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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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節分
2013年 節分

月も朧に白魚の
篝も霞む春の空
つめてえ風もほろ酔いに
心持ちよくうかうかと
浮かれ烏のたヾ一羽
塒へ帰る川端で
棹の雫か濡手で泡
思いがけなく
手に入る百両
ほんに今夜は節分か
西の海より川のなか
落ちた夜鷹は厄落とし
豆沢山に一文の
銭と違って金包み
こいつあ春から
延喜がいヽわえ

歌舞伎狂言
「三人吉三廓初買」序幕「大川端庚申塚の場」

節分の夜。当世名人市川團十郎逝去。
葬送の曲。ピンクフロイド百花繚乱を団十郎に捧ぐ。
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# by kasuya_senji | 2013-02-04 14:09 | Comments(3)
2013年1月17日

立!

今年の歌会始のお題は「立」。
「古今集」巻一、春歌上冒頭に

ふる年に春立ちける日よめる、
「年の内に春は来にけりひと年を去年とやいわむ今年と
 やいわむ」              在原元方

と言う歌があり、年内立春は和歌では春、俳句では冬と
されてきたから、今年の歌会始の「立」は新しき一年の
いよいよ始まるという言祝ぎではないか。


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その歌会始の前夜から東京は雪になった。
小宅の15階のベランダの石像と石灯籠が白い綿帽子を
かぶると漫画化された石像君と石燈籠君のようになり、
なにやら小庭が日本昔話の舞台のようになった。


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かつての日本では、犬は雪やあられがこんこんと降り積
もればれば、大喜びで庭を駆けまわったのだが、現代の
犬はペットとなり温々とソファーの上で惰眠をむさぼる。
雪の庭を駆け回る夢を見てるのだろうか。


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朝起きれば家々の屋根はまっ白になっていた。
イタリアの家の屋根は法律で赤と決まっていて、上から
のその眺めはとてもきれいなものだから、日本でも屋根
は白と決めたらどうだろう。そうなれば東京という都市
の風景もとてもモダンになるのではないか。猪瀬東京都
知事もそのくらいのことやったらいかがでしょうか。


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仮にその新法律が施行されれば雪が降らなくともスカイ
ツリーから見る東京下町はこのような白い都市風景とな
るであろう。美しや東京ジャパン。
これでオリンピックも決まりだね。


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しかし、雪のため都市交通機能がマヒした。特に東名高
速道路に繋がる首都高3号線が通行止めになり青山通り
と六本木通りが完全にマヒ。
渋谷のセルリアンタワー東急ホテルでJFMP(日本音
楽制作者連盟)の新年会が19時からあったので5時4
0分に麻布のオフィースからタクシーでむかったが西麻
布、高樹町、青山トンネル、渋谷駅前とまったく動かず
30分も遅刻してしまった。しかし麻布から渋谷駅前ま
で1時間50分もかかるかねえ、、


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皇居前広場の冬景色。
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その皇居内では歌会始めが行われていた。
お題は「立」。
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皇后陛下のお歌。
東日本大震災からの国の復興を詠まれたのではないか。


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天皇陛下のお歌。
沖縄を訪れかっての琉球王朝の昔に思いをはされた歌。
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# by kasuya_senji | 2013-01-17 14:42 | Comments(5)
2013年正月
謹賀新年句会

今年が皆様にとりよい年でありますよう祈念いたします。


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     晴天へもらわれてゆく花吹雪  平山雄一

大陸からの大寒波襲来で日本海側は雪の正月となったが
関東地方、特に東京は年明け1週間快晴の正月だった。
この富士山の写真は正月明けて岡崎へ帰郷するときの新
幹線の車窓の風景。岡崎堂が岡崎堂以前のただの大学生
だったころは、新幹線の車窓は都市以外は田や畑が続き、
夢の超特急が畑の中を走っているというシュールな絵面
だったが、今や風景に人口的な建物がない場所は川の上
しかないくらいだ。
そういった意味でこの写真は邪魔な建物がすこし写って
るが野原の向こうに富士の山という図で、昔と変わらぬ
日本の風景といって良いのであるのココロ。



