2009年2月27日
スティーグ・ラーセンの世界的ベストセラー「ミレニア
ム」3部作は、第1部の”ドラゴン・タトゥーの女”が
翻訳・発売され日本でも大評判になったが、第2部、第
3部がいつ発売されるのか情報がない。スエーデンでは
すでに映画化され今年の夏に公開されるようだが、第2
部、第3部のタイトルすらわからない。
早川書房のホームページで検索する。本のタイトルを入
力し、ピンポイントで検索するウインドウがある。
◎ジャンル
ミステリー、SF、ファンタジーからはじまり19の項
目があり、どれに相当するかを選ぶ。
◎種類
本格、ハードボイル、サスペンス、冒険、恋愛などこれ
また14項目から選ぶ。
◎刊行日
西暦何年を選ぶ。
◎判型
単行本、HPB(なんのこっちゃ)文庫、雑誌から選ぶ。
◎書名
◎著作者名
◎表示順
これは刊行日の順番についての項目で、刊行日が新しい
順、刊行日が古い順、書名昇順、書名降順の4つの中か
ら一つ選ぶ。
今日のように冷たい雪混じりの雨がふる中を書店にでか
けることなく、自宅にてホームページで検索できるとて
も便利なものだが、この中で、7つ目の表示順がどれを
選んでいいのかわからない。7項目全部入力しないと検
索がかからないから、結局検索しきれなかった。ホーム
ページもとても面倒くさく、不便なものだった。
知り合いの書店の店員に気軽に電話をかけ教えてもらっ
た時代がなつかしい。今はたいがいの書店の店員は置い
てある本や雑誌については知識があるが、これから発売
される本、これから翻訳がはじまるだろうという本につ
いての知識をもっている店員は、まず、いないのだ。話
が合う店員がいないのである。
これはレコードショップでも同じことがいえるだろう。
子供の頃。音楽の情報はいつもレコード店で仕入れた。
ビートルズが好きなんだね。
このギタリストのジョージはなんとかというギターを使
っていて、エリック・クラプトンと仲がよしだ。あまり
に仲が良すぎて、どうやら、かみさんを寝取られたよう
だよ。などという中学生には大人びた艶聞さえ教えてく
れたものだ。
長じて音楽業界で仕事をするようになってからも、あた
りまえのようにレコード店の店長やロック好きの店員と
知り合いになって、スタジオで録音されたばかりの音を
もって訪ねれば、いいねえ、いまひとつだねえなどとい
う評価から、発売は何時なんだ、駅前のレコード屋には
こういった音楽をわかる店員がいないからうちでがんば
ってあげるよ、などと各レコード店にどういう人材がい
るかなどということまで教えてもらったものだった。
新人マネージャーが音楽好きな店員の力を借り、レコー
ド会社にやる気を起こさせ、メディアを動かしと、音楽
ビジネスにかかわっているものが全員で、新しいアーテ
ィストを世に送り出した時代があったのだ。
現代は流通の無駄を省き、情報の一元化を図れるという
まことに便利な時代になったが、本屋もレコード屋も商
品知識はあるが売るまでで、本好きや音楽好きがいちば
んよろこぶ商品を作り上げるケリエーターに関する知識
を持つ人はまったくいなくなってしまったようにみえる。
以前、家の近所の古本屋に日曜日となればなにかないか
なとよく顔を出していた。雑誌、文庫本、ハウトゥー本、
学習本、漫画コミック、世界の名作物、江戸時代の文献、
写真集などが狭い店の中にところせましと積み上げられ、
奥の暖簾の向こうにはエロ本、ビデオのアダルトコーナ
ーがあるというようなどこにでもある町の古本屋だった
が、オヤジがおもしろかった。まあ、無愛想な男でいら
っしゃいの一言もいわない。本を選んで持っていっても
オヤジが帳場のむこうでやりかけている仕事などがある
時には迷惑そうな顔さえする。中学生が漫画の立ち読み
などしてると大声で怒るという具合の上、おじさんこれ
くださいといわれて◎◎円とは答えるが、ありがとうの
一言もなし。まあ、客には評判悪かった。
わたしは見た目はとっつきにくい男であるが礼儀は身に
つけた。ロンドンなどでは礼儀のない男はまったく嫌わ
れるのだ。男は、男でなくともルールを守り抜くマナー
が要求されるのである。何度もロンドンを訪れるうちに
いつしか身につけた。
だからといってこの古本屋のオヤジにそうしろとは言わ
なかったが、或る日、この本屋で子母沢寛が昭和初期に
書いた「関東の任侠達」という本を見つけ、パラパラと
めくってみると江戸時代のやくざ物の大親分である飯岡
の助五郎や大前田の英五郎の話が書いてあって、いかに
もおもしろそうだった。
関東は徳川家の領地で、譜代大名が幕府から分けてもら
った土地や、徳川家の家来である旗本や御家人がそこか
らとれる米を給料としているちいさな村々もあった。も
ちろん幕府の直轄地もある。というように土地の領有権
がばらばらまちまちとまだら状態で点在しながら関八州
全体を構成していたから、当然、大目付、目付、町奉行、
寺社奉行の支配がおよぶ土地がこれまたまだら状態で点
在したから、警察権が行き届かなかったのである。そこ
に任侠道を張る男達がつけいるスキがあり、親分共が大
活躍をしたのである。
飯岡の助五郎と大前田の英五郎の一家を挙げての大喧嘩
は有名だが、本を読んでみると原因は金づるになる賭場
の奪い合いという経済的な理由で、強きをくじき弱きを
助けるという義理人情の任侠の世界ではない。現代の暴
力団の勢力争いとなんらかわらないのである。
また、田舎芝居の人情物の主役の国定忠治は、鞍馬天狗
などとおなじく架空の人物かとおもっていたが実在の人
物だったと知り、これはおもしろい本を見つけたぞと、
6000円と高い値がついていたが、買うことにした。
本を手にこれくださいというとオヤジは、
「これもってくんですか?」
「そうだよ。まけてくれないかなあ・・」
「あなたねえ。この本は自分が欲しくてもう十年も探し
回ったあげく、やっと先週の日曜日に手に入れたんだ
よ。売りたくないねえ」
「売りたくなけりゃ棚にならべなきゃいいじゃない。棚
に並んだ以上売り物だよ。まけなくていいから買うよ」
「うーん・・・。人の手に渡る前に自分で読みたかった
なあ・・・」
「読みたきゃ、わたしが読み終わったら貸してあげるよ」
「わかりました。えーと6000円。じゃあ、500円
まけときますよ」
と会話して以来、このオヤジとは顔見知りになった。
どういうわけか江戸後期の世界について書かれた書物を
特に集めているようで、実はさきほどの江戸後期の関東
八州の警察権の支配という話は、このオヤジから後日く
わしく聞いた知識である。
この本屋はいつの間にか店を閉めて今はない。
わたしが本についてなにか知りたいときに訪ねる人がい
ないのである。便利なホームページは検索データーを全
部入力したとしても、あのオヤジのような知識や読むお
もしろさをくれることなどない。せいぜい、この本を購
入した人はこんな本も買ってますよという余計なお世話
をやくまでである。まったく不便な世の中になった。