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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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渡英記 2
2011年10月19日

渡英記 エピソード2

<9月30日:金曜日 快晴>

午後3時15分:ヒースロー空港着
午後3時半:ヒースロー空港にてロンドンタクシーに乗
      車。
     「ワン ナインティー クイーンズゲート
      プリーズ」
     「ワン?、、、 ワン?、、、」
     「ワン ナインティー。 
      ワン ナイン ゼロ OK?」
     「イーエス。I アンダースタンド」
      OK? アンダースタンドしたんだな?
      だったら早く車だしてくれないか。
      早くたってっスピードはださないでよ。
      急いではいないからね。
      って話しちゃって、英語イケんじゃないか。
      といってもタクシーに行き先を告げただけ。
      でも、初めて英国に渡った時は、相手がわか
      らないっていうんだからもう一度くり返せば
      いいのだが、なかなかそれができない。
      「やっぱり俺の英語通じないんだーっ」
      と誰もいないのにアがっちゃって、竹中直人
      のアがってまーす怒りながら笑ってまーす的
      な顔つきになってただおろおろするばかり。
      怖くてタクシーにも乗り切れず。
      いやまてよ。
      いくら英国初めてのイナカモンでもタクシー
      に乗れないということはいくらなんでもまず
      かろう。英語を喋るんじゃなくて行き先告げ
      るだけだろう? 
      こうなりゃ、通じる通じないを超えてこちら
      の云うことを相手にきかせるかが俺が覚える
      英語だ! と開き直ったものでした。
      懐かしきロンドン郊外の風景の中を抜け市内
      へ。ロンドンエール工場の脇を抜けるとそろ
      そろクイーンズパーク。
午後4時30分:クイーンズゲート190
        ゴアホテルチェックイン
e0074827_16104291.jpg

午後5時:ゴアホテル・バー190 
      すどとウエルカムドリンク      
      普段は全く酒を飲まなくなったが、すどの初
      めての英国に乾杯してやろうとシャンパンを。
      パリでフレンチのシェフにシャンパンに一番
      合う食べ物はできたての熱っちっちのフレン
      チフライポテトだと教えられた。冷たいシャ
      ンパンと熱いポテト。美味そうでしょ。
      で、バーテンダーにそれを頼むとウインクし
      てOKしてくれたが、あとで考えると俺とす
      どは坊主頭で、俺はともかくすどは妙に黒目
      がぱっちりしててゲイ好みの顔で、俺等はバ
      ーのスツールに並んで腰かけていて、いかに
      も親しそうで、間違いなくゲイのカップルと
      見られたのだが、その時は、ただ、親切な物
      わかりのいいバーテンダーだと思っていた。
e0074827_16123287.jpg

      このバーはどういう分けかローリングストー
      ンズの写真から製版したポスターが立派な額
      に装填されてカウンター正面の壁に数点飾ら
      れている。
      誕生日パーティーかなんか知らんがクリーム
      まみれになってミックとはしゃいでるのはブ
      ライアン・ジョーンズ。40年以上も前のロ
      ンドンの夜の一コマ。27歳で死んだブライ
      アンは永遠に若いが65を越えたミックの若
      いこと。奥に見えるチャーリー・ワッツなん
      か、この人チャーリー・ワッツの息子? 
      って言い返したくなるくらい若い。
      もしかしたらそのバカ騒ぎなパーティーはこ
      のバーで行われたのかもしれない。画の中の
      部屋の風景がこの店の店内によく似てるのだ。
e0074827_1613946.jpg