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    大波や笛一本の冬神楽    平山雄一

岡崎から帰り富岡八幡宮に初詣。
八幡宮は昨年天皇皇后陛下をお迎えし大祭礼を行った。
当日用事があり車で永代橋を渡ろうとしていた僕は交通
係の警察官により通行止めさせられ随分待機させられた。
いくら馴染みの下町の大祭りの当日といはえ、道路を封
鎖することなど今までなかったから、いったいナンなん
だろとその日一日不思議だったが、天皇様のお通りであ
ったことが翌日の新聞で分かり不思議は解けたが、天皇
家と富岡八幡宮の関係はよく分からず別の不思議は残っ
たままの新年の参拝となった。
二礼二拍手一礼。
世界平和と東北復興と無病息災と会社発展事業拡大商売
繁盛を千円で祈願した。



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    うすももいろどこに力の雪割草  平山雄一

この福餅つきで配られるつきたての餅は美味い。
去年はきなこ餅をいただいたから今年は醤油味を初食。
しかし餅つきの音頭取りもつき手も相撲取りのようなお
おきな身体をしていて、フランス語を喋るからフランス
から来たとおぼしき観光客は、八幡宮の裏手の相撲塚を
見学した後表境内に現れて、オースモーレスラーなどと
歓声をあげていた。



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    ほうたるとなぞなぞ遊びしてをりぬ 平山雄一

ジュリバンドの面々と岡崎で新年会。どういう分けかジ
ュリバンド&関係者は岡崎衆が多くて、正月の帰省時に
岡崎での新年会となったが、いざ店を探すとどこも正月
休み。空けている店は予約でいっぱい。馴染みの小料理
屋の女将に連絡すると、東京から帰って来て岡崎で新年
会やるのに店がないんじゃ可哀想だと、新年特別開店で
新年会。ちなみにこの店は籠田公園近くの路地奥にある
隠れ家のような小さな店だが、岡崎豊田など西三河の一
部上場企業の役員の隠れ食堂でもあり、時に黒塗りの送
り迎えの車が店に横づける。



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    一升を師とわけ合うて天の川  平山雄一

宴もたけなわとなり次第に酔っぱらってこのような風景
となりました。ワイルドだろ。



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       報復も降伏もなし鰯雲  平山雄一

写真家のBが、カサブランカの主人公カフェ・アメリカ
ーナのリック(ハンフリーボガード)が人待ち顔で店の
前に立つこの有名写真に自分を並べて、ボギーと2ショ
ット写真に仕上げていた。俺にもそれをやってくれない
かと随分前に頼んだことがあったが、今年の正月にお年
玉のようにBから届いた。
しかし、第二次世界大戦中のヨーロッパアフリカの物語
りのなかに日本兵が混じっているような感がある。背景
の窓が日章旗を連想させるのかも知れない。
でも、貫禄ではリックに負けてないと思うがどうだろう。

<俳句は友人平山雄一氏の句集「天の扉」より掲載>
平山巨匠のますますのご発展を祈念しまして孫引き掲載
のご挨拶とさせていただきます。
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# by kasuya_senji | 2013-01-09 18:18 | Comments(2)
ごれにて打ち止め
2012年12月27日

長松が親の名で来る御慶状

        志太野坡

ちょうまつという名の丁稚が年季を明け実家に帰り、家
を継ぎ親の名乗っていた屋号で、旧商家をたずねる正月
風景を詠んだ句。いかにも正月らしくいい句ですね。
野坡は芭蕉の弟子。

正岡子規に大晦日・大三十日を詠んだ句がある。

漱石が来て虚子が来て大三十日

上京し東大予備門に入学し、帝国大学哲学科に進学した
ものの国文科に転科したころから「子規」と号して俳句
を作り始めた数年後、俳句雑誌「ほととぎす」を創刊し
たころの子規20代後半、死を迎える5年ほど前の明治
30年ころの大三十日の風景。年の暮れに若者が集まっ
ている感じが好ましい句ですね。
子規も漱石も虚子も、又、明治という時代も青春だった。


