2010年9月28日
旧友のO君と西麻布で、さび焼き、はさみ、ぼんじり、
つくね、小タマネギ、椎茸などを頬張りながら世間噺に
興じた。いい年の男同士で井戸端会議よろしく世間噺に
夢中になっていたのは、仕事の話など持ち出せばなまじ
当事者だけに居心地が良い話に発展するとはかぎらない
ことを双方がしっているからで、あたりさわりのない世
間噺こそ特に目的のないただの飯の席にもってこいなの
だった。
「カスヤは最近Bと会ったか?」
「お前とは確か、、、この夏、パリから帰ってきて土産
があるぞォと連絡をもらって高樹町のスペイン居酒屋
で会ったんだよなあ。あの晩の集まりは、集まりと云
っても5人だが車が隠れテーマで、一人は1934年
のライリー。これはすごいね。1934年に英国で1
0台しか作られなくて現存している6台の内の1台。
車好き仲間ではクラッシクカー、旧車じゃなく、戦前
と畏敬をこめて呼ばれている。ひとりは1954年の
アストン・マーティンDB4。ご存じ007。ジェー
ムス・ボンドの愛車。もう一人は年代を聞くと新車か
と思えるがそれでも1990年のモーリス・ミニクー
パー。映画になったりテレビドラマに登場したりと英
国人が大好きな車でダイアナ妃の愛車。あの背の高い
レディーが乗りこもうとしてかがんでいるチャーミン
グなスナップが有名。話しに夢中になって結局飯食う
の忘れたんだよなああの晩は。そうだその時もBはど
ーしてるとお前さん俺に聞いたよなあ。車とは何の関
係もない質問だったんで、あれ? この人急に何言い
出すんだろうと思ったこと覚えてるが、それはともか
く、Bと会ったのはその前かなァ?その後だったかな
ァ? どっちだったかなァ?」
「土産は気に入ってくれたかな? 君の土産でパリの街
を走りまわった事は言っておくよ」
「持つべき者は友人だねえ」
「30年くらい前になるかなァ。ロンドンに旅発つとい
う朝、まあいつものおきまりで準備にドタバタやって
たんだ。そこにドアをノックする音がするんで誰だい
この忙しい時にと顔を出すと今野雄二さんが立ってい
て、、」
「今野さんとは家を行き来する間柄だったのかい?」
「いやいやそうじゃない。たまたま同じアパートの住人
で会えば挨拶もする。そんな程度のつき合いなんだが、
同じアパートの以前俺が借りてた部屋の後釜に引っ越
してきたのが今野さんだったんで、他人なんだけど互
いに他人とは思えない気分はあったんだ」
「で、今野さんはなんだったんだ?」
「先週ロンドンから帰ってきたんですが、クロエで表が
紫裏がグレイというカシミヤのマフラーを見つけまし
た。買おうかどうかとさんざん迷って挙げ句買わない
で帰国したんですが、今思うと買えば良かったと残念
で残念で残念でと残念がっていたところにOさんがロ
ンドンへ行くと聞きました。もし、機会あれば買って
きていただけないかと、、、
ご迷惑を重々承知でお願いにあがりましたということ
だったんだよとカスヤに話すと、そりゃいい思い出じ
ゃないか。では今野さんの冥福を祈ろう。冥福ついで
に今野さんに買ってきたクロエの紫&グレイのマフラ
ーを土産によろしくと言いだすから、俺は真夏のパリ
の街をあっちへこっちへと走り回ったんだぞ」
「今野さんのお使いはロンドン。今回はパリ。で今は2
都のクロエの場所を知る人というわけだ。ではおかわ
りはいかがか? 野菜を焼いてもらおう。椎茸、シシ
トウ、サラダももらおうか。いや俺は飲まん。ウーロ
ン茶をもらう」
「Bが若い頃銀座に勤めているおんなと半同棲のような
暮らしをしてたことがあるが」
「二人で手に手を取って不動産屋に部屋を借りに行きま
したという図はまったく想像できないな。ころがりこ
みだろうな」
「Bのな」
「Bのだ」
