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プロフィール
糟谷銑司(かすやせんじ)
愛知県岡崎市出身

長渕剛、BOOWYのマネージメントを経て、(株)アイアールシートゥコーポレーションを設立。
布袋寅泰、今井美樹らが所属。
平成15年7月から平成19年6月まで社団法人音楽制作者連盟理事長に就任。
文筆活動は、出身地の岡崎に由来して「糟谷岡崎堂」で行う。
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奥の細道
2009年5月8日

4月末の新宿厚生年金会館からホテイ・ツアーの幕が開
いて、ゴールデンウイークは仙台、山形、広島、香川と
旅が続いた。今日のエントリーは奥の細道。

仙台では旧友のSと会った。SはBOOWYのコンサー
トの主催者。Sからは、先日おなじく旧友の岡山のZが
若いバンドのツアーで仙台にきていて、ちょうど仙台に
居合わせた井上陽水さんと20年ぶりにお茶を飲んだと
かの話を聞いた。また、SはBOOWYの時代に東北ツ
アーの現場を担当していた若手の部下のその後の話も聞
かせてくれた。その若手君たちはすでに音楽業界にいな
いということだった。
一人は、仙台でバー&レストランをやっているK。
Kは当時東北のヘルスエンジェルの頭でハーレーダビッ
ドソンを乗り回していて、大型バイクを引き連れBOO
WYツアーの警備を担当していた。80年代のロックフ
ァンは今のロックファンと違い、コンサートが始まれば
全員警備の手を振り切ってステージ前に掛け寄せるは、
椅子の上に立ち上がるはと、いささかお行儀は良くなか
った。コンサートが終了すると、後日会場から壊れた椅
子の修複代金として数十万円を請求されたこともあった
し、今後は二度と会場を使うことはあいならんと引導を
渡されたこともあった。また、全国の会場は会場同士の
連絡ネットワーク網を持っていて、仙台で問題が発生し
たとなると翌日高知の会場から使用を許可できないと云
われたこともあった。そこでKのチームが会場ににらみ
を効かせていたのである。もちろん彼らは手荒なことを
したわけではない。ステージ前や横に腕を組み仁王立ち
になってにらみを効かせていればそれで充分だったので
ある。見かけは強面だがみんな気の優しい力持ちだった。
なによりもBOOWYを心から愛してくれた。
もう一人はコンサートの現場のこまかいお金勘定経理係
とも云うべき若者。当時は大学生だったかもしれない。
なにしろ童顔の若者だった。仙台の有名な企業の跡取り
がバイトをしていたのだと思う。今では社長として仙台、
東京、香港に会社を持ち事業を拡大しているということ
だった。
もう一人は、Kの手下君だったB。相撲取りのように大
きな身体をし、ミツバチのように心優しい大男。レイモ
ンド・チャンドラーの「さらば愛しき人よ」に登場する
大鹿マロイを思い出させる風貌とキャラクターだった。
バイクをおりてからは一時創作和食料理屋の店長をして
いたが、若い頃の無理のツケが貯まり身体を壊し、今は
治療をしながら恋女房に飯を食わせてもらっているとい
う。面倒をみている女房もたいへんだろうが、あんな優
しい男は見たことがない。一日も早い回復を祈るばかり
である。

山形の会場を訪れるのは一体何年ぶりのことだろう。布
袋は前回ツアーで一昨年にこの会場を訪れたがわたしは
来ていなかった。仙台から車で山形市へ入った。会場に
到着し、楽屋口の景色はなんとなく憶えているような気
がして、ああここだったかなァとは思ったが確かな記憶
ではなかった。ところが楽屋に入って鮮やかに記憶が蘇
った。BOOWYの山形コンサートの時。ベースの松井
遅刻し乗り遅れた。当時は新幹線は走っていなかった。
予定の特急に乗り遅れるとヘタをすると3時間も4時間
も遅れることになった。リハは終わったが、山形駅に待
機するスタッフからは、まだ到着していませんという連
絡がむなしく入るだけだった。携帯電話などない時代で
ある。どの汽車に乗り今どこを走っているのかまるでわ
からない状態で時間は刻々と過ぎてゆく。開演時間はと
うに過ぎていた。客は会場の外でなにも知らされずに待
たされたままだった。断っておきますが、ヘルスエンジ
ェルのK氏がにらみを効かせて警備をしなければならな
かった時代である。じりじりしながら只ひたすら松井の
到着を楽屋で待ったが、このままでは騒動が起きると判
断したわたしは主催者と話をつけ、客を会場に入っても
らうことにした。全員の客が入ったところで舞台監督の
江坂とわたしがステージに上がった。
まず、江坂がどうして開演できないかという理由=松井
が到着していないことを伝えお詫びをした。
次にわたしは客にこう問いかけた。
このままでは開演できない状態です。会館と交渉した結
果終演時間が大幅に遅れることについては特別な配慮を
いただき了解をもらいました。あとは皆さんの判断です。
日を改めてライブをやりますか? 
松井が到着するのを待ちますか? 
どちらにしますか? と。
会場の客は、いつまでも待つぞー!!!
というのが答えだった。
松井が2時間遅れて到着し9時からライブが始まった。
出演者とスタッフと観客が或る意味で瞬間を共有した感
動的なライブとなった。それが山形県民会館だったのだ。
ふるくて仕込み勝手がわるくて使いにくくて仕方がない
会場で、はやく建て替えてくれないかなァという声が上
がっていてわたしもそう思っているひとりであるが、も
し建て替えられていたのなら、
OUT OF SIGHT、OUT OF MIND
である。あの時の感動の記憶も消え失せていただろう。
ふるくてよかった山形県民会館だった。
しかし、あの時、特別な配慮をしてくれた会館の職員は
もう全員退職しているのではないだろうか。わたしはあ
れから25年経った今も相変わらず当時と同じ仕事をし
ている。わたしだけでなく布袋も照明の佐々木さんも舞
監の江坂もあの夜のメンバーである。四半世紀の邂逅に
人生を感じた夜だった。
山形を終えて仙台に戻った。車で40分ほどの距離だっ
た。布袋・バンドメンバーと焼き肉を食ったが、その店
で用意された仙台牛の美味さに、あっと驚く為五郎〜で、
仙台に行ったらここでしか飯食わない! と誓ったので
ありましたから、わたしにとってすてきな東北の旅にな
りました。忌野清志郎の訃報を除いて・・・・
 
by kasuya_senji | 2009-05-08 21:53 | Comments(0)
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