今年はいろいろな出来事が重なった日々だった。
個人的にも仕事的にも人生が大きく緩やかに転換した年
だった。布袋のブログの「もう一度夢をみよう」という
エントリーが素晴らしく、そこにはラウンドハウスのラ
イブについても布袋の言葉で書かれていたが、僕はその
こととは又違った感想を持っていて、どう違うかと言え
ば「何故もっとはやくロンドンでのライブをやらなかっ
たんだろう」という気持ちがとても強く湧き上がったこ
とだった。ライブが成功だったから言うんじゃない。仮
に不首尾に終わったとしても、そこから見えてくる課題
が未来へ導く物なのだから、やはりもっとはやくやりた
かったという気持ちがするのです。
そのことは布袋とも話しました。やってみてそう思える
までに我々は何かをやってきたからでしょう。あとは目
標を持ってやり続けることあるのみと意志一致した。
大きく緩やかに転換しながら次なる夢がすでに始まると
いう年になりました。あらためて皆さんに感謝もうしあ
げます。そしてこのブログも続けるところまでは続きそ
うな予感を持って今年は終了します。皆さんもよい年を
お迎え下さい。


来年は1月7日が仕事始めであります。
巳年は植物の種から強く大きく芽が出るという意味の年
であるそうです。縁起良さそうですね。
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# by kasuya_senji | 2012-12-27 16:56 | Comments(4)
MERRY X’MAS
2012年12月25日

  < MERRY X’MAS >
とても多くの方が岡崎堂ブログにエントリーしてくれた
のは、18日にロンドン・カムデンタウン・ラウンドハ
ウスで布袋ライブが行われたからだろう。
もちろんその場所に私も居合わせて感動を共にしたのだ
から、ジュリアス・シーザーのガリア戦勝記よろしく
「来た! 見た! 勝った!」
と即刻ブログで報告すべきなんだろうが、どうもこのブ
ログはそういう仕組み=最新情報アップにはなってなく、
ロンドンも布袋も関係ない「宇宙創成」がエントリーさ
れたままで皆さんそれを読むハメになってしまいました。
ま、読んだ方には勉強にはなったかもしれませんが、タ
イトルだけ見て退散された方も多いと思われます。
ロンドン記はじっくりとやらせていただきますので退散
された方にはひとつご勘弁願いますが、写真を掲載して
おきます。ただし、ライブそのもの、本人、バンドメン
バーについては不掲載です。

お馴染み:定宿ゴア・ホテル。オリンピック開催期間は
五輪旗が掲げられていた。なんと今回は旗が掲げられて
いるベランダの部屋に宿泊した。
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ハイドパーク。札幌を思いださせる空の青。
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クリスマスイルミネーション:リージェントストリート。
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100年前のラウンドハウス。
文字通りラウンドした建物で汽車の操車場。
機関車トーマスもヘンリーもここにいたかも。
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ラウンドハウスでのオーカルカッタ上演風景。
役者の顔を見て話すレディーと腕を組みムスッとした顔
の紳士が対照的。
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布袋ライブのPRチーム BOSS・VとNET・E。
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NETPR会社ボス・Tの木。
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「FENG SUSHI」のカレーうどん。
カレーの具がマッシュルーム、ブロッコリー、サヤエンド
ウ、揚げ豆腐など妙に英国風。味は、旨し。
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ラウンドハウスに急ぐ岡崎堂の足元。
急いでいたからブレてしまった。
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いよいよライブが始まった。
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# by kasuya_senji | 2012-12-21 17:24 | Comments(5)
2012年12月5日
2012年12月5日

