びびり飯
目が覚めると、ベランダの盆栽の紅葉の立ち枯れている
ような姿が目に入った。本荘の盆栽屋のオヤジがみたら
嘆くだろうな。お前にはまかせられん!買い戻してやる
から今すぐ持ってこい!
と叱られるような気がしたので、寝起きのままいそいそ
とベランダに出て枯れ葉をとりのぞき水をやったが、あ
まりの寒さに震え上がった寒い朝だった。夕方から雪に
なると報じている。
事務所にでると、デスクの上に2月4日(土曜日)の日
経新聞がおいてあった。
「食の履歴書」—布袋寅泰さん。という記事が載ってい
た。その中に、初めて行った代官山の寿司屋で、値段に
びびってアワビを食べた話が笑えたが、その記事を読ん
で、初めていった名古屋の寿司屋のことを思い出した。
大学1年の夏休み。或る工場の夜警のバイトで手にした
なにがしかの金をふところに入れ、友人と名古屋へ映画
を観に行った帰りに名古屋駅近くの寿司屋に入った。
カウンターに座り寿司を注文しながら食うのは初めてだ
った。
「イラシャイ!」と威勢良く声を掛けられて、まずびび
ったな。
トロ食いたいよな。
値段が書いてないぞ。
いくらするんだろう。
やめた方がいいかな。
出されたお茶を飲むばかりで、ぐずぐずとしてしまって
何も注文できない。
「坊ちゃん達。なんでも好きな物をいってください」
そういえば、二十歳の頃にパスポート用に撮った私の写
真が何故か友人の大野の家に置いてあって、昨年の年末
に返してもらい数十年ぶりに手元にもどったが、その写
真を見る限り当時の私はなかなか可愛らしい青年であっ
たから、寿司屋のオヤジが坊ちゃんと呼んだのもうなず
けるが、あのときは坊ちゃんと呼ばれ子供扱いされたよ
うでますますびびった。
「ト、トロください、、、」と消え入るような声で注文
した。
出されたトロを箸で摘もうとすると、バカ!手で食べる
んだよと友人が小声で言う。あ〜箸でも手でもどちらで
も大丈夫ですよとオヤジにはこちらの会話が筒抜け。
夢中でトロを頬張る。もぐもぐと無心で食った。
うまいね。
うまいうまい。
かんぴょう巻きと稲荷寿司しか食ったことないからな。
もう一回トロ食おうか。
値段聞いてからにしようよ。
もう、千円はいったかな。
俺んちの出前は、10コくらい入ってて800円だぞ。
「オヤジさん。このトロいくらですか?、、、」
「2千円になりますっ」
2千円!(坊ちゃん)
2千円!(坊ちゃんの友人)
お前いくらもってるんだ。
俺、千5百円。お前は?
俺は、えーと、、3千円。
あと5百円しかないじゃないか。
帰ろう。
そうしようか。
お勘定してください、、、とお茶ばかり3杯ほど飲ん
でトロ一回だけ食っていそいそと店を出た。岡崎に帰
る電車の中で、寿司屋はコワイナ。こんなもの食って
たらバイトいくらやっても足らないな。寿司屋じゃ笑
いものになってんな。二度と行けないな。と、寿司屋
でびびっていた自分たちを思い出し、ひくひくと笑い
ながら岡崎へ帰った。
新聞記事の布袋の寿司屋話は、バンドが売れて手持ち
の小遣い30万を握りしめてのアワビびびりまくり話
で、岡崎堂の寿司話とは随分違いがある。
でもね、それほど古い話ではないが布袋と二人で飯屋
でびびったことがあるのです。
先週の土曜日の夜に布袋と二人で食事にでかけ、その後
バーで一杯飲んだ。
そのバーでの会話。
「西麻布の中華屋で飯食って勘定が7800円。布袋も
俺も互いにどちらかは持ってるんじゃないかと思って
いて、さて、支払う時になって二人とも現金を持ち合
わせていなかったじゃないか。レジの前で二人でポケ
ットの中ひっかきまわし、なんとか8000円あった
から間一髪セーフだったけど、あの時もびびったなあ」
「あった。あった。ありましたねそんな事。カード使え
なかったんですよねあの店は。今だに飯食いながらび
びってますねー俺たちは」
「ガハハハハハ」
と、大笑いになった。