2006年4月27日
事務所の手前の細い道で車が立ち往生している。
工事現場からブルドーザーを引き上げるためにブルドーザーを運
搬する大型車両に乗せている作業が工事現場前の道路で続き、片
側通行ではないその狭い道が塞がれ両方向で車が停止していた。
その停止したタクシーの中から、その作業を見ていた。
大型運搬車両に乗せられたブルドーザーの位置が荷台の右側にほ
んのすこしずれている。
あのまま走ったら危ないぞ・・・・
時間は午前11時少し前。こんなところで車が止まってしまい、
ただただメーターが上がるのを待つのかとも思ったが,外はあい
にくの雨がふる空模様。そこで車を降りることなく、運搬作業を
興味深く見ていた。
どう位置を修正するのかと見ていると、荷台に上がったブルドー
ザーは、シャベルの部分を荷台に突き立てるようにしてブルドー
ザー本体を浮かせ気味にし、左へ左へといざるように位置を変え
だした。ひといざりするとシャベル部分を上げる。
まわりをとりまく工事現場作業員から、あと・・・センチと声が
かかると、またシャベル部分を荷台に突き立てまたすこしいざる。
こうした作業を続けた末、ブルドーザーは見事荷台のど真ん中に
鎮座した。
究極のドライバーという言葉は、Fー1レーサーを指す誇称であ
るが、もう一種類あってそれは大型運搬車両の運転手も指すとい
う話を聞いたことがある。その技術・テクニックの高さは、買い
物などで町をうろちょろしているママさん運転手のテクを海抜ゼ
ロメーターとすれば、エベレストの頂上にいたるほどの技術の高
さが要求されるそうだ。
狭い道の両側には住宅が建ち並び、ひとつ間違えれば大惨事にな
りかねない。そんな場所でゆっくりとしかし確実に数センチの単
位で鉄の固まりといっていいブルドーザーをシャベルを使ってコ
ントロールしていた。
ミヒャエル・シューマッハでもこうは行くまい。
「神の手」を見たような気がして、いったいどんな男が操作して
いるのだろうかと思った時、子供のころのことを思い出した。
子供のころ。実家の近くの小高い丘が切り崩され宅地が造成され
た工事現場で、近所の子供達の間で一番の人気者はブルドーザー
の運転手だった。分厚い胸と太くたくましい上腕を持つその若者
は当時のヒーローの力道山似で「リキさん」と呼ばれ、我々の中
で一番の身近なヒーローだった。リキさんは男のなかの男だった。
悪ガキの上級生のにいちゃん達は「リキさん。リキさん」とまと
わりつき、可愛がられ、仕事の合間にブルドーザーの助手席に乗
せてもらい(今時それをやったら一発で免許停止になるだろうが)
その体験を得意満面で年下の我らに語った。
ご幼少の砌であったカスヤのセンチャンは、あまりに子供すぎて
リキさんから相手にされず、にいちゃんどもからその話を聞く度
に「俺も乗りたい!」と身がよじれるように羨ましかった。
工事が終わると「リキさん」は風のように我々の前から姿を消し、
巨人・大鵬・卵焼きの時代に移り、いつしか忘れられた。
作業を終え、ブルドーザーの運転席からひょいと降りてきた男は、
究極のドライバー。男の中の男・リキさんという出で立ち姿では
まったくなかった。どこからみてもさえない身体が小さい太り気
味のおっさんで、右にあと数センチ!と声を掛け合っていた若い
現場作業員に「どーも。どーも。お手数かけました」とひょこひ
ょこと頭を下げ、まるで工事現場の下請けの工務店のオッチャン
のようであった。
おっちゃんは頭を下げ終わると、今度はブルドーザーを背負った
大型車両の運転席にすわると、工事現場作業員の振る赤や白の手
旗とピー!ピー!と吹き鳴らす笛にしたがってゆっくりと立ち去
っていった。気がつくと20分ほどの時間が過ぎていた。
ブルドーザーの運転手(高技術者)はブルドーザーを現場まで自
分で運ぶ大型車両の運転手(高技術者)であったのだ。という考
えてみれば当たり前のことに妙に感心してしまった。
あれは子供のころ見たリキさんの年老いた姿だったのではなかろ
うか?と、有り得もしない空想をめぐらした朝だった。