サイモン・シンの「宇宙創成」を読み終えた。
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デビュー作「フェルマーの最終定理」ですっかり数学フ
ァンになってしまった僕は、シンの2作目である「暗号
解読」を読んで暗号ファンになりたかったけど書店で本
が見つからず、しかし、3作目のこの本を見つけたので
2作目を飛ばして先に読んでしまったが、結果、元から
の宇宙ファン(岡崎堂)に筋金が入ってしまった。
元からの宇宙ファンであることは大事な事なので述べて
おきます。小学校4年生(10歳)のとき親父が星座表
を買ってくれた。何十年も前の愛知県岡崎市の郊外では、
夏など天の川が夜空をギラギラと光りながら流れていた。
七夕伝説の彦星と織り姫もはっきりと見えた。
親父が僕に買ってくれたことが嬉しくて、晴れていれば
毎晩外に出て星座表で☆を探すことに夢中になった。
そして星雲が天の川銀河の外の銀河であること。
光りは電気的に波であり、波長が長い光りは赤く見え、
短い光りは青く見えることも知った。
遠ざかる光りは赤く見えることがドプラー効果で証明さ
れ、遙か遠く離れた星雲が赤い光りを放つことでその銀
河が地球から遠ざかっていることも知った。
もちろん小学校4年生のときに知ったのではないが、宇
宙に関する様々なことは中学高校大学その後と途切れる
ことなく今日も続いていて、自分の会社の名前に「強力
な赤外線を放つ2番目の天体」という意味のIRC2と
いう星の名前をつけたくらいだ。
とにかく何が好きかと言って星を見ることほど好きなも
のはない。いずれにしても観測が命の天文学者になる素
質だけは今もあるのだ。
それはともかく、この本「宇宙創成」の中にセレンディ
ピティーという言葉が出てくる。聞き慣れない言葉なの
は、ある科学者の造語であるからだが、まぐれ当たりを
意味する。本によるとセレンディピティーはいくらでも
どこでも転がっているという。
(例1)
スイスの田舎道を歩いていた人のズボンにトゲだらけの
植物の種がくっついた。トゲは鈎のようになっていた。
それがヒントになって発明されたのがマジックテープで
ある。
(例2)
くっつき系でいくと、強力な瞬間接着剤の開発をしてい
た研究所で配分を間違えてとてもゆるい接着剤を合成し
てしまった。その科学者のひとりが地元の聖歌隊で活動
していて、ゆるい接着剤を塗った紙を楽譜のこよりとし
て使い、ポストイットが発明された。
(例3)
医学上のセレンディピティーにはバイアグラがある。
この薬はもともと心臓病の治療薬として開発されたもの
だった。研究者達がこの薬の副作用に気づいたのは、臨
床試験に参加した患者達が心臓病には特に効果がなかっ
たにもかかわらず、未使用分の薬を断固かえしたがらな
かったからだ。
(例4)
宇宙創成におけるセレンディビティーは、ビッグバンを
決定づけた。
第二次世界大戦中の英国空軍で、ドイツからの攻撃を傍
受するアンテナに混ざる雑音を除去する仕事をまかされ
た若干26歳の科学者カール・ジャンスキーは、雑音を
取り除く作業に没頭しドイツ情報を得るのに邪魔になら
ない程度まで雑音を取り除くことができミッションは終
了したが、その雑音が何であるかを追求しはじめた結果、
その雑音はドイツからの妨害電波ではなく、宇宙の遙か
彼方からやってきた雑音で、理論上の百億年前のビッグ
バンによって発せられた電波の残骸が初めて観測された
のである。
このセレンディビティーによりビッグバン宇宙論が決定
的となってゆくという話など、本の初めから最後まで天
文少年にも目からウロコのあまりにも面白すぎる話の連
続でありました。
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# by kasuya_senji | 2012-12-05 20:32 | Comments(5)
ローリング・ストーンズ
2012年11月29日&追申30日

HのO君からもPのT君からもロンドンO2アリーナで
のローリング・ストーンズ50周年記念ライブを観に行
くんでしょう。自分だけずるいぞ。的な電話をもらった
のでさっそくロンドンにストーンズのチケットの手配を
頼むと、ロンドンに来るんでしたらなんとかしますとい
うことだった。
いや、俺としてはだね。ソールドアウトのチケットが
手に入れば飛行機代がかかったとしてもロンドンに飛
ぶんだが。
いや、来て貰えればなんとかしますよ。
とやりとりをくり返したが、結局ロンドンも確約には
至りませんというから、ロンドンには飛ばず新宿ピカ
デリーで上映中のローリング・ストーンズ50周年記
念ドキュメンタリー映画「クロスファイアードハリケ
ーン」を見に行くことにした。
映画は、ロンドンで行われたこのドキュメンタリーの
記念試写会当日の様子から始まった。
映画館前に赤絨毯が敷かれ、会場をとりかこんだ群衆
が今や遅しとストーンズの到着を待っている。

レディース&ジェントルマン ローリングストーンズ!