午後5時半 クマと電話 連絡
午後7時 パディントン・スターストリート・タパス
     オフ エッジウエアーロード スターストリー
     トの奥にあるスペイン居酒屋タパスは旧アイア
     ールシー2ロンドンのスタッフのたまり場だっ
     た。
     emiレコードの有名某役員が平社員の時BO
     OWYのベルリンレコーディングに同行し僕ら
     に楽しい話題を提供してくれ続けたが、その始
     まりが
    「その昔。全共闘の学生達が多摩川沿いの喫茶店
     に夜な夜な集まって議論を交わしていた。その
     喫茶店の名が、たまり場。多摩リバー」
     という世の中の誰にも知られてないがBOOW
     Yのメンバーには有名な冗談があるが、それは
     ともかく、このタパスは昼も夕もここというく
     らい多摩リバーだった。
     僕らはモリソン&リーヒーという音楽出版社の
     所有するスターストリートにあるかっての郵便
     局を改造したビルの地下1階を借りていて、そ
     こがオフィースだった。
     グランドフロアーはこの出版社の独立レーベル
     とジョージ・マイケルのオフィースがあって、
     2階はB・モリスンとD・リーヒーのオフィー
     ス。
     この二人組は英国の音楽界では知らぬ者なしと
     いう有名人で、Bはかってのピンクフロイドの
     マネージャーであり、現在はチャールズ皇太子
     が所属するポロクラブのオーナー。ラルフロー
     レンの胸にあるポロマークはこのクラブが所有
     するマーク。
    「センジ、日本は最高だよ。日本人はあのマーク
     が好きなんだな。ラルフのマークの使用料の売
     り上げはほとんど日本からだ。あのポロマーク
     があるかないかはアメリカでは誰も気にしてな
     いんだよ。だから俺はJapanが好きなんだ」
     と片目をつぶった。
     Dはワムの育ての親でジョージ・マイケルの全
     ての著作権を所有管理し、独立レーベルを運営
     し、ジョージ・マイケルのマネージメントもし
     ている。
     二人とも大人の不良でレオンで云うところのモ
     テモテオヤジ共だった。このオフィースにはニ
     ューヨークからパリからベルリンからハリウッ
     ドからと次から次へとレコード会社のプロデュ
     ーサーやチェアーマン達が訪れていた。
     もともとD氏と知り合い、親しくなり、
    「うちのビルの地下が空いてるから使わないか?」
     と誘ってもらって入居したから、オフィースの
     近場にあるこのタパスはモリソン&リーヒー社
     のスタッフの多摩リバーであったので、飯食っ
     てるとジョージ・マイケルがひょっこり現れた
     りもした。
     すどの初ロンドンのディナーは是非その多摩リ
     バーでと思って連れて来たが、もう店はなかっ
     た。名物のフィッシュケーキも蛸のプルプルも
     消えてしまっていた。小柄で人なつっこい笑顔
     で片足をすこし引きずるように歩いていたオー
     ナーと、顔をだすたびお帰りーといつも笑顔で
     迎えてくれたママさんはどこへいってしまった
     んだろう。
     こういうときにフェイスブックが使えると居所
     がたちどころに知れるというが、はたしてあの
     スペインの夫婦はフェイスブックしてるのだろ
     うか?
     明石家さんまが
    「携帯のリングバックトーンを娘さんのいまりち
     ゃんの歌にしたら、娘さん喜びますよ!」
    「そうやなぁ。喜ぶなあ。そりゃいいアイデアな
     やあ。そやけどあいつわしに電話してきたこと
     ないわ、、、」
     とぼやいて大うけするのだが、それと同じで、
     あのバルセローナ夫婦フェイスブックしてるん
     だろうか? 
     店がなくなってしまったのならしかたない。
     最近の英国飯屋事情を得ようとメイフェアーの
     日本料理屋将軍に立ち寄る。

午後7時30分 メイフェアー 日本料理屋「将軍」
        ひろみママ、マネージャー、大将と再会。
        ここだけは数十年前とまったく顔ぶれが
        変わらず、しかも3人とも年を重ねたの
        にあのころのまま。互いに、いや変わら
        んねえ。若いねえ。と褒めっこのエール
        を交換。すどを紹介。
        寿司屋の大将とすどと俺が並ぶと坊主頭
        のだんご三兄弟ができあがるが、すどは
        三男というより年齢的には大将の息子っ
        て感じかな。俺は叔父ってわけだ。
        大将、ヨーロッパ・スペイン沖のトロを
        握る。
        美味さにすど唸る。
        大将、北海のサーモンを握る。すど唸る。
        大将の卵焼きにすど唸る。
        いちいち唸るほど美味いがここに飯を食
        いに来たのじゃない。チャイナタウンの
        最新情報をもらいに挨拶を兼ねて寄った
        までだ。リーダイアモンドは営業してる
        んじゃないでしょうかと聞いて、すし食
        って唸ってるんじゃないとすど促しチャ
        イナタウンへ。
e0074827_1615256.jpg


午後8時30分 将軍であの店はまだやってるんじゃない
        のと言われたリーダイアモンド金剛飯店
        も既に店がなくなっていた。店がありす
        ぎてどこへいっていいかと迷うが、とり
        あえずチャイナタウンの表通りで客がい
        て流行ってそうな店に入れば間違いない
        だろうと適当に入った店で、
        スティームスカロップ。
        春巻き。
        香港焼きそば&etcで夕食。
        チャイナタウンは週末の金曜の夜で大混
        雑していた。
        隣接するレスタースクエアーにはオペラ
        座などの劇場や小劇場があり、裏隣のソ
        ーホーに風俗店が集まっていて、まるで
        東京の歌舞伎町と丸山町にはさまれたと
        ころに横浜中華街があると言った夜のに
        ぎわぶり。
        といってもまだ10時で、人があふれて
        くるのはこれからが本番という宵の口だ
        がそれでもタクシーがつかまらず、結局
        オックスフォードストリートまで歩き、
        それでもつかまらず反対方向のタクシー
        止めてナントカ言うこと聞いてもらいク
        イーンズゲート190まで戻れたのは、
        いやめでたし。

