
に連れられるまま流川の端から端まで流れまくったもの
だが、そのYが流川の外れの一角にあるこの店を広島の
放送局や中央の音楽業界に紹介したのである。
以後、音楽、コンサート業界でこの店を知らぬ者はもぐ
りとまで言われるようになった。デビューしたばかりの
頃の長渕剛が明け方腹減ったと中ちゃんの店にいったと
ころ、寒い冬のことで、中ちゃんが火を落とした余熱の
残る鉄板の上に新聞紙をひいて丸くなって寝ていたとい
う逸話も残っている。

Zから電話で告げられた中ちゃんが逝ったという午後3
時ころはちょうど外にいて、東京にはめずらしく粉雪が
降っていた。
東北地方にケサランパサランという伝承上の生物がいて、
それは白い毛玉のような物体で、空中をふらふらと飛び、
一つ一つが小さな妖力を持つとも言われ未確認生物であ
るが、まるで粉雪が舞うように空中を飛ぶとも言われる。
東京の下町の片隅にちいさな中華料理屋があって、わた
しはケサランパサランをそこで知った。店の名前だった
のである。不思議な語感の言葉だと思い店主に訊いてみ
ると自分の田舎、秋田と言ったかと思うが、そこの伝説
上の精霊で白く小さく粉雪のように舞うといい、その女
店主は子供の頃に見たことがあると言った。お祖母さん
が亡くなった日は薄雲っていて、春先なのに粉雪が舞う
ように白い小さな浮遊物が空中を漂っていたという。と
ても不思議な光景だったが、お母さんが、あれはオバア
チャンの魂が精霊達と一緒にが飛んでいるのよと教えて
くれたという。1月30日の午後3時は粉雪が舞ったが、
あれは中ちゃんの魂と精霊達の浮遊のようで、それは伝
説のケサラン・パサランのようであり、それを見たわた
しはなにかを失ったのだろうと思っている。
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by kasuya_senji | 2011-02-02 18:05 | Comments(0)

 
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