とアナウンスされメンバーが2台の黒いロールスロイ
スから降りてきた。ミックとキースが同じ車から降り
てきて肩を組みながら赤絨毯を歩き始める。
ビル・ワイマン。
キース・リチャード。
ロン・ウッド。
チャーリー・ワッツ。
ミック・ジャガー。
と次々にインタビューを受け、インタビューの合間に
観衆にサインをしながら質問に答える。
「ずいぶん大人になりましたよねストーンズは」
「もう長い間やってるから落ち着いてきたよ」
黒いジャケットに白いシャツ。デニムのジーンズのミ
ックジャガーが答える。
でも、ネクタイはしないんだ。したことない。1本も
もってないとミックは言ってたのにこの写真はどうな
ってんだ。ネクタイしてんじゃん。
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で、映画は不良のかっこよさ満点で、考えられないほ
ど当時の記録映像が残っているのは、さすが動く伝説。
今のように簡単に映像が録画できる時代じゃないのに
36㎜の映画用のカメラがあれだけ回ってたなんて、
やはり彼らの存在自体が時代の象徴であり時代のショ
ックだったんだろう。
早熟音楽天才ブライアン・ジョーンズに集められたバ
ンド・メンバーが、ビートルズの「よい子」に対抗し
「わるい子」に徹しながら成功の階段を上る度にホン
トにわるい子になって行く様子が生々しく映像に残っ
ている。
マリファナ。コカイン。アヘン。
ドラッグもやり放題やっている様子も見て取れる。
よく死ななかったなと変なところに感心しながら見て
いるといよいよ最近の映像になってきて、時計を見る
とそろそろ2時間になる。もう終了するだろうがいっ
たいどんなエンディングになるだろうと思ったときに
アクビがでて、フっと眠気が来て、気がついたらエン
ディングロールが流れていた。

ロンドンのO2アリーナで11月25日に行われた記
念ライブの記事が26日の東京新聞の夕刊の1面に掲
載されたが、その夜にロンドンのO2アリーナで65
日間の連続興業と聞いて驚いて目が覚めると夢だった。

30日追申。
布袋のツイッターを読むと、初日も2日目もO2アリ
ーナのストーンズ記念ライブに行ったようで、しかも
2日目は最前列と書いてある。うーん。やはりロンドン
在住の強みか。。。
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# by kasuya_senji | 2012-11-29 15:04 | Comments(1)
余生
2012年11月16日

日本人は大政奉還後の明治期に西欧諸国からありとあら
ゆる文化文明を取り入れたが、今でも驚くのはピアノを
自国で造ろうとしたことだ。ピアノは数千に及ぶパーツ
からなる超高級複雑組み立て楽器で、伝統的な職人の技
を駆使しマエストロから弟子に伝えた門外不出の技で継
承され製造されてきた楽器で、世界広しといえどドイツ・
オーストリアとアメリカ(スタンウエイNY社)でしか
造られていないのに、日本にはヤマハと河合楽器とピア
ノを造っている会社が2社もあるのは明治期の日本人の
上昇意欲が世界中のどこよりも高かったといえるのでは
ないか。それにくらべ、今の野田も安倍もジェンジェン
だめで、昔の日本人はホントに偉かったと思う。
それはそれとして(それとしてはイカンが)ウイスキー
も自国製を造った。ブリテン島のスコットランド人から
みれば、日本でウイスキーを造る事は摩訶不思議な事で、
それはベトナム(越南)で「越しの南梅」なんて名づけ
て日本酒を造っているようなものだろう。
友人(英国人)のカメラマンの父親がグレンモランジェ
の蒸留所で働いているウイスキー職人と聞いて、サント
リーの山崎をその親父に飲んでもらった事がある。
「親父はなんと言ってた」
「ウイスキーによく似た美味い酒だと言ってた」
山崎をウイスキーとは言わなかったそうだ。