        
午後10時(日本時間1日午前6時)就寝
e0074827_16154295.jpg

   
  <エピソード3に続く>
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by kasuya_senji | 2011-10-19 16:19 | Comments(1)
渡英記
2011年10月17日 

渡英記:エピソード1

<9月30日 金曜日 曇天>
午前11時成田空港:すどと待ち合わせ。チェックイン。
午後1時45分:25番搭乗ゲート前のスナックで軽い
        昼食。飛び立てば間もなく機内食がで
        ることはしってるが、その前に運良く
        寝られれば(時間たっぷりの昼寝)飯
        は後まわしでもかまわない。といって
        も朝は家でロンドンではこれは食えん
        だろうと札幌すみれの醤油ラーメンを
        食べてきたから、軽くチキン唐揚げ&
        コーヒーのセット。朝飯は食ってませ
        んというすどに、一昔前までは欧州に
        行くルートは、冷戦時代のソ連がソビ
        エト上空と北極圏上空を軍事上機密域
        を理由に他国の飛行機に公開しなかっ
        たから、日本から欧州へは香港〜ボン
        ベイ〜ドバイ〜ロンドンという27時
        間以上かかる南周りと16時間のアン
        カレッジ経由の北周りで行くコースの
        2つがあった。日時とフライト便がフ
        ィックスされた変更不可のエコノミー
        クラス北往き南復りの南北ミックス航
        路は安かったから、帰路インドでまさ
        かのサイクロンキャンセルなどあれば
        後は知りません。勝手に帰国しなさい。
        代理店も飛行機会社も責任とりません
        よ。阿弥陀様の御陰もここまでありま
        せんよというチケットだがよく利用さ
        れた。
        それでも15万円くらいしたかな。
        だから、1970年代の若者。この場
        合はハービー山口なんだけどね。15
        万円なんて高すぎてとても飛行機では
        行けないからと新潟から船に乗り、万
        景峰号じゃないぞ、ソ連に渡り、ウラ
        ジオストーク駅発モスクワ駅行きシべ
        リア鉄道でユーラシア大陸を横断し遙
        か欧州の地へ行ったと言う。
        五木寛之の「さらばモスクワ愚連隊」
        の時代とさほと変わらないんだな。
        ハービーはロンドン在住数年後から徐
        々に日本の出版社からの仕事が来るよ
        うになってロンドン〜日本を往復する
        ようになるが、値が安い仕事の場合、
        さすが鉄道ではないがウラジオストー
        ク空港発アエロフロートDC10で欧
        州へと帰ったらしいぜ。それはそれと
        して、成田を飛び立ち7時間すると北
        極圏アンカレッジ。ここはアメリカだ。
        トランジットで1時間ほど待つが空港
        ビル内にうどん屋があって、これが不
        味いことわかってるのに食うんだ。言
        ってみればこのうどんを食えるのは
        「アンカレッジだけ」みたいな旅の一
        コマで、不味くっても、もしエチオピ
        アでうどんが食えるなら駆けつけるだ
        ろう? それと同じさ。今はソ連も崩
        壊し民主国家ロシアでは北極圏上空も
        飛行できるようになり日本〜欧州が4
        時間も早まり欧州アンカレッジ路線は
        廃止された。
        でも、二度と帰らぬ思い出ほど懐かし
        いものはない。俺が食いたいうどんは
        都内某所有名店の讃岐うどんじゃない。
        アンカレッジうどんだ。まあその話は
        よろしいとしてこのスナックうどんは
        アンカレッジよりはうまいだろう。日
        本の別れにこのうどんを食えと天ぷら
        うどんをすすめるが、話が長すぎたよ
        うだ。すどはとっくに食い終わってい
        た。
        そろそろ機内へというバージン航空の
        アテンションプリーズのアナウンスが
        聞き取れない。石川遼のスピードラン
        ニングにわか仕込みも効をなしてない
        ようだ。スピードラーニングをスピー
        ドランニングと言ってるようじゃねえ 
        、、、と独りごちながら機内へ。
        着席。シートベルト良し! 
        エンジン音快調!
        いざ英国へ出発。行ってきまーす。


     <エピソード2に続く>

 
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by kasuya_senji | 2011-10-17 15:04 | Comments(1)

 
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