2007年9月25日
母は、ちぎり絵(色のついた和紙を細かくちぎって貼り
つけて描く緻密で色鮮やかな貼り絵:山下清画伯の長岡
の花火もこの手法)のお師匠さんで個展も開いたりして
いるが、お弟子さん達から、先生もお悲しみでしょうが、
また私たちを教えてくださいと言われても、なんだか張
りあいが無くなったようで・・・と和紙をちぎって貼る
こともおっくうそうだったが、どうですか提案がありま
すよ、親父が残した家は今誰も使っていないから軽く改
装して別荘みたいにして、週末はみんなでそこに集まる
ってのはどうですかねえ、嫁に行った妹たちも孫を連れ
て集まる、たまには東京から俺たち家族も集まるっての
はどうですか、そうだ、その家はおふくろの絵のギャラ
リーにするってのもいいじゃないですか、その家用に新
しい絵を描いてもらいたいものだなあと提案すると、誰
も使ってないからといって古い家を処分してしまうのも
どうなんだろうかと思っていたからそりゃいい案だね、
じゃあ私もその家に飾る絵をどれにするか決めなくちゃ
ねと奥から額を引っぱりだし、これかあれかと選び出し
ていた。すこしは元気を取り戻してくれたようだった。
そこに呉服屋のYから、
「カスヤァ。これから三河湾へ行かないかァ」
と電話がきた。
「三河湾? そんなとこ行ってどうするんだ」
「特にどーするってこともないけど、広い海を見ればま
た気も晴れるんじゃないかなって思ってね」
呉服屋のYはやさしい男であるのだ。そうだね広い海を
見下ろす高台のホテルのテラスでコーヒーでも飲むかと
Yと三河湾までドライブに出た。
三河湾には子供の時に両親に連れられ海水浴や潮干狩り
に行ったきりであると思っていたが、まだ子供たちが小
さかった頃夏休みで岡崎に帰ってきたときに海辺の旅館
に連れて行ったことがあるのを思い出して、たしかM風
荘とかいった名前の旅館だったがあれも高台にあったな、
そこは通るのかと聞くと、とっくにつぶれたとYは云う。
「あそこは経営がなんでね。あの経営者はなにさんとい
ったかなァ、ずいぶん苦労をしたそうだが、とにかく
なんだったんだよ。うん。今はどこにいるのかねェ」
岡崎から南に向かう幹線道路は混んでいるからとYが抜
け道を教えてくれ、そこを右、次を左と云われるままに
曲がってるうちにどこを走っているのか分からなくなっ
た。この町はなになに。次の村はどこどことも教えてく
れるが、そんな名前の町が岡崎にあったとは知らなかっ
た。ちいさな橋を渡ると次を左にと云われ入った道は車
は通れるがまちがいなく田んぼや畑のあぜ道で、すれ違
った車は2台ともトラクターだった。
「なんでこんな道を知ってるんだ?」
「昔は三河湾沿いの旅館や温泉場には芸者さんもいて着
物のお得意さんだったんだよ。あそこは知ってるか?
有名な旅館だったんだよ昔は。あそこではなにがあっ
てねェ」
「何があったんだ」
「なにってほらあれだよ展示会だよ。いい着物を持って
いくとありがとう。これとっといてって心付けなんか
くれてねェ。昔は景気が良かったんだよ。今はどこに
もそんなことはないけどね」
「じゃあ商売は上がったりか」
「心付けで商売してる分けじゃないから上がりっきりっ
てことはないけど、ところでこの饅頭屋は知ってるか?」
「いや知らんなあ。美味いのか?」
「カスヤの大じいさんは確か吉良の人だったよなァ。吉
良上野介はあれでは嫌われ者だけど」
「忠臣蔵だろ」
「そう。それでは嫌われものだけど、ここではいい殿様
といわれて今だに人気があって、その吉良の殿様饅頭
を売ってる店だよ」
「美味いのか?」
「それは知らんなァ。食ったことがないからね」
三河湾へ出てみると薄曇りの日の所為もあって、青き大
海原という感じではなかったが、Yの言うとおり見晴ら
しは素晴らしかった。今ここで海を見下ろしコーヒーを
飲んでいるホテルは、以前は呉服屋のYのお客さんだっ
たTという旅館があった場所で、そのT旅館も時代に乗
れずあっと云う間に倒産し、Yが駆けつけたときは張り
紙ひとつのもぬけのからだったそうで、未だに20万円
の取りそびれがあるというのでコーヒー代は私が払った。
高台のホテルから昔海水浴をした海岸に行こうと車を走
らせた。途中で映画の話になった。
「あの映画は一緒に観たのかなあァ。あれは感動的な映
画だったよ」
「どの映画の話だ」
「あれだよ。主人公は誰だったかなあ。二枚目俳優だっ
たねえ。監督があの人で。それであの女がこう言った
じゃないか。なんとかって。あれはどこの街だっかた
ねェ。女がそう言うと男がこう答えて、辛そうな顔し
てたねえ彼女は。悲しい別れのシーンだったねェ。思
い出に残る映画だったよなァ」
「なんのことかさっぱりわからんぞ」
「カスヤも知ってるはずだよ。確か中学のとき一緒に観
たよ。覚えてないのか? 忘れっぽくていかんなァカ
スヤは」
昔の海水浴場は跡形もなく消えていて、今はレジャーラ
ンドと大学のヨット部があるヨットハーバーと三河湾海
産物物産店とアウトレットショッピングセンターになっ
ていた。物産店で焼き大アサリと焼きホタテ貝とマグロ
の串焼きを食って昼飯とした。三河湾産の太刀魚の干物
をお土産に買って三河湾を後にして、呉服屋のYのあれ
やこれやなにやという説明に従って岡崎までもどったド
ライブだったが、Y君語のなにやあれやこれやも何を言
ってるのか想像がつくようになった。三河湾のホテルや
宿はリゾートな感じがしなくいかにも田舎くさく今ひと
つであったが、たしかにYの言う通り気は晴れた。持つ
べきものは良き友である。Yの道の指示が驚くほど的確
だったことにも感心した。