ブラックニッカは1965年に売り出された。
1965年という年は東京オリンピックの翌年で、明治
大正昭和と天皇の時代を歴ていよいよ世界の一流国に仲
間入りを果たした頃の事である。
「8年熟成エイジングがもたらす樽本来の華やかな熟成
 香と芳香でコクがありながら飲みやすい」
とコピーされるが、ひょっとしたら熟成香を持たせるた
めに樽はシェリー酒樽を使ったのかも知れない。
スコットランドでもアイルランドでもウイスキー造りに
シェリー酒樽が使われることが多い。
原酒は8年間樽の中で寝かされ、天使の分け前をとられ
て3分の2に減るが、木の香り、シェリーの香り、モル
トの香り、ピートの香りがブレンドされ、コクがありな
がら飲みやすいブラックニッカを造る事ができたのだろ
う。
写真はブラックニッカの樽。
スペインで生まれ育ったオーク材が伐採され、樽になっ
て長い間シェリーを抱え、スペインから日本に運ばれ、
樽も思いつかなかった日本製ウイスキーの樽となって、
ブラックニッカを8年間蓄え、それを何度もくり返し、
ようやく引退し、北海道余市からさらに遠く離れた東京
の下町の公園で花ポットとなって余生を過ごしているブ
ラックニッカおじさん。
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ニッカオジサンの独り言が聞こえるようである。
子供達が花を見て喜んでくれているのを見るのは嬉しい。
やっと安住の地が見つかったが、毎朝オスのワン公ども
がマーキングしてゆくのには閉口するなあ。。。
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# by kasuya_senji | 2012-11-16 15:17 | Comments(0)
イタリア自慢ー6
2012年11月7日

タクシー強盗をして          
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9月10日カルアリを発ちローマ経由でロンドンに向か
った。
わたしはイタリアを後にしたが作業は終わってなく、エ
リカ、Gさん、戸軒、ジュリはまだ数日カルアリに滞在
する。そして、仕事が終わった順に、というか日本に帰
らなければならない順に帰国の途につくが、当の本人の
ジュリは、8月の末に一番先にカルアリに来て、最後ま
で一人残って2週間後の9月14日、日本に帰ってきた。
経費の関係で仕方なかったことだが、最後の日のレコー
ディングなど日本のスタッフはもう誰もいなかった。
まあ、滞在時は連日朝から晩まで、衣装合わせ、ヘヤー
スタイリング、メークアップテスト、カメラテスト、打
ち合わせ、プロモーションビデオ撮影、レコーディング
と休みは一日もなかったが、文句ひとつ云わずに頑張っ
たのだからイタリア人のスタッフみんなに愛された。
よく頑張ってくれたと思う。やはり、洋の東西を問わず
文句いう女は嫌われるということだ。
私がイタリアを離れる前夜の9日の夜。トリオ・ザ・渋
谷テレビの打美弟の推薦するサルディニァ郷土料理屋サ
・ドム・サルダで最後の晩餐。プロセッコで乾杯。白身、
海老、イカ、タコの魚介類のアンティパスタに続いてキ
ノコのパスタが出た。なんと、このフレーグラというパ
スタは麺ではなくアフリカ料理のクスクスのような小豆
大のつぶつぶパスタ。初めて食べたがそのあまりの美味
さに撮るのを忘れてしまい写真はないが、そのかわり作
り方を紹介しておきましょう。
<キノコのパスタ>
フライパンで細かく刻んだポルチーニ茸、ガーリックを
オリーブオイルで炒める。
フライパンに野菜スープとフレーグラを入れ、焦がさな
いように10分程スプーンでかき回しながら煮込む。
すこしやわらかい炊き込みご飯のようになったら出来上
がり。簡単でしょう。サルディニアでは家庭料理。
調味料は塩、胡椒だけ。味はポルチーニ茸の旨味と野菜
スープのだしで整えるのみだが、小麦の味がして、ポル
チーニが沸き立つように香って、こんな美味い物食った
ことない。ボーノ! ボーノ! ボーノ!