「で女が仕事が終わる頃Bが迎えに言って、おんなの同
僚やあるときはおんなのお客たちとよく浅草にでかけ
たものだったと言ってたが、いったい浅草って夕方に
なると浅草寺まわりの店なんかあっという間に店終い
しちゃうけど、銀座がはねてその時間から遊べるとこ
ろなんて浅草にあったのかねえその当時は」
「当時は六本木も淋しいものだったんだろうな。原宿な
んか11時を過ぎれば深夜で、夜遅くまで賑わってい
たのは新宿、池袋、上野、浅草あたりくらいしかなか
ったのじゃないのかな。今いる西麻布なんて霞町とい
う新古今的ないとゆかしい名前の町だったがただの窪
地で、青山と六本木に挟まれた南側にあるおおきな都
営墓地を下ったところにある町。きっと昔は村。とい
う気分だったんだろうな。六本木から青山から渋谷か
らと3方から下ったこのあたり一体は渋谷川に続く湿
地帯で霞など立ちやすかったんだろうね江戸時代は。
で、霞町。役者や芸能人、芸能人というと今じゃテレ
ビタレントに出てくるタレントが自分で芸能人と言う
ようになっちゃってまったく好きじゃないんだが、そ
んな方々の隠れ家のような場所だった。ところが、と
んねるずに秋元康司が雨の西麻布と歌わせて、あの懐
かしき霞町は遠くなりにけりだよ」
「カスヤ。カスミ町の話はいいんだけんど、Bはどうし
てるんだ? Bの話がまったく進まないじゃないか」
「Bは駅舎をつくってたぞ。駅舎っていっても馬車の停
まるところじゃないんだけどね。そういえば駅舎じゃ
なくて飛行機をつくる話の映画を見たがまあおもしろ
かったよ。時はそうだな戦前だろうな。あのライリー・
ウルスター・インプの時代だなきっと。アメリカ映画
だ。双発のプロペラ機が故障して砂漠に不時着。10
人ほどの乗客の中に飛行機の設計技師がいて、設定で
はそいつは映画の前半では仲間はずれにされるという
役どころになっていて、そいつが信用されないながら
もひとりづつひとりづつ賛同者を得ながら最後はみご
とに壊れた飛行機を再生させるんだ。もちろんそれに
乗って乗客たちは助かるという感動がラストに用意さ
れている。完成に向かうにつれ飛行機の専門家である
パイロット が絶対に飛ばない! 不可能だ! と敵
対する役柄に回ったりと、ヒーローの攻守が入れ替わ
り、、、」
「攻守って?」
「墜落した当初は責任者としてパイロットが全員をリー
ドしていく正義のヒーローなんだ。救援隊を待ってい
ても誰も来ない!もう我慢ならない俺は砂漠を横切っ
てゆく! と叫ぶ男に、死にたいのか! やめろ!
と惨状のなかにあっても鬱としたところもなくまった
く健康的に男らしいんだが、壊れた飛行機を解体し繋
ぎ合わせただけの急造機がかたちになるにつれ救命に
かける夢にことごとく反対する役柄にまわるというま
ことにわかりやすい構図になっているんだよこの時代
の映画は。言い忘れたけど、1964年の映画。製作
監督はロバート・アルドリッチ。役者はジェームズ・
スチュワート、リチャード・アッテンーボロー。ピー
ター・フィンチとそうそうたるメンバー。落ちは設計
技師は模型飛行機のなんだけどね。そうそうおんなは
一人も出ない映画なんだ」
「Bは好きじゃないかもなそんな映画は」
「かもかも」
「Bが撮ったTヤンのギャランドゥーな水着すがたもあ
りゃ驚いたね」
「ただギター弾いてるだけの軟派のTヤンの腹。割れて
たぜ。1970年の夏のことでした」
「夢の又夢だな。なにもかもあっという間の出来事だ」
「互いにな。そういえばあっという間に時が過ぎるその
スピード感がおもしろくてしかたなくなってきたよ。
不思議な感覚だけど身につけた」
「あれ!? 他のお客さんだれもいなくなっちゃったよ。
長居は無用だ。帰るとすべかァ?」
「すべすべ。なまらすべ!」