2007年6月3日
成田を飛び立ってしばらくすると機内サービスが始まった。
朝飯は家で食ってきた。冷蔵庫を開けてみると、イカン、
イカン、これは賞味期限が今日になっているではないかと
いう喜多方ラーメンを見つけた。
「賢い主婦は賞味期限切れ寸前の食品を買う」
という有名な広告コピーがあった。なんで? 賞味期限切
れすれすれの食品を買うのが賢い主婦かというと、もしそ
れが買われなければ=その商品は廃棄処分になってしまう
=生産物が消費されず生ゴミとなる=消却に余分なエネル
ギーが使われる=地球温暖化を促進させる&日本の生産機
能全体に対する無駄遣いでもあるから賢い主婦は賞味期限
切れ寸前の食品を買うのである。このコピーはけだし名言
である。
で、わたくしは賢い主夫ではないが、せっかく食おうと買
った喜多方ラーメンを食わずに北京に出かけてしまえば、
このラーメンはおとうさんが食べるために買ったのだから
食べてはイケナよとなって、帰って来てみれば賞味期限切
れになっていて、捨てることになるのだから、地球温暖化
推進君となるかもしれん、これではイカンと喜多方ラーメ
ンを食って出かけてきたから、機内サービスが始まった時
には、まだ腹は減っていなかった。
和食にしますか? 洋食にしますか?
と女性搭乗員は(スチュワーデスとは言わないそうだな最
近は)訊く。北京じゃT君は洋食の用意はしてないだろう。
きっと穴蔵のようなフートン(路地)奥の絶品屋かバカタ
レのような超モダン屋のいずれかで、洋食なんて無視に決
まっている。で、腹はへってないが、いちおう洋食をと注
文すると、牛フィレのステーキがメインディッシュに出て
きた。どうしたらこんな不味い味にすることができるのだ
ろうと感心してしまうほど不味い牛のフィレステーキだっ
た。
ぶ厚い雲にぶつかるように飛行機は降下する。水蒸気の固
まりが不均等になっていてゴンゴンと音を出しながら長い
間まっ白な空間を降り抜けたところに広大な北京市が広が
っていた。はじめて北京に来た10年ほど前の空港関係者
は、法務局入国管理職員というよりも公安か軍隊かと思う
くらい海外からの訪問者にピリピリと目を光らせていたが、
最近はぐっと柔らかくなっている。
イミグレーションは中国人用と外国人用に分かれているが、
たまたま中国人客が少なく中国人用の窓口がガラガラに空
いているのをみて、職員が、どーぞこちらも使ってくださ
ーいとニコニコしながら列を誘導していた。やればできる
じゃん。そーでなくちゃイカンよ。以前は、空いてるから
と云って中国人用のカウンターに並べば逮捕されかねない
くらいの剣幕で怒鳴られたものだった。なので、すいすい
と空港内を通り抜け税関を出ると、迎えですか? もちろ
んですよ、踊りながらお迎えしますよ、とメールに書いて
あったとおりT君が踊っていた。
1年を通して雨の少ない北京でめずらしく昨夜雨が降った
ようで、真夏です、30度近いですと聞いていたよりはぐ
っと過ごしやすい天気だった。ただ、全体が曇っているの
か霞がかかっているのかボンヤリとした空模様で、これは
後で、街全域が埃に覆われているのだと知った。
中国では、民主化というのが一番ナーバスな政治的問題で、
一党独裁の政治体制下の資本主義経済の永遠の矛盾点であ
る。民主化運動が起こり、一気に行き過ぎてしまったのが
1989年の天安門事件。芸術運動も80年代後半になる
と行き過ぎが目立った。アトリエに入ると「素っ裸の男が
大きな玉子を温めている」といったような難解な芸術手法
や、「電話ボックスに拳銃を向けている男」などが作品と
して展示されていたという。こうした「行き過ぎた」芸術
運動は、拳銃を向けているくだんの男が実際に電話ボック
スに拳銃をぶっ放したのをきっかけに、公安の厳しい取締
が始まり、続いて起こった天安門事件以降は、芸術家の或
る者はアメリカに逃れアメリカで現代アートの奇才として
名を馳せ、また或る者は国内に留まり、改心をしたように
大人しくしていた。
2000年代に入ると、海外で成功した芸術家を中国政府
は積極的に受け入れ、中国現代芸術の騎手として国内で活
動の場を与えはじめた。また、国内に留まり、いったんは
なりを潜めていた芸術家の或る者が、798という地区に
ある工場の廃屋をアトリエとし創作活動をはじめたことが
きっかけとなって、続々と芸術家がここに集結し、アトリ
エ、画廊、写真スタジオ、洋書屋、創作工房スタジオのみ
ならずオーガニック・カフェも立ち並び、798は今や北
京市内における芸術村として名物となり人が押しかけ、人
が押しかければ、まだ使われていない工場の廃屋の貸し出
しのご用を給わる不動産屋も入り込み、798は北京で一
番有名な一大観光地となっている。聞いたところによると
賃料は一坪2万円もするそうで、こりゃ、場所によっては
東京より高い家賃である。しかも、つぎからつぎへと賃貸
の申しこみが後を絶たず、バブルまっしぐらの行き着くと
ころがどこであるかは誰も知らないという恐ろしかばい一
党独裁下の資本主義が798の向こうに見えた。
798(ここで中国語の勉強です。イー、アル、サン、ス
ー、ウー、リュー、チー、パー、チュー、シーと数を数え
ますが、798はチーチューパと云います)の本屋で写真
集を2冊購入。1冊はこの工場が造られた1950年代の
工場風景と今を表した写真集「798」。もう1冊は「長
城脚下的公社」という、万里の長城の麓に造られた12人
の建築家の設計による12の家の写真集。参加した建築家
は、中国、香港、台湾、韓国、タイ、シンガポール、日本
とアジア人だけで、写真を見るとどれもこれも素晴らしい
建築となっている。あのフランク・ロイド・ライトの名建
築と比しても遜色はない。建築家については詳しいことは
知らぬが、日本人は丹下健三さんとか黒川紀章さんとか安
藤忠雄さんとかの既成の著名人ではなく、新進気鋭の建築
家が選ばれたに違いない。4千年の歴史を誇る中国には古
い物は山ほど有るだろうが、一旦、文化大革命で文化芸術
遺産は徹底破壊されてしまった。あらためて無からの出発
ということで現代アートに突出しているかを表すように、
すべての家がモダーンである。
吉永小百合さんが出ていた、シャープアクオスのある家の
コマーシャルで使われた「竹の家」はここにある。設計者
は隈研吾という日本人。大小様々な家が12あるが、ここ
は個人の住宅ではなく、あくまでも住宅建築美術展示館で
あるから利用できるらしい。1日20万円程。6人ほど宿
泊もできる。北京市内の有名ホテルに泊まると1泊4万円
程するから、6人様ご一行で泊まるなら同じような値段で
ある。一度は行ってみたいところである。
798から中国大飯店(ホテル)にチェックイン。いよい
よ怪人・T田中君の案内による北京大発見の旅は明日に回
すとして、まずはこれまで。