帰国後、麻布二の橋にあるイタリア料理屋ビーソ・リー
デ通称ピチ屋で造ってもらったが、オリーブオイルでポ
ルチーニとニンニクをフライパンで炒めるとき焦がさな
いこと、フレーグラはあらかじめ5分程茹でておき、そ
れをスープやキノコと一緒に5分程煮込むが、やはり焦
がさないようご注意をと言ってた。
京都のBOCA・DEL・BINOにも造ってもらった
がソムリエのお池君はフレーグラの堅さ加減の調整に気
をつけてくださいとのこと。ついでに今月のBOCA・
DEL・BINOはタヤリン(平打ち麺)にシンプルな
バターとパルメザンチーズのソース! 
上から白トリュフをたっぷりかけてお楽しみいただけま
すとの事。秋の京都も行かなきゃだな。
パスタの話ばかりになったが、このカルアリのサ・ドム・
サルダの郷土料理屋たる所以はメインの馬肉。カルアリ
では奇しくも初日と最後の日の夕飯が馬肉となったが、
初日のベスパクラブが男気一直線の塩胡椒味だけのステ
ーキだったのにくらべ、このサ・ドム・サルダで食べた
のはドンキー(ロバ)の頰肉の赤ワイン煮。とろけるよ
うでとても美味く、文字通りほっぺの肉が落ちるようで
した。馬美味し。
          ◎
飯の話のついでに次の写真はロンドン。クイーンズゲイ
ト・ザ・ゴアホテルのイングリッシュブレックファース
ト。これにコーヒー&オレンジジュースがロンドンでの
朝の定食。
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          ◎
次の写真はメイフェアーのミレニアムホテルB1の日本
レストラン「将軍」のオーナーママ。ジョークの名手。
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例の満員だぎゃー(マインド ザ ギャップ)は彼女作。
今回はインドジョークを教えてくれた。インド人の英語
は現在進行形で、私は昨夜夕食を食べたという過去形は
「I am eating dinner last
 night」
と言うと教えてくれた。現在進行形インド英語はジョー
クではないが、インド人は皆頭を左右にゆらゆらと振り
振り話すと云うマネが妙に面白かった。
ママの美人を売りに多くの有名ミュージシャンに愛され
ている日本レストラン。ママは名古屋出身だからロンド
ンで「味噌煮込みうどん」が食える。美味し。
彼女が手にしてるのは岡崎堂からの暑中見舞い葉書。

          ◎
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お馴染みクマ原田氏とダダすど。すどが被っていいる帽
子は、俺とお前とスキンヘッドが二人並んで歩いてると
ゲイのカップルと間違われると私が買って渡した物。
          ◎
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12月のラウンドハウスでの布袋ライブのプロモーター
の3Aのオフィース。初め間違えて左隣のオフィースに
入ってしまったが、機嫌良く向かえてくれ、間違いと分
かると機嫌良く送り出してくれた。
          ◎
ボンドストリートのルイ・ヴィトンのウインドウの靴。
靴買えば良かった。12月に行った時には速攻で買いに
行くが、さて残っているか、、、
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          ◎
ロンドンの秋空。ヒースローから飛び立つ飛行機が見え
る。この飛行機で帰国した。
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          ◎
帰国して見た日本の秋の夕空。
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          ◎
PIERROTから送られてきたフレーグラと乾燥ポル
チーニー。半ズボン履いてるからイタリアから帰ってき
た9月半ばのまだ暑かったころ。
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       マイデスク
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これで何が自慢か分からず終いままイタリア自慢を終了。
きっと私はイタリアに行って来たことが自慢だったので
しょう。だって、ロンドンで友人にイタリアに行って来
たんだと言うと、誰もが皆、
「How sweet!」
とても羨ましそうな顔をしたのですよ。



%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
付録ー1
オフィースの写真が登場したついでにオフィースの壁に
ピンナップしてある写真をご紹介。
左;岡崎堂。
右:モンローとアンバン・クロフトに囲まれたハンフリ
  ー・ボガード。
この写真のキャプションは
    「俺もついにボギーと並んだぜ」。
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付録ー2
帰国すると写真家のBがLIFE誌の表紙を飾ってた。
但し発禁。
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# by kasuya_senji | 2012-11-01 17:10 | Comments(2)
イタリア自慢ー5
2012年10月30日

今回のイタリア行きは、それがそのままビジネスとなる
分けじゃない。スタッフ達はいかに経費を安くおさえる
かにとり組んでいたが、そうはいっても飛行機で欧州に
飛ぶのである。何につけ高直で苦労していた。
東京在住語学の天才イタリア人のエリカ・ETBは欧州・
アジア・南北アメリカ大陸を股にかけた旅のプロで、東
京で云えば台東区の木賃宿に外国人の観光客が泊まるが
如く世界中の木賃宿で宿泊してる経験から、
「2週間もイタリアに滞在するのにホテルなんて不経済。
 アパートを借りましょう。安く上がります」
と借りる算段とりつけたが、円利子がアーティストを宿
泊させるのにそこはいかがかとクレームをつけ、安アパ
ートにはETBチームが宿泊。我々は円利子オススメの
町から車で10分くらいの緩やかな丘の途中の眺めの良
い、その名もパノラマホテルに宿泊した。
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その部屋。ベッドの脇にあるのが紛失し、後、無事発見
され運ばれた荷物。
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ホテルのリビングと寝室の間にあるバスルーム。
洗面所。トイレ。ビデ。写真には写ってないがビデの手
前のタオルがかかってる右のうしろ側がシャワー室。
室と云ってもただカーテンで仕切られただけの畳半分く
らいのいわば部屋の隅で、シャワーを使う度に湯が外に
こぼれる。しかも温度調整に熟練が要って、熱くなった
り冷たくなったり。これが外国だ。これがイタリアだ。
かって英国のロンドンのアビーロードスタジオ近くに借
りていたフラットは、真冬、シャワーを浴びているとい
きなり水になったりした。いったん水になるとどうやっ
てもシャワーからは水しか出てこないが、何故かバスタ
ブの蛇口からはお湯が出る。
シャンプーの途中でブルブル震えながら這いつくばって
蛇口の下に頭を入れ、泡を洗い流していると鍵がかかっ
てなかったようで同室のスタッフWが入ってきた。
「あっ。失礼しました」
とあわててドアを閉めたが、素っ裸の四つん這いのケツ
を真後ろから見られた。これが外国だ。
東京の自宅でなんのストレスもなくシャワーが設定した
通りの温度のお湯を吹き出すことに限りなく幸せを感じ
るのだ。
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部屋からの眺め。
トラックのフィールドは陸上競技場。
写真左のスタジアムはサッカー場。セリエAのカルアリ
チームのホームグランド。5万人の収容を誇るが、どう
いうわけか円利子もダビデもPIERROTもSHIB
UYAチームは全員サッカーが好きでない。
サッカーが嫌いなイタリア人がいるとは思わなかった。
お洒落が嫌いなイタリア人もいるのだろうか。
女性を口説かないイタリア男もいるだろうか。
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ジュリのショートムービーを撮影したカフェ・バーのト
イレに写ったイタリア滞在中の岡崎堂。このカフェ・バ
ーの地下はかって中世・イスラムが占領していたころの
隠れ教会があったところで、今もその遺構は残っていて
希望すればそこで飲める。
「思い起こせば恥ずかしいことの数々」寅次郎
「飲んで悔い改めよ」イエス
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ダビデ。天才音楽プロデューサー。彼の天才ぶりはここ
には書かない。音を聴いて感じてもらおう。近日中にジ
ュリホームページにアップされるので乞うご期待。
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PIERROT。天才マーケッター。イタリア国会議員
のマーケッティング責任者でありカリアリ市長のマーケ
ッティング責任者でありSHIBUYA・テレビのマー
ケッティング・マネージャーで、僕の運転手もしてくれ
た。若い頃の小田和正さんによく似てて、ホテルに迎え
に来てくれる度に小田さんに悪いような気がした。
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タクシー強盗とタクシー運転手ごっこ。
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サルディ二アー州旗。
これについてはエリカETBに説明いただこう。
さて、ウェイターのシャツに縫ってあったあのマークは
サルデニア島の州旗で
「Bandiera dei quattro mori」といい、
「四人のアラブ人の旗」と訳せるのかしら。
聖ジョルジョ十字架に4人のアラブ人の頭。
それは、1097年頃にアラブ人を倒したアラゴン王国
(スペイン)のシンボルらしいですが、この旗の正確な
意味はまあ議論中だそうです。
サルデーニャに関する知識が非常に薄い北部イタリア出
身の人間で、すみません。
ということでした。
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ぐずぐずぐずぐずイタリア自慢。あと1回で終了間近。
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# by kasuya_senji | 2012-10-29 20:58 | Comments(0)

 
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